第9話 竜聖闘技場
凄い人だかりだ。
〈ノースバース〉とは比べ物にならない人口密度、耳を埋める声……ちょっと気持ち悪くなってきた。人に酔う、っていうのはこういう状態を言うのか。
さて、とりあえず僕がやるべきことを思い出そう。
・金稼ぎ。
・強くなる。
まずはこの2つだ。
今の僕の所持金は0。
ハムレットが巻き起こした火炎に財布もなにもかも焼かれてしまった。ハムレットを探すために世界中を周る可能性を考えると、できるだけ金は稼ぎたい。これが最優先。
……っていうか、リベンジコインを剣と引き換えたのは早計だったかもなぁ。反省。
次に戦闘力の強化。
僕とハムレットの間には途方もない戦闘力の差がある。この差を埋めないとハムレットを見つけたところで返り討ちに遭うだけだ。
2つの課題を同時にこなせる都合の良い仕事があればいいのだが……うーむ、傭兵とかがベストかな。
「ん?」
露店の立ち並ぶ露店道を抜けた先に噴水広場を見つけた。
広場の噴水の前、そこには掲示板がある。掲示板には様々な広告が貼り付けてあった。
人混みをかきわけ、僕は掲示板の前に行く。
〔現在〈ジョージ百貨店〉で全品半額セールを開催中! ぜひお立ち寄りください! ※裏面に地図あり〕
〔傭兵ギルド〔翡翠の傭兵団〕では長耳族を募集中。14歳以上、中級魔術を3つ以上会得しているのが条件だ。希望者は裏面にある地図を頼りにギルド本部まで〕
〔大衆食堂〔チドリ亭〕では従業員を募集中。14歳以上、種族問わず。魔術も使えなくて構わない。裏面に地図あり〕
セール情報にギルドや食堂の従業員募集。
他にも天気の予報やら果てには恋人募集などの張り紙もあった。
ギルドっていうのは同じ目的の人たちが集まって出来る組合、だったかな。〈ノースバース〉には一切ギルドはなかったけど、これぐらいの規模の街なら当然あるか。
しかしギルドの募集も他の募集もどうでもいい。掲示板の中央に張られた一際大きなポスター、そのポスターに僕の視線は吸い寄せられた。
「いやぁ、ついに始まるなぁ! 〈竜聖闘技場〉のトーナメント」
「三強が全員参戦するんだろ? ここ一年で一番レベルの高い戦いになりそうだ。賭場も盛り上がってるぜ」
そんなおじさん2人の会話を聞き流しながら、僕はポスターを読む。
〔〈竜聖闘技場〉祝創立100周年! ヴリトラトーナメント開催!!
優勝者には賞金1000万ゼラとマル秘豪華賞品をプレゼント!!!! 参加者募集中! 参加希望者は4月10日までに闘技場まで!〕
戦闘経験。
金。
どっちも稼げる都合の良いモノ……、
「あるじゃないか……!」
今日は4月10日、期限ギリギリだな。
僕はさらに先を読む。
〔トーナメント日程:4月14日~4月17日一回戦、4月18日~4月19日二回戦、4月21日準々決勝、4月22日準決勝、4月23日決勝〕
「大会は4月14日から23日の10日間……か」
順調にいけば2週間近くこの街に縛り付けられることになるわけか。
「……」
焦る気持ちはある。
いち早くハムレットを探し出して殺したい……だけど、現段階でハムレットを見つけたところでハムレットには勝てない。
――圧倒的な実力差が僕とハムレットの間にはある。
「……ハムレットの異様な強さの謎が、このトーナメントに参加すればわかるかもしれない」
僕の知らない未知の力をハムレットは持っていた。強者が集まるであろうこのトーナメントに参加すれば、奴の強さに至るヒントを得られる可能性は高い。
焦るな……僕。
僕が一番恐れること。それはハムレットが他の誰かに殺されることだ。アイツは僕の手で殺さなくちゃいけない。復讐とはそういうものだ。
アイツの強さだけは信用できる。
ハムレットは強い。アイツがそう簡単に誰かに殺されることはない。
――決めた。
僕はポスターに書いてある闘技場の位置を覚えた後、広場から去った。
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「ここか」
円形闘技場〈竜聖闘技場〉。
築100年ということもあって年季はあるが、凄まじい大きさの闘技場だ。この闘技場だけで〈ノースバース〉と同じくらいありそうだ。
今日は試合がないのか人の気配は少ない。
闘技場の入口には受付窓口がある。僕は窓口に近づき、受付嬢に話しかける。
「「すみません」」
声が重なった。
隣を見ると、同い年くらいの真紅の髪の女の子が立っていた。
「「お先にどう――」」
先を譲ろうとしたらまた声が重なってしまった。
僕は一歩後ろに下がる。赤髪の女子はペコリと会釈し、受付嬢に話しかける。
「ヴリトラトーナメントに参加したいのですが」
「それでは、参加者足り得る力量があるかどうかを試す試験を受けてもらいます」
「承知してます」
試験?
