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11.婚約パーティー

 サリドラが王太子の婚約者になったことは早々に通達されている。

 相手が絶世の美女であるから、話は瞬く間に広がった。国民、友好国は勿論、外交のない国でまで話題になり、いかにして美女に持ちかけられる取引を普通にこなすかと戦々恐々しているらしい。

 女性外交官が増えると嬉しいなと思う。サリドラは女に嫌われる女だが、別にサリドラは女を嫌いではない。異性が関わらないのなら職務に忠実な女性などは大変好ましいし、嫉妬に狂っても直接手を出してこなければさしたる害はないので。

 皆に周知されたならもういいじゃないかと思うのだが、まさかそれだけで終わるはずがない。

 大々的に開かれた婚約パーティーは案の定、悲喜こもごもで波乱に満ちたが、前半は表面上だけは取り繕えていた。水面下は知らないし知りたくもない。


「サリドラ様、おめでとうございます」

「ついにお相手が決まったようで何よりですわ!」


 女性陣の大半は権力者との婚約を妬みつつも、安堵の色濃く祝辞を述べ。


「サリエリ嬢、この度は……この度は……!」

「うっ……王太子殿下、この度は誠に……幸運なお話で……」


 男性陣の大半は血涙を堪えるように祝辞の語尾を震わせた。

 訂正しよう。表面上を取り繕い切れてはいなかったが、その辺りは織り込み済みであったので、取り繕えたという体で受け流した。上が受け流したということは、無礼はなかったということである。勢い余って告白してきた者もいたが、笑い飛ばして事なきを得た。

 さもあらん。この日のサリドラは、過去一番に美しかった。

 俗なことを言えば、過去一番に金がかかっている。ドレスもアクセサリーも化粧品も、マッサージなどの前準備まで。そう、王太子の婚約者であるから。ただでさえ光り輝く美貌に後光まで差してしまった。

 幸いなのは、サリドラが美し過ぎたため、ロルフの傷にケチをつける輩が出なかったことだ。


「サリエリ嬢とご婚約など羨ましい……いえ、お幸せなことですが、隣に立つというのも胆力が要りそうですな。私にはとても……」

「そんなにか」

「無理ですね……ご婚約、おめでとうございます」

「ありがとう」


 王子様スマイルを困ったように歪めてロルフが応えた。

 ティアナを追い払ったときと同じだ。輝くサリドラが美し過ぎるので、隣に立つ人の容姿は意にも解されなくなる。貴族の高いプライドで、その落差に耐えられる者は少ないだろう。陰日向でもいいと思える男はそういない。

 ……隣に立つことも考えず言い寄って来ていたなんて、なんて愚かなんだろう思う。思考を停止させた男たちに呆れるべきか、己の容姿に感心すべきか。

 軽蔑も自嘲も仮面に押し込め、普段は出し惜しんでいる満面の笑みを披露する。

 とはいえ悪い気づきではない。この機会に、隣に立つなど不相応だという意識を浸透させておくべきだ。


「皆様ありがとうございます。このように祝っていただけて、わたくし本当に嬉しゅうございます」

「い、いえ、サリエリ嬢がお幸せなら、我らはそれで」

「まあ、お優しいのね」


 斜め上から、よくやるな、という視線を感じた。今後の平和のためなのだから、やらない理由がない。

 お前もやるんだよという意図を込めて腕に爪を立てていると、人垣の向こうがにわかに騒がしくなった。ざわめきと共に壁が割れ……引き攣りそうになった笑顔をどうにか堪える。

 マーキス第二王子が、溶けた目をしてサリドラを見ていた。


「……マーキス。お前も祝いに来てくれたのか?」


 なお、本日の婚約パーティー、本来彼は不在であるはずだった。言わずもがな、兄の婚約者に懸想する弟など、致命的な醜聞になりかねないからだ。

 ちらりと壇上に視線をやると、王妃は開いた扇を揺らしていた。大きな問題になるほどのことはしないと息子を信じているのか、どうにかしろと言われているのか。前者であれと思いながら現実に向き直る。

 声をかけられ、マーキスはすぐに態度を改めた。

 溶けた目に知性が戻る。眉を下げて笑うのは、彼の癖であるのだとロルフに聞いた。


「はい。兄上の特別な場ですから」


 しかし、言ったそばから彼はこちらに向き直る。


「サリドラ様、お会いするのはこれで二度目ですね」

「……そう、ですね。お久しぶりでございます」


 先に祝辞を寄越せ! そう叫びたくなるのをグッと堪えた。真っ先に誤解を生む方向へ話しかけるな。兄上の特別な場をなんと心得る。

 必死の目配せは届かなかったようで、彼はそのままサリドラに話し続ける。


「早速婚約者として仕事をなされていると聞きました。もうそれだけの教育を終えているなんて、サリドラ様は優秀なのですね。……王太子妃にふさわしくいらっしゃる」

「ありがとうございます。ロルフ殿下の隣にいても呆れられぬよう、精進いたしますわ」


 どことなく硬い笑顔に、同じく強張った笑顔を返した。

 ――弟と会ったことがあるのかという横から視線が痛い。そういえば報告をしていなかったような気がする。情報の共有を怠ったのは悪かったが、わざと黙っていたわけではないので許して欲しい。


