1-3 日常のお店と土地柄
ピリーを錬金工房に押し込んだ後、ミミーはさっそくお店の開店準備を進める。
早朝ではないものの、開店と同時にいろんな人が買い物にやってくるからだ。
「いらっしゃいませ~♪」
開店と同時に、3人のお客が来店した。近所の宿屋の女将ルーミアとチャラそうに見える男性と、か弱そうな男性だった。
「ミミーちゃん、おはよ~。」
「おはようございます♪いつものですね。今日も4つで大丈夫ですか??」
「話が早くて助かるよ。これ御代とカラ石ね。」
ルーミアは、使い切った魔法石4つとトレーに代金を支払い、新しい魔法石をそそくさと袋にしまい込んだ。
「いつもありがとうございます♪」
「いや~助かるよ。動力が無いと冷蔵庫も冷凍庫もコンロも使えないしねぇ~。ほんと品切れになる前に、ピリーちゃんを急かしてくれるミミーちゃんが来てくれて助かるよ。」
「ハハハ……」
そう、錬金術師の店が担っている大きな役割として、魔法石の制作とマナの補充がある。補充に関しては魔力を込めるだけなので誰でも出来ないわけではないが、手間と時間とマナがかかるので、通常は錬金術師が錬金釜でマナ魔力を錬成して補充してしまう。錬金術師が居ない町では教会や魔導士ギルドなどで補充してもらう必要があるが、どちらも効率が悪いため高価なものになってしまう。まぁ、長期保管ができるので、本当に小さい村とかは行商人等から買うのが一般的になっている。
「それと、うちのお客さんが錬金術師の店を紹介してほしいって言うもんだから、連れてきたよ。」
「ありがとうございます。助かります。」
「いいのいいの、私としてもついでだったし、ご近所付き合いは大事にしないとね~。それじゃあねミミーちゃん」
「ありがとうございました♪」
ルーミアがカウンターを離れそそくさと退店すると、さっきまで陳列棚を見ていた冒険者と思わしき2人組のうちチャラそうな男から声がかかった。
「止血薬と、火薬を売ってほしいのだが?」
「止血薬と……火薬ですか?鉱山に行かれるのですか?」
「そうだ」
この田舎町に錬金術師や宿屋がしっかりある理由として、この鉱山などを含めた自然豊かな資源とモンスター討伐で得られる素材、さらにはダンジョンと呼ばれる魔法空間のモンスターを狙う冒険者が後をたたないからだ。もっともこの町から行けるダンジョンは1つしかないので、どちらかというと自然資源目的のほうが大半である。
「火薬ですが、許可制ですのでパーソナルリングの提示をお願いします」
ミミーはそういうとカウンターから板状の動力盤に差し出し、冒険者は反対側に手を当てた。
パーソナルリング。50年前の戦争の後、”ある御方”の猛烈な推進によって作られたアーティファクト。
指輪型や腕輪型があり、名前から職業から身分から冒険者ランクから爵位まで、相当な個人情報がつぎ込まれた道具になっている。
自分専用のものが10歳になるとある程度大きさの町の役場から送られ、自身がもつ微妙量の体内マナの登録と引き換えに身分証明書を得ることになる。
このリングの内容、すべて閲覧できるのは各ギルドのギルドマスターなど国の承認をえた者でないと不可能であり、すべてを書き換えるのにはそれこそ王都王宮にでも行かないと不可能だった。
ただ、商売程度で必要な程度の身分証明の一部開示ができる制限付き端末は、錬金術師の店や鍛冶屋、商業ギルドで安く売られていた。
「はい、Cランクですね。確認できました。どのくらいの火薬が必要ですか?」
「樽に10杯分売ってくれ」
「結構な量になりますが、大丈夫ですか?」
「今日は馬車で来たから大丈夫だ。」
そういう問題なのだろうか……。ふとミミーは疑問に思ったが、お客はお客である。ミミーは裏の倉庫の防火結界の中から10個の樽を運び出し、カウンターの横に並べた。
「それでは、ご確認ください。御代はこちらになります。」
ミミーは、もう一人の男に確認を促すとともに、思いっきり吹っ掛けた額を会計用の動力板に表示させてチャラそうな男に突き付けた。
「ほう、良心的な値段だな。感謝する」
ミミーは思わず目を見開いた。相場の5倍の値段である。普通なら怒るか値引き交渉となる。確かに田舎なので都会よりはこの手のものは、はるかに相場が高い。それにしても5倍はやりすぎだ。
