NO,59: 枯れない夢の花
ゆっくりとアミリアさんが前に歩き出す。
俺が張った結界の周りにある紫の煙が分かれてアミリアさんに向かうが、片手をひょいっと振るだけで消し飛んだ。
……ダメだ、レベルが違い過ぎる。
「……安物かしら? たった一つの護符で消えちゃったわよ?」
右手の人差し指にはまっている銀の指輪をこっちに見せながらどんどんディーンさんに近付いていく。
対するディーンさんは未だに腕を抱えて動けない。
……そりゃそうだ、銃で撃ち抜かれたんだからね。
想像しただけでも痛い。
ただ、シーだけはアミリアさんを睨み付けている。
「ディーンに何をしたの!?」
「片手を銃で撃ち抜いちゃった、とでも言うべきかしらね?」
低く冷たい声で訊いてきたシーに対し、アミリアさんはやっちゃったわ、などと言って肩をすくめた。
……この人反省してないね。ディーンさんの腕をミスで撃ち抜いたのに。
「大丈夫よ、治療代はちゃんと私……は、嫌ね。連盟から払うから。謀反に手を染めなければの話だけど」
台詞からすると、一応アミリアさんもディーンさんを止めに来たらしい。
……けど、この人は本当に止める気あるのかな?
見た感じだと全くそうは思わないけど……
治療代を自分が払うのは嫌とか言ってるし。
「……で」
「はい? 何か言ったかしら?」
「ふざけないで!」
ダンッと床を蹴ってシーがアミリアさんに飛び掛かった。
しかもかなり早い、華奢な体なのに異常に早い。
そこら辺の人なんかよりも遥かに上だ。
「……嫌ねぇ、船魂とか精霊って人よりも圧倒的に能力高いのよね。面倒だわ」
プロボクサーをも上回るんじゃないかと思うくらいのストレート、アミリアさんには避けられたけど、後ろにあった壁に付いてる何かのパイプに直撃。パイプが思いっきり凹んだ。
……体と不釣り合いな力だね。
「退いてくれないかしら? 貴女を傷付けると船体に影響が出るの」
「嫌っ!」
狭い部屋の、しかも入り口周辺だけという半端無く狭い面積の中だけで一方的にシーがアミリアさんに襲い掛かる。
全ての攻撃が避けられ、外した拳だとか蹴りだとかが入り口付近の壁とかなんか色々な物を壊していく。
……自分で自分を傷付けてないですか?
「……仕方ないわね」
部屋の壁を凹ませる程の威力を持ったシーのパンチ。それをアミリアさんは涼しい顔してあっさりと受け止めた。
更に受け止めた拳を思いっきり自分の方へ引き、前のめりにさせて体勢を崩し、足を内側から引っ掛けて床に叩き付けた。
柔道にも似た様な技があるから俺には分かるけど、投げられたシーには何が起こった分からないだろう。
柔道の足技とはそんな物だ。いや、あれが柔道の技かは知らないけどね。
ちょっと違うし、アミリアさん外国人だし。
「――!?」
「『ナウスィズ』、大人しくしときなさいな」
投げられて床に横たわるシーに向かって一枚のコインを放ったアミリアさん。
すると急いで立ち上がろうとしたシーが再び床に倒れた。
……今のはルーン魔術。
今の術を学長が昔一回使ったのを覚えている。
「誰かの為に手を上げる事は悪い事ではないわ。……良い事でもないけどね」
ルーン魔術により全く身動きが取れなくなったシーに向かってアミリアさんがさらりと言った。
悔しそうに唇を噛むシーだが、何をどうやっても体が動かない。指先一つ、一ミリたりともだ。
アミリアさんはどこからか銃をもう一度取り出し、ディーンさんに向けた。
「私は貴方を止めに来たの。今すぐこの儀式を取り止めなさい、そうしたら無実、私に捕まって牢屋にぶち込まれなくても済むわよ」
