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04.婚約1

 時間に遅れたことは怒られなかったが、代わりに弛んだ顔についてを指摘された。


「サリドラ。可愛い子犬のような顔をして、今日は被った猫が足りないみたいね?」


 少々冷たい眼差しに、特大の猫を被り直す。ロルフとのあれこれで波立った心は、未だ平静を取り戻してはいなかったらしい。


「詳細を報告なさい」

「はい……」

「ロルフ、おまえもそこにお座り」

「はい」


 用意された席につく。最初から茶器が三客置いてあったので、ロルフが同席することはあらかじめ決まっていたらしい。

 令嬢に絡まれたところから、ロルフが惚れなかったところまで。疑問が被せられたり補足を受けたりしながら説明を終える。


「記憶にある限り、物心ついてから私を欲しがらない異性に出会ったのは初めてだったので、つい浮かれてしまいました」

「なんというか……難儀だな」


 心底同情した目をくれた。少しして、初めて? と首を傾げたので視線を逸らす。母親に目を向け、やはり逸らされて首を傾げていた。

 嘘偽りなく初めてである。世の中には気付かない方がいいこともあるので、考えの放棄を推奨したい。


「つまりおまえ、わたくしの息子に好意を抱いているのね?」

「そうですね。男性の中では今のところ断トツで一番」

「なるほど」


 頷いたサリドラに、王妃は狐のような顔で笑った。


「好都合だわ。そう、今日は大事な話があるのよ」


 神妙に居住まいを正すと、隣のロルフも同じく背を伸ばす。やはりこの顔をした王妃に無茶振りをされた経験があるらしい。息子ということは、生まれたときからの付き合いということだ。サリドラの何倍も煮え湯を飲まされているのだろう。

 一人優雅に茶を口にした王妃が、カップをソーザーに戻した。


「サリドラ、王太子妃になりなさいな」


 艶やかな唇から飛び出したのは思った以上の爆弾だった。言葉を失い、はいともいいえとも答えられずに空気を吐き出す。


「母上、何を突然仰るんです」

「突然ではないわ。サリドラは王族に嫁ぐ身としての教育もほとんど終えているもの」

「そうなのか?」

「そう、だったようです」


 そうだったらしい。妙に政治の話が増えてきたなと思った頃があったが、世の中の淑女は知識が深いのだなと感心して頑張って取り組んでいた。

 友好国の特産品から有力貴族まで、ばっちり勉強している。なんなら非友好国でも近隣国ならそれなりに詳しいし、王妃のからの課題として、一部の令嬢とは手紙にて友好を築いている。顔が見えないため、この迷惑な美貌による被害がないのだ。開発させた美容液などを贈るととても喜んでくれて可愛い。

 未来の王太子妃として交流させられていたのか。頭を抱えるサリドラに、よくできましたと王妃はご満悦だった。


「……本人に了承も得ず、大変なことを押し付けたのですか」

「あら。本人も希望したことよ。ねえ、サリドラ」

「国一番の女にすると……ああ、そう。そうですね。確かに是非にと食いつきましたが……もう少しストレートに仰っていただければありがたかったです……」


 国一番の女にしてあげましょうと彼女は言った。王太子妃、次期王妃とは確かに国一番の女だ。サリドラが望んだのは教養の面だったが、言葉に間違いはない。罠を疑えとお叱りも受けたのだから、目の前の餌に脇目も振らず食いついたサリドラの落ち度である。


「花も盛り。おまえはますます美しくなったわ。年若い女当主が切り盛りする伯爵家では、おまえの盾にはあまりに不足。この先、わたくしのお気に入りというだけでは、トラブルを抑えられないことも出てくるでしょう。王太子の婚約者という抑止力の重要性はわかるわね」

