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セザールは、彼女を本邸にあるガーランド公爵の書斎に案内した。

書斎でエリアナを待っていた公爵は彼女に近づくとそのまま上から下まで見下し、フンと鼻で笑った。それだけで、連れてこられるまでの経緯もあってか、エリアナにとって目の前の人物の印象は最悪だった。だがその態度が当たり前のように超然としている様子や、セザールが背筋を伸ばして畏まっている姿や張り詰めた空気から、目の前の男性がこの邸宅で1番偉い人で、セザールが言っていた『旦那様』と呼ばれる人物なのだと察した。

公爵は冷めた眼差しをエリアナに向けた。



「今日からここがお前の家だ。だが本邸に立ち入ることは禁ずる。離れにお前の部屋と世話する者を用意した。それだけでも感謝するように。」



公爵が刺々しい態度で言うと、それをセザールが嗜めた。



「旦那様、それでは説明が足りません。エリアナ様をお連れした理由をちゃんと伝えませんと……。」



セザールの言葉に公爵はあからさまにめんどくさそうにため息をついてみせると、エリアナを指差して説明を足した。



「お前の中には俺の血が流れている。必要があってお前の母を妾にしたが、お前自身を娘として迎えたつもりはない。」



公爵の言葉は至極冷たいものだった。しかしエリアナは、その言葉に心が跳ねた。

『俺の血が流れている。』

つまりそれは目の前の人物が、居て欲しくてたまらなかった父親だということを意味していたからだ。



「…………お父さん………?」



エリアナは、ずっとその存在を願っていた。

『あの子は父親がいないから。』

そう言っていた近所のおじさんやおばさんの顔は悔しくて覚えている。そんなの関係ないと何度叫んだことか。母はそれに対して何も言い返さず、ただエリアナの頭をグッと後ろから押して頭を下げさせた。でもエリアナは知っていた。そんなことを言われて頭を下げながらも、頭を下げたその下では母が唇を噛み締めて悔しそうにしていたことに。

『父親という存在が自分にいる。』

その希望だけで、エリアナはおじさんやおばさんに対しての溜飲が下がる思いがした。

友達が父親に肩車をしてもらっているのを見たり、両親と揃って買い物に出掛けているのを見た時、友達を自分に置き換えて想像していた。

父親と一緒に過ごすのは、どんな光景だろう、と。


心なしか期待を込めてその名を呼び、そっと手を公爵の方に伸ばす。すると公爵はゴミクズを見るような冷たいまなこで、その手をピシャリとはね除けて吐き捨てるように告げた。



「あくまで俺の娘は、亡くなった妻アイラの産んだアリスだけだ。お父さんなどと気色の悪い呼び方をするな。」



その言葉はエリアナの望んでいた父親像に対する希望を打ち砕くだけではなく、エリアナの心さえも傷つけるものだった。

打たれた手はジンジンと痛み、心にまで蝕んでいくような気がした。



「ただ………。」



公爵は今一度エリアナを上から下まで値踏みするように見ると、自分の顎に手を当てて下卑た笑いを浮かべた。



「容貌もそれなりに良いし、その歳で出るところは出ているようだから、何かに使えるだろう。」


「旦那様!」



当時は公爵の言っている意味はわからず、セザールがなぜ非難めいた声を出していたのかもわかっていなかった。でも大きくなってから思い返してようやっと、性的なことを言及していたのがわかった。わかった時には父親であるガーランド公爵に対する希望など欠片も残っていなかったので、どうでもよくなっていたが。



「後はセザールに任せる。さっさと行け。あと、こいつを風呂に入らせろ。こいつは臭い。」



公爵はしっしっと野良猫を追い払うような仕草をしてエリアナとセザールを書斎から追い出した。

セザールに対して、書斎を換気して侍女に掃除させろとも付け加えて。

臭いと言われたのがショックでエリアナが自分の服の袖の匂いを嗅ぐと、3日前に近くの川で水にさらして洗っただけのその服は、汗の匂いがした。ただ自分の匂いだからこそ異臭には気づきづらく、平民として暮らしていて風呂に入る生活などしていなかったからわからなかったが、エリアナの身体からはツンとする臭い匂いが漂っていた。



「これからエリアナ様が生活する離れにご案内します。詳しいことは離れで説明いたしますね。」



セザールは匂いのするエリアナに嫌な顔1つせず、また手を差し出した。エリアナは促されるままセザールの手を握りしめ、公爵が言う『離れ』という場所に向かった。


そこは本邸を裏口から出て少し歩いた場所にあった。かつて使用人の宿舎として利用していた平屋の建物だった。老朽化したので使用人用の宿舎は別に建てられ、今は無駄に数のある部屋を倉庫として使っていた。


セザールは離れの前までくるとエリアナを前に目線を合わせて屈み、公爵がし足りなかった説明を補足するように話しはじめた。

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