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05.婚約2

「目が見えないことは確かに不利が多いでしょう。しかしそれを置いても王としてはロルフが優秀よ。わたくしに似て面の皮が厚くて、冷酷で、心臓が鋼鉄でできている」

「知らぬ内に魔術を受けていない限り、俺は生身ですよ。母上の心臓がどうかは知りませんが」

「わたくしが鋼鉄だもの。おまえもきっと同じだわ。そう、羽虫たちは、息子がわたくしとそっくりなのも気に食わないのよ。他国の血が顕著だと言ってね」

「紫の目を持つのに、ですか?」

「そうよ。覚えておきなさい。世の中には人知を超えて頭が悪い者がいるの」


 見れば見るほど似ているが、それだけに彼らの目の色の違いが際立つ。ロルフの紫色の目こそが、王の子である証左だった。

 神を祀る国の国主の瞳の色は、必ず子に受け継がれる。例外は一切ない。国主の目に似た色は存在すれど、全く同じ色は存在しない。不貞は必ずバレるし、偽装は許されない。そのブレなさは、まず間違いなくなにがしかの神の御業であろうと言われている。


「毒で濁った王家の目も、時間と共に段々と元の色を取り戻しているわ。いずれ目を損なったと叫ぶ馬鹿どもが黙ればいいのだけれど」


 サリドラの美貌を維持しようとする力と同じものを感じる。機能まで取り戻せるといいのだが、融通の利かない超常現象だ。そこまでうまい話はないだろう。

 それで、と王妃は艶やかな唇の端を上げる。


「その馬鹿げた羽虫どもは大半が男なの。何が言いたいかは、わかるわね」

「私にコントロールをしろ、と」


 薔薇が咲き誇るような笑みを貰った。実技テストで満点を取ったときだけいただける表情に、サリドラは喜んでいいのかどうかがわからない。

 ――わからないが。


「お前の美貌は一歩間違えば国を傾けるけれど、優秀な武器でもあるのよ」


 一拍を置いて、頷いた。

 王太子の婚約者になることの利点は多い。欠点も多い。焦点をメリットやデメリットに合わせていては、どれだけ長く考えようと決められそうにない。

 だから、サリドラを見据える王妃の瞳を信じることにした。おまえならばできると真っ直ぐに見据える視線。サリドラを助けてくれた姉の助けになりたいと思うように、サリドラに武器の使い方を教えてくれた王妃に報いたいと思った。

 たとえ教育を施した理由が、神の創りし美貌を利用したいだけだったとしても構わないのだ。それは確かにサリドラの力となっているのだから。


「王太子殿下さえよろしければ、このお話、謹んでお受けいたします」

「そう。嬉しいわ、サリドラ」


 逸れた視線がロルフに向いた。


「ロルフも、いいわね?」

「選択権があるのなら、一度彼女と話をしてから返事をします」

「おまえには選択権はないわ。でも、そうね。相互理解は必要だわ。わたくしは席を外すから、存分に話し合いなさいな」


 一方的に言い置いて、重そうなドレスを感じさせずに立ち上がる。ここは王妃の部屋なのだから、こちらが出て行けばよいのではなかろうか。

 進言する前に彼女はさっさと退室してしまって、ロルフと二人、途方に暮れる。


「……母がすまない」

「尊敬しております」


 お互い傾けることのなかったカップを取り上げた。冷たくなった中身だが、それはそれで美味しくて息を吐く。

 しばしの沈黙。やがて重い口を開いたのはロルフの方だった。


「本当によかったのか? 俺との婚約を了承して」


 目元の引き攣れた皮膚を押さえ、目線を落としたまま淡々と言う。


「この目には見えないが、サリドラ・サリエリといえば絶世の美女だと聞く。醜い痕のある男と婚約など、本心では嫌なんじゃないか」


 正直、てっきりサリドラの醜聞の確認でもしたいのかと思っていたので、思わぬ切り口に困惑した。

 男を漁っているだとか、股が緩いだとか、玉の輿を狙っているとか。女性に嫌われがちだから、サリドラの根も葉もない嫌な噂は腐るほどある。男を侍らせているという噂などはあながち間違いではない。侍らせているのではなく侍ってくるのだが、見た目は同じことだろう。