「私は……未だこの外見に振り回される身です。王太子妃など」

「神の所業よ。どうせ一生振り回されるわ、諦めなさい」


 ぐうの音も出ない正論だった。盤石を築ける日などきっと来ない。


「私の子供は、同じように苦しむことになるかもしれません」

「それは産んでみなければわからないのではないかしら。ロルフという人間が混ざるのだから、おまえの完璧な美貌をそのまま引く継ぐとは限らないもの」


 王妃は決断力の塊のような人だ。話によると、王は少々優柔不断で、二人で丁度バランスを取れているのだとか。

 サリドラの不安をシャキシャキと切って捨てる力強さに、段々と天秤が傾いてくる。本日己の不出来を思い知ったばかりだが、他ならぬ王妃がいいと言うなら大丈夫なのかもしれない。

 硬い顔の綻びを見て、王妃が優しく笑みをこぼした。


「まあ、人のものとなると燃える奇特な輩もいるらしいから、増えるトラブルもあるでしょうが」

「うっ……」


 判断を人に委ねようとした途端に釘を刺しに来るのだから、教育者として優秀な人だと思う。

 四の五の言わずに婚約者になれと強制されていないということは、拒否をする権利があるということだ。自分できちんと考えて、自分で決めろと言われている。


「母上、私を薦めたいのですか、それとも辞退させたいのですか」

「デメリットは明確にすべきではなくて? そうそう、ロルフは猫被りこそよくできているけれど、中身は乙女の憧れるオウジサマとは正反対の朴念仁よ。考慮なさいね」

「今日は比較的素を出していますよ。こういった話ではないかと思っていたので」

「ではその薄い笑みと、私などというむず痒い一人称もお止め。将来の嫁の前よ」

「まだ決まっていないでしょうに」


 まだ決まってはいないが、きっと王妃はサリドラが頷くと見越しているのだろう。

 ロルフの婚約者になった場合、降りかかる火の粉を払うのは楽になる。新たな火の粉のことを考えても、メリットは随分と大きかった。己の権力で押してかかる者は多い。例外はあるが、権力には権力で対抗するのが一番だ。

 高位貴族の女性には更に嫌われることになるかもしれない。だが、絶世の美女たるサリドラの相手が決まるのだから、安心する者も多いはずである。とりわけ婚約者を持つ女性は。王子から地位の低い男に乗り換えるとは思わないだろうし、いくらサリドラの評判が悪いとはいえ、わざわざ男を漁って王子を蔑ろにするとまでは思われていない、と、思いたい。

 ついでにロルフの王子然とした顔は知らないが、見た限りでは今のところ難を感じない。表情を消したクールな眼差しには王妃譲りの威圧感があるものの、無駄に美辞麗句を連ねる軽薄な男よりずっと安心できる。

 唇に指先を当てて熟考するサリドラに、王妃は追加の情報を差し出した。


「汚い話をしましょうか。三年前にロルフが視力を失ったことで、煩わしい虫が湧いているの」

「……第二王子殿下を推す声が高まったとは聞いております」

「…………」

「ええ。マーキスは父に似て気弱で内気な性格をしているというのに。王に向くのがどちらかも理解できないなど、虫というのは頭も弱ければ視力まで弱いのね」


 ロルフとは三歳違いの王子、マーキス・フォークナー。サリドラはやはり彼とも顔を合わせたことはない。理由はロルフと同じだろう。毒牙にかかるのを防ぐためだ。


 第二王子は瞳の色こそロルフと同じだが、父親譲りの色の白い肌とアッシュブロンドの髪を持つ。心優しく繊細で、情に厚く素直。外見から中身まで王にそっくりだと評判で、国民からの人気が高い。

 彼が全く王に向かないとは言わない。安定した国を維持するのに「優しい王」というものは有効であると思うし、王妃のような人に支えて貰えば安泰だろう。

 けれどマーキスは、王を支える者としての教育を受けて育ってきている。優しいだけではいけないと幼い頃から矯正された現王とは、まず土台が違っていた。

 絶対的な決定権を持つ王は、悪意の意見に惑わされてはならない。素直とは騙されやすいと同義だ。自分の利ばかりを考えて進言する者が多くなれば、傀儡として流されるままに国の不利益を選んでしまうことになりかねない。たとえ優秀なサポートが寄り添っていても、どこかで必ず隙は生まれる。最後の砦はやはり王自身なのである。

 選択肢があるのなら、やはり長く次期王としての教育を受けてきたロルフが王の座にふさわしい。



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