Ⅱ 都 -4
まかない所に向かいながら、蘭は先ほど会った、ザックの息子、キースを思い出していた。村の娘たちが噂をしていたので、蘭も存在は知っていた。今日初めて会って、噂に違わぬ軽そうな男だと思ったが、ザックに小突かれた後、真剣にザックと柳の話を聞いていた横顔は、商売人の顔だった。
凛が村を離れてから、蘭は一人でまかない所に行くことが多い。柳や寧と一緒に行くこともあるが、大人は大人の約束があるらしく、先に行っておいでと言われることが多かった。
まかない所の入口をくぐると、剛と信がテーブルについているのが見え、向こうも気が付いて手を振ってきた。剛に信の気持ちを暴露されて以来、どう接していいか分からない蘭だったが、無視するわけにもいかず、料理を取って二人のテーブルに近づいた。向かい合って座っているどっちの隣に座るべきか、一瞬悩んだが、不自然ではないよう、近い信の横に座った。
二人の視線を感じながら、祈りを捧げ、野草と鳥肉を煮込んだスープを飲んだ。
「今日、ザックさんたち、蘭の家の小屋に来たんだって?」
剛が楽しそうに言った。ザックは商売と関係がない村人とも顔なじみで、剛も幼い頃、ザックに遊んでもらったクチだ。
「ああ、元気そうだったよ。また、柳におとされていた」
剛は、ヒュッと口笛を吹き、柳を称えた。
「さすがだなあ、柳さん」
「由の息子に言われたくないよ」
愉快そうに笑う幼なじみをはたきながら、蘭は信の様子を横目で伺っていた。
信はいつもと変わらぬ様子で、二人の会話に耳を傾けているようだった。
「息子もついてきた?」
剛が続ける。
蘭は頷いて、うーんとうなった。一度しか会ってないからかもしれないけど、と前置きして、
「よく分からない人だった。最初は確かに軽そうな人だなと思ったけれど、柳とザックの話は真剣に聞いていたよ。跡継ぎらしいから、当然だけど」
蘭がそう評すると、信は鷹揚に頷いた。
「将来的には蘭の取引相手になる人だからね。ぼんくらじゃ、困るよ」
「なになに? 俺の噂?」
三人はぎょっとして、声のした方を見た。まさに今話題にしていたザックの息子が、料理をのせた盆をもってニヤニヤしていた。
「そうそう、噂していた」
剛がおもしろそうに答え、自分の隣に促した。
キースは座ると、正面に座っていた蘭に笑いかけた。
「先ほどはどうもありがとうございました」
丁寧に挨拶されて、蘭も慌てて頭を下げた。
キースは礼儀正しく剛と信にも挨拶をし、剛と信も挨拶を返した。剛は楽しそうに、信はそっけなく。
信はいつも礼儀正しいのに、少しつっけんどんに返答するさまに、蘭は首を傾げていた。
信はキースにあまり好意をもっていないらしい。
剛が名乗ると、キースは「ああ」と納得した声を上げ、礼儀という衣をさっと脱いだ。
「村の代表をされている烈さんと由さんとこの子だね。父がよく遊んだと言っていた」
「ザックさんにはよく遊んでもらったよ。無茶を言って、後で由にこっぴどく怒られた」
懐かしそうに剛が言うと、蘭が呆れたように言った。
「ザックさんが優しくて、なんでも言うこと聞いてくれるからって、剛は調子に乗りすぎだったんだよ。かわいそうに、ザックさん、帰るころにはいつも傷だらけだったじゃない」
キースは大笑いして言った。
「じゃあ、あの傷は旅の途中の傷じゃなかったんだね。母さんがいつも心配していたけど」
それを聞いて、剛はようやく神妙な顔になった。
「……すみませんでした」
それを聞いて、キースはまた笑い、うまそうに食事にがっついた。
「この村に来るのをとても楽しみにしていたんだよ。ここは都といろいろ違うから、とても面白い」
キースはここから本題とばかりに、身を乗り出した。
「十六歳になったら、はなまつりというお祭りがあるんだってね」
