Ⅱ 都 -8
針森の集落から離れたところ、村の一番奥、ほとんど山際のところに、青の薬草小屋があった。
薬草師の仕事は多忙だった。山に入って薬草を探し、小屋に戻っては、薬草の処理をし、病気の者が村に出たら、診たてることもしなくてはならなかった。
薬草師を生業としている者は、青だけだった。蘭が織師の仕事を選んだ以上、だれか他の者を探さなくてはならない。薬師を絶やすわけにはいかなかった。
「青」
薬草を乾燥させるため、乾燥室で吊るす作業をしていると、蘭が姿を見せた。
凛がいなくなってから、蘭は村から離れたいとき、よくここに来る。
「仕事は終わったのかい?」
「ひと段落したわ。それで、ちょっと休憩」
青は苦笑した。柳の機小屋からここまでは、ちょっとの距離ではない。往復するだけで、ちょっと休憩を超えてしまう。
青が何も言わないでいると、蘭は薬草の束を取って、吊るし始めた。蘭はここにいると、青にくっついて、仕事を手伝ってくれる。織師になったのだから、もうしなくていいと言っても、させてほしいと蘭から懇願してきた。
薬草探しについて来た時も、熱心に説明を求めて、探しているのを見て、蘭はなぜ薬師を選ばなかったのだろうと思ったほどだ。
そう尋ねると、蘭は一瞬ためらって、「凛とつながっている気がしたから」と答えた。
幼い頃から、蘭の行動は、凛中心だった。凛が村からいなくなって、自分を保てるのだろうかと心配だったが、意外にも内にこもることなく、織師になることを選び、修業に励んでいた。
凛から自立したのだと見えたが、その実、どうにか凛とつながろうとしていたのだ。
柳にそのことを告げると、柳は苦しそうな顔になったが、「知っていたわ」と答えた。
「でも、その想いを断ち切ることは、わたしにはできないわ」
頭をよぎったのは、寧のことだった。寧の夫がなくなり、寧が精神のバランスを欠いたとき、村の誰もが寧の心配をしたが、側で支えていた柳が憔悴していくのに気が付いたのは、青だけだった。
その時はまだ夫婦ではなかったが、何かと寧の世話を焼く柳の側を、青は離れないでいようと思った。
あの時、柳にとっては、寧の側にいさせてやることが正解だったのか、今でも青には分からない。一旦、寧から離してやるほうがよかったのかもしれない、と今でも思う。
しかし、やはり柳は寧の側にいることしか、選ばなかっただろうとも思うのだ。
俺が立ち入る隙もないか……当時と同じことを、青は思った。
薬草を吊るし終え、かごを棚に戻している蘭の背中に、青は声をかけた。
「今日は泊まっていくか?」
蘭は昔から、あまり柳には甘えられない。寧の存在もあるし、子どもの頃は、母の関心を必死で引こうとする凛のために、一歩引いていたこともある。柳は寧のために子どもをないがしろにしたつもりはないだろうが、子どもの心は複雑なものだ。
日も落ちたころ、戸口に蘭の幼い姿を認めて、ぎょっとしたことが何度もあった。
叱りながらも、招き入れると、青にひっついて丸くなって眠った。いつも凛にひっついていた蘭が、唯一凛から離れて過ごすのが、青の小屋だった。
青の言葉に、蘭は頷くと、ザルをもって裏口へ行った。
「じゃあ、今日はわたしがつくるわ」
青の小屋は村から離れているため、毎食まかない所に出向くことはしない。定期的に保存食を分けてもらいに行き、たまには食事をしに行くこともあるが、大抵は自分の小屋で料理をして、食べることが多い。
蘭は、裏から、干し肉やチェ、野草を取ってきた。チェはノイが焼かれる前の状態を干したもので、保存食である。これをそのままや砕いた状態で、具材と一緒に鍋に入れて食べることが多い。
鍋に干し肉と野草、乾燥キノコを入れて、火にかける。干し肉が柔らかくなったところで、チェを入れると、雑炊のようなものが出来上がった。干し肉とキノコのいい香りが、小屋中に広がった。
「何かあったか?」
沈んだ様子の蘭に、青は尋ねてみた。あまり返事を期待していなかったのだが、蘭はかすれた声でしゃべりはじめた。
「今日、キースにね」
聞き慣れない名前に、軽く首をかしげると、「ザックさんの息子」と言い足してくれた。若い頃、柳に恋をしていた商人の顔を思い出して頷いた。
「凛のことを聞かれたの。直接凛の名前が出たのではなくて、『村に巫女になった娘がいるっていう話を聞いたけど』と言われただけなのに」
蘭の顔は青白く見えた。
「自分でも信じられないくらい、動揺したの。体が震えて、冷たくなっていく感じがした」
青は椀を置くと、それきり黙ってしまった蘭の頭を、両腕で抱きしめた。
蘭は椀も置かず、されるがままじっとしていたが、ぬくもりが戻ってきた気がした。
青は蘭の頭をなでながら、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、蘭。俺は蘭に何の助言もしてあげられない。凛のことは忘れて暮らした方がいいのか、凛にとことん向き合ってみた方がいいのか、俺も分からないんだ」
蘭は思わずふっと笑った。青のこういう情けなさが、蘭には心地よかった。こわばっていた心が、少しほぐれた気がした。
柳ならこうは言わないだろう。柳はいつも道を指し示してくれる。でも、そこに心が付いていけないこともよくあるのだ。
「寧に言われた。『凛は生きているんだよ』って」
「そうだな」
青からほっとした空気が伝わってきた。




