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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅴ 神意の行方
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Ⅴ 神意の行方 -11

 


 いつものように、ウェンは主治医の前を素通りして、王の居室に入ろうとした。

 もう、最近は主治医が何を言おうと、足を止めることもしなくなっていた。

 無言で素通りしながら、おやっと思った。

 主治医の雰囲気が何か違う。

 いつもは不安と後悔といったうっとおしい気配を纏っているのだが、今日は何か……期待?

「今日は機嫌がいいな」

 立ち止まって振り返り、声をかける。

 主治医がぎくりとしたのが分かった。しかし、すぐに思い直したように、まっすぐウェンの目を見た。

「いいえ、特に。ただ、わたしの助手が、陛下の診察も手伝ってくれることになったので、多少気分が良いだけです。ご容赦を」

 助手?

 ウェンは眉を顰めた。主治医の少し上がった顎を見る。

 こいつのこんな態度、初めて見た。気に入らない。

 黙って、王の部屋の扉を開ける。中はいつものように薄暗いが、部屋の片隅に光が入っているのが見えた。ぴたりと閉じてあるはずのカーテンが、少しだけ隙間が開いている。

 王は、寝椅子にだらりと身を預け、弛緩した顔でまどろんでいた。着物はほとんどはだけており、痣や傷が露になっていた。

 その傍らで、傷に薬を塗っている女がいた。

 ウェンが入っていたことは、扉を開ける音で気が付いているはずなのに、こちらをチラリとも見ない。

「何をしている」

 思わずイライラした声が出てしまった。

 女が振り返った。

 ウェンは一瞬、誰か分からなかった。それほど、前回会った時とは雰囲気が違っていた。しかし、女が顔を上げ、目線がぶつかると、すぐに名前が出てきた。

「蘭…か」

 蘭は答えずに、王の方に向き直り、作業を再開した。

「打ち身と擦り傷、打撲傷もひどいです。傷はろくに治療もされていませんし、これでは炎症を起こしてしまう。薬を塗って包帯をします」

 蘭は静かに説明した。

「禁断症状が起こった時、陛下は我を失って、思いっきり暴れちゃうんだよ」

 ウェンも静かに答えた。

「では、また傷を作ってしまいますね」

 蘭は包帯を巻き始めた。王は眠りに落ちたようだ。

「そうだね」

 ウェンが蘭に一歩近づいた。

 蘭は振り返り、王の腹を指さした。赤黒くなり、少し皮膚が裂けている。

「でも、この傷は不可解です。暴れたにしても、腹を自分で殴るのは難しい」

 ウェンは立ち止まり、王の腹を見下ろした。汚い身体。

「さあね。僕に言われても、分からないよ」

「そうですか。こんなことが続くと、内臓から出血して、死んでしまわれます」

 そう言うと、薬や包帯をまとめ、籠に放り込んだ。王の衣服をそっと直し、かけ布を優しくかけた。そして、壁際に置いてあった椅子を持って来ると、王が横になっている寝椅子の横に座った。

「何をしてるの?」

 無表情でウェンは聞いた。さっきより優しく聞いているのに、なぜか脅迫めいていた。

「王の容体を見守るのがわたしの仕事です」

 ウェンになど興味がないように、蘭は答える。

「僕が陛下に用事があるんだよ。席をはずしてくれる?」

「それは無理です。王の容体は芳しくない。目を離すのは危険です。ご用事でしたら、どうぞ」

 あ、と蘭は思い出したように、ウェンを見た。

「何かお渡しするものがあるのなら、お預かりしますよ」

 そう言って、手を差し出す。

 ウェンはその手を一瞥すると、フッと笑った。

「別にお渡しするものなんてないよ。お話に来ただけ。眠っておられるなら、またにするよ」

 笑顔に変わったウェンに、蘭は少し警戒する。笑っている時の方が、この男は危険だ。

 またにする、と言いながら、ウェンは出て行こうとしなかった。

 しばらく部屋は沈黙に包まれた。

「蘭」

「はい」

 ウェンに呼ばれて、蘭が返事をする。そういえば、この人はなぜ針森の名の呼び方ができるのだろう。

「ここに常駐するのなら、来訪者には椅子ぐらい勧めなさい」

 そう言うと、自分で椅子を持ってきて、蘭の横に座った。

「またにする……のでは?」

 不審な顔で蘭が訊く。

「陛下、とわね」

 ウェンはニコニコして蘭を見た。

「ねぇ、この後、王太子に報告に行くの?」

 体を寄せて訊いてくる。

「王太子様の(めい)ではありませんから」

「あれ、じゃあ、だれの?」

 蘭はけん制するつもりで言った。

「后様です。わたしは后様付きの女官です」

 ウェンは一瞬真顔になったが、すぐ元のニコニコ顔に戻った

「ふーん」

 そして急に引き寄せると、蘭の唇に吸い付いた。蘭ははねのけようとするが、ウェンの力は強く、ますます貪ってくる。舌が入ってくるのを感じて。蘭は噛みついた。血の味が口に広がる。

 ウェンが蘭を離すと、ペロリと唇の血を舐めた。

「さすが針森の女」

 ウェンは満足そうに、蘭を見た。

 蘭は唇をぬぐって、ウェンを見た。

「針森をご存じで?」

「うん、行ったことはないけど」

「そうですか」

「穢れてるって言われたことない?」

 唐突な言葉に、蘭はたじろいた。真意が分からなくて、じっとウェンを見る。わたしを傷つけたいだけなのか?

「また、来るね」

 蘭の返事を待たず、ウェンは立ち上がった。

「来てもいいですが、わたしに構わないでください」

 蘭がウェンを睨んで、言う。

 ウェンは朗らかに笑って言った。

「蘭が構ってくれたら、僕は陛下に何もしないよ」


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