Ⅰ 針森の村 -13
出発は三日後ということだった。三日後、正式に巫女になる儀式を執り行い、村を出発する。巫女として村を出るのだが、それまでの三日間は、まだ正式に巫女ではなかった。
凛は、生家で過ごすことを許されたが、占い師とは別の、もう一人の選定者の巫女が一日の大半、側にいた。凛が間違いを犯さないようにといった見張りであろうが、針森の村の女だから付いているのか、他でもそうなのか、分からなかった。
儀式に必要なものと、道中に必要なものは、村が調えなくてはならないので、村はてんてこまいの忙しさになった。
凛が着る白の衣を作るために、柳も寧も一日中白い布を織っていた。カタンカタンと聞きなれた音に耳を傾けながら、凛は自分の寝床に横たわっていた。付き添いの巫女は、くれぐれも軽率な行動は起こさないようにと言い置いて、選定者たちのところに戻っていた。一刻もすれば戻ってくるだろうが、この一刻は凛にとって貴重な安らぎの時間だった。目から耳から鼻から口から肌から、すべてを使って、村の姿、音、匂い、味、感触、すべてを体内に取り込みたかった。
控え目に戸を叩く音がして、蘭が入ってきた。
凛はパッと飛び起きると、蘭に抱きついた。巫女は、太陽神以外に興味を持つことを良しとされていない。たとえ家族に対してでも、愛情を示すあけすけな行動をとると、付き添いの巫女は嫌な顔をした。
「今、見張りの巫女は外出中なの」
凛が種明かしをすると、蘭の緊張がすっと抜けるのが分かった。蘭も凛を抱きしめ、頭をなでると、そっと離した。
「今日、桜婆さまのところに行ってきたの。用件が分かっていたみたいで、すぐに会ってくださったわ」
思いつめたような蘭の顔で、何の話が始まるのか、凛には大体分かった。それでも凛は何も言わずに、蘭がしゃべるのを待った。
「凛、巫女姫って知ってる?」
やっぱり……凛は少し笑って頷いた。
「知ってるわ。太陽神の花嫁となる人よ」
「じゃあ、誰から選ばれて、どうやって花嫁となるかは……」
「知ってるわ」
凛はまっすぐ蘭を見て、言った。
巫女姫は十年に一度、巫女たちの中から選ばれる。剛も言っていたが、巫女は太陽神の花嫁候補なのだ。婚姻の儀で、太陽の剣を胸に受け、太陽神と一つとなり、結ばれるのだ。太陽神はこの世にはいない。あちら側の世界にいるので、死をもってあちら側にいかなくてはならないのだ。
「凛……」
蘭はどう言ったらよいか分からないようだった。ただただ焦っている蘭の両手を、凛は両手で握った。
「蘭、わたし信が好きなの」
「うん?」
「信が好きなの」
「うん、知ってた」
凛が何を言い出すか分からないまま、蘭は頷いた。
「はなまつりで信と契った蘭がうらやましかった。わたしも同じ歳なら、絶対信を選んだのに。頭の中で、信と口づけたい、触れあいたいって、考えていたわ。どんな感じだろうって、想像していたわ」
凛はいたずらっぽく笑った。
「こんなこと考えている巫女が、巫女姫に選ばれるわけないわ」
大丈夫……とまるで妹に言い聞かせるように、凛は蘭の手を強く握った。
「それに、次の婚姻の儀は五年後なんですって。わたしはその時、二十よ。巫女姫は可憐で若い巫女がなるそうなの。二十歳じゃあ、トウが立ってるわ」
そう言われても、蘭は安心できなかった。だからといって、凛が巫女になることを止めることは出来ない。選定者が来るのがもう一年遅かったら、もしくは凛の言うように、凛が蘭と同じ歳だったら、凛も女になっていて、巫女に選ばれることはなかったのに。
蘭は凛を抱きしめた。泣いてはいけない。誉れある巫女として、送り出してあげなくては。
「愛しているわ、凛、私の妹。ずっと想ってる」
「わたしもよ、蘭。ずっと想ってる」




