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資料  作者: 神威 遙樹
72/86

NO,65: Orribile

 恐   恐   恐

 れ 弱 怖 愚 怖

 る く を か を

 が て 恐 で 知

 故 脆 れ 憐 ら

 に い ぬ れ な

 人 者 戦 な い

 は は 士 者 戦

 努 い ほ は 士

 力 な ど い ほ

 し い   な ど

 強     い

 く

 な

 る

 の

 だ


 朝。

学院の校舎である巨大な城を太陽が東側から照らしだす時間。

西の空はまだ暗い。

そんな早朝。

 今は冬。

ロンドンの朝は冷え込み、ベッドの上で寝息を立てていた一人の少年がモゾモゾと布団の中から顔を出す。

まだ寝ぼけ眼なのは寝起き直後だったから仕方ないが、ある一点を見てその寝ぼけ眼が一気に覚醒した。


「……ユウキ?」


 普段自分の隣で寝ている親友の姿が無いのだ。

いつも自分よりも起きるのは遅いし、昨日レメティアから帰ってきたばかりだから、疲れだってある筈だ。

自分よりも早く起きる事などあり得ないと思っていたが、実際問題今はいない。

今朝の冷え込みで起きたのか?

そう思いながら少年――アレンは部屋を出た。

勿論普段なら隣でまだ寝ている筈の親友に朝の挨拶をする為だ。










「……寒っ!」

「これぐらいでなんやねん、うちの方が薄着やぞ?」


 朝日が木々の隙間から溢れて、薄暗かった森の中も明るくなりつつある。

学院を囲う森の中の、少しだけ木々が開けた広場。

十二月のロンドンは寒い。

かなり寒い。

結構な厚着をしてきたけど、やっぱり寒い。

 で、俺の目の前にいるのは大陰。

こんな寒い中いつも通りの艶やかな着物のみ。

風邪引くよ?


「……大陰って神様だから風邪引かないの? そんな薄着なのに……」

「まぁ基本的に風邪は引かへんな。けど寒いんはうちも一緒や、せやからそんな厚着やのに寒いとか言う悠輝に腹立つ」

「……厚着すればいいじゃん」


 勝手に腹を立ててもらっても困る。

寒いんならもっと防寒対策してよ。

あり得ないでしょ、着物の一枚って!


