Ⅰ 針森の村 -14
出発の朝は小雨が降っていた。凛は、柳と寧が織った白い衣に身を包まれ、選定者のようにフードを被っていた。その姿は、もう針森の凛ではなく、巫女の凛だと、見守っている村人は皆思った。違う世界に行ってしまうということを実感し、涙ぐむ人もいた。
先日、宴をした広場の前方で、凛はひざまずいていた。選定者の長は凛のフードを外し、その額に巫女の印をつけた。蘭と柳、青は、涙を見せず、しっかりとその姿を見つめていた。
今朝、凛に白い衣を着つけると、付き添いの巫女は、選定者たちのところへ用を済ませに行った。戻ってきたら、すぐ儀式の会場に行くので、用意を済ませておくをようにと、言い置いて。家族の最後の別れができるようにと、最後の心配りだった。
柳、青、そして寧が、順番に凛を抱きしめ、別れを惜しみ、出発を寿いだ。皆、どうしたら心の隙間を埋められるか、四苦八苦しているようだった。どれだけ言葉をかけても、どれだけ抱きしめても、物足りなさと不安はぬぐえなかった。
蘭の番になると、蘭は油紙の包みをわたした。開けるように、凛を促す。
凛が開けると、脛当てが出てきた。凛が茶羽根との交換で手に入れた大鹿の皮で作られたものだ。凛が使わずじまいだった皮で、蘭は秘かに凛の脛当てを作っていたのだ。
凛は脛当てをしばらくじっと見ていた。
「ありがとう」
そう言って、蘭の顔を見ると、寂しそうに笑った。
「でも、もう必要ないと思うわ」
脛当てを持っている凛の手を、蘭は脛当てごと両手で包んだ。強く握る。
「ええ、そうね。でも持っていて」
巫女だと告げられてから、一度も涙を見せなかった凛の目から、涙が零れ落ちた。蘭は微笑み、凛を抱きしめた。
「いってらっしゃい」
はるか遠くに見える白い点となった凛と選定者の集団を、蘭が村の門からじっと眺めていたころ、口伝師の社の奥で、桜婆は一人、瞑想していた。いつもは玲という口伝師見習いが側に付いているのだが、今は下がるように言われていた。
頭に浮かぶのは、まだあどけなさの残る妹の顔。もう、どのくらい昔になるだろうか。もはや桜婆に妹がいたことを知る者はいない。
村人は皆、凛は村から出た初めての巫女だと思っているだろうが、百年近く前に、一人いたのだ。それが桜婆の妹だった。今よりももっと排他的だった村は、太陽神への信仰などほとんどなかった。太陽神より、獣の神への信仰の方が強かったほどだ。それでも、選定者たちが村に来て、桜婆の妹を見つけてしまった。妹は泣き、村人が怒っても、どうしようもなかった。選定者たちの警護として、兵団が随行していたからだ。今思えば、辺境の地だったために、速やかにはいかないと予想していたのだろう。衝突はしなかったが、兵団の無言の圧力で、妹は行くことになった。村に迷惑をかけたくなかったのだろう。妹が泣いたのは、巫女に選ばれたと聞いたその時だけだった。あとは気丈に、むしろ喜んでいるかのように振舞っていた。出発の時も、笑顔で別れを言っていた。
次の年は、巫女姫が選ばれる年だった。妹が旅立って一年後、妹が巫女姫に選ばれ、太陽神に嫁いだという知らせが、朗報としてもたらされた。
「行ったか…」
凛の気配が遠ざかっていくのを感じながら、桜婆は目を開けた。




