Ⅱ 都 -9
「あの子らしいわよ」
「なんでも、あのセレネ様が直々に会いに来たって」
「何時間も話し込んでいたらしいわ」
「でも、舞姫になりそびれたなんてねえ。織物の腕が良すぎて、残念といったところかしら」
少し離れたところから、自分のことを言われることが最近増えた。自分に直接言われるのではない。陰で言われる類のものだ。
虚実、正負入り混じったものだが、凛は気にしないことにした。振り回されるなんて、面倒だ。
しかし、アシュランはそうもいかず、噂話にハラハラしたり、怒ったり、忙しかった。
今もまた、聞こえてきた陰口に、腹を立てていた。
「あの娘たち、リンと話したこともないじゃない。知りもしないで、よく言えること!」
凛は苦笑いして、アシュランをなだめた。
「悪口なんてそんなものよ。わたしは気にしていないから、アシュランも気にしないで」
そういいながら、凛もいささかげんなりしていた。舞姫になれなかったことを残念だとは少しも思っていないので、陰でささやかれる内容には、別に傷ついてはいないのだが、顔も知らない人から注目されるのは、落ち着かなかった。
実は幼い頃から、その容姿で目立ってはいたのだが、本人は無頓着で、見られていることに気が付かなかった。
その無頓着さは、巫女として選ばれたという自負を持っている巫女たちを苛立たせるものだった。
向こうから軽快に歩いてくる巫女を見つけて、凛は手を振った。凛の数少ない友達、サラである。
サラもこちらに気が付いて、近づいて来た。
「リン! お久しぶりね。ずっと機織りに籠っていたの?」
サラは日頃は神酒造りをしていた。
それには答えないで、凛はサラの両手をぎゅっと握った。神殿では、過剰な親愛の情を示すとして、注意を受ける行為だ。サラが驚いて、目を白黒させている。
「サラ、舞姫に選ばれたんですってね。おめでとう!」
サラは、ニヤリと笑って答えた。
「あなたの代わりにね」
そう言っても、ちっとも嫌味にならないのが、サラの良いところである。
「なに言っているの! サラの舞は本当にすばらしいのよ!」
実際、サラは小柄だが、この小さな体のどこにそんなパワーが隠れているのかと思えるほど、エネルギーに満ちた舞を舞う。舞っているときのサラは、普段より一回りも二回りも大きく見えるのだ。
凛はどちらかというと、優美に舞う。凛は自分にないサラのエネルギーが、とても好きだった。
サラは快活に声を上げて笑うと、嬉しそうに言った。
「ありがとう。当日はリンの代わりだったことなんて、忘れさせるほど、素晴らしく舞ってあげるわ」
ああ、でも……と、サラはいたずらっぽく凛を見上げた。
「豊穣祭の舞、秘伝というだけあって、本当にすごいわよ」
「むずかしいの?」
ごく真っ当な質問をした凛に、サラは答えなかった。
「お楽しみにね」
そう言うと、手を振って行ってしまった。
腑に落ちない顔でサラを見送ると、凛はアシュランをみた。アシュランは複雑な顔で、サラを見送っていた。凛がどうしたのかと尋ねると、顔を赤くして、うつむいた。
「普段の奉納の舞もそうだけど、豊穣祭の舞は、豊穣の感謝をこめて、太陽神を歓ばせる舞なのだって……だから、すごく官能的だって聞いた。その……」
なぜか言いにくそうに、アシュランは口ごもった。
「最後には、ほとんど裸だって」
太陽の光に汗をキラキラ輝かせながら、生気溢れる舞を舞う、サラの美しい裸体を思い浮かべながら、凛は目を細めた。




