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19.現状

 聞いて欲しい。領地にとって物凄く有益な契約が交わせた。さりとて不当なわけではない。双方利益の大きい、いわゆるwin-winというものだ。

 何をそこまで喜んでいるかというと、この契約は多分無理だろうなと思っていたためである。どちらかが契約を違えたら残された側が大ダメージを負うような、信用第一の契約だった。相手はサリエリ伯爵家とは縁もゆかりもない人で、更に事業を仕切っているのは女性だった。自国の女性には全く好かれぬサリドラである。本来ならば結ばれない縁だっただろう。

 無理だろうなと思いながら、それでも一縷の望みをかけて、社交場で出会った彼女に話を持ちかけたところ。


「事業主の方が、私の隣国の友人と親しかったの。友人が私のことを色々とよく言ってくれたらしくて、意外にも評価が高くてね。ドレジ子爵とも取引があるってことで実績を買ってくださって!」


 ついでにサリドラは王太子の婚約者だ。信用面においては一定の保証を受けているも同然。

 話を詰めるのには苦労したが、そこは王太子妃としての教育が役立った。


「同じ獲物を狙ってる人はたくさんいたけど、そこはほら、数少ない私の美貌のメリットを活かすときよね」


 にっこりと作り笑顔を浮かべて主張すると、ロルフは呆れたような顔をした。


「無礼な男に困らされたりはしなかったか?」

「ええ、平和でいいわ。王太子の婚約者っていう抑止力は凄いのね。少し愛想をよくしても暴走しないのよ」

「それはいいことだが、あまり笑顔の安売りをしないでくれよ。俺も見たことがないのに」

「……それじゃ、顔も出せないわ」

「ただの我儘だから聞き流していいぞ」


 小さな溜息を吐いて執務机に頬杖を突くロルフには、こちらこそ溜息を吐きたい。

 返す言葉が浮かばずに沈黙するが、意に介さずに彼は続ける。


「まあ、俺はその分きみとこうして会話を楽しめるからな。悪いことでもない」

「たたみかけないでちょうだい」


 頭を抱えてテーブルに突っ伏すと、ペンの滑る音と共に軽快な笑い声が聞こえてきた。人を揶揄って楽しむのはいい加減にしろ。

 仲が深まって以来、サリドラは空いた時間にロルフの執務室にお邪魔するようになった。勝手に乗り込んでいるのではなく、気軽に会いに来て欲しいと懇願を受けてのことだ。

 いわく、サリドラが近くにいると落ち着くのだとか。そんなこと初めて言われた。しかしこれは別段ロマンチックな意味じゃない。恐らくシャタローザ公爵絡みのトラブルに見舞われていないかとか、そういう心配をしなくて済むから落ち着くの意ではなかろうか。

 不満はない。こちらも無用なトラブルにぶつからずに済む。護衛も二倍になるので警護も楽らしい。多方面に利があるなら、活用しない術はなかった。さすがにロルフとエイベン以外がいたり忙しそうだったりするときには退散するが。

 なお、サリドラは現在、害意への警戒として慰問などの外出しなければならない仕事を免除されている。そのため割と頻繁にロルフのもとを訪れているから、最近はエイベンもそこそこサリドラへの対応力が上がってきたようだ。以前は必死に目を逸らしていたのに、息をするように自然な仕草で目を背けるようになった。素晴らしい成長である。

 頬の熱が引いたところで、気を取り直して顔を上げる。


「抑止力と言えば……今回の交渉相手は特別として、女性からの敵意も落ち着いた気がするの。やっぱり相手ができたからかしら」

「お役に立てて何よりだ」

「無駄にライバル視されなくて本当に平和。ティアナ様は相変わらず突っかかってくるんだけどね」

「……命を狙われることになっているんだが本当に平和か?」

「令嬢たちが来たら、私が直接対処しなきゃいけないでしょ。余分なことをしなくていいって意味では平和なのよ」


 何度か同行した社交場の様子を思い出すように、斜め上を見上げて首を傾げる。

 美貌を持って生まれたサリドラの危機管理能力は高い。その上で護衛の騎士たちが気を配ってくれるので、不用意に襲われる隙を作ることがほぼなく、命を狙われているらしいとはいえ今のところ目立った危険は訪れていないのだ。表面的には一応平和である。

