第4話 真っ赤な雪
「ありがとうございます、ハムレットさん。おかげでヒカリは助かりました」
「まだ安心はできないよ。完治したわけではないからね」
僕は濡れたタオルをヒカリの額に乗せる。
ハムレットさんは手帳を出して、なにかをペンで書き込んでいる。ヒカリの様子でも記録しているのだろうか?
「ところでこれは余談だが、魔法使いの間では魔禍病はね、“風霊の鼓動”と呼ばれていてむしろ歓迎されているんだ」
「……あんな病を歓迎? ヒカリは何度も生死を彷徨ったんですよ!」
つい、怒声を上げてしまった。
ヒカリの苦しむ顔を何度も何度も見てきた。あんな忌むべきモノを歓迎するなんて馬鹿げている。
「無論、多大なリスクはあるが、病を克服――つまり魔力をコントロールできるようになれば、強大な魔力を手中に収めることができる。魔法使いにとって魔力は重要なファクターだからね。リスクがあろうと欲しいのさ」
「……おかしな人たちですね」
「ちなみに極々稀だが、魔禍病に罹っても気づかずに生活している者もいるんだ」
「そんなバカな。あれほどの熱を出して気づかない人なんているんですか?」
「いるよ。そもそも熱が出ないんだ。なぜなら魔禍病によって発生する大量の魔力を無意識にコントロールしてしまっているから……そう、君のようにね」
「え?」
ハムレットさんは僕に顔を向ける。
「気づいてないだろう? 君も罹っているよ、魔禍病に」
「まさか……」
僕がヒカリと同じ病気に……?
「天性の魔力制御に感謝することだ」
ガラ! と勢いよく戸が開かれた。
「ヒカリ!」
ルチアおばさんだ。
ルチアおばさんはヒカリの健康的な顔色と穏やかな寝息を聞いて、涙を瞳に溜めた。ルチアおばさんは腰が抜けたのか、その場に座り込んだ。
「もう大丈夫です、ルチアおばさん。ここに居るハムレットさんがヒカリを治療してくれました」
「詳しいことは私から説明しよう。オセロ君、一つ頼みがある」
「はい、なんでしょうか?」
ハムレットさんは手帳から一ページ破り取り、渡してきた。
「ここに書かれている物を〈ノースバース〉で買ってきてくれ。ヒカリちゃんを治すために必要な物だ」
僕はメモを大切に掴む。
いま確かにハムレットさんはこう言った、『治すために』と。
つまり、これさえあればヒカリの魔禍病は完全に治るということ……!
「わかりました! すぐに買ってきます!」
「頼んだよ」
夕陽が空を彩る中、僕は〈ノースバース〉へ向かって走り出した。
---
こんなにも早く〈ノースバース〉に着いたのは初めてだ。自己ベストを一分近く更新したんじゃないだろうか。
僕はハムレットさんから受け取ったメモを読む。
・ホムラトカゲの尻尾 1本
・ランタン草の種 10g
・キジン花の花弁 5g
・アラフネ湖(〈ノースバース〉の近くにある湖)の水 100ml
全部薬屋で揃えられる物だ。
僕は町の薬屋の前に行く。
薬屋は一見、花屋と間違えてしまうぐらい草木や花が売っている。これらは全部薬草・薬木・薬花だ。ちなみに薬屋の裏には畑もある。
僕は薬屋の中に入り、店主のお婆さんに声を掛ける。
「すみません、このメモに書いてある素材を用意してもらってもよろしいでしょうか?」
「はいよ、ちょいとお待ち」
お婆さんはゆったりとした足取りで、店内から素材を採っていき、袋に詰めて渡してくれた。
数分で買い物は終わり、店を出て〈レキ村〉への帰路につく。
来た時、雪道に付けた自分の足跡を踏むことで雪に足を取られることなく進んでいく。
雪は止んでいて、空には月が昇っていた。
口から出た白い息が頬に当たる。興奮から体は熱くなって、熱でも出てるんじゃないかと思った。
だけど僕の体温は〈レキ村〉に着いた途端、急激に下がる。
「は……?」
手に持ったすべてを落とした。
雪が、真っ赤に染まっていた。
死体、死体、死体。
目に入るだけでも50人を超える死体が目に入った。
どの死体も、雑に殺されていた。
脇腹を抉られた死体、首から先が削られた死体、胸から腰までは消えている死体。
以前、クマに殺された死体を見たことがあるが、こんな感じだった。
「グゥウ……!」
村の中心に、犯人は居た。
人型で、顔は狼、背には羽。身長は2メートルある。胸は人間の女性のように膨らんでいる。
真っ赤な瞳、血に濡れた爪と牙。
まさしくモンスターがそこに立っていた。




