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資料  作者: 神威 遙樹
80/86

NO,73: 呪夜の友


「悠輝様、日本には神道の信者が約一億五百万人で仏教徒が約九千五百万人、しかし総人口は約一億三千万人とは本当ですか?」

「……うん、多分そうだろうね」

「足し算おかしくねぇかユウキ?」

「日本人の大半は神道の信者で仏教徒で尚且つ無宗教なんだよ」

「……なんだよそれ?」

「あ、クリスマスもするよ」

「……信じられん」

 カフェ・ルミナリエ。

数年前から急速に全国的な知名度が上がってきている神戸にあるカフェである。

カフェと言いつつ実はレストラン。

ルミナリエだけじゃ本家本元『神戸ルミナリエ』と重なってダメっぽい。

何より一神戸市民として、そのまま取るのはルミナリエに失礼だ。

でも神戸の象徴、ルミナリエは付けたい。

だからなんか前に付けよう。

何にする?

……よし、語呂がレストランよりカフェの方が良いから『カフェ・ルミナリエ』にしよう。という、アバウト過ぎる討論により決定した店名。

しかしそんな事実は店員を除けば一部の者しか知らない。

 世間からの評価は味や店自体は一流にして価格は庶民的という相反する事柄を澄ました顔して成し遂げていて、尚且つメニューが異常に多すぎる『カフェ』である。

全メニュー制覇には一年は固いと言われるメニューの多さ。

ただし名前に『カフェ』があるもんだから、実態がどんなにレストランでも、どんなにメニューが多くても、どう考えてもカフェっぽくなくても『カフェ』なのだ。

そんなもんだ、近畿って。

そもそも大金をはたいて旨い物を食べるのにあまりステータスを感じない、実に庶民的な地域性である。

 で、名前だのなんだのに飛んだが『カフェ・ルミナリエ』は年中無休である。

一年三百六十五日、朝九時から夜十時まで開店している。

唯一、クリスマスイブを除いて。

 クリスマスイブ。

聖夜。

日本にいるカップルの五割は同じ時を過ごすであろう日。

店としてはクリスマスフェアなる物で稼ぎ時の筈だ。

しかしこの『カフェ・ルミナリエ』はイブだけ何故か午後六時には終わってしまう。

理由は恐ろしく単純。

『カフェ・ルミナリエ』は『家族』でこの店の暖簾を守っている。

クリスマスイブぐらいはまだまだ幼い子もいるので『家族』サービスさせてもらいます、という事だ。

全国にその店名を轟かせている『カフェ』とは思えない理由だが、実際午後六時には店を閉めてんだから仕方ない。

店のホームページにも店内にもメニューにもでかでかと書いてるんだ、気付け。

これが『カフェ・ルミナリエ』のオーナー、護神龍もりがみりゅうの言い分だ。

これがまかり通るのは近畿という土地柄か。

侍のDNA? そんなん持ってません。


 ともかくクリスマスイブは午後六時に店は閉まる『カフェ・ルミナリエ』。

だがその理由たる『家族』サービスは、一般の家族サービスとは少々毛色が違う。

元々『カフェ・ルミナリエ』を経営する者達は殆どが無血縁者。

出身国すら違う。

現オーナーは平清学園生徒会所属の護神龍、十八歳。

副オーナー兼料理長は同じく平清学園生徒会所属、柊木千夏ひいらぎちなつ十八歳。

この時点で既に名字が違う。

