Ⅱ 都 -1
カタンカタン
乾いた音が機小屋に響いていた。最初はぎこちなかった音が、最近はリズミカルになってきた。
少し汗ばんできたので、蘭は手を止めて、汗を拭った。
「どうかな?」
後ろで見守っていた寧に尋ねると、寧は真顔で頷いた。
「織るのは、もう大丈夫ね。反物を任せられるわ。あとは、染色ね」
蘭は織りかけの布を見て、頷いた。
美しい色の模様。この色は寧が染めたものだ。染色は複雑で、染める原料の処理も様々、原料同士のかけ合わせも様々だった。寧はそれは素晴らしい色を出せる。同じ方法で染めても、蘭も柳でさえも、寧のような鮮やかで深みのある色は出せなかった。
いつだったか、柳があきらめたように言ったのを聞いたことがある。
「寧は閉じ込めてしまった感情の色を、染める色に出しているのね」
閉じ込めてしまった感情……その感情は今、寧のどこにあるのだろうか。寧はもう、感じることはないのだろうか。悲しみに打ちのめされるようなことは、もうないのだろうか。
「もう、二年ね」
不意に寧が発した言葉が、何を意味するのか、蘭は戸惑った。蘭が思っていること、常に頭の片隅にあることを言っているのかと思ったのだ。
二年…凛が村を出てから、二年が経っていた。
しかしすぐに、寧の言う「二年」の意味が分かった。蘭は凛が村をでてからすぐ、織師になることを決め、柳と寧の小屋で修業を始めた。修業の期間はほぼ二年とされている。もちろん技術の習得にもよるが、ほとんどの職業は、二年修業すれば、親に認められ、何師だと名乗ることができるようになる。蘭も織師が名乗れる時期が近付いているのだ。
そしてそれは、蘭にとって、凛がいなくなった年月と一致する。凛も巫女となって二年になるのだ。元気だろうか。
「やっと、織師を名乗れるわ」
蘭がそう返すと、寧はふわりと笑った。
「凛がいなくなって二年ね」
それを聞いて、蘭は自分でも驚くほど、動揺してしまった。笑おうとしても、うまく笑えない。一言も口から出てこない。ただ、寧を見つめることしかできなかった。
「身体の半分を取られたままみたいね。そのままだと、わたしみたいになっちゃうわよ」
蘭の頭をポンポンと軽くたたくと、諭すように言った。
「凛はまだ生きているのだからね」
汗ばんだ体を離して、蘭はほっと息を整えた。隣にどさりと男が倒れこんで、荒い息をついていた。剛である。
剛は仰向けになると、蘭の首の下に腕を入れた。簡易に作られた小屋の屋根の隙間から、ちらちらと陽の光が入って、二人の裸体を照らしていた。
最近、蘭と剛は、こうしてたまに肌を合わせる。幼なじみの剛と、こうして肌を合わせるのは、不思議なようで、それでいて子どもの遊びの続きのようで、楽しかった。
「蘭」
反対の手で、蘭の髪を触りながら、剛は何気ないふうに、蘭を呼んだ。
「ん?」
「おまえさ、信が誘ってきても、逃げているって?」
剛は蘭の髪をまだ触っていた。
「逃げているわけじゃ…」
蘭は言いよどんだ。確かに何回か、信が誘ってきた。でも信とは「はなまつり」の時以来、していない。何か踏ん切りがつかない感じだった。
「凛が信のこと好きだったからか」
そう言われて、蘭はしぶしぶ頷いた。そういうわけではないと言いたかったが、結局はそういうわけだということも分かっていた。
「蘭…」
剛はため息をついて、蘭の顔を覗いた。
「信はお前のことが好きだって、気づいているか?」
「は?」
「ずっと前からだよ。信は凛じゃなくて、お前が好きだったの」
美しい凛。その凛より自分が好かれているなど、蘭は思いもよらなかった。凛も言っていたように、同じ歳だったら、信も凛を選んだはずだと思い込んでいた。絶句している蘭に、剛は深い深いため息をついた。
「俺が言うのもと思っていたけど、見ていられなくてさ。お前、全然気が付いてやらないし。知っているか?あいつ、はなまつり以来、だれともやっていないんだぜ。誘いはあるのに」
俺にはできないなと笑う剛を、蘭は不思議なものを見るようにみていた。
「それを知っていて、わたしを誘っていたの?」
剛は、そりゃあな、と鼻を鳴らす。
「お前、色っぽいもん。狙っているやつは、いっぱいいるよ」
面食らう蘭の頬を、剛は少し強くつねった。
「いたっ」
頬をおさえる蘭を笑いながら、剛は何でもないことのように言った。
「凛じゃなくて、蘭が信をみてやってよ。いない凛のために、信が報われないのは、あいつがかわいそうだ」
まぁ、俺は我慢しないけど…そう言うと、剛はふたたび蘭に覆いかぶさり、口づけしてきた。




