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1.仕方なく転生

「ここはどこだ……?」


 いつの間にか、暗闇の中にいた。

 たしか今日は大好きなゲームが映画化されたのを見るために出掛けていたはずだ。

 朝飯を食べてから家を出て、たしか映画館の前までは来ていたような……。

 この状況と結びつけるために必死に思い出そうとするが、その先が思い出せない。


 とりあえずここがどこなのかを確かめるためにゆっくりと手を広げるが、周りには何もないのか何かに触れることは出来なかった。

 地に足がついている感覚はあるので少なくとも自分はどこかに立っているということはわかるけど、踏み出した先に地面がある保証がなく動けずにいた。

 一体どうしちゃったんだよ。この状況。

 もしかして誘拐された?

 今は倉庫かどこかに監禁されているのか?

 俺を誘拐しても身代金なんて期待出来ないぞ。

 どうせ誘拐するんだったら、もっと下調べして金持ちのお嬢様とかを誘拐しろよ!

 

 どうしたものかと考えていると、突然低い破裂音と共に目の前にスポットライトのような光が当てられる。

 光の中心には一人の女性が立っていた。

 腰まで届きそうな綺麗な金髪で顔立ちは整っており、真っ白な修道服に身を包んでいる。

 俺より少し背が低く華奢な体だが、服の上からでもわかるぐらいに出るところは出ていて、目の前に女神が現れたと錯覚するぐらい美しい。


「私は女神ストレです」


 女神だった。


「えーっと……女神?」


 いきなり何を言ってるんだろうこの人は。

 状況は理解できないが、ここは冷静に分析してみよう。

 映画を見に行ったらいつの間にか知らない場所に連れて来られて、目の前には女神と名乗るコスプレイヤーらしき女性が立っている。

 うん、全然意味がわからないな。

 もしかして誘拐じゃなくて怪しい新興宗教の勧誘?

 ここから時間をかけて洗脳されてしまうんだろうか。


「状況を説明する前に、あなたに謝らなければいけません。私はあなたを殺しました」


 え……殺した? 俺を?

 体を適当に動かしてみるが不自由なく動かせる。

 痛いところもない。

 念のため足を見てみるけど、しっかりとついていた。

 殺された記憶もないし、女神に殺される理由も思い当たらない。

 あーあの魂を一度浄化して生まれ変わらせるとかいうやつ?

 やっぱり新興宗教なんじゃ……。

 しばらく俺の行動を見守っていた女神と名乗る女性が、ゆっくりと話し始める。


「正確に言うと、あなたをこちらの世界に転生させるために事故死させました」 

「異世界転生させるために、事故死に見せかけて殺したってことですか?」


 すごい突拍子もない事を言い出す。


「そうです。せめてもの償いとして事故前後の記憶を消して、痛みや苦しみなどが残らないようにしました」


 とりあえず一旦全てを受け入れてみよう。

 これが本当の話だと仮定すると、ここはラノベとか漫画とかでよくある異世界転生前に連れて来られる場所で、記憶が曖昧だったのは消されていたからって事になる。

 自分の置かれた状況が少しずつわかってきたところで、ある事に気が付く。


「どうしてくれるんですか!」

「本当にすみません。地球でのあなたのこれからの人生を奪ってしまい――」

「そんな事はどうだっていいんですよ! これから楽しみにしていた映画を見に行くところだったんですよ?! 制作決定からずっと楽しみにしていたのに……本当にどうしてくれるんですか!」


 新作ゲームの発売やアニメの放送が発表するたびに、その日までは死ねないって思ってたけど今はそういうのもなく時期的には完璧だったけど、あの映画だけは……あれだけは見ておきたかった!


「え、えっと……怒るところってそこなんですか……?」


 女神が困った顔をしていた。


「殺されたことに関しては別にいいですよ。すごいやりたかった事があるわけでもないですし、痛みも恐怖もなく死ねるならそれでもいいかなって思ってましたから記憶を消したくれたことで――」


 待てよ? 記憶を消された?

 映画館の前まで来た記憶があるということは、映画館には辿り着けていたということだ。


「すみません、質問してもいいですか?」

「はい、何でも聞いてください」

「記憶を消したって言ってましたけど、事故はいつ起きてどのくらいの時間の記憶が消されたんでしょうか?」

「事故を起こしたのは、あなたが『映画館』という建物から出てきてすぐですね。記憶を消した時間は事故の起きた時間の前後二時間といったところですから、合計で四時間ぐらいになりますね」


 映画見終わってるじゃん!

