Ⅱ 都 -24
たった一か月なのに、ずいぶん久しぶりな気がする。
ザックの店の裏に回りながら、信は不思議な気分になった。
裏のくぐり戸を通ると、微かに機織りの音が聞こえてきた。蘭は織り小屋だろうか。
裏口から入ると、台所にはニノがいて、何
やらゴトゴトと鍋をかき混ぜていた。
ニノは振り返りもせずに、話しかけた。
「おかえり、ラン。チョイはあった?」
「……蘭は買い物ですか?」
予想外の信の声に、ニノは驚いて、勢いよく振り向いた。勢いで鍋がずれ、危なく落ちそうになり、ニノはおっとっとと間一髪鍋を支えた。
「……すみません、ただいま戻りました」
手を貸そうと、近づいてきた信をニノは笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、信。少し男前になったんじゃない?」
照れ笑いで受けて、信はもう一度聞いた。
「蘭は買い物ですか?」
ニノは苦笑して、
「相変わらずだねぇ」
と言って、信の背中をバシッとたたいた。
「そうよ、ランには食材の買い出しに行ってもらってる。あの子、すぐに根を詰めちゃうから、適当に口実つけて外に出してやらなきゃならないのよ」
信がうなずくと、ニノは笑って言った。
「実は頼みすぎちゃったの。信、ちょっと探して、手伝ってやってくれないかい」
市場にいると思うんだけど……という声を聞きながら、さっそく出ようとする信の腕を、ニノはむんずとつかんだ。
振り返ると、ニノの呆れ顔があった。
「荷物くらい、置いてから行きなさい」
市場につくと、蘭はすぐに見つかった。
香辛料の店の前で、真剣な顔で香辛料とにらめっこしていた。
店の親父が愛想よく説明していた。店の仕入れに来たのか、若い男が品物を吟味しているふりをして、蘭のほうをチラチラとみていた。
蘭は布をおかみさん風に頭に巻いていたが、若いことも美しいことも、隠せてはいなかった。
信は軽くため息をついて、蘭に声をかけようと人込みを進んでいった。
蘭を気にしている若い男は、蘭と店主の話が終わるのを機に声をかけようと思っているのか、もはや店の品物など見てはいなかった。
蘭は笑顔で品物を受け取り、店主にお礼を言っているのが見えた。
若い男が動き出すのを見て、信は少し声を張って呼んだ。
「蘭!」
蘭は信の声に気づき、信の姿を認めた。嬉しそうに大きく手を振ってくれる。その表情には、少々驚きも混じっていた。
若い男が背を向けて去るのを目の端にとらえて、信は蘭に駆け寄った。
「チョイはあったかい」
チョイとは都料理でよく使われる香辛料である。針森の村ではどちらかというと、甘辛い味付けが多いのだが、都はスパイスをきかせて料理するものが多かった。
蘭は誇らしげに、今買ったものを掲げて見せた。
「休みがとれたの?」
蘭に嬉しそうに聞かれたのが、嬉しかった。ノックの技術に魅せられて学ぼうとしている自分から、女を追いかけて来た自分に一瞬にして戻る。
「二日だけだけどね。仕事が終わってからすぐ来たんだ。明後日には戻るよ」
言いながら、蘭が抱えた荷物を受け取り、空いた左手を蘭の腰に回そうとすると、蘭はすっと離れてしまった。
「……都の人はそういうこと外でしないんだって。変に思われるわよ」
ノックと一緒に夜の街にも行ったことがある信は、皆が皆、そうでもないことを体験で知っていたが、何も言わなかった。
左手を挙げ、参ったと肩をすくめる。
「じゃあ、ザックの店まで我慢するよ」
そう言って、先に立って歩きだした。
蘭は、よし、と大きく頷いて、信の横に追いついてきた。
本当にこの人は……と信はため息をつく。こんなに俺のツボをついてきて、それでも俺のことをなんとも思っていないんだからな。
ひどい女だ。
信は泣きそうになりながら、蘭と歩く幸せを噛みしめていた。




