第2話 邂逅。我が名はハムレット
「一匹200ゼラ、30匹で6000ゼラだ」
「はい。いつもありがとうございます」
〈ノースバース〉は漁業が盛んな町で、大きな市場がある。
僕はソニックフィッシュを市場で売ったあと、町の雑貨屋に出向いた。
木造りのボロボロの雑貨屋だ。
店に入ると客は一切いなかった。
ここは食べ物も道具も安く売っているが、いかんせん腐っていたり不良品が混ざっていたりするのだ。ゆえに客はいつも少ない。
「よう、オセロ」
「ミーゼ。今日もお客さん少ないね」
「うっせ」
ミーゼは同い年の女子で顔のそばかすが特徴的だ。
たまにこうして父親の雑貨屋の店番をしている。2年ほど前に知り合った。
ヒカリが治ったら真っ先に紹介したい人間だ。同い年だし、なんとなくだがミーゼとヒカリは気が合いそう。
「今日はなにを買いに来たんだ?」
「ジャガイモとニンジン、あと鶏肉とミルクが欲しい」
「全部あるぜ。品質は最悪だがな」
ミーゼはカウンターに肘をつき左手を胸元に滑らせ、ポリポリと胸を掻く。
彼女に品とやらを求めるのは無駄だ。
「あはは……相変わらずだね」
僕はジャガイモ2個とニンジン2本、鶏肉300gとミルク2本をカウンター台に持って行く。
「えっと、全部で1500ゼラだな」
普通、これだけ買えば2000は超える。
品質は酷いものだが、それでもこの安さは魅力的で結局いつもここで買い物している。品質が酷いと言ってもここで買ったモノを食べて腹を壊したことはないし、僕のお財布事情的にここ以外で買い物はできないのだ。
「はい。1500ゼラ」
銀貨1枚(1000ゼラ)と銅貨5枚(500ゼラ)をカウンター台に置く。
「ちょっと待ってろ。いま紙袋に詰めるから」
「うん。お願い」
ミーゼが紙袋に商品を詰めている時、ふと視界にある物が入った。
ミーゼのすぐ後ろの壁、一番目立つところに飾ってある物、
それは剣だ。鞘の付いていない騎士剣。
僕が初めてこの店に来た時から飾ってある。
いつもながら妙な力強さを感じる。剣なんてまったく詳しくないけど、一目でタダの剣じゃないとわかる。鋼の刀身が力強く輝いているのだ。謎だ。この際、聞いてみるか。
「ミーゼ、あの剣ってなんなの? ずっと飾ってあるけど」
「あん? あー……こいつは象徴商品ってやつだ」
「象徴商品?」
「言っちまえば見栄だな。客の目を引くために置いてある物。ウチの看板娘だよ」
「看板娘はミーゼじゃないの?」
「あたしが看板娘ってガラかよ」
「あはは、たしかに」
「『たしかに』はねーだろ……まったくよ」
「ごめんごめん」
しかし、看板娘にしては……地味かな。
力強さはあるが、華やかさはない剣だ。
「剣の名は“フラットローズ”、棘の無い薔薇って意味だ」
「なんか弱そうだね」
「なんでこれが“棘の無い薔薇”と呼ばれているか教えてやろう。この剣の剣身をよく見てみな」
ミーゼの言う通り、僕は剣の剣身を見る。
そして気づく。剣として重大な欠陥に。
「これは……刃がついてない」
まるで刃の部分を断ち切ったみたいに平らな面が見える。
「刃物っつーより鈍器だよな。だが親父の話によると、この剣は刃がない代わりに絶対壊れないらしい。マグマに浸そうが、深海の奥底に沈めようが、傷一つ付かないそうだ」
ミーゼは欠伸を挟みつつ、ダルそうに説明した。
絶対に壊れない……か、本当だったら凄いだろうけど。
「これって売り物なの?」
「おう。一応商品だ」
「値段は?」
「なんと200万ゼラだ」
「200万!?」
「親父、この店開いた時はさ、滅茶苦茶気合入れてたらしくて勢いでアレを買ったんだってよ。今じゃ後悔してるぜ。『こんなもん、半額でいいから誰か買ってくれ』って嘆いてやがった。ばっかだろう?」
ミーゼは歯を見せて笑う。
「ほらよ。商品」
「ありがとう」
商品の詰まった紙袋を受け取る。
「……ミーゼ、頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「イチゴジャムって仕入れることできる?」
「んー、まぁなんとかなると思うぞ。親父に相談しとく」
「ありがと! じゃあ、また明日」
「またごひいきに」
僕は手を振って店を出た。
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〈レキ村〉へ帰る途中のことだった。
「え!?」
雪原から腕が一本生えていた。
スーツを纏った腕と白い手袋を嵌めた手が見える。
「だだ、大丈夫ですか!?」
僕は手荷物を投げ出し、すぐに腕の周囲の雪を掘った。
雪を掘っていくと……白い布が見えた。無地の布だ。
「なんだコレ……」
布を掴もうと手を伸ばすと、
「素ン晴ぁらしい!!」
「うわぁ!!?」
男の声が布の奥から響き、人影が積もった雪から飛び出した。
飛び出て来た人物は……とても歪な格好をしていた。
黒いスーツを着て、手には白の手袋。足には革靴。左手にはステッキを持っている。ここまでなら紳士の衣装、といった感じだが、問題なのは頭に被ってる物だ。
その男は無地で真っ白な覆面を顔から首元まで被っていた。髪も目も鼻も口も耳も全部隠れている、のっぺらぼうだったのだ。
身長は僕より頭1つ分高く、肩幅も広い。それゆえか威圧感がある。
「これが雪の中で眠る感覚か! 思いのほか暖かかった! 寒風が雪に阻まれ届かないからその分寒さを感じないのだろう! 実際に雪の中で眠らなければ一生知りえなかった感覚だ! また一つ、私は『リアル』を知ったぞ!!」
男は天を仰ぎ、肩を震わせる。
ヤバい人だ。近づかないのが吉。
気づかれないように立ち去ろう。
どうやら僕の存在にはまだ気づいてないようだし。
そろりそろりと後ずさるが、踵が雪にめり込み、ズボっと音を立ててしまった。
「む?」
音に気付いた男は顔を下げ、僕の方を向く。白い布の先から目線が突き刺さってくる。
「おっと! まさかオーディエンスが居たとは! 君、名前はなんと言う?」
「えっと、オセロって言います……」
って、なにを馬鹿正直に名前を教えてるんだ。
こんな怪しい人に……。
「あなたは誰ですか?」
流れで聞いてみる。
男は意気揚々と自己紹介を始める。
「私の名はハムレット! 好きなモノは復讐劇、嫌いなモノは喜劇! 座右の銘は『幸せは不幸の側にある』……だ。
血液型はAB! 歳は29! 職業は、医者をやっている」




