Ⅱ 都 -3
そのころ、針森の村に来る商人用の宿泊所に、一組の親子が泊まっていた。父親は針森を何度も訪れ、反物を仕入れていた。今回は初めて、跡継ぎの息子を伴っていた。
二十歳の息子は、父親について、商いを学んでいるところであった。
父親の名前はザック。息子の名前はキースといった。キースは、外見が華やかで、商人らしく適度に軽く親しげに接してくるので、村人ともすぐに打ち解けた。女たちは特に、噂するようになった。
キースはキースで、父親から「はなまつり」の儀式のことを聞き、村に来るのを楽しみにしていた。
都では女の身持ちが固い。若い娘は結婚まで身を清らかに保つことが、たしなみとされていた。結婚前に契るなど、言語道断であった。
針森の村では、十六歳の「はなまつり」の儀式からは、自由に誰とでもねることができるらしいと聞いて、キースはあわよくば針森の村の女と仲良くなろうと思っていた。
父親のザックはそんなキースをたしなめた。
「針森の女は、お前が思っているほどあまくないぞ。針森の女たちは強いからな」
「久しぶりだね、ザックさん」
その機織り小屋から出てきたのは、もうすぐ四十路にさしかかる美しい女だった。この村では女が主な場合が多い。都では女が切り盛りしても、表には男を立てることが多いが、ここでは女が普通に主として挨拶をしてくる。父親も、それを当然のことのように、敬意をもって接しているのを、キースは不思議な感覚で見ていた。
「これが跡取りのキースです」
紹介されて、キースは慌てて頭を下げた。そんな息子に苦笑して、ザックは言い訳がましく言った。
「まだまだ、ひよっこで」
柳と呼ばれた女は、アハハと快活に笑い、中へ招き入れた。
「うちのも織師になったよ。うちのもまだひよっこだけどね」
「おや、どちらがかね」
意味不明な会話を聞きながら中に入ると、織機の前に若い女が座っていた。つややかな黒髪が背中で揺れていた。キースたちが入ってきたことに気が付いて、女は振り返った。
大きな黒目がこちらを見つめ、キースは吸い込まれるかと思った。女は勢いよく立ち上がり、駆け寄ってきた。
「ザックさん!」
「おお、蘭か。蘭が織師を継いだのだね。それにしても、美しくなって」
蘭とザックは抱き合い、再会を喜んだ。蘭にとってザックは、物心がついたころから見知っている、お客さんだった。
抱きしめたまま、ザックは辺りを見回すように、キョロキョロした。
「凛はどこだ?父の方を継いだのかい?」
柳と蘭の顔に、さっと影が走った。柳が笑顔を作って、ザックの問いに応じた。
「二年前に巫女として、神殿に召されたのですよ。そうか、ザックさんは去年来なかったから、凛が行ってから初めてなんだね」
キースは驚き、柳の顔をまじまじと見てしまった。この辺境の村に、巫女だって? あの美しく清らかな乙女だけが選ばれるという、誉れ高い巫女に?
しかしザックは驚きの声も、お祝いの言葉も言わなかった。訝しく思っていると、いつの間にここを離れていたのか、蘭が奥から声をかけてきた。
「お茶が入りましたよ。どうぞ奥へ」
蜜茶の香りが奥からほんのり漂ってきて、ザックは誘われたように、そちらに足を向けた。
ザックとキース、柳と蘭で円座に座り丸台を囲むと、キースは何となく窮屈な思いをしていた。都では、椅子に座り、テーブルを囲む。円座に座って小さな丸台を囲むと、互いの距離が近いのだ。
旅人用の宿舎も、まかない所も、テーブルと椅子なのだが、各々の家には、小さな丸台しか普通なかった。食事はまかない所でするので、大きなテーブルがいらないからだ。
先ほどの巫女の話を聞きたかったが、親たちが商売の話をし始めてしまった。
蘭の方を盗み見すると、二人のやりとりを真剣に聞いている。
俺には興味ないのかな……と思っていると、父親のザックに話を振られた。
「え?」
と聞き返すと、ザックに頭をはたかれた。
「お前は何しに付いてきてるんだ。しっかり聞かんかい」
柳は苦笑し、蘭は呆れたように見ていた。
頭をポリポリとかき、キースは身を入れて二人の話を聞き始めた。もとより、仕事をおろそかにするつもりはない。商売はおもしろい。キースは家業が好きだった。人と人のやり取り、駆け引きで、商売を成り立たせていくことは、キースの性に合っていた。
ただ、確かに油断していた。自分はこの村を舐めていたということを、キースは二人のやりとりを聞くうちに、思い知った。特に相手が女だということで、我知らず軽く見ていたのだ。
柳が職人として一流というだけでなく、交渉相手としても一筋縄ではいかない相手だった。ただ買いに来てくれた商人に、ポンと丸投げするのではない。相場から在庫管理、どのように売っていくかまで、聞き出そうとしていた。しかし表面はおおらかで、友好的な態度を崩さないのだ。
柳との会話に、キースも引き込まれていった。ふと、横を見ると、蘭がほほ笑んでいた。その笑顔は意外にかわいらしく、第一印象より少女らしく見えた。
ザックは反物をまとめて仕入れることができた。ほくほくとうれしそうな顔で、柳と握手をしていた。また、引き取りに来るよと言うザックに、柳は微笑んで言った。
「いじめてしまって、ごめんなさいね。でも、本当にあなたのことは、特に信頼しているのよ」
笑いながら、手を振って別れを告げ、宿泊 所への帰り道、キースは父の顔をまじまじと見て言った。
「あの柳っていう人、おっかないな」
ザックは顔を赤くして、ため息をついた。
「ああ、恐ろしいよ。美しくて、優しくて、したたか。覚悟しておけよ、跡取りの蘭も、多分母親そっくりになるぞ」
「それにしちゃあ、あんまり似てないけど」
キースは柳と蘭の顔を思い出しながら、つぶやいた。どちらも美人だが、似てはない。
「ああ、拾い子だからな」
ザックは何でもないことのように、言った。驚くキースに、なぜか得意げに笑った。
「この村では拾った子も、幸いの子といって、自分の子ども同様に育てるのさ。むしろ幸せを運んでくれるってね」
「へえ」
キースは感心して相槌を打った。確かに、顔が似てないにも関わらず、親子にしか見えなかった。
軽い気持ちで来た辺境の村だが、意外に懐が深い。キースは村にも、蘭にも興味が湧いてきた。