「うっさいな。……で、さっき話した理由からうちに修行を付き合えて?」

「うん、そういう事」


 昨日帰ってきたばかりだけど、今日はまだ日が昇る前に起きて森に入った。

そこで大陰を喚んでレイラさんに言われた事を適当に要点のみ伝え、修行つけて下さいと頼んだんだけど……

スッゴいやる気無さそうだなぁ……

無理とか言われそうだ。


「……漫画とか小説の主人公みたく修行したら直ぐにポンポンと強うはならへんで? 何事もコツコツと努力せなアカン。一気に強うなれる程、人いうもんは簡単やない」

「……知ってるよ」


 呆れた感じで大陰が言ってくる。

確かにそんな簡単に強くはなれない。

どれだけ修行しても中々強くはなれない。スポーツをやっていたからそれくらいは分かっている。

それでも、やるのとやらないのでは大違いだ。

少しずつでいい。

少しずつでいいから強くなって、皆を守って、レイラさんの頼みに応えられる様にならないといけない。

 深く頭を下げて、もう一度大陰に頼み込む。


「……」

「大陰の言ってる事は正しいよ。でも、何事もやらなきゃ始まらない。だから俺に修行つけて下さい!」


 今大陰がどんな顔をして俺を見ているのかは分からない。

呆れてるかもしれないし、真面目に考えてくれてるかもしれない。

一体何を考えてるか気になるけど、頭を下げ続ける。

次の大陰の言葉次第では、土下座だってしてやろうじゃないか。


「……顔上げぇ」

「……」


 大陰がそう言うから、取り敢えず顔を上げる。

目の前の大陰は、呆れた様な顔をしていたけど、それでもどこか優しげな顔をしていた。

……暗かった西の空は、もう明るくなっている。


「……うちはスパルタなん知ってるよな?」

「勿論だよ」

「後悔せぇへんな?」

「当たり前な事訊かないでよ」

「死ぬかもしれへんで?」

「……うっ……」

「嘘や」


 アハハと笑って大陰がクルリと後ろを向いた。

二三歩歩き、ピタリと止まる。


「……龍みたいな事考える様になりよったな……」

「え? なんか言った?」

「なんも無い!」


 クルッと再びこっちを向いて、大陰は四枚の札を取り出した。

それをこの小さな広場の四隅に放つ。

……結界、それも尋常じゃないくらい強力な。

この森を荒らさない様にする為の防御壁だ。


「騰蛇喚びぃ」

「……え?」

「えぇから喚べ。修行はそっからや」


 大陰が急にそんな事を言い出すから、少し面食らった。

そんな俺を見て大陰は苛ついた感じもう一度言う。

……これは従わなきゃヤバそうだ。

大人しく従い、いつも通り五芒星の描かれた紙を使って騰蛇を喚ぶ。

……のだけど、前みたいに人に化けてはなかった。

巨大な体が結界張った広場の殆ど全てを占領する。

纏う炎が大地を焦がし、空気が揺らぐ。

因みに、騰蛇の主たる俺にはこの炎の熱は感じない。


「……むぅ?」


 いつも通りのマイペース。

騰蛇はゆっくりと鎌首をもたげて辺りを見回し、俺と大陰に気付いていない。

気付いてよ……


「人に化けぇ、のろま!」

「……むぅ? 大陰ではない……ゴフッ!?」


 タンッと大陰は地面を蹴り、そう言いながら騰蛇に強烈なアッパーをかます。

やっと大陰の存在に気付いた騰蛇だけど、時既に遅し、アッパーがクリティカルヒット。

ズドォンと後ろに倒れ、大陰の張った結界がビリビリと揺れる。

……ちっこい女の子に大蛇がぶっ飛ばされるという、なんとも珍妙な光景が見れたよ……

 アッパーを喰らった騰蛇だけど、一応大陰の言った言葉は理解出来ていたらしい。

仰向けになった姿のまま、炎に包まれ人になる。

……大の字に倒れてるけどね。


「……むぅ、痛いではないか大陰」


 のっそりと起き上がり、自分の顎を撫でながら大陰に言うが、大陰は無言で俺を指差すだけ。

騰蛇の言葉なんて聞いてない。

大陰の指が指してる方向を見て、漸く俺の存在に気付いたらしい。

おぉとか言いながら立ち上がる。


「何用じゃ主?」

「俺も今一よく分からないんだよね……」


 騰蛇には可哀想だけど、俺だってなんで騰蛇を喚ばされたのか分からない。

肩を竦めて首を振る。

 すると大陰がちょいちょいっと騰蛇を手招きした後こっちを向いた。

騰蛇はゆっくりと歩いて大陰の隣に立つ。


「相手はうちより騰蛇の方が向いとる。悠輝は騰蛇と戦いぃ」

「……マジですか?」


 騰蛇。

分厚く凍ったテムズ川を一瞬で融かし、魔神の一柱、ポーディスを触っただけで灰にする十二天将一のパワーアタッカー。

俺を消し炭にする気か大陰?


「うちの結界で悠輝がどんなに暴れても大体の奴には気付かれへんし、荒れもせんやろ。フィーリアとかいうこの森の妖精は別やで?」

「いや……でも……」

「……正気か大陰?」


 確かに俺は今までと違って『術の修行』ではなく『戦闘の修行』を頼んだ。

俺の知る限り最も陰陽術に詳しく、尚且つ強くて力加減が上手そうな大陰は修行相手にピッタリだと思ったから。

それは賢い大陰ならばちゃんと理解してる筈だ。

でも、大陰は俺の相手を自分ではなく騰蛇にした。

……失礼かもしれないけど、騰蛇って力加減が凄い下手そうだ。

『つい』俺を消し炭にしそうだ。

騰蛇も自覚してるのか、大陰に問い掛ける。


「……圧倒的な力の差を見せつけぇ騰蛇。んで、そっから悠輝は戦い方を学びぃ。これから悠輝が戦う相手は全員あんたより上手や、実力を上げつつ化け物との戦い方を体に擦り刻みぃ」

