強欲おばあさんは、どこまでも強欲
『舌切り雀』
むかしむかし、
強欲おばあさんは、雀のお宿で、大きなつづらを貰いました。
雀のお宿は、おじいさんが、つい先日、小さなつづらを貰ったところでした。
おじいさんが可愛がっていたスズメのことで、おばあさんが言った事を聞いて飛び出して行った先のことでした。
「ノリを食べてしまったから、舌をハサミで切って追い出してやったよ」
っと。
おじいさんはスズメを探し回り、やがて雀のお宿に案内されました。
スズメは、おじいさんに感謝とお詫びを伝え、歌や踊りでもてなします。
そしてお土産として大小二つのつづらを差し出しました。
「おじいさんは、おじいさんだからよ。
軽くて小さなつづらにするよ」
と、小さなつづらを家まで持って帰り、つづらを開けてみると、中には金銀財宝サンゴや宝珠の玉などが入っていました。
…
……
………
その宝を見た強欲おばあさんは、こう言いました。
「やりやがったね、あのスズメは!
おじいさん、決着をつけるから、その雀のお宿って場所、教えてくれないかい?」
「どうしたんだい、おばあさんよ?
また、スズメに酷い事するのはダメだよ」
「心配しなさんな、おじいさんよ。
あのスズメに、ものの道理をちょっと教えてやるだけだよ。
わたしのやる事に間違いは無かったろ?
…いや、まあ、あったかもだけど、それはそれでよ…」
「おばあさんは、スズメのため行くんだね。
なら、雀のお宿はね…」
…
……
………
おじいさんの謎かけのような道のりを超えて、強欲おばあさんは雀のお宿へつき、挨拶もそこそこにお土産を求めます。
「ごちそうも踊りも、いらないよ。
スズメ、すぐに帰るから、はやくつづらを持ってくるんだよ」
「はい、では、大きいつづらと小さいつづらを…」
「大きいつづらに決まっているよ!」
強欲おばあさんは大きいつづらを受け取ります。
スズメは、強欲おばあさんに言いました。
「おばあさん、つづらは家に帰るまで開けてはいけませんよ」
強欲おばあさんは、スズメに言いました。
「ほう、そうかい。
なら、家に帰る前によ…。
今、この場でつづらを開けてやるよ」
おばあさんはそう言い、大きいつづらを開けました。
なんと、つづらの中には毒虫に蛇蝎、そして恐ろしい顔のお化けたちがたくさん入っていたのです。
「たっ、助けておくれよー!」
と、言いながら、強欲おばあさんは、腰をぬか…、
…
……
………
…腰をぬかすことなく、おばあさんは腰から得物を取り出し、妖怪どもに破魔矢を突き付け、毒虫や蛇蝎の頭を足で踏みつぶしながら、こう言いました。
「正体を表しおったね。
スズメ、お前さん妖になりかけておるよ。
この程度の妖怪どもと、宝を大小で分けることを見るに、まだ半神半妖ってとこかね?」
おばあさんは、懐のから出した徳利から霊水を周りまいて、結界を作りながら、語ります。
「スズメ、お前さんがノリを食ったのは、まあ、いっぱい食べて微笑ましくて良かったんだがよ。
お前さん…。
あのとき、言葉で言い訳しようとしよったね。
だから舌を切ってやったんだよ。
口犬よろしく、凶兆の喋る獣にならぬようにね。
お前さんの舌を切ってやったんだよ。
しゃべる獣は化け物だよ、スズメは化け物になってはいけないよ。
舌切り雀でも、おじいさんは、お前さんを可愛がってたろうからよ」
おばあさんは、お守りを首にかけながら、語ります。
「ただのイタズラ雀なら、おじいさんが可愛がってたスズメ、お前さんを追い出すことはなかったよ。
だけど、お前さん、呪をかけたね。
なんの呪かわからなかったから、スズメ、お前さんを遠くに投げ捨てるしかなかったんだよ」
おばあさんは、お札を出しながら、語ります。
「スズメ、お前さん、あの時、…ノリに仕込んでたんだね。
障子の言えど、内と外との分け目。
その外界と内界を分ける境界線。
その障子ノリに仕込んだから、おじいさんは、こんな異界『雀のお宿』に来る羽目になったんだね」
おばあさんは、お経の巻物出しながら、語ります。
「まったく、耳なし芳一じゃあるまいによ。
おじいさんも、まんまとつれだされおってよ。
初日だけなら誤りだったと、ご先祖様に言いわけ出来るかね、南無南無」