 俺、映画見てんじゃん!

 祈りのポーズをして神に心の底から感謝した。

 目の前に女神はいるけども。


「あ、あの! その映画を見ていた記憶って戻すことは出来ないんですか?」


 見たのなら記憶さえ戻ればいい。


「記憶を戻すことはできますが、その場合は事故の記憶も全て戻すことになるのですがよろしいでしょうか?」


 俺は神を心の底から恨んだ。

 どうしても映画の内容は思い出したい。

 でも、事故の記憶を思い出すのは正直きつい。

 死んだ事がないからどれくらいの痛みなのかもわからないし、それどころか交通事故にあった経験もない。

 人生で一番の怪我といえば指の骨にヒビが入ったぐらいだ。

 あれでさえ死ぬほど痛かった……。


「や、やっぱりいいです……」


 悩みに悩んだ結果、苦渋の決断をした。

 要するに事故の記憶に怖気づいたのだ。

 楽しみにしていたとはいえ、たかだか映画一本と死ぬほどの痛みを天秤にかけたら大体の人間こういう決断になるはずだ。

 俺が特別にビビリというわけじゃない。


「あのー……話を続けてもよろしいでしょうか?」


 項垂れていると恐る恐る女神が話しかけてくるが、全然話が入ってくる気がしない。

 悩んで出した結論だとしても、映画を見たかったという気持ちは消えない。


「すみません、少しだけ待ってもらえますか……」


 しばらく体育座りで地面を見つめた。


「それで殺してまで、俺を異世界転生させようとした理由って何なんですか?」


 時間が空いて心に少し余裕が出来たので、女神との会話を続けることにする。

 ラノベ大好きでいつも異世界転生したいと思っていたけど、さっきのショックでかなりテンションは低い。

 もうちょっと晴れやかな気持ちで転生させて欲しかったなー。


「私が守護している世界を救っていただきたいのです」


 女神の浮かべる表情は、とても重々しいものだった。

 よく読んでた異世界転生ものとかでは、ありがちな展開だよな。


「その世界は魔の者の力が強大すぎて、手に負えない状態となっています。それに対抗するため勇者と呼ばれる存在が五百年に一度現れるのですが、ここ二千年現れていません。そのせいで魔の者の力は増すばかり……」


 勇者が現れなくて困っていて、それで呼ばれたってことは……これはもうそういうことだよな!

 これは嫌でもテンションが上がってきたぞ!

 俺は心の中で大きくガッツポーズする。


「じゃあ、俺が勇者になってその世界を救うってわけですね! チート能力をもらって人生華やかに!」

「それは違います。あなたに勇者の素質はありません。さらに言うと、私はあなたに強大な力を与える権限を持っていません」

「帰っていいですか?」


 テンション急転直下。

 もう何も信じられないよ……。

 チート能力もなければ勇者としての素質もないって、それただの一般人じゃん。


「じゃあ、マジで何で呼んだんですか? 平和な日本で生まれた大学生に世界を救う力なんてありませんよ」

「女神にはそれぞれ守護している世界があります。そしてその世界は勿論のこと、他の女神が守護している世界を覗くこともできます。私はそこであなた――あなたの作っている動画に出会いました!」

「動画って俺が投稿しているゲーム実況動画のことですか?」


 大学生になって暇を持て余していたので、動画投稿サイトにゲーム実況動画を投稿していた。

 しかも、ただゲームをするだけでは面白くないと思って『初期レベルで最高難易度をクリア』とか『FPSゲームで銃を使わずにクリア』などの所謂いわゆる、縛りプレイをしていた。