「そうですか、兄上の隣に」


 マーキスの視線が不自然にふらりと動いた。行先を追う前に、その目は一度強く閉じられる。

 一拍の後に作り直された笑顔は、相変わらず下がった眉のままなのに、なぜか先程までより凛々しく見えた。


「ええ……今は、兄上の隣に。でも未来はわかりませんね」

「……マーキス、一体何を」

「マーキス様!」


 看過できない一言だった。

 ようやく動こうとした隣の朴念仁が、覚えのある甲高い声にまた止まる。げ、と小さく聞こえた。そっとサリドラの手を外し、反対側の肩を抱いて――。


「ちょっと」

「元婚約者だが、実は苦手なんだ」

「だからって人を盾にしないの!」


 仲良しアピールのようで、その実ただの防御壁扱いだ。

 小さく言い合っている内に、声の主がマーキスの腕に手をかけた。公爵令嬢、ロルフの元婚約者ことティアナである。


「マーキス様、お迎えを待ってたんですよ。置いて行ってしまうなんて酷いわ」


 ティアナの好感がそこそこ高い理由のひとつは、自分の魅力をしっかり把握しているところだった。生まれ持った容姿を引き上げるための努力は見えるし、特性を生かした可愛らしい格好をしている。

 あとは品位さえあればと思うのだが……野猿だったサリドラが三年で人間になれたのだから、今から頑張ればどうにかなるのではないだろうか。やる気になれば。ならないかな。


「ああ……ごめんなさい。約束をしていましたか?」

「娘をよろしくお願いしますと申し上げたでしょうに」


 ならないかもな。彼女の保護者は、サリドラの立派な姉ではなく、あの傲慢で面の皮の厚い父親なので。

 娘と共に現れたその男の姿を見て、すぐさまサリドラは扇を開いた。目に入れるのも嫌だと顔を覆う。

 こちらに気づかない僥倖に期待したが、そう上手くはいかなかった。扇を通してすらわかる粘着質な視線に鳥肌が立った。


「おお、サリドラ様。本日もお美しい」


 揺れる肩をロルフが撫でた。粟立つ肌に眉を寄せ、盾にしていたパーフェクトなマイボディをくるりと回す。肩口に顔を埋めさせられて目を瞬いた。


「シャタローザ公爵」


 鋭く低い声は体の中まで響くようだった。

 驚きに震えるサリドラの背を、安心させるように軽く叩かれる。別に公爵に怯えたわけではないのだが。


「声をかけるには順序が違うのではないか?」

「これは失礼を。マーキス様方とは親しいものですから、つい」


 その言い方だとサリドラとも親しいように聞こえるので、心底止めて欲しいと思う。

 王太子直々の咎めにふてぶてしく応える男こそ、ロルフが怪我を負った途端に婚約を取り消し、兄弟の仲を悪くさせた元凶だった。

 そうでなくともサリドラは元々この男が大層嫌いだ。欲深い視線に慣れたサリドラですら、粘着質な視線は吐きそうなほど気持ちが悪い。露わな性欲に、遠慮なく縮めてくる距離。何が最悪だって、自分が上位者だという態度を隠そうともしないところだ。言い寄られるのを感謝しろと言わんばかりの上から目線には、いつも罵詈雑言を浴びせてやりたくなる。

 ロルフの、そしてサリドラの厳しい視線をものともせず、公爵は一見端正に見える顔をニヤニヤとさせて無礼を重ねた。


「あれから三年でしたか。いやはや、わしも胸を痛めておりましたが、おめでたい話がありましてようございました」

「そうか、心労をかけた。こんな疲れる場に出ず、ゆっくりと養生してくれ」

「いやいやロルフ様、まだまだ現役ですよ。そうですなあ。賢王に続く次代の活躍まで支えられるよう、健康には日々気をつかっております」

「公爵は陛下と同じような歳だったと記憶しているが……さて、次代に交代するのはいつになるだろうな」


 男たちの嫌味は、女同士より大分マイルドだ。年の功、あるいは身分の高さゆえの慎重さかもしれないが。

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