「……ふざけるな!」
血が流れ出る左腕を右手で押さえながら、ディーンさんが強気に吠えた。
よろよろと立ち上がり、アミリアさんを睨み付ける。
止める気は無いらしい。
「ふざけてるのは貴方の方よ。船魂を船外に出そうなんてよくもまぁ思いつくわね、普通ならそんなの無理だと諦めるわ」
関心した様な、呆れた様な、アミリアさんはやれやれと首を横に振った。
首を振りながらも構えた銃はディーンさんの額を向き続けており、何か少しでも起こしたら引き金が引かれてディーンさんは終わるだろう。
「……諦めなさい、貴方がしようとしている事は無謀なの。彼女の命を奪う気かしら?」
「命を奪うだと? 何言ってんだ、俺はシーの夢を叶えてやるんだ!」
一向に止まらない血を押さえながら、ディーンさんは叫ぶ。
遂には撃ち抜かれた場所を押さえていた手を離し、どこからか蝋で蓋をした酒杯を取り出した。
酒杯の蓋を開けると中から煙が吹き出し、人の姿を象る。
もっとも、ちゃんとした人の形ではなく、ぼやけた人の影みたいだ。
「あら驚いた、錬金術師と言っても貴方はルネサンスの錬金術師じゃないのね。これは……エジプトかしら?」
迫り来る煙の人を見ながらのんびりと言うアミリアさん。
口では驚いたと言ってるけど、全然そうには見えない。
のんびりと迫る煙の人を眺めるアミリアさん。避ける気も、迎え撃つ気も無いらしい。
遂には煙に呑み込まれてしまった。
「……主成分は硫黄、三元素の応用ってとこかしら?」
アミリアさんを呑み込んだ煙の人が一気に消し飛び、中から平然としたアミリアさんが現れる。
銃を持ちながら器用に片手で鼻を摘まみ、私は硫黄の匂いは苦手だわ、とか言ってもう片方の手を団扇の様にヒラヒラと振る。
「……馬鹿、な……!?」
「何が『馬鹿な!?』よ。私はこれでも審判者なの、この程度片手で防げるわ」
嘗めないでほしいわ、そう言ってポケットから銀のバッチの様な物を出した。
全然よく見えないけど、あれが審判者の証みたいな物なのかな?
っていうかそんなのあるんだね。
一応階級だからかな?
弁護士の人が着けるバッチみたいな。
「足掻くのは止めてさっさと引きなさいな。眉間に鉛ぶち込むわよ?」
悪役と『や』の付く自営業の人が言うべき台詞、「てめぇの眉間に鉛の弾ぁぶち込むぞ!?」をアミリアさんが言い放った。
これじゃあ完全にアミリアさんが悪役に見えてくるね。
ディーンさん、腕撃ち抜かれてるし。
「……誰が止めるか……!」
ユラリとよろめきながらもディーンさんは数歩前に進み、床に書かれている大きな魔方陣の中心に立った。
すると魔方陣が不気味に、怪しく光を放つ。
光は綺麗な色ではなく、少し黒ずんだ赤。血の色に似ている。
「俺は下らない定説を覆し、籠の扉を開け放つ。審判者だろうがなんだろうが止めさせはしない!」
「……馬鹿ね。霊脈の魔気を使えば不可能を可能に変えられるとでも思ったの?」
赤い光が部屋の中を照らし、渦を巻く。
嫌な雰囲気が結界越しでも分かる。
……これは人が扱うべき物じゃないと。
明らかに異様だ。『禁忌』のそれとは違うけど、それにも勝るとも劣らない感じ、狂気を孕んだ感じとでも言おうか。
身の毛が弥立つよ……
「……見抜いたか」
「当たり前よ、貴方程度の術者じゃどうにもならないもの、これは。無理な力を使おうとするなら必ず通る道とでも言うべきかしら? それとも『謀反』の一つと言った方がいい?」
ガチャリ、とアミリアさんが銃の引き金に手を掛けた。
もう止める事は出来ないのだろうか?