おばあさんは、別の徳利からお神酒を口に含みながら、語ります。
「スズメ、お前さん、いつまでも、おじいさんのそばにいて良かったんだよ。
老い先短いおじいさんに、金銀財宝与えるよりも、ただ可愛がって貰っていればよかったんだよ。
わたしが死んだあとも、ずっとずっと、おじいさんのそばにいる、それだけでよかったんだよ」
おばあさんは、数珠を左手に巻き付けながら、語ります。
「スズメ、お前さんは、害虫を食べる田んぼの守り神でもあったろうによ。
…だからって、農家のもんから見れば、追い払った先から稲を食う雀に恨みツラミはつのるものよ…。
スズメ、お前さん、その恨を受けて、今、祟り神になりかけとるのかね」
おばあさんは、狐の仮面をかぶりながら、語ります。
「そう言うのは、お稲荷様での雀食いで、何とかしてるんものだがよ、
スズメ、お前さんは、おじいさんの優しさに絆されてしまったね。
…それは、…まあ、…悪かったね、スズメ」
おばあさんは、ありったけの霊験あらたかなものを身に着けながら、語ります。
「これはね。
スズメ、お前さんが、じいさんにやった、つづらの宝で揃えたものだよ。
こうやってでもノシ付けて返してやっからよ」
おばあさんは、ただ、語ります。
「だからよ…、スズメよ…。
ちゃんと、全部、受け取れー!」
雀のお宿は、上へ下への大騒ぎになりました。
…
……
………
チュンチュン。
「おばあさん、おばあさん、起きてくれよ」
おじいさんに起こされ、おばあさんは辺鄙なところで目を覚ましました。
すでに夜はすぎ、朝空にチュンチュンと雀の声が響きます。
「おじいさんよ、ここはどこよ?」
「おばあさんよ、帰るのが遅かったからね。
雀のお宿に行ったと思ったのに、裏の森で見つけてビックリしてたんだよ」
「…怪異が終わったってことかね?」
おばあさんは安堵のため息をつきます。
「昨夜はどうしたんだよ、おばあさん?」
「雀のお宿で、あのスズメに大きいつづらをもらってよ、
つづらの中に毒虫に蛇蝎、それにお化けたちが入っていたからよ…」
「ああ、おばあさん、それでビックリして、気絶して腰をぬかしたんだね。
おばあさん、欲張ったり無慈悲な行いをするものではないよ」
「…。
ああ、そうだよ。
ほんとうに、そうだよ。
…。
それはそれとしてよ、おじいさんよ。
…、うん」
「なによ、おばあさん?」
「腰抜かして動けないからよ。
背負って家に連れてけって言ってんだよ、おじいさん。
言わせんなよ、恥ずかしいよ」
「ああ、そうだよね、おばあさん」
おばあさんを背負って家路に歩くおじいさん。
朝の空には、雀が鳴きながら飛ぶ中で、一羽の雀が、おじいさん達の上で円を描きました。
チュンチュン。
「おばあさん、あの雀は、スズメだよ」
「ふん。
悪さしたりしなければよ。
反省してるんならよ。
家出雀と一緒に帰るのはかまわんよ、スズメ」
チュンチュン。
…
……
………
おじいさんと、おばあさんが、まだ幼いころの事です。
おばあさんは農家の娘で、子どもながらに雀を罠で捕まえて、食事の一品にするような逞しい子でした。
農家にとって収穫前の稲を食べにくる雀達は餓鬼そのものでした。
何度も追い払っても来る雀達を食べるのに、
何の躊躇もありませんでした。
たた、おばあさんの罠に掛かって死んだ雀を見て、
「可哀相だよ」
と、おじいさんが言いました。
その優しさに、おばあさんは、もどかしくも惚れてしまいました。
その優しさで、おじいさんは、いつしか心が壊れてしまっていました。
その優しさが許されない、そんな時代だったからです。
そんな、壊れたおじいさんの元へ、お嫁にいったのが、おばあさんでした。
そんな、おばあさんに村のみんなは残念がっていましたが、おじいさんとおばあさんは、たいそう幸せでした。
けれど、おじいさんは、それでも、誰にでも、何にでも、どこまでも、優しかったのでした。
そんな優しいおじいさんを守るために、おばあさんは強くなることを欲しました。
強く、強く、欲しました。
…
……
………
おじいさんに背負われて、その背中を優しく抱きしめながら、強欲おばあさんは言いました。
決して誰にも聞こえぬ言葉を言いました。
「これは、わたしのもんじゃよ。
誰にも、やらんよ」
(おしまい)