Ⅱ 都 -11
ザックたちが買い入れた反物を受け取りに来るということで、蘭たちは朝から忙しかった。倉から出してきた反物に痛みがないか調べ、積み上げていった。
寧はひとつひとつの反物を、愛おしそうになでていった。
柳はあきれ顔で、
「そんなんじゃ、終わらないよ」
と言ったが、寧は悪びれた様子もなく、
「わたしの分身だもの」
というと、またひとつひとつに指を這わせていった。
入口の方で人の気配がし、ザックの来訪を告げる声が聞こえた。
柳が応対に出ると、二人が何やら話を始めたらしく、なかなか奥に入ってこなかった。
さすがに訝しく思ったころ、柳が呼ぶ声が聞こえて、蘭は戸口に出ていった。
陽が高くなり始めていて、差し込む光に目がくらんだ。蘭は手で目の上に庇を作りながら出ていくと、柳、ザック、キース、三人の目が、蘭を出迎えた。
キースに会うのは、あの日以来だ。少し気まずく思いながら、二人に朝の挨拶を済ませると、柳が言った。
「ザックが反物を都へ運ぶのに、ついて行ってくれないかい」
蘭は言われたことを捉えそこなった。柳の口調がまるで、隣の家に薪をもらいに行ってくれないかいというほどの気軽さだったからだ。針森の村の者は、村から出ることはほとんどない。外の世界にあこがれて出ていく者はいるが、そういった者は、二度と帰ってくることはなかった。
ザックは慌てて、言い訳するように言った。
「無理にというわけじゃないよ。ちょっと村を出て、織物や商いを学ぶのもいいんじゃないかと思うんだ。次にわしたちが村に来るときに、一緒に村に帰ればいい」
蘭が柳を見ると、柳は微笑んで頷いた。
「うちの小屋は寧の色が強すぎるからね。自分の織物を見つけてきておくれ」
どうする?と柳は、首を傾げて答えを促した。
凛に続いて蘭まで村を離れて、柳はいいのだろうか。そう思って柳の目をのぞき込むと、柳の瞳は揺らいでいた。
蘭はどうしたらいいのか分からなかった。いや、本来なら、村で修業し、織師を継ぎ、柳を支えてやるべきだ。分かっているのだが、村を離れようという申し出も、一笑に付すことは出来ないのだった。
戸口から寧が現れた。
寧は一同を見回すと、もう一度柳を見、蘭を見た。そしてゆっくり口を開いた。
「行っておいで。柳にはわたしが付いているから」
蘭が頷けないでいると、寧は蘭のところに来て、にっこり笑った。
「凛に会っておいで」
寧の言葉に、蘭は素直に頷いていた。
蘭が村を出るという噂は、瞬く間に村全体に広がった。慌ててやってきた青に、柳が申し訳なさそうに言っているのが、蘭の耳にも聞こえてきた。
「ごめんなさいね。勝手に決めてしまって」
青は咄嗟に何も言えないようだったが、思い直したように、柳を抱きよせた。
「いや、よかったよ。背中を押してくれて」
……俺は押せなかったから。というつぶやきが、柳の耳にだけ聞こえた。
剛は門出の祝いにと、小ぶりの弓矢を持ってきた。剛の手製だというので、疑わしそうに眺めていた蘭は、意外に上等にできていることが分かると、歓声を上げた。
剛は嬉しがるどころか、不満そうに鼻を鳴らした。
「もう、一人前の狩師なんだぜ。弓ぐらいつくれる」
蘭は笑い、剛の首に腕を回した。
「ありがとう、剛。大事に使うよ」
剛は蘭の頭をなでた。
「都の人間は、狩りはしないと言ってたからな。道中長いんだし、お前の腕が役に立つよ、きっと」
蘭は頷くと、腕をほどいた。
「蘭を抱けなくなるのは寂しいけど、もっといい女になって帰ってくるの、楽しみにしてるからな」
剛の言葉に笑いかけて、蘭は急に怪訝そうな顔になった。
「ねぇ、覚えてる、剛? 都では、この人と思った人としか、寝ないんだって」
剛はきょとんとすると、不思議そうな顔になった。
「そうか……信みたいなのが、いっぱいいるんだな」
……さて、その信はどうするのかな?
がけっぷちに立たされたであろう、親友の恋路を想像して、剛はニヤニヤ笑っていた。
出立の前夜になっても、信が現れなかったので、蘭は気に病んでいた。いくら会うと気まずい思いをするとは言っても、幼い頃から付き合ってきた間柄である。このまま会わずに村をでるとなると、大層な心残りになる。
信の家、石師たちの家に行ってみようか悩んでいると、社からの使いの者が来た。
桜婆さまが会いたいと言っているという。
蘭は驚いたが、柳は驚かなかった。むしろ、やっと来たかとといった様子でさえあった。
蘭に行くように促すと、桜婆さまによろしくね、と小さな声で伝えた。




