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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅱ 都
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Ⅱ 都 -7

 


 キースは毎日、蘭のいる機小屋に顔を出すようになった。

 仕入れのための段取りという口実だが、大した用事がないような時でも、小屋を覗いて、蘭を見つけると入ってくる。

 だからといって、長時間いるわけではない。仕事できたのでなければ、大体、織機の横に勝手に座って、少し話をすると、じゃあねと言って出て行った。

 居座られるわけでもないので、注意するほどでもなく、柳も「気分転換になっていいじゃない?」と気にしていない様子だ。

 何を話すかというと、村のことを聞いてくることが多い。いろいろな仕組みや習慣が、おもしろいらしい。

 こちらも都のことを聞いてみると、とても面白いので、蘭もいつしか、キースの来訪が楽しみになってきた。

「へえ。結婚したら、男女は一緒に住むの?」

 蘭が驚くと、キースは真剣に言った。

「そりゃ、そうさ。同じ家で暮らし、同じ寝室で寝て、夫婦の愛が育まれるんじゃないか」

 それを聞いても、蘭は腑に落ちない顔で、曖昧に頷いた。

「そうね……でも、夫以外の人とは、やりにくくなるわね」

 無邪気に言う蘭に、キースはがっくり肩を落とした。

「……だから、この人だけという人と、結婚するんじゃないか」

 そうとは限らないと知っていても、キースもまだ結婚に夢を持ちたい年頃なのだ。

「素敵なお話しているわね」

 入ってきたのは寧だった。今日も美しく編まれた髪を揺らして、二人の前に立った。

 表情の読めない顔でキースをじっと見る。

「私たちも一緒に暮らしていたの」

「え?」

 何のことか分からないキースが聞き返すと、寧はにっこり笑った。

「夫とよ。この村で一緒に暮らしたの」

 そう言うと、部屋を出て行った。

 キースが問うように蘭の顔を見ると、蘭はため息をついた。

「寧の夫は外から来た人だったの。でも、結婚してすぐに夫が亡くなってしまった。それから寧は変わってしまったって、村のみんなは言ってる。私が生まれる前の話だけどね」

 蘭は止まっていた機織りの手を動かし始めた。

「この糸は寧が染色したの。柳は寧が心に閉じ込めてしまった感情を、色に出しているって言っている」

 キースは黙って、布に広がる深く鮮やかな色を眺めた。

「ここの布の色は、本当に深い。親父がほれ込むのも無理はないと思っていたけど、そうか……寧さんの色だったのか」

 寧と夫のことは、村の大人たちならだれでも知ることだが、外の人間にわざわざ教えることでもない。なぜ、キースに話してしまったのか、蘭は内心首を傾げた。

「そういえば」

 話題を変えるように、キースが明るい声で言った。

「ここに初めて来たとき、巫女になった娘がいるって聞いたけど、どう……」

 何の気なしに変えた話題だったが、蘭の顔を見て、キースは言葉を切った。

 顔は蒼白になり、身体が小刻みに震えていた。

「どうしたの?大丈夫?」

 キースが慌てて、蘭の肩に手を置き、顔を覗きこもうとすると、蘭はその手を払いのけた。

 驚いているキースに、蘭は無理やり作った笑顔を向けた。

「ごめんなさい……でも大丈夫。少し集中してやりたいの」

 暗に帰ってほしいことをほのめかされて、キースは後ろ髪をひかれながら、立ち上がった。



 どうしてだろうと考えても分かりそうにもないことを、うじうじ考えるのは、キースの性には合わなかった。分からないことは、分かる人に聞いた方がいいというのが、キースの考え方だった。最も、ザックには、もう少し考えてから聞きに来いと言われるが。

 というわけで、キースは剛に会おうと、狩り師の小屋を覗きに来た。昨日の蘭の態度の変化の理由を、剛なら分かるかもしれない。

 しかし、まだお昼にもなっていないというのに、小屋の中はもぬけの殻だった。狩り具も揃っているように見受けられるので、狩に出払っているわけでもなさそうだ。

 どうしようかと考えていると、後ろから呼びかけられた。

「あれ、キース?」

 振り返ると、剛が立っていた。身軽な格好で、どう見ても仕事をする風ではない。

「今日、仕事は?」

 問うキースに、剛は肩をすくめた。

「昨日獲れすぎちゃって。子どもたちも小さいのをたくさん持ち込んだから、今日は狩りはお休み」

 本当はそれを見越して、狩を途中で止めなくてはならなかったのだが、調子に乗って獲りすぎてしまった。子どもたちの分を計算に入れていなかったのだ。

 おかげで昨晩は親父殿のお説教が長かった。まぁ、仕方がない。獲物も無限ではないのだ。獲る数も調整しないと、大変なことになる。

「早朝に狩り具の手入れを終わらせたから、今日はもうおしまい」

 罰として、狩師全員分の手入れだったことはわざわざ言わない。

「何か俺に用だった?」

「蘭のことで、聞きたいことがあって」

 キースは、昨日の蘭の様子がおかしかったことを話した。

「なんで、俺?」

「蘭と仲良いんでしょ?」

 剛は意地の悪い顔でにやりと笑った。

「特別ね」

「でも、何ていうんだろう、恋愛感情はないでしょう? 恋愛感情っていう言葉が、この村にあればだけど」

 その言い方に、剛は少しむっとした。

「じゃあ、なぜ、信ではなくて俺?」

「だって」

 そこまで言って、キースは噴き出した。

「あの子は、敵意丸出しだったじゃないか。蘭のこと、好きなんでしょう?」

「ガキの頃からね」

 キースが信のことを「あの子」と言うのを聞いて、剛は信のことを哀れんだ。相手にされていないぞ、信。だが同時に、自分の幼なじみであり親友が、そんな単純な「あの子」ではないことも知っていた。

 子どもの頃から、聞き分けがよく、礼儀正しい子供で、大人受けが良かったが、意外に我が強く、特に欲しいと思ったものは譲らなかった。

 そして欲しいものを手に入れるためには、したたかだ。

 剛は、信が(こう)のことを持ち出したことを思い出して、内心舌打ちした。

「それで?」

 キースが続ける。

「親友が好きな子のことは、僕には教えない?」

 剛はため息をついた。信に肩入れしたいところだが、蘭には蘭の問題がある。

「いや、教えるよ。ゆっくり話せるところを、探そう」


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