渦巻く赤い光がアミリアさんに殺到する。
何が起こるのか、既に起こっているのか、眩しすぎて分からない。
ただ、銃声の様な音は数回聞こえた。
「……あり得ない……」
赤い光が急に消え、放心した様な顔のディーンさんが立ち尽くしている。
その視線の先、赤い光が殺到した場所、即ちアミリアさんが立っている場所には誰もいない。
「苦労して書いたと思うから申し訳ないけど、魔方陣潰させてもらったわよ」
さっきまでいた場所とは全く違う場所、ディーンさんのすぐ横にアミリアさんがいた。
器用に指で銃をクルクルと回し、適当に謝った。
床に書かれていた魔方陣、その四隅には複数の穴が空いていた。
魔方陣の線を分断して、発動出来なくしたらしい。
「馬鹿な……結界を張った筈だ、銃弾では撃ち抜ける筈がない!」
「確かに普通の銃なら撃ち抜けないけど、生憎特別製なの。人だろうと霊体だろうと結界だろうと関係無いわ」
万物殺しとはこれの事ねー、とかなんとかのんびりアミリアさんが言う。
実力者の持つ物は大抵一級品と聞くけど、ディーンさんとか隣のセイラとかの反応を見るかぎり、一級品ってレベルでもなさそうだ。
「あり得ない……。現代兵器に魔術を組み合わせるなんて聞いた事が無い……!」
「家の兄弟を嘗めたらダメよ、家訓は『新風』なんだから」
ホント毎日新風吹き荒れてるわ、などと言って可笑しそうに銃をクルクル回す。
友達とかに「家の奴が……」とか言う感じのノリだけど、場の雰囲気に全く合っていない。
殺伐とした空気なのに、一人だけ可笑しそうに笑ってるもん、怖いよ。
「……と、まぁ何はともあれ謀反をする為に書いた魔方陣を私が壊しちゃったし、片腕撃ち抜いちゃったし、そろそろ止めにしなさいな」
さっきまでの本気さとシリアスさは何処へ消えたのか、物凄い軽くアミリアさんがディーンさんへ言う。
ちゃんと止める気ありますか?
「……」
「何か言ったかしら? 貴方もこの子も呟く様に言うから聞き取り難いの、もっとこう、なんて言うべきかしら? ……えっと……腹の底から声出しなさい!」
後ろでアミリアさんの魔術により指先一つ動かせないシーをグッと親指で指差しながら、アミリアさんはふざけているとしか思えない発言をやってのけた。
腹の底から声を出せなんて今言うべき言葉である筈がない。
……結界解いて俺が行こうかな?
でも毒煙があって動けないんだよね……
吹き飛ばしてくれないかな? アミリアさん。
「まだ俺は諦めていない! 諦めてなるものか!」
「そうそれ! その声よ! 言うこと間違ってるけど、声の大きさそれくらいよ!」
ディーンさんが叫ぶ。
すると撃ち抜かれた片腕から血が嫌な音をたてながら吹き出てきた。
……嫌な光景だ、頭がグラグラする。
それにもう、アミリアさんには突っ込まない。
ホントに審判者なの?
「俺の作り上げた理論は完璧だ! 勝手な推測で禁止などされては困る! 実例など無いのに否定するなどおかしい!」
「……理論は完璧ねぇ。私錬金術なんて分からないから何も言えないけど、実例ならあるわよ? 一つだけね」
いい加減止めなさいよー、とかなんとか呟きながら頭を押さえ、アミリアさんがディーンさんの言葉を真っ向から切り返した。
実例があると。
「第二次世界大戦中、日本、戦艦『陸奥』謎の沈没。これは船魂、この場合は艦魂かしら? まぁいいわ、ともかくその戦艦の艦魂を自由にさせようとした結果、船体が急に爆発して沈没したのよ」
まさかの歴史の裏側カミングアウト、しかも日本のだ。
……なんで知ってるのアミリアさん?