「……んな無茶な!?」

「誰かを守りたいんならこんぐらいの覚悟持ちぃ! 『守る』事がどういう事なんかを理解出来てへん、ひよっ子が口出しする権利なんてあらへん!」

「……!」


 いつになく激しい言葉を大陰がぶつけてくる。

『守る事がどういう事』かなんてまだ俺には分からない。

確かにひよっ子だ。

……覚悟決めてたつもりだったんだけどなぁ。

まだ『つもり』だったみたい。


「……分かった」

「……むぅ!? 主!? 良いのか?」

「……うん、よろしくね騰蛇」


 もしもこれから『本当の禁忌』と相手をするなら、騰蛇と戦うのを避けちゃダメだ。

……それに、騰蛇よりも禁忌の方が弱いだろう。

今のうちに『神』と修行して、力を付けよう。

形振り構ってる暇は無いから。


「……えぇ目や。せやったら悠輝、そっちの端行け。騰蛇はその向かい側」


 ピッと指差して大陰が言う。

この先、修羅場をくぐらないといけない事もあるかもしれない。

無かったら無いにこした事はないけど、確証なんて在りはしない。

……やってやろうじゃないか。

 大陰の指差した場所に向かってゆっくり歩く。

先ずは、自分を守れるだけの力を手に入れてやる。








「……いいのかの、大陰? 龍殿の時は違うのだぞ?」

「……二割や。二割だけ力出しぃ。それで今の悠輝には十分や」


 悠輝と反対側の方へ向かい歩き出す騰蛇が、大陰にコソリと呟いた。

大陰は悠輝の背中を見ながら、ポツリと返す。

……二割。

なんだかんだで大陰は騰蛇に「本気でいけ」とは言わなかった。

だが、悠輝にとってはこの二割でも脅威だ。

文字通り圧倒的な差が二割でも存在する。

それをどう埋めるか、これが重要。

一種の試練である。


「……二割。了解した」


 ゆっくりと、騰蛇と悠輝が向かい合う。

大陰は右手を上げ、二人を見ながら言う。


「悠輝には学院での勉学の時間とかがある。今は六時四十五分、八時に悠輝は飯の時間やろ? それまでぶっ通しでいけや」

「……なんでそんなに俺の私生活に詳しいの大陰?」

「無駄口不要、始めるで!」


 騰蛇と悠輝のちょうど真ん中に立っている大陰の右手が、勢い良く振り下ろされた。







 大陰の右手が振り下ろされたと同時に、物凄い圧力が俺に掛かる。

勿論それを放っているのは騰蛇。

十二天将という、かつて安倍晴明が使役した最上級の式神の一柱。

火炎の騰蛇。

その圧力は、セイラの魔神さえも凌ぐ。


「――っ!」


 正直、息苦しい。

体が強張って動けなくなっていないのが唯一の救いだね。

……どうやってこの圧倒的な力に対抗しようか。


「仕掛けぬか主? ならば、小生から行こうかの」

「――!」


 フッと視界から騰蛇が消え失せる。

大陰にのろまとか言われてるくせに、めちゃくちゃ早いじゃんか!?

どこがのろまだ!?

 後ろに強い気配を感じとる。

一応少しは場数を踏んでる。

これだけ圧倒的な気配なら見えなくても多少は位置が分かるよ。


「言々《げんげん》」


 振り向きはしない。

そんな時間が無いから。

札を真後ろに放ち、呪文を紡ぐ。

相手は火行。ならば、水行で対抗するしかない。


「水行以て火炎を消さん! 水那突みなづき


 札からいくつもの水の槍を放つ術。

変態じいちゃんから教わった術じゃなく、いつだったかトランプなどを届けてくれた時に一緒に入っていた巻物にあった術。

差出人不明だけど。


「――げっ!?」


 手応えはあった気がするけど、後ろの気配に変動は無い。

真横に思いっきり身を投げ出して、受身をとってさっき俺がいた場所に視線を合わす。

ちょうど、騰蛇が巨大な炎の槍をその場所に突き刺したとこだった。

……さっきの俺の術、もしかして騰蛇に当たる前に全部蒸発した?

それに今はあの炎の熱気を感じる。

一時的にだけど、俺にもあの炎が効く様になってる様だ。

……って事はあれ喰らってたら俺、間違いなく死んでたね。

殺す気だね。


「むぅ……外したの」

「そこっ!」


 槍を地面に突き刺して、ポツリと呟く。

その瞬間、騰蛇はいつも通りの緩慢な動きに戻る。

そこを狙い撃ち。

セコいとか言うなよ!


「黒天水行!」


 札から大瀑布が吐き出される。

さっきの水の槍とは規模が違う。

せめて、体には届いてくれよっ!


「……昇炎しょうえん


 スッと右手を迫る大瀑布の方へ向け、騰蛇が呟く。

すると巨大な火の壁が現れ、大瀑布を一瞬で水蒸気に変えていく。

……どんな火力だ。

何度だよ!?

摂氏何度だよ!?


