8.聖剣アシュクライト
「んっ~~!」
俺は今、自分の部屋でゴロゴロしている。
何度か大変なことはあったけど、こっちでの生活に慣れてきた。
ダンジョン探索から戻ってからは薬草採集などのあまり危険がない依頼しか受けていない。
実家暮らしで生活は安定しているから、自分で使う小遣い程度を稼げればいい。
仕事と言ったら後は店番をたまに手伝うぐらいだ。
パソコンやゲームがないから日本にいた頃に比べたら娯楽はほとんどないと言っていい。
だけどその分、剣の稽古や魔法の練習に時間を費やして充実した日々を送っている。
最近はシーラさんにギルドでの愚痴を聞かされた後に剣の稽古と称してサンドバッグにされている。
もはやストレス発散に来ているだけじゃないのかって思う事もあるけど、人の剣捌きを実際に見て受けるのはすごく勉強になる。
何よりあんな綺麗な人と二人っきりで何かするってだけで男の俺にとっては幸せな事だ。
魔法に関しては最初に覚えた三つの魔法は使いこなせるようになった。
調子が良ければ二発ぐらいは出せる。
そろそろ新しい魔法を覚えたいと思っているけど、あの耐え難い痛みを思い出してアトに頼めないでいる。
まぁ、今のところ早急に新しい魔法を覚える必要性はないからいいんだけど。
何とかあの痛みなしに記憶を流し込んでもらう方法はないものか。
『カシュ、聞こえますか?』
充実した異世界ライフを満喫していると、どこからともなく声が聞こえてくる。
これはストレ様の声だ。
寝転んでいた体を起こして少しだけ姿勢を正す。
「どうしたんですか?」
声に出せば伝わるのかわからなかったが返事をしてみる。
前にアトがお仕置きされた時は会話はしなかったからな。
『実は、折り入って頼みたいことがあります』
「頼みたいことですか?」
わざわざ連絡してくるって事は何か大切な用事だろうか。
『二週間後ジャクロットという街で闘技大会が開かれます。それに出場して優勝してほしいのです』
「闘技大会?」
『はい。毎年、勇者を決める大会として行われています』
「無理ですね」
『ありがとうございま……え?』
ストレ様が素っ頓狂な声を出した。
『聞き間違いじゃなければ、いま無理とおっしゃいましたか?』
「はい」
『えーっと、何故だか理由を聞いても?』
「勇者を決める大会って事はそれなりに強い人が出てくるんですよね。今の俺がそんな大会で優勝できるわけないじゃないですか。剣の稽古や魔法の練習をしているといっても毎回シーラさんにボコられて魔法も二回発動させるのがやっとなんですよ」
しかも今の俺は完全にスローライフ気分だ。
わざわざ血の気の多い場所になんて行きたくない。
『あのー……私が何故あなたをこの世界に転生させたか覚えていますか?』
「もちろん覚えてますよ! 世界を救うためですよね。それが闘技大会と何の関係があるんですか?」
『その大会の優勝賞品が問題なのです』
優勝賞品が問題ってどういうことだ?
何か危険なものなのだろうか。
『今年の優勝賞品は、聖剣なのです』
聖剣だって?!
『聖剣の名はアシュクライトと言います。歴代の勇者たちが装備していた伝説の剣です』
「なんでそんなものが大会の景品になっているんですか……」
いや、勇者を決める大会として行われているんだから正しい事なのか?
『その大会は由緒ある大会だったのですが、最近では金品目当てで出場するものも多く、そんな人間に聖剣を渡すわけにはいきません。聖剣は悪事に使われると本来の力を失っていってしまうのです。それにこの世界を救うためには絶対に必要なものなのです』
「つまり誰かの手に渡るのを防ぐために、俺が大会で優勝して手に入れろってことですね」
『そういうことです』
俺を大会に出場させたい理由はわかったけど現実的に考えて優勝は無理そうなんだけど。
でも聖剣ってのは気になる。
手に入れれば絶大な力が手に入るんじゃないか?
