Ⅴ 神意の行方 -18
「こんばんは、蘭」
目を開けると、ウェンがニコニコと見下ろしていた。蘭は黙って起き上がると、食事が置いてあるテーブルに座った。
ウェンは毎晩、ここを訪れ、蘭と一緒に食事を取ろうとした。最初は拒絶したり、無視したりしたが、ウェンは蘭が食事を取るまで帰ろうとしなかった。抵抗すればするほど、ウェンの滞在時間が長くなり、夜も更けてく一方であることに気が付いた蘭は、さっさと食事を済ませることにした。
それにしても、いつもなら入ってきただけで気が付くのに、今日は迂闊だった。アランの夢を見たせいだ。
「なんだか、うなされていたようだけど、大丈夫?」
さも心配しているようにウェンに訊かれて、蘭は舌打ちしたい気分だった。
「そうそう、今日はいいお知らせが二つあるよ」
蘭は顔を上げた。針森の村のことが気になって、何度かウェンに状況を尋ねたりしたのだが、ウェンはいつもはぐらかして答えない。自分から情報を提供するなど、珍しかった。
「まず一つは、君の同郷のシンが、君の為に針森に向かってくれたこと」
蘭は眉を顰めた。
「わたしの為に?」
「捕まった君が無事なように」
期待を込めた目で蘭を見るウェンを、蘭は睨みつけた。
「村の皆が力を合わせて戦ってくれるよう、説得しに行ってくれた」
「……なんてことを」
蘭は震える声で言った。
「あの村は戦いなど望んでいない場所よ。それを無理やり戦わせるなんて」
「そうだよ」
ウェンは、食べながら事も無げに言う。
「君は愛されているね」
「……その為にわたしを?」
「いや、君が欲しかったから」
ウェンは微笑んだ。
「あと、もう一つ。アラン様が太陽王になったよ」
するりと言うので、蘭は一瞬意味を取りそこなった。怒りに満ちていた顔が、一瞬間抜けに止まる。
アランが太陽王。つまり、王は……
「王が亡くなられたということ?」
「うん、そう」
「なんで……」
ウェンは上を見上げて考えながら言った。
「……寝すぎかな」
「なっ」
気持ちよさそうに眠っていた王。その後意識を失った自分。焚かれていた薬。それを吸い続けた王はどうなった?
「あなたが……」
「知らないよ」
ウェンは皿の上のソースを掬い取ると、口に運び、スプーンを置いた。
「眠るように亡くなっていたそうだけど、原因は分からない。今、主治医が尋問を受けてる。まぁ、兎にも角にも、アラン様が太陽王だ」
泥粘土にまみれて動けなくなっていたアラン。そして最後に覆いかぶさってきたのは……太陽王か。
ガザの侵攻と太陽王の死。このタイミングを作り出すために、ウェンは太陽王を手にかけ、わたしを攫ったのだろう。アランを手中に入れるため。
アランの虚ろな目が脳裏に蘇った。
「アランをどうするつもり?」
蘭がフォークとナイフを握りしめたまま、ウェンに詰問する。食べ終わったウェンは口を綺麗に拭いていた。
「あのさぁ」
拭き終わると、ウェンは身を乗り出してきた。蘭の顔の間近にウェンの顔があった。
「村やアランのことばかり気にしているみたいだけど、妹のことはいいの?」
蘭は凍り付いたように、ウェンを見返した。
「もしかして、忘れちゃってた?婚礼の儀まであと二か月もないよ」
忘れるはずがない。でも、凛が決めたことだ。それに、どうすることもできない。もう、他のことに心を砕き、痛みをやり過ごすしかないのだ。
「ねぇ」
ウェンが蘭の顎を掴んだ。蘭は抵抗しなかった。されるがまま、顎を持ち上げられる。
「ガザが侵略してきたら、儀式どころじゃないかもね。もしかしたら、太陽神殿も壊されてしまうかも。そしたら」
この男の言葉は危険だ。分かっているのに、蘭は動くことが出来なかった。魅入られたようにウェンを見つめる。
「巫女姫は助かるかもね」
甘い甘い罠。
ウェンは蘭に口づけた。蘭もそれを受け入れる。ウェンは笑いながら、紅い酒をグラスに注いだ。ラシャとは違うが、果実酒のようだった。一つを蘭に渡し、一つを自分で持つ。
「乾杯しよう、蘭」
蘭は呆けたままグラスを持った。それにウェンがグラスをぶつける。
その音は、何かを開いてしまったような、不吉な音がした。ウェンにつられて、酒を飲むと、身体中が熱く火照ってきた。
頭もぼうっとしてきたころ、ウェンが蘭を寝台に引っ張っていった。抵抗しようとしたが、力が入らない。あっけなく押し倒され、服を破かれた。さらけ出された裸体を見て、ウェンが感嘆の声を上げた。
「綺麗だ……蘭、穢れていても、とても綺麗だよ」
ウェンが覆いかぶさり、体中を愛撫する。体中が火をつけたように熱くなり、我知らず喘ぎ声が漏れる。そのうち、自分の声が部屋中に響き渡り始め、反響したように耳に入ってくる。その声に揉まれ、蘭は自分が消えてなくなるかと思った。やがてウェンが押し入ってくると、頭の芯は痺れ、蘭は何も分からなくなった。
その間中、シャンシャンという鎖の鳴る音が聞こえていた。