「術者も沈没と共に死んでるから推測だけど、その術者と艦魂の間には何かしらの強い絆があった。世界は戦争中、いつ何処で何が起こるか分からない地獄の中で術者は艦魂の子を死なせない様に貴方と同じ事を敢行、そして失敗。船体は爆発、艦魂の子は死亡、術者は身投げってとこね」
戦艦陸奥ってのはどっかで名前は聞いた事がある。
中学の歴史じゃそこまで深いとこを勉強しないから知識は無いけど、名前ぐらいは知ってるよ。
「因みにこの戦艦、当時世界最強クラスの物だったらしいわ。終戦後何度もアメリカから『陸奥は何処だ?』と訊かれたらしいし、仮にこれが無かったら多少は歴史が変わってたかもね」
もしかしたら変わっていたかもしれない歴史、些細な事かもしれないけど、人の歴史は簡単に変わる。
それは神戸での呪力災害で経験済みだ。
龍さんが何があっても道兼さんを守り抜けって言っていた理由、それが歴史だったんだから。
「戦争の経験は無いから私が偉そうな事は言えないし、正に生き地獄と言うじゃない。その術者は艦魂を助ける為に、貴方よりも一心不乱に術式組み立てて、入念に計算もしたでしょうね。……でも失敗した、貴方はそれでもやるの?」
真面目な説得に進路変更、もしかしたら最初からこの話に持ってくるつもりで喋っていたかもしれないね。
……さっきの言葉訂正。
やっぱりこの人審判者だよ。
「……そんな……!? 記録には……っ!」
「何処で調べたか知らないけど、日本に行かないと知れない情報ね、残念ながら」
ガクリと膝を折り、再び撃ち抜かれた片腕を押さえてディーンさんが倒れた。
真っ正面から自分の言い分を切り裂かれたんだから、結構堪えるだろう。
……いや、それよりも、シーを自由に出来ないと分かったからか。
「……最後にもう一度訊きましょう。貴方、もう止めなさい。今なら無罪よ」
「…………止め……るさ、俺が間違いだった」
「……賢いわね、貴方。きっと幸せになるわ」
ポツリと呟いて、ディーンさんは倒れたまま意識が消えた。
死んではいないだろうけど、疲労と虚脱感で当分は無理だろう。可哀想だけどね。
「ディーン!」
いつの間に動ける様になっていたシーがディーンさんに駆け寄り、名前を呼びながら揺さぶる。
目には涙が溢れてる。
今までの会話はきっと理解出来なかっただろうから、急に倒れて心配なんだろう。
アミリアさんがシーに何かを呟き、ディーンさんの撃ち抜かれた片腕を持ち上げた。
懐からコインを出して何かを唱える。
するとコインが光り、ディーンさんの出血が止まる。
治療したのかな?
「……悠輝さん、煙はもう無いです。結界を」
「うん……分かった」
セイラの指示に従って結界を解いた。
と、同時にディーンさんを抱きしめたシーの体が光に包まれて、消えた。ディーンさんも一緒に。
アミリアさんが踵を返して俺達の方にゆっくりと歩いてきた。
「今回は貴方達の出番は無しだったわね、仕事取っちゃったかしら?」
「……いえ、別にそんな事は……ねぇ?」
「そうですね、私達だったら止めれていたか分からなかったですし」
ごめんなさいねー、っと砕けた感じで話し掛けてきたアミリアさん。
結構厳格そうなイメージだったんだけど、今日でそのイメージは崩れさったね。
意外とはっちゃけたとこがある。
「治療したんですか?」
「あれは応急措置よ、港に着いたら即病院ね」
ホント、ミスって撃ち抜いた時は焦ったわーなどと言って笑うアミリアさん。
……再び審判者かどうか怪しく思い始めたね。
あまりにもフレンドリーじゃないのかな?
「……今回は裁かなくてよかったわ、色々と。それじゃあね、貴方達は謀反に走らないでしょうけど、一応頭に入れときなさい。『こわーいお姉さんが裁きに来る』ってね」
ヒラヒラと片手を振りながらアミリアさんは部屋を出ていった。
……嵐の様に現れて、嵐の様に去っていく。
これが審判者なのか?
三人共に暫くボケーッとしていたけれど、急に何かの機械の音がしてハッとなる。
……そういえばもうここには俺達三人しかいないのか。
「……今の何の音?」
「さぁ……?」
「スクリューでしょうね、寝ていた方々が起きたのでしょう」
俺達三人も部屋を出て歩き出す。
それと同時にゆっくりと船が揺れた。
……どうやらフィーネさんの言った通り、船が進み出したらしい。
ちょっとした事を三人で話ながら曲がり角を曲がり、階段を上がる。
チラッと窓から海が見えた。
……少し高くなっていた波も、どうやら今は落ち着いた様だ。
『シー、何かこれをやってみたい、って思う物とかないか?』
片方の腕にじゃれ着いてくるシーに問い掛けるディーンを、『俺自身』が見つめている。
撃ち抜かれて痛かった腕に傷は跡形も無く、自分とシーの周りにはただ光が広がるだけ。
あぁ、これは夢だと俺は納得した。
自分がシーを自由にしてやろうと決意した日を夢で見ているのだと。
『したい事? ……そうだなぁ〜、地面の上を歩いてみたい!』
尚も夢の中の俺の腕を抱きながら、シーが笑顔で答える。
叶わない夢だけどね〜、っとシーは冗談っぽく言っているが俺は知っている。
自分に乗せた人達が港に着き、楽しそうに外へ出るのを羨ましそうに見つめる彼女を。
……だから、自分は決意した。彼女にとって船は籠でしかない、俺が扉を開けてやると。
その為に色々とした。
必死に働き金を貯め、高価な機械人形の材料を買い集めた。
時には正規のルート以外のルートも使った。
連盟の支部や本部で公開されている魔術書を読み漁り、自分の理論を組み立てた。
自分だけだと出来ないと判断し、霊脈の流れる場所と船の航路を照らし合わせたりもした。
それが謀反だろうとなんだろうと構わなかった。
ただ、ただただ彼女を想って手を染めた。
……だが、止められた。
必死に自分が積み上げた石を一気に崩された気分だ。
奈落に落とされた様な気分とでも言おうか。
悔しくて拳を思いっきり握るが、夢だからか何も感じない。
『そっか、じゃあ俺がいつか叶えてやるよ』
『ほんと!? ヤッター! ディーン大好き!』
叶えられなかった今の俺、この言葉が胸を深く突き刺さった。
……なんてシーに言えばいいのだろう?