「聖剣か……いいかもしれないな。ふふっ」
自分が聖剣を持った姿を想像して、ついにやけてしまう。
「き、気持ち悪いわよ」
アトが俺を見て顔を引きつらせていた。
俺は今、機嫌が良いのでアトの罵倒を華麗にスルーする。
「わかりました! 人同士で戦うのは気が進みませんがストレ様の頼みとあれば断るわけにはいきませんね!」
『あ、ありがとうございます』
「聖剣の話を聞いた途端にくるっと手の平返したわね」
ダメで元々出場してみるか。
強い魔物と戦えって言われるよりは危険はなさそうだし、優勝出来なかった時はあきらめればいい。
「それで、闘技大会って具体的には何をするんですか?」
『それについてはアトから説明させます』
「え、私が説明するんですか?」
乾いた破裂音がしてアトが急降下する。
なんか前にも見たな、これ。
お約束芸みたいになっている。
下を見るとアトが地面に張り付いていた。
『アト、あなたを何故、下界に遣わせているのかを忘れたのですか?』
「す、すみませんでした……」
『それでは後は任せますね』
神の世界もけっこう大変そうだな。
二十四時間三百六十五日勤務で上司からの体罰あり……完全にブラック企業だな。
でも、不真面目なアトには丁度いいくらいかもしれない。
「で、闘技大会って何するんだ?」
「あんたはもうちょっと、あたしを労わりなさいよ!」
フラフラとゆっくり飛び上がったアトは、自分の頭をさすっていた。
労わって欲しいなら真面目に仕事するんだな。
でも、へそを曲げられても困るから一応労ってやるか。
「ほら、銅貨あげるからさ」
「そんなんじゃ誤魔化されないわよ」
言葉とは裏腹にアトは嬉しそうに銅貨を見つめていた。
「ジャクロットの闘技大会の本選はトーナメント形式で一対一の対決で行われるわ。大体、四回か五回ぐらい勝てば優勝できるんじゃないかしら。参加者が多い年は予選が開催されることもあるわよ。予選の内容に関しては、毎年違うから行ってみないとわからないわね」
本選に関しては何かしらの対策をするにしても、予選に関しては内容を聞いてから考えるしかないってことか。
「ちなみに去年の予選は何をしたんだ?」
「たしか去年は人気投票だったかしら。勇者たる者、人々に愛されてこそとか言って」
自分の容姿に自信はないし人の目を引くような特技もないから、そういう人気投票系だったら勝ち目がなさそうだな。
「アトは記憶改ざんとかは出来ないのか?」
「いきなり何言ってんのよ。出来るわけないじゃない」
記憶改ざんはやっぱり出来ないのか。
「いや、記憶を入れたり出したり出来るからワンチャン出来ないのかなーって思って。記憶改ざん出来れば人気投票とかも勝てそうじゃん?」
「あんためちゃめちゃ怖いこと考えるわね……。さすがのあたしでもそこまでして勝ちたいとは思わないわよ」
別に俺がどうしても勝ちたがってるわけじゃないんだけどなー。
まぁ、いいか。
「それでここが一番重要なんだけど、聖剣を手に入れた場合って俺が使っていいのか?」
手に入れたからには自分で使いたい!
次の勇者に渡すために回収されるなんて事になったら悲しすぎる。
てか、そうだったら絶対出場なんてしない。
「何言ってんの? あんたじゃ――」
『アト、カシュさんが一生努力しても聖剣の力を全く引き出せないことは黙っておくのです。悪事に使わないのであれば持っていて問題ないとだけ伝えなさい』
「俺じゃ、何だって?」
「あ、えーっと、今ストレ様から伝言があって悪事に使わないなら持っててもいいって! やったわね!」
「よっしゃ! そうこなくっちゃ!」
大会に優勝して絶対に聖剣を手に入れてやる!
きっとめちゃめちゃ強い武器に違いない。
勇者の素質がなくても強い武器を手に入れれば、そこそこ強くなれるんじゃないか。
俺は再び自分が聖剣をかっこよく振るっている姿を妄想する。
「じゃあ、母さん。行ってくるよ」
ジャクロットまでは十日前後かかるらしいので、翌朝すぐに出発することにした。
母さんにはギルドの依頼で、一ヶ月ほど家を空けると言ってある。
闘技大会が二週間後なので大体それぐらいの期間になるからな。
ギルドの依頼というのは半分本当で、実は行商人の護衛任務を受けていた。
ここからジャクロットまでは大した魔物もいないので、新人冒険者に護衛任務が回ってくる。
回ってくるというのは指名されるというわけではなく、護衛任務にしては報酬が安いので新人以外はやらないだけだ。
一人で知らない街に行くよりは護衛任務としてくっついて行ったほうが道中で迷わなくて済みそうだから、報酬が安くてもこっちとしては有難い。
一人で行ったら絶対たどり着けない自信がある。
道はアトがいれば何とかなりそうだけど、魔物や盗賊にあったら俺の方が危険だ。
「あれ、いいの?」
アトが後ろの方を見て聞いてくる。
俺たちの少し後ろには、こそこそと動く影があった。
木の後ろや茂みに隠れながら一定距離を保ってついてくる。
エリーは気付かれてないと思っているんだろうけどモロバレだ。
「ほっとこうぜ」
たぶん付いてくるなって言っても強引に付いてくるつもりだろう。
こっちから迎え入れるのも癪だったから、あっちから声を掛けてきたら仲間に入れてやるか。
俺たちはジャクロットに向けて出発する。