「……炎縄網えんじょうもう

「うぇっ!?」


 立ち上る火の壁が、今度はいくつもの縄になって俺を縛り上げようと迫ってくる。

いやいや、縛り上げるんじゃなくてあれは網目状に焼く拷問だ。

それは嫌だ。

いっそ一撃で殺してくれた方が楽でいい。

 と言っても死にたくもないし、死ねない。

札を数枚地面に投げつけて、刀印を作って叫ぶ。


「結っ!」


 結界。

大陰が張った程強力な物はまだ俺には張れないけど、今俺の実力的には最高硬度の物だ。

一旦あの縄をこれで防ぎきるしかない。

そっから立て直す!


「……主よ、甘いの。小生の炎がその程度の結界で防ぎきれる筈が無い」

「――いっ!?」


 俺の最高硬度の結界を『その程度』であっさり片付けられた。

勿論ハッタリなんかじゃない。

結界の周りに展開した炎の縄は一気に結界を縛り上げて破壊、俺に迫る。


「こ、黒天水行!」


 炎にではなく地面に張り付けて叫ぶ。

札から吐き出される大瀑布は水の柱を作り出し、その真上にいた俺は水流の力で上に飛ばされた。

最終手段、これであの縄は避けれた。


「ぐぇっ!」


 着地に失敗して体を打ったけど、あれを喰らうよりは遥かにマシだ。

あれは冗談抜きで死ぬ!

 すかさず体勢を立て直し、九字を切って札を放つ。

今度は水じゃない。


迅雷符じんらいふ!」


 水じゃなくて電気。

いくら炎でも防ぐのは物理的に不可能な筈。

ここで身体強化の術を使いたいところだけど、生憎陰陽術にはそんなの無い。

というより知らない。

魔眼を使えば同等の速さで動けるけど、使う気は全く無い。

今だって激情、というより熱くなり過ぎない様に気を付けてるんだから!


「……力は力で捩じ伏せる、それが小生よ」


 片腕に炎を纏い、迫ってきた雷を弾いて逸らした。

……どんな原理だよ!?


「……でも、まだまだあるよ騰蛇!」

「……むぅ?」


 足で適当に五芒星を描き、札を置いてダンッと踏む。

更に宙にも五芒星を描き、札を二枚放つ。


炎嵬咒符えんかいじゅふ!」


 騰蛇の足元が盛り上がり、炎を檻が姿を現す。

炎を炎でどう防ぐ!?


「さっきのお返し! 序でにこれもあげるよ!」


 宙に描かれた五芒星から放たれた二枚の札が、地面に張り付く。


「金剛針山!」


 普段は一枚の札を今回は出血大サービスの二枚だ。

前戦ったレメティアの徒弟では無いし、串刺しになっても死にはしないでしょ!

っていうか、そろそろ術喰らってよ!


灸球きゅうきゅう


 騰蛇が自分の周りに球状の炎を展開させ、先ず俺の炎の檻をぶち破った。

……炎で炎を喰い尽くしたよこの人!?

更に地面から迫る針山も炎に触れた瞬間灰になる。

……だから何度なのっ!?

地面が灰になるってあり得る現象なの!?


