Ⅴ 神意の行方 -17
路の向こうから、砂埃をたてて猛然と向かってくる馬を見つけて、コルは馬を止めた。
あれはうちの馬だな。
見慣れた馬と兵士の顔が近づいてきた。
先日蘭と先に都に戻った近衛兵だった。早馬を跳ばすための軽装に、コルの胸が騒いだ。
兵士はコルたちの前で馬を止めると、すぐさま飛び降り、敬礼する。
「緊急の書簡です」
それだけ言うと、さっとコルに書簡を差し出した。こころなしか青白い兵の顔を見ながら、コルは書簡をその場で開いた。
ただならぬ雰囲気に、後続の兵も何も言わずに待った。
皆の注視の中、コルの顔が険しくなる。やがて、書簡から目を離すと、皆の方を振り向いた。
「ガザ軍が我が国との国境を越えようとしている」
コルは静かに言った。皆、騒ぐこともなく静かに耳を澄ましている。
「今から、二手に分かれる。シンの隊は針森へ、ここにあるありったけの武器を持っていけ。他の隊は私と一緒に都に戻る。その後、すぐさま援軍を送る」
兵たちはどよめいた。ここにいるほとんどの者が針森の名前すら、聞いたことがなかった。皆がちらちらと信の方を見る。信は微動だにせず、コルを睨みつけていた。
「針森の方から侵入して来ているということですか」
「そうだ」
「では、わたしの隊だけでは心もとない。皆で行って、村民を逃がし、全員で応戦した方がいい」
「時間がない。少数で駆けた方が早い。戦いを想定していなかったので、武器も食料も足りない。お前が行って、村民に戦うように説得しろ」
信は目を剥いた。
「戦ったこともない村人ですよ。戦えるわけがない。無駄死にですよ。大体、この村は」
「戦おうとしないだろう」
コルが信の言葉を引き取った。
「それで、あっさりガザの基地にされては困るのだ。急がなくてはならないのは、犠牲が出るからではない。すぐに明け渡されては困るからだ」
「……援軍が来るまで、村民の命を懸けさせろということですか」
「……そうだ」
信は少し黙った後、食いしばった歯の間から押し出すように言った。
「断る」
兵たちが息を呑む。
コルはため息をついた。少し困った様子で、信を手招きする。信は応じなかった。
「シン、命令には続きがあるんだ。お前だけに伝えた方がいい」
警戒心丸出しで、信はコルに近づいた。
コルは兵士たちに待機の合図をし、信についてくるよう命じた。
皆と少し離れたところで、コルが何かを信に耳打ちする。途端に、信はのけぞってコルを見た。目は怒りに燃え、口がわなわなと震えていた。
「それは誰の命令だ」
信が怒りを抑えて、絞り出すように訊く。
コルはチラリと書簡を見て、答えた。
「……陛下だ」
信は小刀を抜き、コルの喉元にピタリと当てた。
「蘭に何かあったら、俺がこの国を滅ぼしてやる」
信はそう言うと、刀をしまい、馬をひるがえして、兵のところに戻った。
「隊長の命令通り、俺の隊は武器を積んで、針森へ向かう。急げ!」
信の隊の者は慌てて、武器を自分の荷に乗せ、信の後に続いた。
信を包む空気は、今まで部下が感じたことがないほど、張り詰めていて、殺気立っていた。皆、状況の説明を求めていたが、誰も信にそれを促すことなどできなかった。
怒りのまま馬を駆けさせる信に、必死について行くだけだった。
猛然と駆けていく信の後ろ姿を見送って、コルはもう一度書簡に目を落とした。
いつもならアランの名前の下にある王太子の印。しかしそこには太陽王の印が記してあった。
ついにその時が来たか。
コルは唇を噛むと、残りの兵に指示するべく、馬をひるがえした。
谷底は泥のような粘土のようなものに覆われていた。そこに落ちたアランは全身がその泥粘土にまみれ、身動きができないでいた。それどころか、動いてもいないのに、泥粘土にまみれている部分がどんどん広がっているように思えた。
と、遠くでいくつもの叫び声が聞こえた。続いて聞こえる炎の音。炎は家々を焼き、人々は逃げ惑う。炎と、切りつける剣から、命からがら逃げようとする。しかしその甲斐もなく、炎と剣から生み出される血しぶきに、人々は呑み込まれていく。
助けて!
蘭は力の限りアランに向かって叫ぶが、アランはそちらの方に目を向けたものの、何かに気が付いたようにはっとし、首を横に振ってうなだれた。
うなだれたアランの横で、泥粘土が人型のように立ち上り、アランに覆いかぶさった。アランはなすすべもなく、立ち尽くしている……。
だめだ!呑み込まれる!
蘭は叫ぶが、アランは虚ろな目のままだった。




