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リベンジコイン!  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 ヴリトラトーナメント

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20/24

第20話 開会式一時間前

 〈チドリ亭〉の裏には井戸がある。

 朝起きた僕はその井戸から水を掬って顔を洗ったり歯を磨いたりしている。


 上裸になり、滑車に通した縄を持って、縄の先に吊るされたバケツを井戸の中に降ろしていく。バケツが水を掬ったら縄を引っ張りバケツを上げる。


 バケツを持って頭上から思い切り井戸水を浴びる。これがさいっこうに気持ちいい。


「洗面所があんのに、なんでいちいちこんなところで水浴びてんだ?」


 声の方を振り返ると眠そうなマーカスが立っていた。寝起きだからか髪を結んでない。一瞬、誰かと思った。


「つーか水なら魔術で出せばいいだろ? せっかく昨日覚えたんだしよ」


「故郷じゃ井戸水を使ってたから、習慣なんだよ。それに井戸水には井戸水の良さもある」


「ふーん」


 マーカスは指を振り、


「【ウィング】」


 風魔術を発動させ、風のバケツで井戸から水を掬いあげ水をゴクゴクと飲んだ。


「――んんっ!? こりゃいけるな!」


「でしょ?」


 なんてことない、朝の一幕。



---


 

 街は祭り騒ぎだった。


 闘技場だけでなく、街全体でイベントを祝っている。

 朝から酒を飲み、踊る人もいる。

 美味そうな匂いがそこらの露店からする。

 思わず露店の前で立ち止まりそうになるが、僕は闘技場に向けて真っすぐ歩いていく。


 〈竜聖闘技場〉。

 その前には人だかりができていた。

 僕は人の波の間を縫って闘技場に入り、その地下にある控室(試験をやった場所)に行く。

 階段を降りると、恐らくトーナメントの全出場者がいた。当然エミリアの姿もある。


 鼻につく血と汗の匂い。

 充満する殺気。

 試験で来た時と同じ空間に思えない。猛獣だらけの檻に入れられた気分だ。


 しかしこんな殺伐とした空気の中、一か所だけ色気に満ちた空間があった。


「やんっ! もう、マッキー様のエッチ!」

「マッキー様ぁ、このお酒も開けていいですか~?」


 6人の下着姿の美女、その美女に囲まれるは2メートルはある巨漢だ。

 男の目は獣の如く鋭く、体皮は鱗のようで、頭には角が生えている。


 竜人族(リザードマン)か。


「開けろ開けろ! せっかくの祭りなんだからなぁ!!」


 竜人族(リザードマン)の男が身に纏う服は海賊のようにボロボロだが、指には高そうな指輪を嵌めている。


「まったく、またマッキーの野郎、女を連れてきやがって……」

「ここは部外者立ち入り禁止だってのによ」


 マッキー、たしか三強の1人がそんな名前だったな。

 女を侍らせ、酒を喰らうその態度は誰から見ても不快だ。


 だけど、誰も真っ向から注意しない。


 あの男は見るからに下衆だが、見るからに強い。熊のように大きな体だ。


「あなた! ここは部外者立ち入り禁止ですよ!!」


 そんな悪漢に真っ向から立ち向かう正義バカが居た。エミリアだ。


「ここは共用スペースです。マナーを守ってください」


「んー? 誰だぁおめぇ、かわええなぁ~」


「あの、話を聞いて――」


 マッキーは顔をエミリアに近づけ、ペロッ……と、エミリアの頬を舌で舐めた。


「なっ……」


 一瞬、呆気にとられたエミリア。すぐに自分がされたことを理解し、顔を赤く染めて後ろに飛び退いた。


 離れて見てる僕でも悪寒が抑えられないんだ、エミリアは今、想像を絶する気色悪さに襲われているだろう。


「おめぇみたいな女、おれ、だーいすき!」


 にへぇ、と笑う顔は本当に気持ちが悪い。

 エミリアは睨みつけるようにマッキーを見て、手の甲で舐められた頬を拭く。


「おめぇみたいな正義っ子が悦楽に堕ちる瞬間が最高なんだよなぁ~! 魂が清潔であればあるほど、屈服させた時の快感は強くなる……!」


「……謝罪するなら今の内ですよ」


 エミリアは腰に携えた円盤状の武器を手に取る。


「チャクラムか。珍しい武器を使うね、あの子」


 僕に声を掛けてきたのは細身のブロンドヘアの男。


「いいの? 助けなくて」


「どうして僕が?」


「だって知り合いでしょ? 心配そうな目で見てたじゃない」


 男は僕の耳に口を寄せる。


「……マッキーは危険な男よ。ルールお構いなしで場外乱闘を仕掛けるなんて珍しくない。このままじゃ彼女、やられちゃうわよ?」


「……もしかして、あなたの名前はレイスですか?」


 レイスとは、僕の一回戦の相手の名だ。

 僕が聞くと、男はピクリと眉を動かした。YESってことだ。


「どうしてあたしがレイスだと?」


「僕を焚きつけて得をする人物なんて対戦相手ぐらいですから。僕とマッキーを戦わせて試合の前に消耗させたかった、違いますか?」


「正解~。それでどうするの? あたしの思惑に乗らないために、黙って見てる?」


「……」


 エミリアはどうでもいい。

 ただ、ルールを犯した側の人間がふんぞり返ってるのは気に入らない。

 僕はエミリアの背後に近づき、肩を掴む。


「やめなよ、エミリア」


 エミリアはこちらを振り返る。


「オセロ……!」


「君とマッキーは同じブロックだ。どうせすぐに戦うことになる。気に入らないなら試合で叩きのめせばいい。場外で戦えば失格処分になってもおかしくないよ」


 僕は理知的に説得する。

 エミリアは納得してくれたのか、チャクラムを下げた。


「おい」


 殺気。


 僕はエミリアの肩を引っ張り、自分の背後へ。

 それから背中の剣を引き抜いた。


――ガキン!!


 僕の剣と、マッキーの大きな拳が衝突する。

 剣と拳を中心に、空気が震え、轟音が鳴り響いた。


「おめぇ……おれのナンパの邪魔すんじゃねぇよ!!」


「今のがナンパ? 失礼ですが、配慮のないナンパはただの暴力ですよ。女性を口説くなら、最低限のマナーは学んで来い」


 さすがは竜人族(リザードマン)、拳が重い。

 このまま押し合えば僕が負ける。けれど、じきにマッキーは拳を引くだろう。


「ちぃ!」


 マッキーは顔を歪め、拳を引いた。


 今、剣と拳が激突した時、ボキボキッと音がした。

 骨が折れる音だ。恐らくマッキーの指のどこかの骨がイカレている。


「……おめぇ、名前は?」


 拳を押さえ、マッキーは聞いてくる。


「オセロ=カーディナル」


「オセロ、オセロか……覚えておこう」


 マッキーは僕から視線を切った。

 僕は剣を鞘にしまう。


「……っ!」


 冷や汗が出る。

 くそ、最悪だ。


「あの、ありがとうございました!」


 隣で、エミリアが頭を下げる。


「つい自分を見失っていました。オセロが間に入ってくれなかったら、本気で戦ってました」


「気にしなくていいよ」


 僕は笑顔で言って、その場を去る。


「オセロ……?」


 控室から出る直前、レイスが僕を見てニヤリと笑った気がした。多分、奴には気づかれたな。



 さっき、剣と拳が接触した時、骨が折れる音がした。


――音は、2つ。

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