「ほら、支払いだ。」
「ありがとうございます」
チャラそうな男はトレーに代金を支払うと、か弱そうな男に馬車に積み込むよう指示した。
しかし、ミミーの伸長とほぼ同じサイズある樽はびくともしない……。
見るに見かねたミミーはまた樽を持ち上げると、せっせと店の前に止めてあった馬車の荷馬車部分に止血薬と一緒に乗せた。
「お嬢ちゃんありがとうね。」
「いえいえ、こちらも商売ですから。ありがとうございます♪」
とりあえず、か弱そうな男にお礼を言われたミミーは営業スマイル全開で馬車を帰らせ見送りながら思った。
(チャラい”貴族”はやっぱり世間知らずね……まぁ、世間知らずはお互い様かもしれないですけどねぇ……。)
馬車を見送った後も、次々とお客は来店した。
動力ライトが切れたものの魔力石を自分で入れ替えれないご婦人。
パンを焼くトースターの使い方がいまいち解らなくて聞きに来る年配のマダム。
飼い猫を洗濯機で洗おうとして危機一髪だった猫を救い出した奥さんに引きずられてきた若主人。
冬に使い込んだ動力暖炉のメンテナンス依頼にやってくる肉屋のおじさん。
などなど……。
動力生活雑貨にあふれた錬金術師の店は、いろんな意味で人がやってくる。
戦後まもなく、”ある御方”が魔力動力をもっと生活雑貨に取り入れ、制作するべきである。との方針のもと、一気に広がった動力生活雑貨。
動力を作れる錬金術師と鍛冶師は、小さいモノ大きいモノでだいたいのジャンル分けをしながらも切磋琢磨して成長させていった。
そして、数年後。報告を兼ねて”ある御方”に錬金術師の店を案内したとき……。
『私の理想の錬金術師のお店が、ファンタジーな”マチノデンキヤ”になってる!!!!』
マチノデンキヤが何かはわからないが、きっと誉め言葉だったんだろう……。両手を地面につけたまま泣いて喜んでくれた”あるお方”をミミーはそう理解していた。
そういえば、王都に生活雑貨専門の大型錬金術師鍛冶師店舗ができた時、
『もうこれ、夢もファンタジーも無い、ただの”カデンリョウハンテン”だよ!!!!』
と叫びながら、同じように地面を両手につけて泣きながら喜んでくれたっけ……。とミミーは懐かしそうに思い出していた。
閑話休題。
「すいません~。薬が欲しいんですが~?」
「は~い♪ 何用の薬ですか~??」
女性冒険者2人組が申し訳なさそうにカウンター越しに話しかけてきた。
「実は解毒薬を探してるんですが、この町に薬剤店がなくて……。」
「はい♪こちらで取り扱いがありますよ♪」
「助かるわ。もしここでなければ、隣の療養所に分けてもらわないとと思ってたの。」
そんな会話をベテランであろう冒険者としていると……。
「あの……。先輩……。ここにある錬金薬ではダメなんですか??」
「ああ~」
どこからどう見ても装備に着られている新人らしき冒険者を見てミミーが納得していると、
「ごめんなさいね。この子、明日坑道デビューなの。」
「ああ~、それで……。」
坑道とは、この町の近くにある鉱石資源の取れる場所で、モンスターもさほど強くなく、低クラス冒険者にはもってこいの場所だった。ベテラン冒険者の言葉に納得したミミーは、言葉をつづけた。
「では、だいたいの回復薬と呼ばれるものについて少し説明しますね。」
「ありがとうございます!!助かります!!私はアビゲイルって言います。アビーと呼んでください!!」
「いえいえ、こちらも商売ですので。ミミーです。どうぞ御贔屓に♪」
「助かるわ。私はイリナよ。しばらくこの町でこの子の教育を兼ねてお世話になろうと思ってるの。」
「そうだったんですね♪」
と言う訳で、新人冒険者アビゲイルことアビーにミミーは、サンプルボックスを取り出し説明を始めた。
「では、説明しますね。まずはこの止血剤。これは錬金薬で、アビーさんもご存じの通りEランクになるまで大量にお世話になる薬ですね。患部に直接かけて使います。」
「はい!!Fの時にいっぱい使って、いっぱい訓練しました!!切り傷、擦り傷、刺し傷にすごくお世話になりました。おかげでEになれました!!」