更に副料理長はシルヴィア・オーデルシュバンク、ドイツ出身。

最早東洋ですらない。

詳しい事は不明だが、この『カフェ・ルミナリエ』を経営する者達は身寄りの無い孤児や捨て子、諸事情により親類の側に置けない者達の寄せ集めなのだ。

その者達が集まり『家族』を形成している。

本当の家族の様にお互いがお互いを思い合う関係で、自他共に『家族』と認めている点、本当の家族にも負けない絆は持つ。

 何にせよこの者達に『家族』と言えど血という繋がりは無い。

本来の『家族』サービスとは少々違うのだ。

だが、だからこそ彼らそれを逆手に取る。

即ちこの『家族』サービス、彼ら『一家』の親しい者達も呼び盛大に行う。

どうせ血なんて繋がってない。ならいっそ連れ共も呼んでまえ、如何にも関西らしい発想だ。

 故にクリスマスイブの午後六時以降は『経営者一家』とその友人達によるパーティーとなる。

毎年招待状を送り、参加費は二千円。

店閉めて貸し切りでやってんだ、参加するなら一応金は貰う。

商人あきんど文化都市大阪の隣県、兵庫。大なり小なり影響は受けている。

そこら辺はちゃっかり商人らしさを見せつける。

だが、たかが二千円で最高級料理食い放題。

破格も破格の大盤振る舞いだ。

招待状が来た者の出席率百パーである。


 で、不景気だのなんだのが叫ばれる今年も何のその、その『家族』サービスたるパーティーはいつも通り開かれた。

六時から十一時の五時間、夢かうつつか至福の一時が訪れる。

神戸に数ある洋館のうち、一際広い洋館の一部を改装して店にしている『カフェ・ルミナリエ』。

『一家』含め五十人近くいる参加者を余裕で入れる。

飲んで食ってのどんちゃん騒ぎ、五時間など瞬く間に過ぎて行く。

聖夜は宴に消えるのだ。

それが『カフェ・ルミナリエ』。

何事も規格外な『カフェ』である。








 現在十二月二十四日、クリスマスイブの午後十一時半。

不眠都市東京と違い、神戸は夜中となると一応静かにはなる。

『一応』だが。

 そんな夜中の神戸の街。

とある歩道に一組の若いカップルが仲良く寄り添って歩いている。

聖夜なんだ、カップルぐらいよく見かけるが、何やらこのカップルは様子がおかしい。


「……アカン、食い過ぎた。なんやねんあそこ、世間は不景気言うのにあり得へんやろ、あの大盤振る舞い」

「それに応える様に調子乗って食いまくったお前に俺はツッコミを入れたいで。いつもの事やろ、あれは」


 前述の『仲良く寄り添って』は少々語弊がある。

正確にはぐったりした金髪の女性をその彼氏らしき人物が引っ張っているのだ。

彼ら二人は『カフェ・ルミナリエ』の帰りである。

例のパーティーで騒ぎ過てダウンした彼女を彼氏が仕方ないので家まで搬送中。

毎年恒例の慣れた事だ最早諌める気すら起こらない。


「……頭痛い〜」

「俺がや」


 うぇ〜っと呻き声を上げながら唸る彼女に彼氏が切り返す。

頭痛いのはこっちだ。

もう少し、ほんの少しでいいから淑やかになってほしい物だ。


「……龍が魔術師やねんから、あの店が怪しいと思たのに不発や。そもそも冷静に考えたら当たり前やわ、龍の使う神道系の魔術は日本のもん。日本人以外もおるあの店が組織の拠点やったら一系統の魔術で統一する魔術組織の常識覆しとる。あいつ『家族』にも黙ってやっとんのか、魔術師?」

