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資料  作者: 神威 遙樹
44/86

NO,40: F or M

 〜前書き用超短編〜

使いたかったが結局ボツになったシリーズ

 第三話

『赤いクレヨン』


 新婚の若い夫婦が中古だが念願のマイホームを購入した。

大和はうちゅの中古住宅で、築4年とまだ新しく立地も良いからか、中古でも中々に高い。

勿論ローンである。

 それでも念願叶ってのマイホーム、二人は嬉々として引っ越しを済ませたのだった。


「まさかこんなに良い家があったとは思わなかったわ」

「築4年て言ってもまだまだ新しいし、見た目も綺麗だな。お宝物件ってやつだな」


 家を購入したのは江原さんという夫婦のみのご家庭。まだまだ若いのでそのうち子供の一人や二人は産まれるであろう。

社内でも優秀で新人ながら昇進に昇進を重ねる夫の武志(22歳)と長く綺麗な銀髪が特徴の妻、ジュエリー(同い年)の多分オシドリ夫婦である。

子供が産まれればハーフになる。

産まれるのかは知らないが、そのうちできるだろう。


「サッカー場も近いしな!」

「……それだけで選んだ訳じゃないでしょうね?」

「……いやいや、流石にそんな事は……ない、ぞ?」


 因みに、妻のジュエリーの方が権力は高い。

尻に敷かれているというやつだ。

 何だかんだ言いながらも引っ越しの片付けも早々に終わらせ、新居でのスタートを開始させるのだった。

 しかし新居で暮らし始めて二日、異変が起きた。


「……おいジュエリー、お前まだ孕んでもないのに子供用のクレヨンなんて買ったのか?」

「――孕っ!? 何言ってるの! そんな勿体無い事しないわ!」

「じゃあこれどっから出てきたんだ?」


 玄関からリビングへと繋がる廊下、中々に広い家なのでリビング以外の部屋にも行けるのだが、に一本の赤いクレヨンがポツンと落ちていたのだ。

それを仕事から帰った武志が見つけ、ジュエリーに訊いたのだが思い当たる事はないと言う。


「……泥棒か?」

「今日私は買い物にも行ってないし、どこにも出てないわよ」


 一体いつの間に、誰が置いたのだろう?

