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25.ひとまずの終幕

「遅くなって悪かったな」


 後回しになるのは当然だから不満はない。それよりロルフと共にマーキスが現れたことの方が気にかかる。

 婚約者の後ろに立つ王子は、以前の凛々しさはどこへやら、いかにも居た堪れなさそうに身を小さくしていた。サリドラと目を合わせたかと思えば、すぐに視線を床へと落とす。顔色は白く、以前顔を合わせた際よりやつれたように見える。


「場所を変えるか?」

「ここでいいわ、入って。ルルナ、お茶をお願い」

「かしこまりました」


 室内に案内すると、兄弟は別々のソファに腰かけた。当たり前の顔をしてロルフが隣を叩く。確かにそこに座る予定ではあるのだが、ここはサリドラの私室。我が物顔をされるとなんだか逆らいたくなってくるので止めて欲しい。

 サリドラが席に着いても、ルルナが飲み物を置いて退室するまで誰も口を開かなかった。


「罪の証拠を得たとはいえ、およそはドレジ子爵が集めた悪事の通りだったから、伝えられるのは補足程度だが」


 初めこそすっ呆けていた公爵だが、一切の話を聞かず邸の内部へと強行したロルフおよび騎士たちに怒鳴り散らし、早々に不敬だと押さえつけられたらしい。

 あらかじめ確証があったからこそ問題なかったものの、普通であれば王子とはいえ問題になる暴挙である。屋敷中をひっくり返し、棚や引き出しは勿論のこと、カーペットまで剥がしてきたというから恐ろしい。


「幸いなことにきみの引き渡し先はまだ決まっていなかったようだ。他国を巻き込む事件にならずに済んだ」


 それにはロルフと同じく安堵したが、何よりもサリドラの知りたかったことはひとつだけだ。


「ティアナ様は……関わっていた?」

「いや……少なくとも襲撃に関しては」


 おずおずと問うたサリドラに対し、ロルフはすぐに否定を返した。しかしどこか歯切れが悪い。

 彼はなんとも言えない顔をして、ポケットから手帳を取り出し寄越してきた。読めということだろう。遠慮なく手帳を開き――サリドラは彼の表情の意味を理解する。


「彼女なりにきみへの嫌がらせを考えていたらしい。一応聞くが、その消してある項目は達成済みなのか?」

「髪を切られたことなんてないわ。ドレスを破られたことも……毒を入れられたことも、多分。やり過ぎじゃないかと考え直して消したのね」


 飾りのリボンを引っ張られたり、髪の飾りを抜かれたことはある。そういう覚えのあるものには花丸印がつけられていた。これこそが達成済の証なのだろう。

 当時、鬱陶しいなとは思った。しかし肌を晒す場所のリボンを触ってきたことはないし、髪飾りは放り投げて返されたから、さしてサリドラにダメージを与えることはなかった。

 ティアナの礼儀作法はなっていないが、とはいえ高位貴族の令嬢だ。あまり低俗な嫌がらせは思いつかないのかと推測していたのに、まさかちゃんと程度を考えていたとは。


「……父親の所業を見た後だと、なんだか可愛らしく思えてくるな」

「元婚約者に可愛いなどと言うものじゃ……いえ、いいわ」


 実際にやっていることが可愛いかどうかは別として、ご機嫌な花丸を咲かせた手帳を見ていると、確かに不思議と可愛く思えてくる。


「その手帳は彼女の部屋で発見したものだ。それから」


 ロルフの補足の言葉を脱力しながら聞いていたが、少し硬くなった声音に手帳から顔を上げた。


「俺は彼女とは言葉を交わしていないんだが、彼女の部屋を調べようとした者が、彼女から毒の入った瓶を渡された。……俺の目を焼いた毒だ」

「か、関わってないって」

「ああ、わかっている、関わっていない。彼女は直情的で、思慮は浅いし、手が出ることもあるが、ばかばかしいほど正面から噛みつく人だったからな」


 公爵家に三女として生まれ、姉二人から年の離れたティアナは、家族から愛された子だった。

 その愛は、公爵家でなければ美しいもので終わったのかもしれない。皆が溺愛して猫可愛がりした子は高慢に育った。生まれ持った権力ゆえにわきまえる場を持たず、豊富な資産ゆえに我慢を覚えず。やがて父の欲とティアナの我儘が合致して、王家との婚約が決まってしまったから、もう歯止めがかかることはなかった。

 ちなみに、ティアナは不真面目ではあれど、ちゃんと王太子妃としての教育は受けていた。実のところ、知識はあるのだ。ただ、それが身になっていないだけのことで。

 そして先日、ロルフに拒絶され、サリドラに『八つ当たり』を受け、ティアナは母親に泣きついた。彼女はただ愚痴を聞いて欲しかっただけだったのかもしれないが、公爵夫人はティアナに小瓶を渡した。瓶を満たす刺激物を憎き女にかけてしまえと。

 皮膚を焼き、目を潰した実績があると母親は言った。思いもしなかった恐ろしいものを手に震えていたら、ふとロルフの怪我を思い出したらしい。

 当時、父親はロルフがティアナに恋心を抱かないことに苛々していたし、公爵家の利となる提案を跳ね除けられ続けていたことに度々悪態をこぼしていた。もしかしてあの目は父がやったのかもしれない。そう思い当たるのは早かった。


「一体どうしたらいいかと迷っていたところで、シャタローザ公爵がサリドラを害そうとした容疑で俺たちが乗り込んできた」


 ティアナは考えた。なぜ父はサリドラを害そうとしたのか。

 答えはすぐに見つかった。マーキスがサリドラに惚れたことで、父はティアナが王太子妃になれなくなりそうだと思ったのだ。


「それで、どうして毒薬を渡してくれたのかしら」

「マーキスがサリドラに惚れた瞬間を彼女は見ていたそうだな」


 頷くサリドラに、マーキスが目を逸らす。


「外見だけで惚れられて、自分の父に害されそうになった。私を知らなくても愛するのなら、そこに中身は必要ない、だったか。思うところがあったんだろう」

「外見だけなど。僕は……」

「サリドラはそう思っているということだ」


 捕らえられた際、ティアナは散々迷って毒を差し出した。毒なんて趣味じゃないの、と気丈に顎を上げて。


「……彼女に関してはそんなところだな」

「そう……安心したわ。ありがとう」


 激昂しやすい彼女が一線を越えていなくてよかった。もしもサリドラの嫉妬がティアナの激情に響いたのだとしたら、恥を晒し合った甲斐があるというものだ。

 もし薬を使われていたら、ティアナは父親の計画に加担していたと見なされただろう。それは王太子の婚約者に暴言を吐いたり、張り手を食らわせようとしたのとは全く違う次元の罪となる。対してサリドラは痛い思いとしばらくの不便を抱えるだろうけれど、恐らく早い内にその怪我は完治するはずだ。

 重罪を負うティアナと、何事もなかったかのように元に戻れる神の業。自業自得ではあるが、彼女を嫌いではないサリドラからすると、その結果の差にはなんだか少し申し訳なくなる。あくまで仮定の話だが。

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