「……甘いの、主」

「……ぐっ……」


 纏っていた炎を消し、余裕そうな表情で騰蛇が言う。

普段はのんびりマイペースなのに、いざ戦闘になるとこれか。

これが十二天将。

これが神の一角。

頭で理解するより先に、本能が逃げろと叫んでいる。

根源的な恐怖。

魔術師をやっていてもこんな事経験出来る人の方が少ない。

これは頭や体が理解するよりも先に魂が逃げろと叫ぶ物だ。


「……恐れるのは仕方ないのう。英雄も王も、神でさえも戦いには恐れを抱く。恐れを知らぬ者など愚かで哀れで不粋な者だ。この恐れを越えて、小生に挑むがよい、主よ」


 立ちはだかるのは、根源的な恐怖。

騰蛇との勝負よりも先にこっちを片付けないとダメだ。

乗り越えるのは勇気じゃない、根性だ。


「うわぁぁぁぁっ!」


 全てをぶつけに騰蛇の方へ走る。

この恐怖を踏み越えて、その先にいる騰蛇に挑む為に。


「……善き覚悟、受けて立とう」










「……この恐怖に打ち勝てば今回の悠輝の修行としては合格やな」


 騰蛇に必死で挑む悠輝を見ながら大陰はポツリと呟く。

実力は明らかに騰蛇の方が上だ。

たとえ二割しか力を使わなくとも、まだまだ陰陽道初心者の悠輝が敵う筈が無い。

才能はある。努力をしようとする気持ちも、覚悟もある。

だが、まだ魔術に触れて日が浅すぎる。

どんなに天才と呼ばれる魔術師でも、一年も経たずに騰蛇に挑めば、それこそ本気で騰蛇が攻めれば瞬殺される。

悠輝はよくやっている方だ。


「無茶しぃ、自分より他人、龍みたいな奴や」


 スッと上を見上げて自分の『真の主』の事を考える。

あいつもかなりの無茶しぃだった。










「ゲホッ……も、もう一回や勾陳」

「……まだやるの龍ちゃん? もう七度目よ?」

「せや、今日は止めとけ龍」


 刀を杖代わりにして立ち、肩で荒く息をする少年が一人。

端正な顔は汗にまみれ、ボサボサで長めの黒髪も湿っぽい。

隣にいる少女――大陰は労いの言葉と共に休む様言うが、少年――龍は聞く耳を持たない。

龍がもう一回と頼んだ相手、肩よりも少し長い黒髪につり上がった黒目の女性も少々息が荒く、疲れている様にも見える。


「龍ちゃんまだ九歳だよ? その歳であたしの七割とタメ張れるんだし、別にいいじゃん」


 普段は好戦的で危なっかしいこの女性――勾陳も、流石に止める。

彼は自分の主だ。

無茶をさせて体なんかを壊されたら困る。

……それに、主と式神とはまた別の繋がりもある。

なのでますます止めるのだが……


「……俺は問題無い。勾陳、次は本気で来いや!」

「……あたしの本気? 龍ちゃん、あたしが中国でなんて呼ばれてるか知ってるの?」

「当たり前や。それを知ってて挑むんや」


 体はボロボロで、疲労だって溜まっている。

そんな状況なのに、この少年はそう言い放つ。

強く、鋭く、漆黒に輝く瞳で勾陳を見つめて。

フッと勾陳が笑った。


「面白いわ、受けて立ちましょ」

「勾陳!?」


 ニコヤかに笑って答える勾陳を、大陰が驚いた顔で見つめる。

今までずっと戦っていたが、次は本気だ。

先程までとは次元が違う。


「止めても無駄よ大陰。龍ちゃんやる気満々だし」

「……せやけど勾陳、あんたの『本気』って……」

「あたしも多少疲れてる。それに、龍ちゃんは強いよ?」


 先程まで杖代わりにしていた刀を構え、キッと勾陳を見据える龍を見て、大陰も渋々退く。

これはテコでも動きそうにない。


「結界の強度をもうちょっと上げてね大陰」

「……了解や」


 勾陳の目が変わる。

先程までは穏やかで優しい光を放っていた目が、今は鷹の様に鋭く、冷たい。

片手を龍の方へ掲げ、その瞬間に消えた。

気付いた時には龍の真後ろに立っている。

龍には三本の巨大な爪痕が残されており、血がそこ噴き出す。


「……外した」


 ポツリと勾陳が呟く。

すると血を噴き出していた龍の姿が揺れ、消える。

今のは幻か。




「……まさかその程度がお前の本気やないやろうな、勾陳? ……いや、今はその名よりも『本名』で呼んだ方がえぇか?」

「……流石龍ちゃん、あたしの可愛い弟ね」


 刀を肩に置き、勾陳の真横でトントンと刀を動かす。

ニヤリと笑い、先程自分に向かって掲げた勾陳の右腕を見る。

……それは人の腕ではなく、黄色とも金とも言える色の鱗に包まれた、龍の腕。


「……それじゃあ行っちゃうわよ?」

「ハッ! 来いや、大地の勾陳!」










「……ゲホッ! ゴホッ! ……この温度、気管にくるよホント!」


 一体これが始まって何分経ったんだろう?

数時間はしている気がする。

けど大陰はまだ何も言っていないから、せいぜい数十分ってとこなのだろう。

……そろそろ体が限界なんだけどね。

騰蛇の炎のせいで結界内の気温はまさしく灼熱。

そんな中で激しく戦ってるんだ、もうヤバい。

灼熱の空気ばかり吸い込むから、気管がなんか変だし。……喉痛いなぁ。

今日の授業はやってけないね、これじゃあ。


「……動きが鈍くなりましたな」

「――うっ!?」


 ちょっとした隙をついたのか、いつの間にか騰蛇が目の前に立っていた。

灼熱の掌底を腹に叩き込まれ、冗談ではなくマジで数メートルは吹っ飛ばされた。

大陰が張った結界に叩き付けられ、肺の中の空気が全部抜ける。


「……っ! ゴホッ! ゲホッ! ……!」

「……そろそろ終いかの」


 ……一つ分かった事がある。

騰蛇は要所要所で力を抜いて俺と相手をしている。

いや、そりゃ全力出されたら俺なんて一瞬で消されるだろうけど、もっとこうなんて言うか……遊ばれてる?

