Ⅰ 針森の村 -12
早朝に、凛と一緒にこの家を出た時とは、世界が変わってしまったかのようだった。蘭は落ち着きなく、部屋の中を歩き回っていた。何か悪い夢でも見ているようだった。
「蘭、落ち着きなさい。座っていて」
円座に座った柳が、たしなめた。隣では。青が、目を閉じて座っていた。瞑想しているかのようだ。
「だって!」
待っていたかのように、柳に噛みついた。
「もし、巫女になることを、凛が承知したら、どうするの!」
溢れる思いが、ついに涙になって流れてしまった。
柳は静かに言った。
「凛は巫女になることを、受けるわ」
柳は立ち上がり、凍り付いたように動きも涙も止まった蘭を、そっと座らせた。
「巫女に選ばれることは最大の誉れ。特に都ではそうだわ。巫女になることを強いられはしないけど、その誉れを断ることは、神殿の権威を、そして太陽王の権威を、傷つけることになる。そうなれば、太陽王も何か制裁をしてくるかもしれない。凛にも、針森の村にも」
いつの間にか、青は目を開け、宙をにらんでいた。何か痛みに、耐えるように。
「凛はそのことを分かっていると思う。あなたは凛への思いで目が曇っているけど、凛はしっかりと考えている目をしていたわ」
柳は蘭の頭を何度もなで、頭を抱きしめた。柳の顔は蘭から見えなくなったが、柳の声は震えていた。
「泣いていては、凛がここに来た時、笑われるわ。あの子を悲しみの巫女にしてはいけない。誉れある巫女として、送り出してあげないと」
蘭はすぐには頷けなかった。柳の腕の中で、長い間じっとしていた。
日も落ちて、もう暗くなったころに、家の戸がたたかれた。
柳は静かに立ち上がると、戸を開けた。五人の選定者、そして凛、最後に狩師の長である剛の父を招き入れた。
凛の髪は乾き、美しく梳かされていた。黒いまっすぐな髪がなびき、巫女に選ばれたと思うからか、蘭の目にはすでに遠い神秘的な存在に映った。
蘭と目が合うと、凛は少し微笑んだ。しかし口は強く引き結んだままだった。
皆が、円座に座るとかなりきつかった。それだけが現実味を帯びていた。
「凛さんとお話をしました」
話し始めたのは神官の長だった。
「偉大なる太陽神のこと。その方に仕える巫女とは、どういった存在なのかということ。そして、その巫女にあなたが選ばれたのだということ」
神官の長は、凛を一瞥し、満足そうに微笑んだ。
「彼女は快く承知してくれました」
快く…ではないことは、この場にいる誰もが分かっていることだった。凛の家族や剛の父だけでなく、選定者たちでさえ、太陽神に対しての信仰が篤いとは言えないこの村の者が、巫女に快くなるとは思っていないだろう。
しかし、占い師が視てしまったのだから仕方ない。巫女になるべき者を見逃すわけにはいかないのだ。そしてその誉れは、快く受けなくてはならない。
柳と青、剛の父が、選定者、そして凛に向かって額ずくのを見て、蘭も慌ててそれに倣った。
「わたくしたちの娘が巫女に選ばれる誉れ、謹んでお受けいたします。今後のご健勝とご活躍を切に願います」
柳の口上を受けて、凛は深々と頭を下げた。