「……よぅ調べたもんやな。そんなんどうやって調べてん?」


 ぐったり彼氏――葛城仁かつらぎじんの肩にもたれながら、彼女――大宮由佳おおみやゆかがボソリと呟く。

ピクリと仁が反応する。

魔術は世界の裏側の事象。

全てが秘匿の事だ。

一般人たる由佳が如何に広い情報網を持っていても普通はそんな事実知り得ない。


「組織の常識はアレン君らの受け売りや」

「そうかいな……」


 シレッと答える由佳に、仁はほんの一ヶ月と少し前に会った少年達を思い出す。

ロンドンの『学院』と呼ばれる魔術師の育成機関に身を置く、年下ながら半端無い実力者達。

自分達より年下なのに、魔術師という世界の裏側を拠点に活動している子。

いつぞやの呪力災害の時は本当に世話になった。


「しんど……仁、ちょっとあそこの公園のベンチに座らせてな」

「ったく、早よ帰らな怒られんで? おばちゃんに」

「大丈夫や、今日は聖夜やからな」


 理由がよく分からないが、大丈夫ならまぁとベンチの方へと歩を向ける。

動けないし休みたいのだろう。

食い過ぎで動けないとは全然女らしくないが、由佳らしいと言えば由佳らしいのでもう何も言わない。

仁自身もかなり食べて、その後直ぐにではないが、帰りに由佳に肩貸しながら歩くのはしんどい。

少し自分も休みたいのだ。


「……そーいやさぁ、仁は龍が魔術師やった事知っとったやん。なんで? まさか仁も魔術師なん?」

ちゃうわ。昔俺、呪力災害に巻き込まれてなぁ、そん時あいつに助けられてん」


 ベンチに由佳を下ろし、その隣に仁も座る。

晴れた夜空。

大都市の一つに数えられる神戸だが、案外夜空に光る星々は見える。

ボケーッとベンチにもたれながら上を見てるとふいに由佳が、思い出したかの様に仁に問い掛ける。

ヘンテコな仮定を否定して、一言で答えてやる。


「巻き込まれた? 私そんな話聞いとらんけど」

「当たり前や、誰が言うか」


 なんで教えへんかったんよー、口を尖らせてブーイングしてくる由佳に当たり前だろとバザッと切り捨てる。

喋るなと龍に釘を刺されたし、そもそもその話はあまりしたくないのだ。

かなりの恐怖体験だったから。

まだ小学生だった頃だし、インパクトなら今後の人生でもこれを凌ぐ物など絶対に現れないと思う。

前回の呪力災害は二度目だったし、何よりも隣に龍がいたから大分落ち着いていれた。


「なぁなぁ聞かせてやその話! クリスマスプレゼント代わりにさぁ!」

「……イブにする話とちゃうし。俺もうお前にプレゼント渡しとぉよな? なんで二個もあげなアカンねん?」

「えぇやん、可愛えぇ彼女の為に」

「……」


 仁は悟る。

由佳こいつのこの聞かせろ口撃はもう絶対に、間違いなく自分が言うまで止まない。

昔からこうだ。

由佳こいつは気になった事は何がなんでも知りたがる。

拝み倒すか、脅すか、自分で徹底的に調べあげるかのいずれかで。

三つ目ならいいが、今こいつが知りたがっている話は自分で調べてもどうにもならない。

……結局、喋るしかないのか。


「分かった分かった。分かったけど一つ言うとく、長いで?」

「全然構へん。聞かせてや、仁の話」


 仁が折れるしかない。

仁が折れて嬉しそうにはにかむ由佳を見て、ハァと溜息一つ、仕方ないから昔話とする。

長話なら寒いやろと気遣って寄ってくるが、全然嬉しくない。

なら話させるな。

聖夜には全然似合わない、あの呪力災害の事を。

初めて親友の裏の顔を知ったあの日の話を。










「口裂け女?」

「うん。……最近この近くで出るらしいで。……犠牲者二人」

「へぇ……そんなん知らんかったわ瑠璃。なぁ千夏?」

「あ、私知ってた。ねぇ龍?」

「俺は知らんし興味無いわ。美人なん?」

「口裂けとんやろ、美人とはちゃうやろ」


 六年前。

まだ仁達が小学校五年生の時である。

長い夏休みが終わりを告げた時期の頃。

近所の噂をいつも遊ぶメンバーの一人、山城瑠璃やましろるりがポツリと言い、仁が反応する。

口裂け女が出るらしいと。

ポツポツと説明する瑠璃に知らんかったわとまだ髪の黒い由佳が笑い、後ろにいた由佳の親友、千夏に声を掛ける。

彼女はどうやら知っていたらしく、隣にいた龍にも話しを振るがバッサリ知らんと切られた。

それどころかツッコミ所満載な質問を返し、瑠璃の幼馴染の伊勢憲斗いせけんとが呆れた様に答える。

口が裂けてたら美人も何もないだろう。


「犠牲者二人って、殺されたら犯人誰か分からんやん」

「……重傷だけど生きとんの。……『口裂け女が!』ってずっと口走ってるらしい。……錯乱状態」

「ヒュ〜、怖〜」


 由佳が不思議そうに首を傾げて瑠璃に訊く。

生きてて殺されてはないというのは安心だが、そんな痛い事口走ってたら怖い。

本気で口裂け女が出たんじゃないか?

