第3話 人生最大の失敗
「医者……」
今の僕にとって、医者はもっとも求めている存在と言っても過言ではない。
怪しい風貌でおかしな行動をする人だ。
だけど医者なら、
「あの、ハムレットさんは……魔禍病という病気を知っていますか?」
「魔禍病か。ふふ、『知っている』というレベルではない」
「そうですか……」
肩を落とす僕をハムレットさんは笑い飛ばす。
「『とてもよく知っている』と言うのが正しい!
魔禍病の治療に関して私に比肩する者はいないと断言できる!」
その発言を聞き、自然と肩が上がってしまった。
「ほ、本当ですか!? そ、それなら診てほしい人がいるんです。もう治りかけなんですけど……念のため、ちゃんと検査してほしくて。報酬はきちんと払いますので!」
「いいだろう。案内したまえ」
僕の人生で一番の失敗を挙げるとするなら、
この時、この男を村に連れて行ったことだ。
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自宅に帰り、荷物を置く。
「お待たせしました!」
ヒカリの家に行くべく外に出ると、ハムレットさんが雪だるまを10個ほど作って待っていた。
「どうかねオセロ君、素ン晴ぁらしい出来だろう?」
「1分程度でよくこんないっぱい作れましたね……」
村に来るまでにハムレットさんと話し、ハムレットさんの人柄については大体わかった。
ハムレットさんはとても陽気な人だ。ずっと喋りかけてくる……ちょっと鬱陶しいぐらいに。
それに好奇心が凄い。知らない木や虫を見つける度、詳しい説明を求めてくるのだ。
ハムレットさんは知らない知識や感覚を知るのが好きなのだと言う。
ゆえに読書家でもあり、年間千を超える本を読んでいるそうだ。
「ここです」
僕はヒカリの家の前に行き、戸を叩く。しかし反応がない。
「おばさん! 僕です、オセロです!」
大きな声で言うと、ドタドタと階段をおりる音が聞こえた。
――嫌な予感がした。
「オセロ!」
ルチアおばさんは必死な形相で戸を開けた。
「大変……ヒカリの熱が急にあが、って――」
ルチアおばさんの体が僕に向かって倒れ込む。
「おばさん!?」
僕はおばさんを抱きとめる。
「ハムレットさん! あの、あのっ!」
「落ち着きたまえ。この女性は魔力枯渇で気を失っただけだ」
ハムレットさんは落ち着いた声で言う。
「魔力枯渇……?」
「ふむ、大体状況は読めた。とりあえず彼女は家の中に寝かしておけば問題ない。問題なのは……ヒカリちゃんとやらだ」
ルチアおばさんを一階の居間に寝かせたあと、僕とハムレットさんは二階の――ヒカリの部屋に入った。
「けほっ! けほっ!」
ヒカリは咳き込み、顔を真っ赤に染めていた。
「ヒカリ!!」
僕はヒカリの元へ駆け寄り、ヒカリの額に乗ったタオルを手に取る。
「っ!?」
タオルが枯れている。水気が一切ない。
ヒカリのおでこに手を当てる。
「熱い……!」
これまで、何度もヒカリの熱を測ってきたけど、これほど熱いのは魔禍病にかかった時以来だ。
なんで、どうしていきなり! 朝は元気だったのに……!
「ふむふむ、これは魔禍病の症状の1つだね」
ハムレットさんは僕の背後で、冷静に分析していた。
「早く、早くなんとかしてください!」
その呑気にも見える態度に多少の苛立ちを感じ、つい声を荒げてしまった。
「落ち着きたまえと言っている……」
ハムレットさんは冷たく、重い声で言った。
僕はその言葉で、声で、自分が冷静さを失っていることに気づき、肩の力を抜く。
「魔禍病の患者は体内の魔力をコントロールできるようになるとすべての魔力を外に出そうとする。彼らにとって魔力は毒という意識が強いから、体内の毒を吐こうとするわけだ。しかし」
ハムレットさんは右手の人差し指と中指を合わせ、ヒカリの額に当てた。
「【リストア】」
ハムレットさんの指が緑色に輝いた。
「魔力を失ってから魔力が生命活動に必要だと気づき、今度は慌てて回収しようとする。周囲から魔力を奪い取り、我がものとする」
ヒカリが周囲の魔力を奪っている……?
そういえば部屋に入ってからずっと、体の奥底から『なにか』が漏れ出てるような感覚がする。
この漏れ出てる『なにか』が魔力なのか?
「じゃあルチアおばさんは……」
「ヒカリちゃんに魔力を持っていかれたんだ」
この人、本当に詳しい。
「吸い込んだ大量の魔力を操れず魔力が暴走している。魔禍病初期の状態にリターンしたわけだ」
なぜかはわからないがヒカリの汗が引いていき、顔色は戻り、息も整ってきた。
「なにをしたのですか?」
「彼女の体内の魔力を使い治癒魔術を掛けているんだ。毒となっている魔力も消費でき、尚且つ損傷した臓器を修復できる。一石二鳥の方法さ。これで」
ヒカリの穏やかな寝息が聞こえてきたところでハムレットさんは指を離す。
「うん。プリティな寝顔だ」
ハムレットさんはそっとヒカリの髪を撫でた。
僕は胸をなでおろす。
「良かった……」
僕はなにもできなかった。
全部ハムレットさんのおかげだ。
「もう少し遅かったら危なかったね。間に合って良かったよ」
多分、ハムレットさんはマスクの下で笑っていた。
僕の中で、ハムレットという人間の肩書が医者から恩人に変わった。




