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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅴ 神意の行方
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Ⅴ 神意の行方 -15

 


 頭が痛い。目に光が入ってくると同時に、蘭は顔をしかめた。

 思わず、もう一度目を閉じる。

 今度はゆっくりと目を開いていった。

 ぼんやりとした景色が、やがて像を結ぶ。

 石の壁、高い天井、窓はない。明かり取りの隙間が、はるか頭上に見えた。

 きちんとした寝台に、きちんと寝かされている。体を動かそうとして、足元から異質な音が聞こえ、蘭はぎょっとした。

 鎖。右足首に鎖が付けられ、寝台に留められていた。引っ張ってみるが、もちろんびくともしなかった。

 あきらめて、ゆっくりと動いてみた。寝台に腰掛けると、鎖は難なく伸びた。まだ余裕がある。おそらく、部屋の中は動けるだろう。

 状況から察して、ウェンに閉じ込められたのだろう。部屋で焚かれていた薬で、意識を失ってしまったのだ。

 太陽王のことに気を取られて、部屋に入った時の違和感に気が付かなかった。

 いや、気が付いていたが、後回しにしてしまった。

 扉が開き、若い女が入ってきた。

 手に盆を持ち、寝台に座っている蘭を見ると、ほほ笑んで扉を閉めた。

「気が付いたんですね。よかった」

「ここはどこで、あなたは誰ですか」

 蘭は目だけ上げて、無表情に訊いた。

 女は構わず歩み寄ると、寝台の横のテーブルに食事を置いた。

「どうぞ、召しあがってください」

 動こうとしない蘭に、女は困った顔で言う。

「おかしな物は入っていません」

 蘭は自分の足首にくっついている鎖を指さし、冷たい声で言った。

「こんなことをされて、信じられるわけがないでしょう?」

「そうですね」

 女はあっさり頷く。

「こうする理由が知りたいのです。ここはどこで、何のために……」

「もういいよ、アリサ」

 第三者の声がして、男が入ってきた。アリサは軽く頭を下げると、部屋を出ていった。

 やっぱり。蘭は男をじっと見た。

 やはりこの男だった。謎なのは、なぜわたしを攫ったかだ。

 ウェンは蘭を見ると、ニッコリ笑った。

「もちろん、ここは僕の家だよ。この部屋は地下の特別客室。その鎖は、君が結構強いということを知っているから、付けさせてもらった」

 ウェンが鎖を引っ張ると、ジャラジャラと音を立てた。

「この部屋の中は動ける長さだよ。外に出られないだけ」

「……なぜわたしを攫うような真似を?」

「ああ、それは僕が君を欲しかったから」

「?」

「……さっき食事を持ってきた女はね、僕の兄の妻だよ」

 急に話が変わって、蘭は面食らった。

 ウェンは蘭の横に座り、鎖を弄びながら、楽しそうに語った。

「アリサっていうんだけどね、優しくしたら、僕のこと愛しちゃったんだって。だから兄を捨てて、僕について行きたいって言ったから、ドムに連れて行ったんだ」

 ちょうどよかったよ。ウェンは他人事のように言う。一片の愛情の欠片も感じない。

「何の話を……」

 蘭が思わず口を挟むと、だからぁ、とウェンは苛立った声を出した。

「君をドムで見初めた話」

 ウェンはグイッと鎖を引っ張った。

 蘭は思わず寝台に倒れ込んだ。ウェンは尚も、鎖を上を持ち上げる。蘭の片足がどんどん上に上がっていき、足が広げられる。

 体制を立て直そうとする蘭の上がった足を、ウェンは押さえこんだ。

「ドムでは君も大活躍だったんでしょ。お陰で僕はドムでの職をなくしちゃった」

「……」

 ウェンの言葉に、だから何だと腹が立った。戯言だ。蘭はウェンを睨みつけた。

「そう、その目が見たかった。ぞくぞくするよ。……僕の仕事は大商人だったよ」

「え?」

 意外な言葉に、蘭の抵抗していた力が弱まった。すかさず、ウェンは蘭の身体に自分の体重をかけた。

「西の大商人だよ。元ね」

 抑え込んだまま、ウェンは蘭の目をのぞき込む。

「君たちのせいで、先行き暗くなったんで、辞めたんだ」

 蘭の頭は混乱していた。ウェンは内務大臣の息子だった。なぜそんな男が、忘れられた町ドムで商人などしていたのだ?

「恨んでいるんですか?」

 仕方なく訊いてみると、ウェンは目を丸くして大笑いした。

「まさか!踏ん切りがついたから、感謝しているくらいだよ。君にも会えたし」

 蘭の太ももを撫で上げる。蘭の背中にぞわぞわと悪寒が走った。

「都も楽しいしね」

 そう言うと、蘭の身体を離した。

「残念だけど、続きはまたね。多分、招集がかかるから」

 招集?何のために。

「ガザの隊が国境に近づいているらしいよ。しかも……」

 ウェンは嬉しそうに蘭を見る。いたずら前の子どものようだ。

「針森の方から」

 蘭は目を見張った。

「なん……で」

「んー、ドムの方から来られなくなったからじゃない?王太子様は知っていたと思うよ」

 動揺する蘭を、目を細めて見ている。目はしっかり蘭を観察しながら、口だけは別の生き物のように滑らかに動いていた。

「どちらかというと、針森の村の方が見捨てやすいと思ったのかな。人口が全然違うし。それに針森は国の一部というには、異質でしょ?太陽王に忠誠を誓っているとは言えない。あ、でも、そうか」

 わざとらしい芝居。ご丁寧に、今思いついたかのように、ぽんと手を鳴らす。

「だからと言って、すんなりガザ軍に村を明け渡されたら困るよねぇ。そこを基地に動かれたら、面倒だもの」

 というわけで、と蘭の頭をよしよしなでる。

「ここで、いい子にしていてね」

「何をするつもり?」

 蘭は低い声で言った。

「そんな怖い声出さないでよ。国民として戦ってもらうだけだよ」

 村で戦?言葉がうまく頭に入ってこない。

「そんなの無理だ」

 長年、侵されることがなかった針森の村に、まともな武器などない。

「じゃあ、行ってくるよ」

 ウェンは蘭の言葉を意に介せず、立ち上がると、手を振って出ていった。

 残されたのは蘭と静寂。

 村をガザの兵士が襲い、戦いになる?

 誰が戦うのか?青か?剛か?

 誰が死ぬ?柳か?寧か?

 なすすべもなく、蹂躙されていく村が脳裏に浮かびあがった。飛び散る血、倒れゆく人、村を呑み込む炎。

 凛と過ごした村。

 わたしは何の為に、ここにいる?こんなところで、鎖につながれて。

 蘭は寝台を降りようとして、足を鎖で絡めてしまい、転倒した。

「あ、あ、あーーーー」

 蘭は絶叫した。

 お願い、皆逃げて。

 村を殺さないで。


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