まだまだ小学五年生の仁達は強張るが、龍は一人のんびり口笛吹いて怖いわ〜とマイペース。

やたら冷静だ。


「そう言えばそれと繋がってるのか知らないけど、神蘭小学校うちのとこにある怪談話が女子の間で一気に広がってるよ。なんか、呼応する様に実際起きてるって」

神蘭かぐら四十二怪談話しじゅうにかいだんばなしかいな」


 このメンバーで唯一神戸弁じゃない千夏。

二年の時に龍に連れられ他のとこから転校してきたのだ。

詳しい転校の理由は不明だが。

 そんな彼女が言い、由佳が反応したのは仁達が通うこの公立小学校、神蘭小学校かぐらしょうがっこうに代々伝わる四十二の怪談話である。

通称『死に話』。

四十二の読み方を変えるとそうなるからだ。

阪神淡路大震災を期に校舎を新築に建て替えたが、元々開校百年を越える歴史ある小学校。

怪談話は普通にある。

新築したのに幽霊が出そうな気もする。


「実際起こるて、口裂け女は『死に話』に無いで?」

「だから『呼応』なの。四組の桧山ひやまさんとか狩野さんとかが見たって。このクラスの鳥谷君は『テケテケ』見たって噂だよ」

「マジで? やから休んどんか、鳥谷」


 『死に話』は他校で言う学校の七不思議みたいな物である。

学校に関連した物が動くだとか、喋るだとか、血を吐くだとか。

口裂け女は学校になんら関係無い。

直接の関係性は見えないが、呼応する様に『死に話』が起こり始めているのは気味が悪い。

学校は楽しい場所なのに、急に怪しく見えてくる。

そしてクラスメートの鳥谷がここ一週間ずっと休んでいる事実。

スポーツ好きで活発な彼がずっと学校を休んでいたのはクラスの中で疑問になっていたのだが、仮にその『死に話』を見たならショックで確かに学校には来たくあるまい。


「……不気味」

「瑠璃はあんまこういう話好きやないからな」

「自分で話を振ったんや、しゃあないで」

 何やら色々とキナ臭い事になってきた。

口裂け女の話を切り出した張本人たる瑠璃は怖い話が苦手。

幼馴染たる憲斗の腕をギュッ握って固まる。

いつもの事だからと苦笑いを浮かべる憲斗と、「自滅じゃね?」とツッコミを入れる由佳。

普段通りの何気無いやり取りも、こう怪しく不気味な事があると中々盛り上がらない。


「……そろそろ授業が始まんで、席戻らなな」

「仁は今日少林寺の稽古やろ? 襲われんといてな、私心配や」

「……不吉な事言うな」


 限られた休み時間。

そろそろ時間切れである。

日本全国の小学生お馴染み、ついでにイギリス人の大半も知っている『あの鐘』の音が響き、仁達も他の生徒達も、それぞれ雲を散らしたかの様にバラけて自分の席に戻る。

担任の先生が入って来て、挨拶をすれば授業開始。

眠かったりだるかったり面倒だったりするが、義務教育なのだから仕方ない。

ただこの授業の前はいつもと違った。

挨拶をする前に先生が席に座る生徒達にある事を伝えたのだ。


「急になんやけどね、今日から集団下校になります」


 それは口裂け女が本当にいると学校側が肯定したのと殆ど同じ意味に、仁は聞いて取れた。










「まだ明るい、大丈夫やろ……多分」


 まだまだ残暑が残る夏休み明けの九月初旬。

時間は七時を少し回った辺りか。

西陽の赤い光を受けながら、胴着を肩に担いで立っているのは仁。

週に三回ある少林寺拳法の稽古帰りである。