でも油断はしてない。

本気じゃないけど油断もせずに俺と戦ってるんだ。

……力の差があり過ぎる。

絶対的な差が。

でも、これで終わっちゃダメだ。

この壁を、恐怖を越えて、その先にいる騰蛇に本当の意味で挑まないと。

自分を守るために、皆を守るために。

それに、一応俺、騰蛇の主だし。

主らしく威厳ってもんを見せなきゃダメだ。

 地面に這いくつ張りながら、札を取り出し勝負する。


はつ……!」

「むっ……!?」


 地面を削って描いた五芒星に両手を押し当てて、巨大な針を騰蛇のいる真下から飛ばす。

普通ならこれで串刺しになっていいものだけど、相手は騰蛇だ。

あり得ない反応速度で飛び上がり、躱わされる。

けど、少しだけ掠めた。

ほんの少しだけだけど、当たった。

進歩だ。

それに、まだまだ畳み掛ける!


「黒天水行」


 今騰蛇は空中にいる。

騰蛇は大陰の様に風を操り飛び回ったりする事は出来ない。

人に化けてなければ羽を使って飛べるけど、今は人に姿を変えてるしね。

火行を制するは水行。

大瀑布を放ってやる。


「……それは通用せんと先に記した筈ですぞ」


 火炎が騰蛇を取り巻き、迫る大瀑布を水蒸気に変えていく。

……分かってる。

分かってるよそんな事。

騰蛇の火力には俺程度の水行は通じない。

でも……


「……むっ?」


 水蒸気、それは霧や雲と同じ。

あれだけの大瀑布を一気に水蒸気に変えたんだ。さっきもそうだったけど、防いだ後十数秒はこの結界内に霧が立ち込める。

要するに、騰蛇は一瞬俺を見失う。

 対して俺は騰蛇の圧倒的なプレッシャーを感じ取り、大体の位置が掴める。

霧越しから札を放つ。

上に向かって。


五月雨さみだれ

「……む!?」


 騰蛇の真上、とまで正確な位置には放てない。

あくまでも大体の位置が分かるだけだから。

でも、この術は結構範囲広いからね。

少なくとも一瞬は騰蛇の気が上に逸れる。

 札から放たれるのは細かい水の槍。

それが雨の様に降り注ぐ。

無論、騰蛇には通用しない。

でも、一瞬でもいいから気が逸れてくれれば構わない。

 俺は一気に騰蛇の気配がする方向へ駆け出す。

霧を抜けると、案の定騰蛇は火炎を操り水の槍を吹き飛ばしており、顔は上。

もらった!


