Ⅱ 都 -5
狩師の道具は体の一部だ。
狩師になると決め、修業に入った日の一番に、父親にそう言われ、道具の手入れを一から学んだ。それまでは、友達と一緒に狩りをした後、皆と同じように泥を落として、壁に立てかけていただけだった。父親は何も言わなかった。
しかし狩師の修業に入ってからは、父親はうるさく言った。
日に一度は、狩り具を並べ、手入れをする。
朝の狩りが終わってからの空き時間、剛は家の前の空き地で狩り具の手入れをしていた。
弓の弦の張り具合を確かめていた時、信がやってくるの見えた。
あいつ、何か言いに来たかな。心当たりはある。昨日、二人を残して、先に帰ったのもわざとだ。
「よう」
先に剛が声をかけると、信は何かが入った袋を差し出した。触っただけですぐ分かる。石の矢じりだ。
信は父親が生業としている、石師を選んだ。蘭と同じころに修業に入り、今は矢じりを任せてもらえるようになった。
矢じりを確認している剛を見ながら、信が不意に言った。
「蘭に余計なこと、言ったでしょう?」
剛の手が止まり、まじまじと信を見つめた。
「余計なことだったか」
信はため息をつき、剛の正面に胡坐をかいて座った。
「もう少し、ゆっくりやろうと思っていたんだよ……まあ、でもありがとう」
剛がにやりと笑った。
「あんまり、のんびりできなくなってきたしな」
信は思いっきり嫌そうな顔をし、剛をにらみつけた。
「剛、もう蘭に手をださないでね」
「えええー」
「あれ、俺の味方をしてくれるんじゃないの?」
「まあ、それはそうだけど」
蘭の滑らかな肌を思い出し、剛が情けない声を出すと、信はにやりと笑って言った。
「蘭に手を出したら、俺、香になぐさめてもらうから」
「はー?」
はなまつりを終えたばかりの、可愛らしい顔を思い出して、剛は思い切り嫌な声を出した。
香は可愛い。でもまだ、手は出していない。女というより、小動物みたいだ。
そう言うと、信はハンと鼻を鳴らした。
「でも、いつも構ってるでしょ。他の男にとられるのは、嫌なんじゃない」
「……」
「香だって、大人になったんだよ」
昨夜の自分の言葉をそっくり返されて、剛は面白くない顔で、ブスッと答えた。
「分かったよ」
信はにこりと笑って、立ち上がった。
「じゃあね、約束だよ」
神殿の奥、一般の神官、巫女が立ち入ることが出来ない部屋で、一人の神官と一人の巫女がゆったりと座っていた。
神官と巫女が出会うことは、ほぼない。ましてや、二人きりということなど、普通は厳罰に処せられるほどのことである。
しかしこの二人は特別であった。巫女はかなりの歳で、足もたたず、目もほとんど見えなかった。巨大な塊が白い布に覆われているかのようであった。
神官の方は、老年ではあるが、巫女ほど年をとっていない。伸びた背筋に、厳しい表情、清廉な雰囲気を持っていた。
巫女は大巫女と呼ばれ、神官は大神官と呼ばれる者であった。巫女、神官のそれぞれの頭であるが、二人のどちらが上ということはない。しかし、大神官より何十年か長くこの地位にあるであろう大巫女に、大神官はそれなりの敬意を払っていた。
彼女の足が動かないこともあるが、定期的にこの大巫女の部屋を訪れては、ゆったりと密談をしていた。
「一人、毛色のかわった者がいますね」
大神官がおもむろに言った。
細く白い指は組み合わされており、少しも動かない。目は大巫女に向けられているが、頭の内側を見ているようであった。
「ああ、あの辺境から来た娘だね」
歳の割に、大巫女は、はっきりとしゃべった。声にも張りがある。
「セレネが見つけて来たのだよ。不思議な光の乙女だったとね」
「ほう」
セレネという占い師の能力が、他の占い師と一線を画しているということは、大神官も知っていた。
「他の巫女たちと光が違うとなると、そういうことですかね」
大巫女の眉がぴくりと動いた。
「まだ、分からんがの。その者は、今、自分を隠そうとしているところじゃ。否応なしに目立っているが。もう少し様子をみよう」
大巫女はふーっと息を吐いた。
「こんなこと、大巫女が言ってはならんことじゃと、重々承知だが、毎度気が重いことじゃ」
大神官はゆっくり一礼した。