 王妃から情報は得ているだろうから、噂の真偽を問われる心配はしていなかった。それでも噂を減らす努力はしろとか、苦言くらいは貰うと思ったのだ。

 だって嫌だろう。自分の婚約者がそんな噂を連れ歩いているのは。


「……ご自身の外見を気にしておられたのですか」

「女性は気になるものなんだろう。……ああ、いや。男の方が気にする者は多いか? 俺にはわからないが」

「どちらも同じようはものではないでしょうか。男性は剣を嗜まれる分、傷を蔑まれがちなのは女性かもしれませんね」


 外見。……外見か。他人の外見をサリドラが褒めても嫌味にしかならないのは理解しているので、なんともフォローがしにくい話題だ。

 どう返そうかと考えて、思い立って扇を広げる。顎を上げ、声を少し張り、やや高飛車に尖らせた。


「わたくし、絶世の美女である自覚がありますの」

「……国外の使者を威圧するときの母上の真似か? 迫力が足りないな」


 今はそこは重要ではないので、この最も高圧的かつ美しく見える角度の方を気にして欲しい。


「見えない」


 そうだった。外見が通用しない相手は初めてなのでやりにくい。

 途端にやる気をなくして顎を下げ、無意味に扇を揺らしながら続ける。


「子供からお年寄りまで、わたくしを一目見れば夢中になりましてよ。国だって傾けられますわ。実際――いえ、なんというか、そんな感じのこともありましたし」

「……そうだ、初めて異性から欲しがられなかったと言ってたな。まさか」


 余計なことを喋ったら、先頃誤魔化したことに気づかれた。


「父も……すまない……」

「すぐに引いてくださいましたから」


 息子には申し訳ないが、実は王にも口説かれている。「妻を大切にする方が好き。浮気する男など目に入れたくもない。子供を揶揄うものではない」などと捲し立てて難を逃れた。遠回しにロリコンの誹りを加えてしまったが、不敬罪と裁かれなくてよかったと思う。

 なお、王妃はその辺りの対応も気に入ってくれたようだった。国王夫妻の仲は悪くないが、あくまで政略結婚として敬意を抱き合うだけの仲らしい。嫉妬のかけらもなくサリドラの美貌に感心していた王妃とは違い、王は後から少し気まずそうにしていたから、全く愛がないということはないようだったけれど。

 閑話休題。


「そう、ええと、理性的な賢王ですら、立場を忘れてクラッときてしまうのが神の創りしわたくしです」


 咳払いをして話を戻す。

 頭を抱えたロルフが顔を上げるのを待って、口の端を引き上げた。


「追随を許さぬ美貌の前に、その程度の傷がなんですの? よほど群を抜いているならともかく、平凡でも美男でも、わたくしからしたらどんぐりの背比べだわ」


 勿論美醜の上下がわからないということではない。ロルフと……例えば姉の元婚約者を並べて、ロルフの顔が圧倒的に整っているということは普通にわかる。

 ただ、生まれ持った美醜はサリドラにとって価値を左右する要素ではないということだ。どんぐりが丸かろうが細長かろうが、はっきり言ってどうでもいい。

 ロルフは見えない目でじっとサリドラを見つめた。そこまで言い切れる究極の美を考えているのだろう。人間が考える最高の美貌。見たら驚くに違いない。神の御業は、人の想像力など遥かに超えてくるのだから。

 ――ずっと見ないで欲しいな、と苦笑する。とても、失礼なことだけれど。


 ロルフはすっかり作り物の微笑みを消してしまって、唇をむっつりと引き結んだ。普段は意識して柔らかく開いているのであろう眉は寄り、細めた切れ長の目は鋭すぎてやや怖い。

 でも王妃に真顔を向けられるよりは怖くないので、目を逸らさずに見返して待つ。

 やがて重い口が開かれた。


「王太子を変更しろという声は、母が言っていたよりも大きいぞ」

「わたくし、王妃になりたいなどと言いましたかしら?」

「決まりかけていた婚約を取り消されるような男だ」

「シャタローザ公爵家は、よくもそんな心証の悪いことができましたわね」


 王太子派と第二王子派こそ争っているし、さすがに現在の王子たちはぎこちなく接していると聞くが、王家はそこそこ仲がよい。

 だというのに悪意の事件で視力を失ったロルフとの婚約を取り消すなど、両陛下は随分と気分を害しただろう。今は第二王子のマーキスに擦り寄っているというからなおさらだ。

 恐らくは王太子妃になりたいからと、揺れる立場を警戒して婚約を解消したのだろうが、サリドラには全く関係のない理由である。

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