「……むぅっ!?」

「水那づ――」


 騰蛇も俺に気づくけど、遅い。

殆どゼロ距離。

ここからなら流石の騰蛇も術を防げない。

 が、呪文を紡いで札を放とうとした瞬間、何かの影が俺と騰蛇の間にある僅かな隙間に潜り込んだ。

すると札を放とうとした俺の手が急に動かなくなる。


「……今日はここまでや。ご苦労さん」


 大陰だ。

片手を俺の方へ向け、騰蛇の方には地面から首筋に向かって一本の土の槍が突き付けられている。

腕を見ると、風が渦巻き俺の腕をガッチリと拘束していた。


「……時間かの?」

「せや、時間。今回は悠輝の勝ちやな、ようやった」


 大陰が労いの言葉を掛けてくれるけど、俺はまた別の事考えていてあまり耳に入っていない。

……気配が読めなかった。

最初に騰蛇が見せた高速移動でさえ、気配を感じ取り背後を取られたのは分かった。

けど、今の大陰のは全く分からなかった。

騰蛇に気が向いていたと言えばそれまでかもしれないけど、今大陰から感じ取れるプレッシャーから察すると嫌が応でも気付く。

気配を消して来たとしか考えられない。

この圧倒的な気配を消しての、セイラを凌ぐ高速移動。

騰蛇は別段驚いた様子をしてないし、戦闘で手を抜いていた感があった。

騰蛇もこれが出来ると考えても良さそうだ。

俺があれだけ必死にやって、やっと攻撃を掠らせただけなのに、この二人の力にまだ底は見えない。

勝ちと言われても納得がいく筈ない。


「……今は辛抱せぇ。悠輝なら強なれる」

「……筋は良い、鍛えれば問題無いぞ主」


 顔に出てたのか、今の気分を読み取られた。

いつになく神妙な顔で励ましてくる。

……なんでそんな神妙なのか、何を考えてるのか分からないけど。

ただ、励ましてくれたのは嬉しく思う。


「結界は解いた。ほらっ、さっさと行かんと皆にどやされるで?」


 ヒラヒラと片手を振りながら、さっさと行ってこいとジェスチャーで伝えてくる大陰。

確かに、誰にもなんにも言わずに来たからね。

きっと怒ってるだろうし、帰ったら何訊かれるか分からない。

騰蛇のせいでボロボロだしね。


「うちらも帰る、ほら、さっさと行きぃ」

「うわっ!?」


 ヒュッと大陰が右手を振る。

すると俺の周りで風が巻き、物凄い速さで学院の方へと風が俺を運んでいく。

……便利だね。

んじゃ、また明日、っと大陰の声が最後に聞こえた気がした。

……明日も?

自分から頼んだからあれだけど……

毎朝こんな事して俺、大丈夫なのかな?










「……次悠輝に喚ばせるなら、勾陳やな」

「……それはちとヤバいであろう」


 悠輝を風で吹き飛ばし、森の中で二人が佇み話し合う。

大陰がボソッと言った呟きは、珍しく騰蛇が突っ込みを入れる程ダメなものだった。

勾陳。

あの戦闘バカはダメであろうと騰蛇が言う。

騰蛇が珍しく反論するので大陰も考え、まだ早いかと頷いた。




「……晴明の小僧は道長の坊っちゃんと家族をアホ程大事にする甘ちゃんやったし、悠輝も他人優先のお人好し。うちらの主人ってこう、戦いには向かへんよな」

「……むぅ? 龍殿は?」

「……あいつはまた別や。龍といえばさっきのあれ、あれが悠輝やなくて龍やったら騰蛇、お前死んどったかもしれへんで?」


 あれとは最後、悠輝が決死の思いで突っ込んでいき、大陰が止めたあれである。

ダメージの大きさは分からないが、止めてなければただではすまなかっただろう、『悠輝』が。

 あの一瞬、騰蛇は反射的に自身の身を炎で包み、ガードをしようとした。

大陰が止めて入らなければ悠輝は今頃炭である。


「……もしも相手が龍殿ならば、小生は手を抜いてはいけぬ。そうであろう?」

「……違いないなぁ」


 大陰がクルリと騰蛇に背を向け、光に包まれいなくなる。

騰蛇もそれに続きまた消える。

 二人の着ていた着物。

場所はそれぞれ違ったが、そこには少し変わった形の六芒星が二つ、重ねて描かれていた。










「……」

「……えっと……」


 大陰の風に運ばれて学院の玄関? ちょっと違うかな? エントランスかな? まぁいいや、ともかく入口である巨大な扉を通って直ぐの場所に到着した。

 このまま一度部屋に戻るべきなのか、大広間に入ってセイラ達を待ち、何事無かったかの様に挨拶でもしようか?

少なくとも自分の部屋よりも大広間の方が近い。

騰蛇との激戦(俺のみ)のせいでお腹空いたししんどいし、大広間に向かおう。

特に早い時間でもないからもしかしたらセイラ達もいるかもしれないと。

 で、一歩踏み出した瞬間に上からセイラ達が降りてきた。

しかも、バッチリ目が合う。

これでもかっていうぐらい目が合う。

……見事に俺は固まったよ。

 セイラ達は固まった俺の方へ無言でゆっくり歩いてきた。

無言っていうのが怖い。

正面に立ち、何故か無言で俺を見る。

とくにセイラ。

……ある意味騰蛇よりも怖い。

目だけで無言で理由を訊いてくるセイラ。

他の皆は止める気無いらしい、同じ様に俺を見つめている。


……どうしよう?


