ロボットの国から
ロボット。
それは「精神の休息を必要としない存在」。
ロボット、ひいてはAIが開発されて以来、ロボットテクノロジーは飛躍的に進歩し、遂にはロボットが自身でロボットを改良・生産するようになった。
そして続々と産み出されていくロボットたち。
彼らは人間の寿命を越え、様々な疫病を尻目に、遂には僕たち人間よりも巨大な文明を築き上げたのだった。
西暦2075年。
それが僕たちの生きる時代―――。
「…夢か」
何と言うことはない朝。
またあの夢を見た。
昔の夢。
母上は優雅なドレスを着ていて、僕は父の真似をして、社長ごっこ。土の中からガラスの破片やら、煉瓦やら、ダンゴムシやらを見つけては、自分の部下だと紹介した。母上は自分のドレスが汚れるのを嫌がりもせず、僕の遊びに付き合ってくれた。
子供の頃の夢は嫌いだ。
羨ましくなるから。
悔しくなるから。
「今」と見比べて、辛くなるから。
「おはようございます、ぼっちゃま」
リビングに行くと、執事の田中が丁寧なお辞儀をした。ロボットとは思えないほど、人間そっくりである。
「おはよう。お客様?」
「いいえ、彼らはロボット学校から職業体験にいらした生徒です」
田中の隣に、見知らぬ男女がいた。
見た目は僕とそう変わらないが、ロボットなら、5歳だろう。ロボット学校の職業体験は、確か五年目に行われるから。
「初めまして、[[rb:琉架 > るか]]と言います」
「初めまして~☆ あたし、瑞穂って言うんだぁ。よろしくね!」
「よろしく」
「琉架君、瑞穂さん、この方が我々のお仕えする、[[rb:和亀 > わかめ]][[rb:和 > かず]]ぼっちゃまです。和亀[[rb:正 > ただし]]様のご子息であります。決して失礼のないように」
「承知しました」
「ベストを尽くしますぅ~!」
「ぼっちゃまも、そういう事ですので宜しくお願いします」
「分かったよ」
琉架と呼ばれた少年は、田中と似てしっかりしてそうだ。瑞穂という女の子は、まさにその逆という感じで、なかなか心許ない。頭についてるリボン(センサー?)が、楽しげにピョコピョコ動くのがまた、不安感を煽る。広い屋敷に、ロボット三体と人間一人なんて。なんだか肩身が狭く感じる。
「二人は交互に、私とぼっちゃまに付いて下さい。本日は瑞穂さん、あなたは私に、琉架さんはぼっちゃまのそばで用命をこなして下さい」
「分かりました。学校にお供すれば良いのですか」
「学校は行ってない」
「では、和亀様は普段何をされるのですか」
「和亀でいいよ。まあ、ふらふらしたり、仕事探したりかな」
「職探しですね。失礼ながら、旦那様の跡は継がれないのですか、和亀ロボットカンパニーは」
「あんなのは妹とか、ほかに適任がいて、僕なんか全然ダメだからいいんだよ」
「和亀様がそう仰るなら」
「和亀。あと、敬語もやめてよ。同い年じゃん」
「同い年ではありませんが」
「見た目の問題だよ。君だって人間なんかに敬語使うの嫌でしょ?」
「とんでもございまさん」
「でも、これは主人の命令だと言えば、従わないわけにはいくまい?」
「お前な、仲良くするためにタメ口にしろって言うのに命令したら本末転倒じゃねーか」
「口悪いな」
「悪くて悪かったな」
なんとなく、その方が彼らしいという感じもした。普段は飄々とした奴なのだろう。
僕らはしばらく行きつけのハローワークで遊んだ後、行きつけの図書館で昼食を摂る事にした。当然、収穫はなし。自分にできる仕事なら、ロボットがとっくにやるし、今の時代、人間にしかできない仕事というものは存在しない。強いて言えば、生殖活動くらいだ。