少林寺拳法の道場は学校に近いが車がよく通る大通りには面しておらず、神戸から西宮の方まで横たわる六甲山の下。

人通りは決して多いとは言えず、七時を回った段階でここの近くで遊んでいた小さな子達も家に帰っている。

普段は別にそんな事気にしないが、口裂け女出没中などという不気味な話を聞いたんだ、微妙に意識してしまう。

しかもなんだ、ここは学校が近い。

『死に話』の舞台にも近いという事だ。


「……怖くない、怖くないで俺。なんかあったら拳法で叩き潰せばえぇんやからな。……いつもより人少なないか? ってか人がおらん。……こらヤバいわ」


 怖くないと自分を鼓舞するが、どうしても意識してしまう。

噂によれば口裂け女はオリンピック選手よりも足が早いとか空飛ぶとか、何やら超能力染みた能力持っているらしいし。

恐怖感はいくら心を鼓舞しても溢れる。

すると自ずと周りが気になるのは人の性。

例えば自分以外に人がいれば少し安心するし、全くいなければかえって怖くなる。

……残念ながら、今この道にはいくら見回しても自分一人しかいない。


「最悪最悪最悪最悪、最悪や。念仏唱えながら帰ったろか」


 たった一人。

怪しい噂が立ち上る場所に小学生が一人で歩くのは中々に勇気がいる。

そんなん噂やと切り捨てて堂々と行きたいところだが、脳内で瑠璃の言葉がリフレインされるのだ。

「犠牲者は二人」だの、「鳥谷君は」だの。

名も知らない犠牲者二人はともかく、クラスメートが実際に口裂け女ではなくとも一つの『死に話』に出会したともっぱらの噂なのだ、やたら親近感があって嫌になる。


「……こんにちはボウヤ」

「あ、こんに――!?」


 いきなり後ろから声が掛かる。

関東はあまり無いらしいが、近畿では不審者じゃなくても見知らぬ人から声を掛けられる事は結構ある。

妙にフレンドリーなオバチャンやオジサンが多いからであり、一種の地域性だろうか。

そういう事で、仁はいきなり声を掛けられても動揺しない。むしろ良かった、誰がいたと少し安心。

挨拶を返し、後ろを振り向く仁である。

が、そこで固まる。

 声を掛けて来たのはまだ九月の初旬なのに真っ赤なコートに身を包み、同じく真っ赤なヒールを履いた、まさしく赤尽くしの女性。

相当目立つ見た目だが、このレベルの派手な格好ならまだ大阪などを歩けばたまに見る。

が、この真っ赤な女性は明らかにそんな派手な衣装に身を包んだ『普通の人』とは違う雰囲気を放つ。

……何より、顔の半分を覆う真っ赤な衣装とは対照的の真っ白なマスク。

マスクをしているという口裂け女の姿と重なる。


「私、キレイ?」

「っ!?」


 なんとも有名な質問してくるではないか。

まさしくこれこそ口裂け女。いや、会えて全然嬉しくないけど。

むしろ嫌だ、最悪だ。

どう答えたら殺されずに済んだか?

キレイ? いや、そう言ったら例のでかい口を見せてくる。

そしたら何されるか分からない。

不細工? ……そんな事言ったら口裂け女に限らず全ての女性に殺される。

普通? 普通はどうだ?


「キレイ?」

「えっと……そやな……ふつ――」

「めっちゃ美人」

「――!?」


 アハハと通じるか分からない愛想笑いを浮かべながら、仁が『普通』と答えようとする。

が、いきなり仁の真後ろからそんなふざけた声が割って入る。

おいっ!? ちょっと待てや!?

