Ⅱ 都 -10
……蘭をキースの町に連れて行ってやってくれないか。
剛が最後に言った言葉を、キースは何度も頭の中で反芻していた。
昨日今日知り合ったばかりの男に、村から連れ出してやってくれというのは、穏やかではない。
川の側の大岩に腰を下ろして、キースは剛の話を聞いた。巫女に選ばれた娘が蘭の妹であったこと。蘭と妹の凛は離れがたき絆で結ばれていたこと。
巫女になると、神殿を出ることはかなわない。キースもそれは知っていた。かといって、面会も許されないわけではない。会いにいけば、目付を側においてだが、話すこともできるはずである。
死んで、二度と会えないわけではない。それでも、精神のバランスを崩しかけるほどのことなのだろうか。
……このままじゃ、凛との思い出の中から抜け出せない気がするんだ。凛と過ごしたこの村から、一度逃げ出した方がいい。
……君は連れ出してあげないのか? 恋人でなくても、大事な人なのでは。
そう言うと、剛は困った顔をした。
……それは狩師の仕事を投げ出すことになるからな。
キースは剛が「逃げ出す」という言葉を使ったことに思い至った。村を出ることはそれほど重いことなのだろう。凛が神殿に旅立った時の心情も、然りだ。
今日は柳の小屋の反物を、納入する日だ。町へ帰るのは、まだあと数日後のことだが、キースは落ち着かなかった。剛に言われたことを放っておいても、不実なことにはならないだろう。蘭のことは気に入っているが、自分の人生に抱え込んで後悔しないか、キースは自信がなかった。
しかし、悩むほどには、蘭のことを気にかけていた。
反物を乗せる荷車を引きながら考え込んでいると、隣を歩くザックがつぶやいた。
「蘭も、可哀そうにな。すっかり、変わっちまって」
聞きとがめたキースは、勢いよく振り向いた。
「親父も可哀そうだって思っていたのか? 変わっちまったって、それは、大人になったからじゃあ……」
ザックはため息をつくと、首を振った。
「最後に会ったのは、蘭が十の時じゃがな。凛と蘭は双子かと思うほど、仲がいい……いや、違うな。魂の双子というべきかの。血がつながっていないなんて、信じられなかったよ。
笑顔が可愛い子でな。凛になんでも譲ってしまうんで、大人たちは心配しとったが、凛に喜ばれると、心底嬉しそうな顔をしとった。それが蘭の幸せだったのかな。凛がいないからか、あの時のような幸せそうな笑顔は、ここに来てちらりとも見ん」
……それから、寧は変わってしまった…
他人事として寧のことを話す蘭を、ふと思い出した。蘭も寧のように心を閉じ込めてしまいつつあるのだろうか。
「あのさ、親父…」
キースは剛に言われたことを話し始めた。




