Ⅱ 都 -15
変装が功を奏したのかは分からないが、盗賊に遭遇することもなく、暗くなる前に宿場町に着くことができた。
一行はほっと胸をなでおろし、宿の玄関口で足をすすいでもらい、さて、部屋をどうするかというときに、信とキースがもめ始めた。
信は、蘭と一緒で良いではないかと言うのだが、キースは、夫婦でもないのにそれはだめだろうと突っぱねた。
蘭はどちらでもよかった。早く部屋でこのどろどろの旅装を解きたいと思い、
「じゃあ、わたしはザックさんと同じ部屋でいいわ」
と言うと、二人からすごい剣幕で、
「それはだめだ」
と一蹴されてしまった。
結局、信と蘭が同室となった。男三人が一つの部屋というのは狭かったし、三部屋取ると、どうしても掛かりが多くなってしまう。
信はホクホク顔で、キースは納得のいかない顔でそれぞれカギを受け取った。
「明日は早いからな、さっさと寝ろよ」
キースは、やけっぱちともとれる態度でそう言い捨てると、部屋へ引き上げていった。
ザックが気の毒そうに息子を見ながら、後に続く。
二人の背中におやすみなさい、と言って、信と蘭も部屋に引き上げた。
信はどうしてくるだろう。
蘭も実は気になっていた。凛に後ろめたいからと、信を拒むのは止めようと思っていても、素直に受け入れるには、心の準備ができていなかった。
正直な所、初めての長旅で疲れていたので、そういったことを考えるのも億劫だった。
部屋に入ると、信は何事もなかったかのように、荷をほどき始めた。普段に着る服を出すと、旅装を解き始めた。
普段と変わらない様子は、蘭を拍子抜けさせた。そんな自分に顔を赤らめる。
信は、突っ立っている蘭を見るとほほ笑んだ。
「向こうを向いているから、蘭も早く着替えちゃったら」
蘭も慌てて、旅装を解く。
宿に入るときに、足はすすがせてもらったが、身体がべたべたするのはどうしようもなかった。それでも、旅装を解いた解放感は、気持ちがよかった。
着替えて、振り返ると、信が寝台に腰かけて、ニコニコして蘭を見ていた。
「ちょっと、向こう向いてるって……」
抗議しかけた蘭の腕をとると、信は自分の横に蘭を座らせた。
はなまつりの時だって、こんなに緊張しなかったなと思うほど、蘭は身を固くした。
信は苦笑して
「襲ったりしないから。ちゃんと話したいだけだよ」
そうして、蘭の顔をのぞきこんだ。
……信て、こんなに大人っぽかった?
近くで信の顔を見るのは、久しぶりだった。見つめてくる信を、なるべく見ないようにしていたからだ。
「久しぶりに、こっちを見てくれた気がする」
信は嬉しそうに笑った。
「うん、ごめん」
蘭は素直に謝った。
「剛に言われた。凛を通してではなくて、蘭が信を見てやってって」
信はため息をついた。
「結局、剛に助けられているな……腹がたつことに」
その言い方に、蘭は噴き出した。
「今の言葉、剛が聞いていたら、手をたたいて 喜ぶだろうね」
「そうだね、目に浮かぶ」
二人はひとしきり笑った。空気が温まった、ほぐされたと言うべきか、蘭の緊張も緩んできた。
「で? 蘭が俺を見てくれて、どうだったの?」
不意打ちの一言だった。いや、そういったことを聞かれることは予想していたのだが、聞かれるタイミングが、不意を突いていた。
顔が熱くなったのが分かった。蘭はいたたまれなくなって、うつむいた。
信のことはもちろん好きだ。でも信は、きっと今の蘭の気持ち以上のことを、聞いているのだろう。
顔を上げられでないでいると、信の笑い声が聞こえた。
「あっさり『友達だよ』と言われるよりは、脈ありってことかな。進歩、進歩」
信が優しく、頭をなでてくれた。
「ごめんね、困らせて。いいよ、急がないから」
返事をしようとして、顔を上げた蘭の唇は、信の唇でふさがれてしまった。
驚いているうちに、ゆっくりと倒されていく。
唇を解放された蘭は、息も絶え絶えに抗議した。
「襲わないんじゃなかったの?」
「うん」
「急がないんじゃなかったの?」
「うん」
信は蘭の顔を覗き込むと、哀願するように言った。
「俺も針森の男なんだよ。好きな人を前に我慢できない。だめ?」
さっきと言っていることが違うと思いながら、返事に窮していると、扉が乱暴にノックされ、すぐに跳ねるように開いた。
ズカズカとキースが部屋に入ってきて、信を引きはがしながら、にっこりと蘭に微笑んで言った。
「湯あみに行って、飯食いに行こう」
信は舌打ちすると、自分を掴んでいるキースの腕を払いのけた。
「返事もしていないのに、いきなり入ってきて不調法だな。都ではこれが普通なのか」
服を整えながら抗議する信に、キースは鼻をフンと鳴らした。
「蘭の危機を感じたからね。ドア一枚隔てても、不穏な空気が漂っていたよ。いくら針森だからって、応えてもいない女を押し倒すのは、不調法ではないのかい?」
キースは蘭に手を伸ばして、引き起こすと、さっさと扉に向かった。
「この町は温泉が湧いているんだよ」
蘭はキースにされるがまま、手を引かれて部屋を出た。信は不満そうだが、それ以上は何も言わずについて来た。