急いで振り返るとそこには――


「よっ! 幸運の女神にベタ惚れされとる仁も、なんややっぱり人の子やな。いや、偶々俺がおるから幸運か?」

「龍っ!?」


 気配が全く読めなかったが、いつの間にか親友たる護神龍がいつも通りの笑顔を浮かべながら立っていた。

軽い冗談を飛ばし、運良かったなーっとケラケラ笑う。

何しとんねん、おいっ!?

流石にこれは死活問題である。

普段は温厚な仁も流石にキレ掛かるが、後ろから聞こえてきた声に身が凍る。


「そう……ならこれはどう?」

「ぃっ!?」

「ひゅ〜、ホンマに耳まで裂けとるなぁ。マクドのビックマックも一口やな、どっかの大食い大会に出たら確実に優勝や」


 マスクを剥ぎ取り、耳まで裂けた真っ赤な口を見せつける口裂け女。

不気味過ぎる。

だが喉から詰まった様な声が漏れる仁とは対照的に、龍は口笛を吹きながらのんびり、素直な感想を述べている。

 口裂け女が不気味に笑いながら真っ赤なコートの下から柄が朱に染まった鎌を取り出し、仁と龍に向かって振り上げた。

死ぬっ!?

神経はまばたきするのを許さず、目を見開かせる。

振り上げられた鎌が、自分と龍に迫るのを仁はただ動かない体と共に見る。


「……貴人、弾き飛ばせぇ」

「御意にです」

「!?」


 突如風が巻く。

その風に揺られ、金の長髪が靡き、鎌で斬りかかってきた口裂け女を何かで弾き飛ばした。

弾き飛ばされた口裂け女は数メートルぶっ飛び、アスファルトの上を乾いた音を立て滑り、動かなくなった。

 口裂け女をぶっ飛ばし、龍と仁の目の前に突如現れた金の髪の女性。

金糸が彩る豪勢な着物に身を包んでいる。

貴人、そう龍は呼んだ。


「……殺ったか貴人?」

「弾き飛ばしただけです。また来ます龍様」


 長い金髪を靡かせて、豪奢な着物、しかも振り袖、の袖を今吹き荒れた風で遊ばせる女性。

二人共今ぶっ飛ばした口裂け女の方を見ている。

当の口裂け女はアスファルトに横たわったまま動かないが。


「……人? ちょっ、どっから出てきよってん!? おい龍!?」

「……まさかやな。想定外やけどまぁ、流石幸運の女神にベタ惚れされとる仁と言ったところやな。仁、こいつの事『視えとる』んか?」

「当たり前や!」


 突如現れた女性にたじろぎながら仁が龍に質問をぶつける。

何がなんだか理解しかねる状況だが、これだけは訊いとかなければいけない。

龍しかいなかった筈だ。

こんな金の髪が目立つ女性が側にいたら分かる。

人がいきなり現れたのだ、一般人たる仁の反応は当たり前である。

……いや、一般人の中でも『視える』者だからこその反応か。


「……龍様、この方が御友人なのは存じ上げておりましたが、まさか『見鬼けんき』の才を――」

「俺も知らんかった。ちょっい予定がおかしなったけどしゃあない、お前はあいつの止めさせぇ。説明は俺がする」

「……御意に」


 龍が仁の質問に答えるよりも前に、金髪の女性も同じように龍に何か言う。

女性が何者かを言うものだったらよかったが、違う。