「そう、この薬は怪我にはもってこいの薬ですね。超高級なものになると腕をくっつけたりもできますが、なかなか手に入るものではありません。」
「うは~、そんなこともできるんですね。」
「そうです、ですが残念ながら、毒、麻痺などをはじめとする疾患。内臓病にはほとんど意味がありません。」
「それじゃあ、どうすればいいんですか??」
「そこで登場するのが、この薬師が作る解毒薬、痺れ治しなどなどですね。すべて飲み薬ですね。」
ミミーはボックスからサンプルを次々取り出し説明していった。
「へぇ~、その症状にあった薬があるんですね~」
「まぁ、一つにまとめた万能薬もあることにはあるのですが、もの凄く高級ですし、錬金薬と薬師薬の混合万能薬なんて……。と言う訳でいろんな薬が必要なのですね。」
「なるほどなるほど。」
「さらに、アンデット系のモンスターに襲われたとき必要になる聖水は、錬金術師でもなく薬師でもなく教会にお願いして作ってもらいます。これですね。」
「なんでもあるのねここは……。」
思わずベテラン冒険者イリナが口を挟んだ。
「普通は別々の店に買いに行かないといけないんだけど、ここはすべてそろっていて助かるよ。」
「いえいえ、なにせ隣が療養所ですし、そのさらに隣が教会ですので色々卸してもらっています。アンデット系に出会ったときは聖属性の魔法が必要になりますが、扱える人がごく少数なので、聖水は必ず持っておくといいでしょう。」
アビーに振り返りながらミミーは説明をつづけた。
「質問があります!!」
「どうぞ」
勢いよく手を挙げて質問をしてくるアビーにミミーは質問を促した。
「このボックスにある、水色の薬品と、黒色の薬品は何ですか??」
「これは……。水色は、ほぼ使われないですが、マナポーションですね。錬金薬です。飲み薬で体内マナを急激に回復する時に使いますが……。おなかチャプチャプになりますし、何より急激な体内マナ回復に慣れていない人が飲むとその場で失神します。なので、通常は魔法石起点にマナをお使いください。」
「え……。」
「次に黒色の薬ですが……。通常ブラックポーションと言いまして、聖水の真逆の薬になります。アンデット系を元気にしたり、モンスターを狂暴化したり、毒薬への転用とかにも使いますね……。非常に扱いが難しいので、B以上の冒険者か、薬師資格か、錬金術資格または魔導士ギルド認定資格をお持ちの方にしかお売りできないことになっています。」
「えっと……、この品ぞろえは……。ここは王都の専門店じゃあるまいし……。魔導士ギルドなんて王都以外で聞いたことないし……。」
イリナはすでにあきれ顔だった……。
一通り説明を聞いたアビーはイリナの助言を受けながら必要なものを購入していく……。
「アビー、持てる量を考えて買うのよ。」
「は~い」
やはり、冒険ともなると食料やら装備やら薬やらで大変。アイテムボックスなる異空間収納アイテムも売られてはいるものの体内マナの大きさで容量が決まるため、容量はそんなにないし、なにせ高い。ついでに使用するとき体内マナを多少消費するので「必要な時マナ不足で取り出せません。」となったら、ただの馬鹿である。なので使用する人はごく僅かだった。
「では、これだけお願いします!!」
「は~い。お会計はこちらになります♪」
会計も便利なもので、会計用の動力板に物をどんどん載せていけば、対になる動力板に値段が表示される。もちろん打ち込みも登録もできるので、さっきみたいな火薬の値段吹っ掛けも可能。
戦後まもなく開発され、今では大陸全土のお店で使われるようになった。最近では重さも図れるようになりより一層便利になった。
この会計動力板が完成した当時、これを見た”ある御方は”
『私のファンタジーに”レジ”は…。”レジ”は……。』といいながら泣きながら喜んでいた事を思い出し、ミミーはほほえましい気分になっていた。
閑話休題。
「ありがとうございました~♪」
「ありがとうまた来るよ。」「ありがとうごさいます!!」
会計が終わり荷物を精一杯リュックに詰め込むと、意気揚々と二人は帰って行った。明日から鉱山に行くらしい。
(デビュー戦で死んじゃわないでくださいよ……。)
新人と中堅ベテランが帰って行く後姿を眺めながら、ふとミミーとは空に願うのだった。