 対して、初対面のワンシーンを思い出せ。ああいう勢いでやってくる令嬢と向かい合わずに済むのだから楽ちんでしょうが。

 今がいかに平和であるか、昔あった女同士のトラブルアレコレを力説する。おとなしく聞いていたロルフは、しばらくして飽きたのか、そういえばと声を上げた。


「サリドラは相手の容姿を貶して上位に立とうとはしないな」

「貶さなくても私が上位なのは神が保証してるし」

「いや、女性陣の喧嘩はなんというか……自分の方が優れていると理解した上で、更に追撃をしないか。自分より少しでも容姿で劣ったところを滅多打ちにして悪魔の首を取ったかのように勝ち誇るというか……」

「ああ……」


 する。男性陣がそういうことをしないとは言わないが、女性の方がえげつなく当てこすりがちである。口が達者なだけにかなりえぐいことを言う。


「きみはしないだろう」

「うーん。してもね……」


 ああいうのは、周囲に対して自分をよりよく思わせるために相手を更に下げるのだ。差を大きく見せることで自分はこんなにいい女なのだとアピールし、目の前の相手だけでなく、他の女までもを牽制する。互いの戦いのみではなく、次、その次の戦いへの布石を敷き、集団の中での優位を取る。女の容姿戦争は、相対する前から始まっているのである。

 そこでサリドラを見てみよう。神の創り給うた百点満点。そもそも戦いにならないし、元々の差が大き過ぎるので相手を貶して広がる差など微々たるものだ。意味がない。


「あと、自分の功績じゃないものを誇る気にはなれないし」


 そりゃあサリドラだって手入れには気を遣っているし、何もしていないよりは一応美しくなっている。でも、人として生まれ持った容姿を磨き、頑張って高める人たちとは土台が違う。サリドラもしている努力不足を指摘こそすれ、最初からほぼ完成された美貌が、土台そのものを貶すのはどうかと思うのだ。


「ロルフだって、自分は王子だぞ偉いんだぞ、とはならないでしょ」

「……少し違わないか」

「現状としては同じような感じじゃない? 自分が欲しくて手にしたわけじゃない、生まれつき持っていたもの。有益なときもなくはないけど、いいねって言われると、デメリットも大きくてこっちも苦労してるんだぞってちょっと腹立つところとか」

「どうだろうな」


 そうして安易に肯定しないところが好ましいなと思う。

 根本的には確かに違う。ロルフは王族の血を捨てることはできなくても立場を捨てることはできる。死ぬまでこの美貌を捨てられないサリドラよりは、生の中に逃げ道があるのだ。勿論実行は簡単ではないが。

 正直、自分に関しては死が逃げ道になるかどうかも怪しいと思っている。人の理の中に放り投げられた神の創造物。さすがに寿命は迎えられると思いたいが、風邪ひとつ引かぬ我が身、事故などの大怪我で死ぬかどうかはわからない。暗殺のリスクを抱えている現在において、今一つ切迫感が薄いのはそのせいでもある。

 ……寿命は適用されると思っているが、もしかして老化は難しいだろうか。死ぬまで若い外見のまま。あり得る。老いは一般的に美の妨げとされている。いや、サリドラはきっと老いてなお美しい。そうだろう美の神。神なんだから人の加齢まで考えて造形したな。そうだと言え。


 嫌な想像を巡らせてひっそり震えたが、頭を振ってなかったことにした。念のため、次神殿に行ったときにでも気休め程度に主神にお悩み相談をしておこう。

 気を取り直して話を戻す。


「でもね、腹が立てば口にはしなくても心の中で貶すことくらいはあるわよ」

「それくらいは誰でもするだろう。王族だとふんぞり返る気はないが、無礼な輩と話をしていると、不敬罪で牢に突っ込んでやろうかと頻繁に思う」

「牢だなんて偉いわ。王妃様なら手打ちにしてやると言うところね」

「言うだけで済むかどうかも怪しいな」


 はははと笑い合って、ちょっとまずいこと言ったなと口を閉じる。本人に知られたらそれこそ手打ちにされそうだ。ロルフも仕事の手を止め、気配を探るように目を動かしていた。

 息を潜めたタイミングでノックの音がして、二人して肩を跳ねさせる。


「ロルフ殿下、王妃殿下がお呼びで……どうかなさいましたか?」

「い、いや、なんでもない。すぐに行く」


 席を立つロルフにあわせて、サリドラも座り心地のよいソファから腰を上げた。


「慌ただしくてすまない」

「気にしないで。庭園でも散策してから部屋に戻るわ」

「そうか。気をつけろよ」


 さらりと頬を撫でて部屋を出るロルフを顰め面で見送る。

 入れ替わりに顔を覗かせたお調子者の女騎士は弓なりの目をしていて、できることならその口が開く前に縫いつけてやりたかった。


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