Ⅴ 神意の行方 -16
長年外敵に脅かされていなかったこの国は、ガザ軍侵攻の第一報を受けて、大臣たちが招集されたものの、見事に混乱を極めた。
大臣たちは各々自分の領地のことを気にかけ、てんでバラバラなことを言い合っているし、国が脅かされている危機感に欠けていた。
王不在の今、代行は王太子であるが、子どもといってもいい王代行を、皆相手にしなかった。
だが、投げ出すわけにはいかない。
アランは根気よく、これからどうするべきか、大臣たちの話を聞きながら、考えていた。
そこに、王の様子を見に行かせていた侍従が戻ってきた。体調がよければ、こちらに来てもらいたいと思ったのだ。
考えに沈んでいたアランは、侍従に気が付くと、入ってくるよう目配せした。
だが、侍従は動かない。もともと白い顔だったが、彫刻のように青白く固まっている。
「どうした」
アランが声をかけると、侍従はぎこちなくアランの顔を見た。その動きがからくり人形じみていて、今にもギーギーと音を立てそうだ。
「へ、陛下が」
調子の外れたラッパのような、耳障りな声だった。声のコントロールができないで、高い声が抜けていく。それは悲鳴のようにも聞こえた。
「み、身罷られています」
部屋を静寂が襲った。皆、その言葉の意味を考えている。理解して、体の中に入れようと試みている。
ガタン
一番に立ち上がったのは、内務大臣ウェンだった。足早に出ていく後を、アランが追いかける。二人が出ていくと、魔法が解けたように、部屋は大騒ぎになった。
王はかつての精力に溢れた姿の片鱗もなく、枯れた老人のように痩せ細っていた。
ただその顔は安らかで、眠っているようだった。主治医が眠っていると思って、そっとしておいたのも仕方がないと思えた。最近は眠れず苦しんでいるようであったから、なおさらだ。
侍従が声をかけて、初めて異変に気が付いたらしい。
アランは父上と呼んだ人の顔を見下ろした。
太陽王、父上、父王、陛下。たくさん呼び名はあるが、そのどれもただの記号だった。どう呼んでも、情を込めることは出来なかった。
しかし何だ、この喪失感は。
「これからは貴方が太陽王です」
少し後ろにいたウェンが耳元で話しかけてきた。
「もう、アランという名前ではありません」
ああ、そうか。
胸に重しがのしかかってくるのを感じながら、アランは理解した。
アランを失ってしまったからか。
今度はおれが太陽王という記号になる。
「陛下」
尚もウェンは耳元でささやく。
「貴方はその生まれに責任がある。金色の髪を持つ者は、迷ってはいけません」
息をしていない王。王は死んだ。
「一刻も早く、戴冠式を。ガザが攻めてくる前に、体制を整えなくては」
アランは頷いた。代わることができない責務。おれが……太陽王になる。
アランは即位の儀で見た、巫女姫を思い出した。その凄絶さを秘めた美しさ。ランを宥めるために言った自分の言葉を思い出す。
もう、巫女姫になることを決めた目だ。
「いや、国民には、状況を見て発表する。私に太陽王の全権が与えられたことだけ、大臣に申し渡す。逆らえば、首が飛ぶぞということを分からせればよい」
「ですが、儀式はきちんとしないと、示しがつきません」
アランはウェンを振り返った。
「お前がそんなに儀式好きだとは思わなかったな。呑気に儀式などしている暇はないと、奴らの尻を叩けるだろう?それほどの緊急事態だからな」
まるで信用していない顔に、ウェンは思わず笑った。坊やも成長したんだね、と嬉しくなる。
「では、その緊急事態の対策で良い手があります」
アランが半目でウェンを見やる。
ウェンはニコニコしながら、場所を変えましょうと促した。
「針森はこの国への忠義が薄い。というか、ないに等しい。ガザが入ってきたら、戦わずして、受け入れかねません。基地にでもされたら厄介です。戦ってもらいましょう」
王宮内にあるアランの執務室で、ウェンは早速切り出した。
「どうやって」
「今、コルニクス殿と共に遠征に出ているシンという兵士が、針森出身だそうですね。しかもかなりの切れ者とか。彼に行かせましょう」
どうやってその情報を手に入れたかは、訊かなかった。ウェンはかなりの情報網を持っているようだ。それを今詰問しても仕方がない。ただ、ウェンの策には同意しかねた。信は出来る奴だが、この国や太陽王に忠誠心はない。村には向かうかもしれないが、村人の命を懸けて戦ったりはしないだろう。
ウェンにそう言うと、ウェンはニヤリとして言った。
「今、蘭がわたしの家にいます。彼女を盾に取れば、彼も村も言うことをきくのでは?」
「ランが……なぜ……いや、そんなことは」
アランは混乱した。なぜ、蘭がウェンのところに?しかも、人質にとれと言っている。確かにシンは蘭の命をかざせば、言うことをきくかもしれない。しかし彼の信用は、泡のように失ってしまうだろう。
アランの瞳が揺れるのを見ながら、ウェンは内心クスクス笑っていた。やはりまだ子どもだな。傷がいっぱいつけられそうだ。
「それに蘭は王の死で、責任を問われるかも知れません。ほとぼりが冷めるまで、隠しておいた方がいい」
アランは王の居室の入り口で、死人のような顔をした主治医を思い出した。まだ弾劾されてはいないが、王が死んだことを誰かのせいにしようとすると、やはり主治医が筆頭に上がる。ランはその助手の役割だった。
しかも最近は、付きっきりで世話をしていた。
「分かった。お前に任せる」
アランが言うと、ウェンは頭を下げ、部屋を出ていった。
太陽王は迷ってはいけない。国の為に、最善を尽くせ。
その呪いの言葉は、アランの胸にしっかりと刻み込まれた。