しかも龍を様付けにしていたり言葉の所々が古い言い回しだったり、『けんき』なる謎の単語が出てきたり、仁はますます首を傾げるばかりである。

 龍は女性にスパッと命令だけ飛ばし、クルリと仁の方を向く。

よく見ると龍の服装は見たことも無い、特徴的な六芒星が重なった刺繍が施された蒼い長衣ローブであった。

女性は龍の命令に直ぐ様反応し、アスファルトに横たわる口裂け女の方に右手を掲げる。


「……天界六柱てんかいろっちゅうかん


 空から六本の光る柱が口裂け女に降り注ぎ、体のど真ん中と首、両手両足を貫く。

鶏の首を絞めた様な呻き声が一瞬響き、口裂け女は霧へと変わり、消えた。

あれほど不気味な相手を瞬殺である。

仁はただ目を見張るばかり。当たり前か。

龍は霧散した口裂け女を一瞥すると再び仁の方を見る。

いつもとは違う雰囲気、眼光、龍であって龍でない。

そんな感じだ。


「……まさか『見鬼』の才持っとるとはな。まぁえぇ、無事か? 怪我とかしとらんか?」

「治癒ならわたくしが。天将の中なら最も長けておりますです」

「あぁ……えっと、大丈夫やで。じぁない、大丈夫です」


 龍が怪我の有無を仁に訊くと、龍に『きじん』と呼ばれた女性がズイと身を乗り出して言ってくる。

なんか余計に気を使わせるのは遠慮したいし、更に本年を言うと得体の知れない女性に迫られるのは怖い。

なんせあんな漫画の技みたいな事をして口裂け女を消したのだから。


「怪我無いんならえぇ」

「……龍、この人誰やねん?」


 ひとまず仁に怪我が無いのを確認した龍はホッと一息つく。

だが、仁はまだ一息つけない。

なんせこの謎の女性だとかなんで龍がここにいるのだとか疑問が山程あるからだ。

何から訊けば言いのか分からないが、取り敢えずこの物凄く目立つ金髪で振り袖の女性が誰か訊いてみる。


「こいつ? こいつはなぁ……」

「十二天将が一柱であり中央、陽天ひてん天乙貴人てんおつきじんと申します」

「……って事や」


 ペコリと頭を下げて丁寧に挨拶してくる女性、改め貴人。

あまりに丁寧なので仁もつられてこちらこそなどと言いながら頭を下げる。

龍は何も説明していない。

が、なんとなく龍の知り合いだと言う事はさっきから検討ついてる。

しかも何故か上下関係まであるし。

挨拶はしたが謎だ、貴人さんとやら。


「まぁ明日こっそり教えたるからお前はうち帰れ」

「龍は?」

「掃除。貴人、仁の警護頼むで」

「了解です」

「……おいっ!? 一人でどこ行くねん!?」


 さっさっさと指示を飛ばし、ローブを翻して道の奥、学校側へと龍が歩いて行く。

慌てて仁も追い掛けようとするが、ガシッと手首を貴人に捕まれて動けない。

ムダににこやかな顔が怖いし。

本人的には爽やかな笑顔のつもりかもしれないが、逆にこの笑顔は脅しに見える。

天然か?

天然なら恐ろしい。


「仁様は御帰宅にございます。護衛は私が」

「いや、でも、龍が!」

「龍様はお強いです。ご安心を」

「いや、俺は二流や!」

「自分で言うか!?」


 結構距離あるのに龍がわざわざ訂正する。

しかも下方修正。

入れんでえぇやろ!?