トーナメントに参加するためには試験を受けなくちゃいけないのか。張り紙には書いてなかったけど、弱い人に参加されても盛り下がるから当然か。
「そちらの方のご用件はなんでしょうか?」
「僕も同じです。ヴリトラトーナメントに参加したくて来ました」
「わかりました。ではお二人とも試験会場にご案内します」
受付嬢は窓口から出て、「ついてきてください」と廊下を歩く。僕ともう1人の受験者は受付嬢についていく。
受付嬢は石階段を下り始める。どうやら地下に行くようだ。
「……」
「……」
無言の時間。
先に耐え切れなくなったのは僕の方だった。
「試験ってなにをやるんだろうね」
僕は赤髪の少女に聞く。少女はビクッと肩を震わせた。
「え、えっと! 私もわかりましぇっ!?」
――噛んだ。
思いっきり噛んだ。
「~~~っ!!」
少女は顔を赤くして俯いてしまった。
笑うべきか、慰めるべきか、どちらも逆効果な気がする。どうやって再び話を切り出すか悩んでいると、
「着きました」
目的地に着いたようだ。
受付嬢が案内した場所は闘技場の地下にある広い空間だ。
「ここは選手の控室であり、ウォームアップエリアでもあります。今日は闘技場が休みなので誰も居ません」
控室の中心に注目を引く物がある。
――巨大な岩だ。
幅も高さも3メートルはある岩。岩の下には妙な図形が書いてある。
「お二人にはこれからここにある岩を砕いてもらいます。砕ければ合格、砕けなければ不合格です」
「この岩を、砕くって……?」
本気で言ってるのか?
「ちなみにこの岩には特殊な再生魔術が施してあって、幾らでも再生します。下の魔法陣が魔術の基となってます。なので何度か攻撃してダメージを蓄積させ砕くというのは無理です。一撃で砕いてください」
とてもじゃないが人の力で壊せるモノじゃないだろう。いや、僕の知る人の力では不可能だと言った方が正しいか。ハムレットなら……壊せるはずだ。
僕が目の前の無理難題に驚きを隠せずにいると、赤髪の少女が前に出た。
「攻撃方法はなんでもいいんですよね?」
「はい。体術でも武器攻撃でも魔術でも、方法は問いません」
「わかりました」
赤髪の少女は剣も槍も槌も持ってない。
武器と思われる物は腰に掛けた鉄製の輪っか。外側に刃が付いているから武器だと思うのだが、まったく見たことがない。アレはどう使うものだろうか。
残念ながら少女はあの謎の武器を使う気はないらしい。拳を構えて岩に向かっている。
……正気か? 殴ってアレを壊す気か?
少女の背は160cmほどで、体格は並み。多分体重は50㎏ほどだろう。
恰好は袖なしのシャツ、太ももまであるサイハイブーツ、スカート。武闘家って感じの服装でもないし、手甲やグローブなどの拳を保護する装備もなし。
岩を壊すどころか、岩を殴った瞬間少女の拳がひしゃげてしまうだろう。
しかし少女は一切恐れることなく拳を引き、加減なしに岩を殴る。
――ゴオォン!!!!
「――っ!?」
僕の心配は無用だった。
高速で振り抜かれた少女の拳は容易く岩を粉砕した。
「素晴らしい魔力出力ですね。合格です」
「ありがとうございます」
魔力出力、か。
やっぱり魔力を使ってなにかしたわけか。純粋な体の力で出来る業じゃない。
「少々お待ちください。いま再生しますので」
魔法陣の中心に岩の破片が集まっていく。
破片はあっという間にくっつき、元の巨岩に戻った。
これが魔術。
凄いな……これからはこういった神秘的な術を当たり前のように見ていくことになるのか。
改めて、外の世界に来たのだと知らしめられた。
「次はそちらの男性、前へ」
赤髪の少女とすれ違い、岩の前に行く。
僕は背の“棘の無い薔薇”、刃のない剣を抜く。
「……綺麗な刀身、でも……刃がついてない?」
赤髪の少女が疑問を纏った声で言った。
「それでは始めてください」
「はい」
さて、この無理難題をどうしたものか……。




