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15.味方

 苛々しながら一晩休み、朝起きて、激情のままに飛び出したのはまずかったかなとベッドの上でしばらく唸る。騎士や侍女たちは王太子への暴言を広めたりはしないだろうが、万が一誰かに聞き咎められていたら、丸め込んで後始末をできる自信はあるものの、果てしなく面倒くさい。

 クッションをぶつけた程度でロルフに嫌われたとは思わないし、これでロルフとの関係が切れてしまうとも特に心配しなかった。接していて気づいたが、ああ見えてロルフの根っこは割と直情型だ。そういうところは少しサリドラと似ている。立場ゆえに我慢強くならざるを得なかっただけで、相手を選んで爆発しているのではないだろうか。

 暴言は腹立たしいしあまりにも唐突だったが、爆発してもいい相手だと思われているのはやや嬉しい。程度はわからずとも気を許されている証拠である。そう思えば昨夜の怒りは大体が鳴りを潜めた。


 だがしかし、それはそれ。こちらから謝るのは癪に障る。

 問題にならない程度の期間無視してやりたいなと教育の合間に王妃にかけ合えば、よくぞやり返したと喝采されつつ許可をいただけた。

 いいんだ。正直なところ、そんな女を息子の婚約者にしていられるかと罵られるところまで覚悟していたのに。王妃は息子に対して態度が厳しめではないだろうか。未来の姑が嫁の味方で嬉しい。

 それから、真夜中のことであったから、騒ぎを耳にした者はいないようだと聞いて胸を撫で下ろした。


 ロルフと過ごすはずだった空いた時間は、ドレジと新しい美容液の話をしたり、仕事を増やしたり、領地の姉とのやり取りへと消えた。

 姉によると、今、領地は少々バタバタしているようだ。

 サリドラの婚約により擦り寄る者が増えたため。そして、シャタローザ公爵からと思われる嫌がらせを食らっているためだという。

 これを上手いことあしらってくれているのは、領地の運営など門外漢だと思われていた姉の婚約者。中々どうして弁が立つようで、物事を平和に終わせることについては並び立つ者がないらしい。

 穏やかな笑顔で口先三寸言い包めるのだという武勇伝には、是非その話術を伝授して欲しくなった。お互い落ち着いたら、顔は決して合わせることなく、姉経由の手紙とかで教えて貰えないだろうか。絶対に姉に不安を抱かせないよう徹底的に配慮するから。


 それから。


『王太子殿下の手配により、嫌がらせによる被害を免れることができました。心配は無用です。礼状はしたためましたが、サリドラからもお礼を申し上げるのがいいかと思います』


 ムム、と顔が険しくなった。なんということだ。知らないところで恩を受けている。

 酷いことを言われたとはいえ、これでは子供のように無視をしているサリドラがとんだ恩知らずのようではないか。


「放っておいてもよろしいのではないでしょうか」


 唸るサリドラへの助言は明瞭だった。


「でも、家が助けられたのよ?」

「伴侶となる方のご実家を助けることは、王太子殿下自身に降りかかる火の粉を払うようなものですから。サリドラ様を婚約者としたのであれば当然の行いかと」

「うんうん。その程度で許される暴言ではありませんよねぇ。普通の女の子が王子様からあんな一言貰ったら、そりゃあ怒りますよ」

「普通の女の子……」

「普通の女の子ですよぉ。見た目はこんなに大人っぽいし、目が潰れそうなくらいの美貌なのに、愛読書が恋愛小説なの滅茶苦茶可愛い女の子なんだなって」


 枕に叫びを吸わせた日から、冷たくない程度に事務的であった侍女たちが親しみを増した。元々サリドラに好意的だとは感じていたのだが、壁が取っ払われたような気がするのだ。

 そして侍女と配属された女騎士はみるみるうちに仲良くなって、何がどうなったのか、皆がサリドラに親切にしてくれる。

 その中でも一際友好的なのが、王族への暴言とも取れる言葉を堂々と吐く、侍女のルルナと女騎士のラヴェーヌである。


「サリドラ様、髪飾りはこちらでよろしいですか?」

「お任せするわ。ルルナはセンスがいいもの。でも、ラヴェーヌは絶対に口を出さないでね」

「そんなぁ」


 騎士が手にしたきんきらきんの髪飾りはどこから出てきたものだろう。本日は王妃と神殿に出かける日だから、そんな派手なものはつけられないし、そもそもそんな趣味が悪いアクセサリーを所持していた覚えはないのだが。

 国は神を祀っている。加護は得られたり得られなかったり、加護の内容は役立ったりそうでもなかったりはするが、ともあれ神に祈りを捧げるのは国主とその家族の義務だ。婚約者として、一足先にご挨拶に行く必要があるらしい。

 ルルナや他の侍女たちは、随分と張り切ってサリドラの美貌を飾っていた。部屋の中を警護する騎士は二人だが、もう一人の騎士はラヴェーヌが口を挟むのを呆れた目で見て笑っている。


「この顔は、こんなふうにもできるのね」


 鏡の中の自分は、聖女もかくやというほど清楚で可憐だった。異性を威嚇するべく攻撃的に仕上げていた化粧とは正反対だ。世にふたつとない美貌でなければ、別人だと思われることだろう。