――夢が変わった。
さっきまで光に溢れていた景色が一気に暗闇に変わり、静かな声が響いてきた。
辺りはざわつき、喧騒の中、誰が何を言っているのか分からない。
……あぁ、これはあれか、っと勝手に口が動いて言葉を紡ぐ。
『最悪の記憶か』と。
『最悪の記憶』、それは自分が所属していた魔術組織が潰れた日からの数ヶ月の記憶。
自分がまだチビだった頃に両親を亡くし、組織の徒弟の人達に育てられた。
寂しいと思う事は勿論あったが、それでも皆は温かだった。
だが俺が13になった時にボスが死に、子宝に恵まれなかったボスの正式な跡取りが決まらず、遂には崩壊した。
徒弟の仲間の殆どは連盟に加入して魔術師を続けたし、現在も続けている。
……だが俺は辞めた。
錬金術とは創る魔術だ。
それなのに俺は親や友や信頼出来る人を失っただけ、何にも錬金術で創れやしない。
魔術に関係の無い親類を頼り、俺は魔術から遠退いた。
……が、やはり魔術関係ではない親類はそう居ない。魔術の力は血に左右される。魔術師の親類は魔術師、これが普通だからだ。
やっと見つけた親類は、初めてみる人達で、黒人の俺とは違い白人だった。
かつてあったという人種隔離差別なる非人道的な差別は無くとも、やはりまだ有色人種は差別を受ける事もある。
この親類はそういう奴らだった。
奴隷の様な事は無くとも、あからさまに俺を嫌い、避けていた。
小さな事かもしれないが、13歳だった俺を失望させるには十分過ぎた。
何度も神などいないと心で叫んだ。
結局通っていた学校を辞め、唯一普通に接してくれた親類達の一人の紹介で、この船に働かせてもらえる様になった。
……そして、シーに出会った。
ずっと孤独だった彼女と、神を怨んだ俺。冷静に考えると恐ろしく陰惨な状態だった二人、意気投合するのは当たり前で、好きになるのも当たり前だったのかもしれない。
魔術師だったからこそシーを見る事が出来る。俺は初めて魔術に感謝をした。
走馬灯の様に最悪の記憶が暗闇の中を駆け巡っていたが、一点が急に光を放った。
やがてそれは俺を包み、再び俺とシーの姿を映しだした。
だが、さっきとは少し違う。
俺が寝ていて、シーが俺の片手を握っている。
……こんな記憶は無い筈だ。
『……ごめんねディーン、あたしのせいで色々と無理してたんだよね……』
泣きながら寝ている俺に謝っているシー。
……そうか、これは今の俺の状態かと理解した。
俺が悪いのにひたすら俺に謝り続けるシー。
あの審判者との会話はシーの理解を越えているものなので、どの様な内容かは分かっていないだろう。
だがきっと、シーは雰囲気だけで自分が何か関係あると理解した。
だから自分を責めている。
いかにもシーらしい行動だ。
さっさと起きて、俺が謝らないとな。
そう思うと、スゥーッと夢で見ている光景が薄れてきた。
『貴方、幸せになるわ』、あの審判者の声が最後に聞こえた気がした。
何が起こって、一体何がどうなったのかは分からない。
ただ、それでもシーは自分のせいだと判断した。
あれだけ優しかったディーンを、あんな目にさせたのは自分の責任だと。
虚しくて、苦しくて、哀しかった。
寝ているディーンに届くかは分からないし、謝る事しか出来ない自分が憎いと思う程。
少しして、のそりと急にディーンが目を覚まし、起き上がった。
「……ディーン?」
「おはようシー、今何時か分かるか?」
「……」
目を覚まして最初の言葉がこれである。
全くの予想外、普通ならあり得ないだろう、この状況でこの言葉は。
と、突っ込める者は誰もいない。
「……あれ? せっかくのジョークがすべったな……」
目を丸くして固まるシーを見て、ディーンはやっちまったと笑う。