「……えっと……あのですね……ちょっと森に散歩しに行った……んです」

「それならなんでそんなにボロボロで、尚且つ焦げ臭いのですか?」


 そう訊いてきたのはフィーネさん。

この人は基本的に気になった事をズバズバと直球で訊いてくる。

流石にレメティアにいた時は空気を読んで自重していたっぽいけど、学院内では問答無用。

焦げ臭いって……


「え? そうかな? 大広間の誰かの料理が焦げてるんじゃないのかな?」

「……ハァ。ユーキ、とぼけるのは止めときなさい。大体の事はフィーリアが察知してるから」


 すんごい呆れた感じでミュウさんが言う。

そういえばフィーリアにはバレるって趣旨の言葉を大陰が言ってたかも……

……って事は今のフィーネさんの質問意味無いよね。

正直に答えるべきだったかな。


「……えっと、どれ位フィーリアには分かったのかな?」

「結界張ってその中で何かしてた、ってとこね。最初に凄い何かを感じたらしいから、ダイオンでも喚んだのかしら? 朝早くから何してたの?」


 ……かなりのとこまで分かってるね。

騰蛇は結界張った後に喚んだからバレて無いけど、大陰はバレた。

しかもフィーリアからの少ない情報での推理で。

……切れ者だねミュウさん。


「ちょっと修行を……」

長衣ローブの所々が焦げてるって事は、トーダも喚んだの?」

「……はい」


 結局騰蛇もバレたし。

凄いよミュウさん、名探偵だ。

……って事は無いかな?

俺が喚べる二柱の十二天将の能力を知ってたら普通に分かるか。


「で、中でトーダと一戦交えたってとこかユウキ?」

「……はい」


 今まで黙ってたアレンが面白そうな顔をして訊いてくる。

……なんで面白そうなんだ?

あれだよ? 騰蛇って凄い危険な奴なんだよ?

怖くても楽しくは無いからね。


「……」

「……ねぇ、なんでセイラはこの至近距離からずーっと無言で俺を見てるの?」

「自分の心に訊きなさい、ユーキ」


 ……心に訊いてもこんなの分かる筈無いじゃん。

バレたら真っ先にセイラが怒ると思ってたのに。

「なんでそんな無茶な事するんですかっ!?」って。

……なのにまさかの放置プレイ?

怒られる事よりも堪えるんだけど……


「……」

「……あの、セイラ?」

「……」


 セイラ、音沙汰無し。

反応が全く無い。

実は俺じゃなくてもっと別の物を見てるんじゃないかと思うぐらい反応無し。

だけどバッチリ目が合うのは何故だ?


「それではアレン様、ミュウ様、朝食にしましょうか。フィーリア様もこっそり私のポケットに移動して下さい」

「ちょっと!?」


 フィーネさんの一言で二人は大広間の方へ歩き出し、セイラの長衣のポケットに潜んでいたフィーリアもフィーネさんの給士服のポケットへと移動する。

俺とセイラの二人を残して。

……待て待て待て!?

こっからどうしろと!?

急いで振り返り、後を追おうとしたけどここにきてセイラが俺の長衣を掴んで放さない!?


「……セイラ?」

「……何があったか、ゆっくり私に聞かせて下さいね」


 可憐な笑顔と共に言ってくれるが、今の俺の心境は騰蛇の圧力が掛かっていた時のそれと変わらない。

……魂が逃げろと叫んでいる!


「……悠輝さん?」

「……了解しました」


 結局、朝ごはんは殆ど食べられませんでした。

 今晩は、神威です。

次回からまったりのんびりとか言いながら、結局大陰と騰蛇にしごかれた悠輝です。

次回からこそは愉快で騒がしい学院の人達が登場すると思います。

 後数話書いたら待ちに待ったクリスマス。

時期が凄い遅れましたが、クリスマスになります。

早くいきたいな、クリスマス。

多分クリスマスに数話持ってかれます。

そしてそれが終わり、作中で年が明けると本格的に物語が動いていきます。

どれだけ動くの遅いんだ、って言われても仕方ない遅さ。

申し訳ございません。

 70万越えました、PV。

……精進します。

頑張らないとリアル申し訳ないです。

お気に入り登録数も異常なまでに増えましたし……

 話が変わりますが、最近似た様なジャンルの作品をよく見かけます。

流行りなのか、読者受けがいいのか。

結局は書き手の文章力ですから、流行りに乗っかっても本当に人気爆発になるのかは知りませんが。

流行りに乗ってなく、文章力なんて在るのか無いのか分からない程ヘボい私は無理だなぁ。

 感想などを切実に頼みます。いやもう、本当に。

特に修正点とか書いて欲しいです。

アイデアとか意見とか、本当に色々渇望してますので、どうか送っていただければ幸いです。

また、この作品を読んでいて自分は物書きやっているって方も募集中です。

交友幅がなんとも微妙な私。

もうちょっと広げたいのです。

アドバイスなどをしあえる方募集中なのです。

 それでは!

皆様に良い魔法を!

今週より修学旅行のため、次回の更新が若干遅れると思います。

申し訳ございません。

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