「もっと妖艶にも、なんでしたら蠱惑的な男性のようにもできると思いますよ。おつきの侍女は、他のお化粧を試したりしなかったのですか?」

「私が頼まなかったから」

「でも、サリドラ様って頼まれなくても色々と模索したくなるお顔立ちじゃないですかぁ」

「……頼んだことはきっちりこなしてくれるのよ」

「一流の侍女はお心を汲み取って動くものでございます」


 ルルナがツンと顎を上げ、遠回しに邸の侍女を蔑んだ。

 邸の侍女の仕事に不足も不満もなかったが、こうして手をかけられているとついつい比べてしまうことはある。効率重視で強めに引っ張られる髪だとか、いつでも最大限の強さで締められるコルセットだとか。

 王宮の侍女はサリドラに痛みを与えないよう注意を払うし、場に合わせてコルセットを緩めてくれる。それはサリドラの様子を見ての気遣いで、心温まる優しさだった。知ってしまうと、途端に際立つ邸での無関心が少々悲しい。


「仕方がないわ。彼女たちはサリエリ伯に雇われた人で、現当主(あね)と私にあった色々なことを知っているんだもの」


 アルジラの婚約を何度も解消に追い込み、妹に近づくための踏み台にしようとする男を群がらせ、他人の様々な男女トラブルの後始末をさせた。サリドラもダメージを負ったが、姉の心労はそれを遥かに上回る。

 近しい人はずっと姉妹のそういう関係性を見てきた。アルジラに同情するのも、サリドラを疎むのも当然である。

 それを思えば、彼女たちは嫌悪を向けてこないだけ優秀なのだ。


「お言葉ですが!」


 強い語調に、伏せた目蓋を上げて鏡を見た。鏡越しに目が合ったルルナは、猫のような魅力的な目を吊り上げている。


「サリドラ様をよく見ていれば、至情を捧げるべき方かどうかは理解できるはずです。サリエリ伯は確かに過酷であられたかと思いますが、だからと言ってサリドラ様を蔑ろにするのは別の話。ただの無能の言い分でございます」


 手を動かしながらも言い切られた非難の言葉に、今度はラヴェーヌが手を叩いてけらけらと笑った。


「サリドラ様がおうちで何をされていたかは私には把握できてませんけど、王宮で王妃殿下に散々扱かれてたのは見てますからねぇ。男に苦労してるところも日常的に目にしてますし」


 胸がじわりと熱くなる。高鳴る鼓動を落ち着かせながら、でも、としどろもどろに口を開く。


「私は私自身がこうだから苦労するのは当然だけど、姉は巻き込まれてしまっただけで」

「そうは思いませんけれど……では、仮にサリエリ伯が巻き込まれてしまっていたとしますが、お二人の関係に周囲が口を出すのは違うでしょう。仮に、よろしいですか、仮にですよ。仮にサリドラ様のせいだったとしても、文句を言えるのは被害を受けた本人だけです。私情で仕事の手を抜くなど全くもってあり得ません」

「いえ、私情を挟まず、淡々と仕事してくれてるのよ」

「笑顔は大事ですよぉ。無用なよそよそしさは手抜きです、サリドラ様」


 サリドラのなけなしのフォローは、ふわふわとした声に叩き落された。甘い語尾と声なのに、騎士だけあって切れ味が鋭い。


「腹立たしいことに、王宮にも私情ゆえの無能はちらほらとおります。恋人や婚約者が王宮に勤めている者はサリドラ様を恨むこともあるかもしれません。しかし、少なくともそうした者は担当から弾かれていますからご安心ください。ここにいる者は皆、サリドラ様を努力の方として尊敬しております」


 他の侍女や騎士も、口は挟まなかったが控えめに頷いていた。

 目の奥が熱を持って、目に薄く水の膜が張った。今から出かけるのだから雫を落とすわけにはいかず、ぱちぱちと何度も瞬く。

 そうして衝動を堪えようと奥歯を噛み締めるサリドラの顔を、女騎士がひょいと覗き込んだ。


「サリドラ様、まだ私たちのことちょっと警戒してますよね」

「えっ」


 涙の気配が途端に去った。


「それは、その」

「いえ、責めてないんですよ別に。そりゃああんな……アレですから、そうもなるでしょうし」

「そうですね。あっさりと信頼していただけたら、少々心配になります」

「あの、でも、自室に一人でいるときの次くらいにはリラックスしてるのよ」

「うわあ、かわいそ。どれだけ安心空間がないんですかぁ」


 隠さず憐みの目を向けられると、思わず言い訳をしたくなる。

 サリドラとてどこもかしこも危険地帯と思っているわけではないのだ。王妃やロルフとお茶をしているときだって、種々様々な教育を受けているときだって、身を危ぶんでなどはいない。リラックスできるかどうかは別として。やはり王妃は王妃だし、ロルフは――異性に対する警戒心とはまた少し違う緊張感があるから。

 だから、安心空間がないというわけでは、決して。


「私、サリドラ様のこと努力の人だなって尊敬もしてますけど、普通の女の子として幸せになって欲しいなとも思ってますから、なんて言うか……うーん」

「上に立つ者として弱音を見せてはならないとばかり思わず、何かあれば頼っていただければ嬉しく思います」

「そうそう、頼ってくださいねぇ! 私、こう見えて案外できる騎士なので!」

「じゃあ……いざというときには、よろしくね」


 髪を整え終わり、満足げにルルナは微笑む。ラヴェーヌは胸を張って力こぶを見せた。

 サリドラはくすぐったい気持ちで立ち上がる。最後にもう一度全体のバランスをチェックされていると、誰かが部屋を訪ねてきたようだった。時計を見るが、呼び出しにはやや早い。

 侍女と共に部屋を出たラヴェーヌは、垂れた目を不機嫌そうに眇めて帰ってきた。小ぶりな一輪の赤薔薇と、手紙とも言えない一枚の紙切れを持って。

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