が、ウッと顔をしかめて撃ち抜かれた腕を抱える。
応急措置と言ってアミリアが傷口は塞いだが、治ったわけではないからだ。
「……っつー……っておい! なんか反応しろよシー!」
「ふぅぇ!?」
ジョークを言っても痛がっても何も反応しないシー、痛がるのは狙ってなかったが、リアクションはしてほしい。
我慢出来ずに結局シーの名前を直接呼んだ。
シーはハッとしてディーンを見つめ、再び目に涙を浮かべてディーンに抱きついた。
「……ごめんなさい」
「何が?」
「……あたしのせいでディーンに迷惑かけちゃって。外に出たいって我が儘言ったし……」
ギューッと抱きつきながら、泣いて謝る。
ディーンは困った様に肩をすくめ、頭を撫でた。
「……謝るのは俺だ。お前に心配も迷惑も掛けたし、殺しかけたんだ」
「……そんな事ない……! ディーンはあたしの我が儘を……!」
「……俺が勝手にお前の夢を叶えようとしてお前を殺しかけたんだ、全部俺が悪いんだ」
真っ向から否定するシーに、ディーンは話を噛み砕いて説明するが、やっぱり否定された。
……どうしたものかとため息が出る。
「……それじゃああれだ。これはどっちも悪くて悪くないって事にしよう」
「……どういう意味?」
「どっちもどっちって事だな」
最終手段、どっちもどっち。
このままじゃ無限ループだ、この償いはじっくりゆっくりしていこう。
そうディーンは考えたのだ。
ディーンの言った言葉を少しシーは考えて、しぶしぶだが認めた。
「それじゃあお互い謝ってこれは終わりな」
「……うん」
ゆっくりとそう言って、その後に同時にごめんなさいと二人が頭を下げた。
取り敢えず、ここは一段落ついたか。
後で審判者のアミリアとユウキ君達にも謝罪とお礼を言いに行こう、そう思ってディーンは窓を見る。
……いつの間にか、波が静まっていた。
『どうした? 暗いなアミリア』
「ちょっとね……」
冷たい潮風が吹く船のデッキ。
人はアミリアを除いて誰もいない。
そんな寂しいデッキの上で、アミリアは携帯で誰かに話し掛けている。
『アミリアが某に電話をしてくる時は、決まって切ない気分の時じゃ。どれ、話をしてみるといい』
「……あのね」
電話の向こうから優しくアミリアに言う。男の声だ。
その言葉に促され、アミリアは電話越しの男に今回起こった事の全てを話す。
ディーンや悠輝達の前にいた時とは雰囲気が全然違う。圧倒的なまでの存在感も威圧感も全く無い。
どこにでもいる若い女性となんら変わり無い、審判者などという魔術師が聞けば震え上がる階級に位置する者とは思えない。
『……成程のぉ』
「……これが謀反じゃなければいいのにね、謀反なのよ。止めるしかないわ」
全てを話し、ハァッと息を吐く。
今回謀反を犯そうとしたディーンの動機は、あまりにも優しい。
アミリアといえども躊躇する。だが、自分じゃないと止められなかったとも思う。
そんな気がする。例え悠輝達でも止められなかっただろうと。
『アミリアのした事は正解じゃ。結果的にそのディーンとやら、船魂、乗っている人達、その全ての命を護ったのじゃ。海上で引き剥がしたら沈没じゃよ』
「……その代わりに、あの二人の夢を奪ったわ」
遠くを見つめながらアミリアが男にそっと言った。
命を護った代わりに夢を奪った、それは事実だ。
あの二人、特に船魂のシーという子にはどんな事をしても外へ出れないと提示したに等しいのだから。
『……若がよく言うじゃろう、護ると奪うは紙一重じゃとな。何かを護れば何かを奪う事になるのじゃ。それは夢か希望か、平和か、はたまた命か……』
「……」
顔を下に下げ、今度は水面を無言で見つめるアミリア。
男が言っている事は分かる。