「もう、嫁ぎ先でも探そうかな」
「就職もできない奴が結婚なんかできるかね?」
「してる人もいるじゃないか」
「そういう奴は本人に魅力があるんだよ。お前と違って」
「言ってくれるな…」
「お待たせしました、カフェモカです」
司書が、コーヒーを持ってきた。
ライブラリーの図書はほぼ電子書籍なので、気兼ねなく飲食が楽しめる。
ここはロボットの利用者も多い。今はインターネット経由で全てダウンロードできるとはいえ、重要な文献はまだ対面の手続きが必要だったりする。
ここでお気に入りの小説を読むのが、僕の憩いの時なのだ。
「なにが『小説』だ。絵本じゃないか」
「絵本じゃない。確かにちょっと絵が多いだけで、絵本じゃない」
「好きにしな。ふぁ~あ、にしても、執事って退屈だなぁ。せめて俺も田中さんのほうにいたかった」
「琉架は、将来何になりたいの」
「べつに、何でもいいよ。やれと言われればやるし、やるからにはちゃんとやる。俺ってば、典型的なロボット気質なんだよね」
「そういうのって、今は差別って言わないの」
「自分で言うぶんには、良いだろ…」
そう言って琉架は目を閉じたが、彼のことだから、仕事中に寝ているわけではあるまい。消費電力を抑えているのだろうか。
そう言えば、図書館にも新しい顔が二人増えている。
同じように、職業体験なのかもしれない。
僕も学校に通えば、少しは違うだろうか。
いや、だめだ。
学校に行ったって、どうせいじめられるだけ。
和亀家の落ちこぼれとか、和亀カンパニーの恥とか言われて、結局、傷つくだけだ。
勉強は、田中が少しずつ教えてくれる。それが社会で何の役にも立っていないことはよく分かるけど、けど、そうするしかないんだ。
「大学かぁ…どうしようかな」
「大学の本をお探しですかぁ」
「えっ」
突然、茶髪の男が独り言に割り込んで来た。
「琉架君がいるってことは~、あなたが和亀カンパニーの息子さん?」
「あ、うん」
「そうなんだ! もう一人瑞穂ちゃんっていう、すっごいかわいい子がいるでしょ? ボクのカノジョなんだ~」
「あ、そうなんだ」
突然のコミュ強に、どうしたら良いのか分からない。確かに瑞穂と似たものを感じる。恋人と言うより兄妹という方がしっくり来る感じもした。
「どう? 瑞穂ちゃん、うまくやってる? 瑞穂ちゃんを泣かせたらボクが許さないからね~」
「おい、いい加減にしろ、[[rb:哉乞 > やこつ]]…和亀が困ってんだろ」
「あ! 琉架君きみ、雇い主を呼び捨てにして…クビにされるのでは!? クビにしちゃう!? 和亀さん!」
「しませんけど」
この人、コミュ強って言うより、ただやかましいだけだな。
「お前の方こそちゃんとやってんのかよ」
「もっちろんですとも。ボクをダレだとお思いですか!?」
「お前がそう言う時はたいてい大丈夫じゃない」
「あっそんな事よりさ、聞いた? 殺人事件の話」
「殺人事件?」
僕が声を上げた。
ちなみに図書館では静かにしなければいけないとか、そういうルールは特にない。
「まぁ殺人事件って言うか殺ロボット事件なんだけど。学校で生徒が一人壊されたって」
「オレらの知ってる奴?」
「7組の[[rb:頭良林 > づらばやし]]って子。知ってる?」
「ああ、あの嫌味な奴か」
「知ってるの?」
「『僕はロボット超えた存在になる』とか言ってた、ヘンな奴。嫌われてたが、殺される程とはな。なんで学校にいたんだ」
「そう、だから職業体験前に殺されたんじゃないかって」
「まぁ7組は血の気多いし、決闘でもしたんだろ」
ロボットなのでこの場合、正確には「オイルっ気」と言うのだろうか。まあ、言葉と言うものは、使い手が変わろうと変わらないものである。