「あなたが口癖のように言っている『知識さえあればどんな状況だって打破できる!』という言葉に感動しました。あとファンなんです」


 けっこう再生数も伸びていて、それなりに有名だと自負していたけどまさか視聴者に女神がいたとは。


「私の守護している世界を救えるのは、あなたしかいないと確信しました!」

「なんかすごい期待を寄せられているところ悪いんですけど、あれはゲームの話であって現実ではあんなにうまくいきませんよ……」


 実際、知識さえあれば打破できると言っても、どのゲームも何十回何百回とリトライをしながらクリアしているのが大半だ。

 異世界転生先はゲームの世界じゃなくてただの別世界なだけだから、死んだらリセットなんて出来ないし、絶対に世界を救うなんて無理だろ。


「そ、そうですか……そうですよね……すみません、勝手に舞い上がってしまって……」


 女神は明らかに落ち込んでいて、体の周りにはどんよりとした薄暗い雲が浮いているように見えた。


「あなたにもう一つ謝らなければならないことが出来てしまいました」

「何ですか?」

「断られると思っていなくて……あなたを元の世界に戻すことも出来ませんし、私の力では守護している世界に転生させるしか……」

「結局転生させられるんかい!」


 思わずツッコミを入れてしまった。


「はぁ……わかりましたよ。どうせ転生するしかないなら出来るところまでやってみます」


 半ばあきらめのような気持ちで引き受けることにした。

 選択肢がないのなら出来るだけ異世界を楽しんでやろうと思ったのだ。

 一応、相手は女神だし俺があきらめても何かしてくることはないだろう。

 いや、俺この人に殺されてるんだっけ。

 急に不安になってきた。


 女神の顔が晴れやかになり、満面な笑みを浮かべ近付いてきた。

 俺の両手を包み込み、ブンブンと振ってくる。


「ありがとうございます! あなたならきっと出来ます!」


 ち、近い、距離が近いよ! 

 赤面していることを悟られたくなくて、顔を下に向けた。

 それにしてもこの根拠のない自信はどこから出てくるのやら……。

 この女神様は絶対に現実とゲームの世界がごっちゃになるタイプの人だな。

 いや、神だな。


「ただし、条件があります!」


 女神からほんの少し離れて、真剣な表情を作る。

 そして異世界に行くにあたっての条件を並べていく。


「一つは年齢。転生ってどんな感じで行われるんですか? 今のままの状態なのか0歳からやり直しなのかとか」

「そうですね。何歳からでも大丈夫ですよ」


 正直0歳からやり直すのは面倒だな。


「それじゃあ、成人になったぐらいでお願いします。二つ目は見た目ですね。今の俺って服装を見る限り、死んだ時のままだと思うんですけど、あっちの世界で悪目立ちするのは嫌なんです。なので別の人間に転生するならいいですけど、この姿のまま転移する場合は服装と髪の色ぐらいは変えてほしいですね」


 自分の毛先に触れながら髪の色を確認したり、ズボンを少し引っ張ったりして今の自分の容姿を確認する。

 異世界だとこの見た目って絶対悪目立ちするよな。

 転生って言ってるから魂だけあっちに行くと思うんだけど不安だから一応聞いておく。


「わかりました。別の人間として転生してもらいますから服装と見た目に関しては問題ありません。黒髪でも問題はないかと思いますが、あちらの世界では珍しい色ですからね」

「三つ目はお金です。これはあまり期待していませんけど出来るだけ用意してください。四つ目は……」

「あ、あと、どれぐらいあるんでしょうか?」


 女神が不安そうな顔でこちらを見ていた。

 そんな不安そうな顔をされてもこっちが困る。

 何も能力がもらえないんだからこっちが出す条件ぐらい快諾してほしいものだ。


「あと一つだけです。異世界の知識を出来るだけください。『知識さえあればどんな状況だって打破できる!』の知識が全くない状態ですからね。最低でも言語と読み書きぐらいは何とかしてください」

「知識ですか……。言語と読み書きに関しては問題ありません。ですが、世界の知識となると……」


 女神が顎に右手を当てながら思い悩んだ顔をしていた。


「少し難しいですが何とかしてみましょう。他にはもうありませんか?」

「とりあえずは大丈夫です。たぶん」


 全く大丈夫ではないんだけど、チート能力がもらえないんだったらこのぐらいの条件が精々な気がする。

 話が終わると徐々に自分の体が透けていることに気付いた。


「なんだこれ?!」


 消えかかっている手に触れると感触は伝わってくる。

 しかし、右手の奥にあるはずの左手が見えている。

 気持ち悪い。


「大丈夫ですよ。それはあなたがこれから転生するということ。消えてなくなることはありませんので安心してください」


 自分の身体が透けた経験なんてないから、全然安心できない……。

 というかやるんだったら先に言ってからにしてほしい。


「それではこれからあなたを転生させます。あなたの第二の人生に幸があらんことを」


 第一の人生を勝手に終わらせておいて、何を勝手なことを言ってるんだ。

 という文句は心に留めておいた。

 徐々に着ている衣服も透け始める。


「世界を救えるかどうかは本当にわかりませんからね!」


 消える前に女神に念押しをしておいた。

 徐々に自分の体が見えなくなり、視界も遮られていく。

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