守護者とは同時に略奪者、誰かを護るには相手に何かしらしなければならない。
命を奪って止めるか、手足を奪って将来を奪うか、手段は様々だか、やはり何かを奪うのだ。
『……たまにはナイーブになる事もあろう。しかしなアミリア、その二人は生きているのだろう?』
「当たり前よ、殺したら私、殺人犯よ」
当たり前の事を訊いてくる。
何かを言って励ますのだろうか、電話越しでは今一何を言いたいのか分からないが、男は優しく何かを言うつもりだ。
『なら心配いらん。その二人は大丈夫じゃ』
「……何で?」
『夢とは木や花に似ておるのじゃよ。たとえ切り倒されても根があれば何度でも甦る。二人に命があるのなら、また新たな夢を見つけ、それに向けて葉を繁らせて幹を伸ばす。そしていつか咲かせるだろう、花をの』
心配無用、きっと大丈夫だと男が言って、電話の向こうで笑う。
アミリアもそれもそうかと言って、そっと微笑む。
あの二人はきっと大丈夫、確かにそう思える。
やはり電話してよかったと思うアミリア。
お礼を言って、電話を切る。
顔を上げると、向こうの方に港が見えた。
「……治療代、私が払おうかな」
「……なぁシー、お前はこの仕事、客船をいつまで続けたい?」
「……何で?」
アミリアが電話で話している時と同時刻、自分が寝かされている部屋を眺めながらディーンがふと自分に抱きつくシーに訊いた。
アミリアが色々と話をつけていたらしく、自分は船長達が寝ている間に船を守って負傷したと伝えてあった。要するに、なんか船員達の間で自分の株が上がった。
たまにお見舞として人が来て色々と訊いてくるので、必死に話をでっち上げて対応している。
「……えっとね〜、ずっとしてたいけど無理だろうからな〜。でも後二十年はしたいよ」
う〜んと考えながらも、シーはしっかりとディーンの質問に答えた。
それを聞くとディーンはそうかと呟き、何事かを考える。
シーがそれを暫く眺めていると、ディーンがよしっと言って手を打った。が、傷が痛んで直ぐに顔をしかめる。
何してるの、とシーに諌められながらも、ディーンは大丈夫だと言って笑う。
そしてシーを真っ直ぐ見つめて言い放った。
「お前の仕事が終わったら、俺が色んな海に操縦して連れてってやるよ。外に出られなくても見れる綺麗な景色もいっぱいあるし、色々と楽しいと思うから」
シーは何を言ったのか理解が遅れ、何度か瞬きを繰り返す。
が、少しして何を言ったか理解し、約束だよっと笑顔でディーンに強く抱きついた。
一度は枯れた二人の夢が、再び芽を出した瞬間であった。
読者の皆様、オラに一言でも良いので感想とかを送ってくれ!
……と、元気玉風に言ってみた神威です。
日本人が現在最も泣ける漫画、ワンピース。
そこからの引用、これしかないだろうと個人的には思ってました。
本編ですが、今回は悠輝達の影は薄いです。
だって船下りたら動き回るんだし、たまには良いだろうと思っての事です。
ちょっと終わりの雰囲気変えたかったんですが、失敗かな? と思います。
クリスマスまでに学院に戻り、リアルと同時期にクリスマスの話をしたかったのですが……無理でしょうね、間違いなく。
後何話書いたらクリスマスに行けるんだ? と、自分で自分に問い掛けると、恐ろしい程書かないといけないかもしれないと返ってきます。
明けましておめでとうと世間が言っている時に、今作はメリークリスマスと言っていますね、多分。
それに来週から期末試験が始まります。
学生ですので仕方ないのですが、執筆はしときます。
アップ出来るかは不明ですが、取り敢えず出来る様に頑張ります。
感想、その他諸々を募集中です。いやもう、本当に……
それでは皆様、良い魔法を!