蘭は思わず、信の顔を見てしまった。信は無表情でキースを見ていた。
「そこで男女で契って、初めて大人扱いしてもらえる」
合っている?と目顔で聞かれて、剛はそうだと頷いた。
「都では違うのか?」
剛が聞くと、キースは大げさに両手を広げ、上を仰いだ。
「全く。特に女性は、結婚まで未経験であることが、美徳とされている。結婚してからも、夫以外の男性とは、くちづけもしない。契ることは、秘するべきことで、恥ずかしいことなのさ」
三人は奇妙な顔になった。針森では、未経験者は子どもだ。子どものうちに、生涯の伴侶を見つけ、結婚しなければならないのか。
キースは、噴き出した。
「三人とも、変な顔になっているよ」
蘭は弁解するように、慌てて言った。
「だって、そんなのおかしいわ」
しかし、どうおかしいのか、蘭は言おうとしてもうまく言えなかった。
「うん、俺は、この村がおかしいと思っていた。怪しい、未開なところだとも思っていた」
キースはまわりを見回すと、
「でも、普通だな、と思った。都とは違うところが多いけど、きちんと秩序だった村だ」
それに……と続けて、蘭の方に、ぐいっと顔を近づけてきた。
「女の子が、とても魅力的だ」
キースの態度に、三人は三様の反応をした。剛はにやりと笑い、信は顔をしかめ、蘭は困った顔をした。
最近、剛に自分が魅力的だと言われ、信が自分をずっと好きだったと知り、ただでさえ面食らっているのに、今日初めて会ったキースにまで言われるとは。
蘭は嬉しいというより、自分との見解の相違に、困惑していた。
凛は綺麗だと思うけど……
キースは食事をきれいに平らげると、ごちそうさまと言って、食器の乗った盆を片手に席を立った。
「もっと話したいけど、仕事が残っているから、戻るよ。まだしばらくいるから、また会おう」
「おう、今度は酒を飲みながら」
剛が応じると、キースも「おう」と応じた。最後に蘭を見て、
「じゃあね、蘭。また今度」
と挨拶して、店を出て行った。
キースの背中を見送って、剛が言った。
「信、態度が悪いぞ」
信は食事を続けながら、
「普通だよ」
と、素知らぬ顔で返した。そして、蘭の方を見ると、心配そうに言った。
「蘭、気を付けるんだよ。キースは興味本位で近づいてくるかもしれない」
剛は呆れたように、鼻を鳴らした。
「十中八九、誘ってくると思うぞ。でも、信がとやかく言うことじゃないだろう。蘭だって大人だ。お前は過保護すぎるんだよ」
信は鼻白んだが、何も言わなかった。
剛は気にしたふうもなく、食事を平らげると、じゃあな、と手を振って帰っていった。
二人きりになって、蘭は何と話しかけていいか、分からなかった。信が自分のことを好いていてくれると知ると、様々な信の行動の意味が分かるようになって、どう対処していいのか迷ってしまう。以前のように、無邪気にふるまうことが出来なくなってしまった。
「蘭」
信に話しかけられて、蘭はハッとした。物思いに沈んでいたのだ。
「なに?」
そっけなく聞こえないように返事をすると、信は蘭の顔を覗きこんできた。
「最近、おかしいよ。何かあったの?」
みるみる顔が赤くなっていくのを、信は驚いた顔で見ていた。返事を待っている信に、蘭は仕方なく、剛に言われたことをしゃべった。
信はため息をつき、笑いながら、剛を罵った。
「あいつ……余計なことを」
それにしても……と蘭を見る。
「そこまで、はっきり聞かないと、俺が蘭のことを好きだって、気が付かなかったの?」
うなづく蘭に、信は笑った。
「じゃあ、余計なことでもなかったな。剛に感謝しなきゃ」
信は何事もなかったように、すでに空になっていた、二人の食器を手早く片付け、蘭に行こうと促した。