人気が無く、嫌な空気が漂う中仁はついいつもの様にツッコミを入れる。

せっかく強いって言ってもらってるんだ、わざわざ否定しなくてもいいだろうと。

二度目だが、今仁とこの『貴人』さんとやらがいる場所と龍のいる場所は少なからず距離がある。

一々会話に首突っ込まなくていい。

 そんな普通ならツッコミなんて入らない怪しい状況下でツッコミを入れられた龍本人はニヤリと笑い、声を出さずに口だけをパクパクと動かす。

『いつも通りで安心したで』と仁には口がそう動いた様に見えた。


「……お前は『こっち』に来たアカン」

「は? おい、龍!」


 ボソリと最後に何か言い残し、龍の周りで風が巻く。

荒ぶる風の中、仁が腕で顔を覆いながら龍に呼び掛けるが、意味など無い。

暫く竜巻の様にグルグルと渦を巻いて吹く風。

それが漸くおさまった時には既に龍の姿は無かった。

あり得ない。

あんな風が自分の周りに吹いていたのだ、普通なら体が飛ばされない様にするので精一杯で動ける筈がない。

 呆然と先程まで龍のいた場所を見つめる仁に、声を掛ける影一つ。


「それでは龍様よりご命令を受けたこの私が仁様を御自宅まで無事に送り届けますので、よろしくお願いいたします」

「……」


 にこやかに、爽やかに仁に言うのは貴人。

西陽を反射して金に煌めく髪よりも更に輝かしい笑顔だが、仁には通じない。

仁は今からどの様にしてこの『貴人』さんの手から逃げ出して龍を追う算段を考えるのに必死でそんな事など耳に入ってないのだ。

一つのアイデアが浮かぶ。

覚悟を決めて、さぁ行きましょうと微笑みながら言ってくる『貴人』さんに「はい」と口だけで答え、今考えた作戦を実行に移す。

龍は多分学校に行った筈。

……行くか。













「……やっぱここか」


 神蘭小学校。

仁や龍の通う小学校である。

そんな小学校の校門前に立つのは龍。

まだまだ七時過ぎなので普通なら教職員も残って仕事などをしていてもいいだろう。

なのに校門は閉ざされ、パッと見人気は全く無い。

明かりなど一つも点いていないし、パッと見ではなく本当に誰もいないのだろう。

嫌な空気が学校を支配し、まだ太陽は西に沈みきっていないのに異様に薄暗く感じる。


「えぇ〜感じに穢れとぉなぁ、普段あんたがこんなとこに通っとぉとはおもろい話や」

「……喧しいわ大陰」


 静かに門越しから校舎を見上げる龍の横に突如小さな竜巻が起こり、中から着物を着た少女が現れた。

ケラケラと見た目相応の無邪気な笑い声を上げ、龍と同じく校舎を一瞥する。


「中にどないなもんが待っとるんやろな? うちは楽しみでしゃないわ。久々やからなぁ、『浄化』」

「やっと連盟ので競り落としたんや、今回は『いつもとちごおて正式』なやつやし、達成したら報酬ゲット。……ただし、皆も気合い入れ過ぎてオマケ付き」


 ケラケラ楽しそうに笑う大陰を他所に、龍はハァっと溜息をついて大陰とは逆の方を見る。

いつもと違い、今回は連盟から『正式』に競り落とし『浄化』する。

勿論これを達成すれば連盟から報酬が貰える。

給料みたいな物だ。

だからか、一人で行くと言ったのにオマケが付いてきた。


「おらがオマケって言うのはどういう事だべ?」

「なんや……六花りっかも来たんか」

「おらだって好きで来たわけじゃないべ、ただ『あの人』から頼まれたから来たんだ」


 大陰のいる場所とは正反対の場所から真っ白な着物を着て、色白で腰まで届く漆黒の髪を持った女性が現れた。

一歩進む度にアスファルトが凍る。

間違いなく『人』ではないだろう。

彼女が龍の言うオマケ。

名を六花と言う。


「……この面子、先が思いやられるで」

「なんや龍、不服かいな?」

「んだ、おらだって帰りたいだ」


 片手で頭を押さえながら龍が言う。

ピクリと二人が反応して反論するが、龍のボヤキは止まらない。

大陰はともかく六花は龍が喚んだわけでもないし、そもそも彼女の主は別だ。帰りたいなら帰れ。

 変な面子になったが、ともかく龍の『浄化』も始まろうとしていた。

 予定一日遅れで無念の神威です。

長いので二話に分けます、はい。

二万は普通に越えそうなので。

今回と次話の台詞の大半は近畿訛りという珍しい事態が起きてますが、気にしたら負けです。

尚、最後微妙に、お試し程度に東北訛りも出してみました。

彼女の出番、次話終わればもうずっと後だけど。

しかも次話も出番は微妙。

頑張れ東北。

尚、『六花』とは雪の結晶の別名です。

可愛いなぁと思い、採用。

彼女か何かは大体分かりますよね。


 それでは!

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