「それで、二人とも暇なら様子見てきてくれない?」
「なんで俺らが行かなきゃいけねーんだよ!」
「だってボクはここから離れられないし…なんか事件の匂いがするの!」
「電熱線でも焼けたんじゃないか?」
「いや、良いよ。ハローワークに行くのも飽きたし、ロボット学校って一度見てみたかったんだ」
「おお! さすが社長息子! 聞く耳がございますな」
「おいそういうのやめろ」
琉架がすかさず止める。
「そう言えばぼっちゃま、夜己さんとは話しました?」
「和亀でいいよ。夜己さんて?」
「田中さんの妹さんですよ」
「え! 田中の妹!? 妹なんていたんだ!」
この場合の妹と言うのは、同じ工場ラインで生産されたから…ではなく、人間と同じように親が同じなのである。親と言っても、設計者という意味でもない。ある意味ではそうだが、たいていのロボットは、人間と同じように、ふたつのロボットの特徴を兼ね備えて製造される。一方のロボットがもう一方のロボットの持つコードを読み取る(握手する)と、ランダムに融合されたプログラムの新しいロボットが誕生するのだ。もちろん双方の同意と、材料は必要である。材料がなくても、データだけをバーチャル世界にに送信すれば、仮想空間のみではあるが子供が作成できる。そうすることで人間と同じように、無限に進化していることが可能なのだ。これが、ロボット文明が開花した理由でもある。つまり妹と言うのはそのまま、同じ両親から生まれたロボットという事だ。
「おーい、[[rb:夜己 > やこ]]さん」
向こうのカウンターで、髪の長い美人が振り向いた。彼女が田中の妹? 全く似ていないじゃないか(まあ、顔は作り替えられるが)。
夜己と呼ばれた少女はおずおずとこちらへやって来た。そう言えばさっき、カフェモカを持ってきてくれた子だ。田中の妹だって言うなら、一言挨拶くらいしてくれてもよかったのに。
「あ…う、わ、わたし、夜己…よろしく…お兄ちゃんが…お世話になってます」
彼女はしどろもどろにそう挨拶すると、軽く礼をしてからすぐにカウンターへ戻ってしまった。
「シャイなのかな?」
「お酒が入ると饒舌になるんですけどね」
哉乞が補足した。
当たり前だが、今の子もロボットだし、目の前の彼も、隣に座っている琉架も、家に帰ると待っている執事もロボットだ。
確かあそこで料理をしているお姉さんもロボットだし、あ、館長は人間だったっけ。
とにかく人間よりロボットの方が多いのが、現状だ。
「ロボットに生まれたかった。そうすりゃ長生きできたのに」
「食っていけなきゃロボットも人間も死ぬぞ」
琉架が答えた。
「でもさ、ロボットは仮想空間で生きていけるじゃん」
「あれだって家賃が要るんだ」
「そうなの!?」
「お前の父親が運営してるんじゃねーか、知らねーのかよ」
「うるさい」
「ま、何でも良いや。それ食ったらさっさと行こうぜ」
「ま、待ってよ。ほら、ロボットだったら食事だってしなくていいしさ」
「充電は必要」
「排便もしなくていいし」
「部品が古くなったら取り替えるし、定期的なメンテナンスが必要」
「もう、もう、なんなんだよさっきから」
「そんなにロボットになりたいなら、今から行く学校に入学する?」
「そ、そんな事できるの!?」
「できる訳ねえじゃん、バーカ」
「バカ!? バカって言ったね!? 親にも言われた事ないのに!!」
いや、よく考えたらあるか。と言うか、会うたび言われてたわ。
まあとにかく僕たちは、琉架たちの通う「ワカメダロボティクスハイスクール」に向かったのだった。