泥棒が仮にジュエリーに気付かれずに入ったとしても、何も盗らずにクレヨンだけを落としていくなんてあり得ない。


「クレヨンなんて家にあったか?」

「……無いわ。この家何かあるのかしら?」


 あまりにも不自然で、不気味。

この家には何かあるのかもしれないと思ったが、前にいた人の持ち物で、どっかに置き忘れていたのが転がって出てきたという事で落ち着いた。

……のだが、その翌日。


「……やっぱりお前、実は買ったんじゃねぇのか? そんなに子供も欲しいか? 時期的にはまだ早いかな〜って俺は思っていたんだが」

「だから買って無いってば! そりゃ子供は……欲しいけどさ……」

「じゃあこれはなんだよ? お前がイタズラで置いたのか?」


 武志の手にあったのは赤いクレヨン。

それも昨日と同じ物である。


「うそっ!? さっき見たけどそんなの無かったわよ!? タケシこそ私を驚かせようとしてるんじゃないの!? それともタケシが子供欲しいの?」

「何言ってんだ!? クレヨンはお前が昨日どっかに持って行ったから勝手に取って驚かすなんて無理だ! 子供は……欲しいかもしれない……」


 クレヨンよりも子供についての方が二人には重要かもしれない。

さっきからクレヨンの話から子供の話へと変わってばっかりだ。


「私も昨日置いてから触ってないわ! じゃあこれ二本目!?」


 ジュエリーがそう言ってクレヨンを見る。

その後すぐにリビングへ戻り、再び廊下へ戻ってくる。……赤いクレヨンを持って。


「……二本目だな」

「……二本目ね」


 見た目の長さも、作ったメーカーも全く一緒な二本のクレヨン。

かなり不気味だ。


「……やっぱりこの家何かいるんじゃ?」

「今更引っ越しは御免だぞ、俺は」

「私もよ!」


 二人して怪しげな目線を周りに放ち、ちょっとずつ二人の距離が縮まる。

……というよりジュエリーが距離を詰める。


「……何引っ付いてんだ?」

「だって怖いじゃない!」

「……あのなぁ」

「顔が赤いわよ? もしかして照れてる? 高校から付き合ってたのにまだ照れてるの? 可愛い♪」

「……やっぱりお前が犯人じゃないのか?」

「失礼ね! 私はこんな事しません!」


 不気味だがどうしようもない。

どこから降って湧いてきたというのだろう?

キノコみたいに胞子でクレヨンが生えてくるわけでもない。大体黴かび臭くも無い。

結局二人共不気味さを我慢して眠るのだった。

 翌日は休日で、二人仲良く出掛けていた。

家の中はなんか怖いし、気分を変えてどっかへ行こうという魂胆だ。

夜にはクレヨンの事なんてすっかり忘れている程遊び倒していた。

そして、帰宅。


「……ねぇ」

「……どうした?」

「……犯人、私じゃないの信じてくれた?」

「……当たり前だ。それに俺でもない」

「……そうね」


 廊下にはドーンと赤いクレヨンが一歩落ちている。

勿論長さもメーカーも同じ、落ちている向きまで一緒だ。


「……このクレヨンを発展途上国の子供達にでも送るか? 年に361本も送れるぞ」

「……赤しか無いわよ」


 軽口を叩くが、顔は真っ青。二人共物凄く怖がっている。

……当たり前か。


「……この家、調べるか」


 武志が部屋や壁、床などを探り始めた。

何か理由がある筈だ、と。

そして遂に糸口を発見したのである。


「……本当なの?」

「多分な。ここには部屋がある」


 そこはクレヨンの落ちていた廊下。しかもクレヨンの落ちていた場所の、クレヨンの先が指していた壁である。

武志が辺りの壁をコンコンッと叩く。

別段変な訳ではない。

が、クレヨンの落ちていた場所の壁だけ音が違う。

中に何か空洞があるような音。


「……確かに音が違うわね」

「……おそらくこの壁紙で隠しているだけで、本当はこの内側にもう一つ部屋がある」


 その部屋が怪しい、そう言ってもう一度壁を叩く。

確かに怪しいが、それ以前に怖い。

一体その部屋の中に何があるというのだ?


「ちょっと!?」


 武志がいきなり壁紙を剥がしにかかった。

バリバリと音がして、半分くらい剥がれ落ちる。

……中から茶色いドアが半分だけ出てきた。


「ビンゴ」

「ビンゴじゃないわよ!? どうするのよ!?」

「壁紙か? 新しく張り替えればいいだろ?」


 そんな事を言って結局全部剥がしてしまった。

自分も怖いくせになんて事をするんだ、ジュエリーがそんな事を思う。


「……入るぞ」

「……本気?」

「当たり前だ。じゃなきゃ一生クレヨンが出てくるぞ?」


 バンッとドアを武志が開けた。

中はごくごく普通の空き部屋。何もない。


「……なんもねぇな」

「……馬鹿……ちゃんと壁まで見なさいよ……」

「――!」


 半泣きのジュエリーが武志にしがみ付き、体を震わせる。

ジュエリーに言われて壁までちゃんと見た武志は絶句、文字通り固まった。

 壁には赤いクレヨンだろうか、ともかく赤い文字で『ごめんなさい』と『お母さんゆるして』の文字が大量に書かれていた。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、お母さんゆるしてお母さんゆるしてお母さんゆるしてお母さんゆるしてお母さんゆるしてお母さんゆるしてお母さんゆるして。

 元々は白い壁紙だったのだろうが、文字のせいで赤に染まっている。

二人はあまりのショックで言葉も出ないのだった。












「ジュエリー、お前の方が浄化は向いてる。任した!」

「タケシの馬鹿! 普通は手伝うとか言うでしょ!? 夫でしょ!?」

「……いやだって、Jリーグ見たいし」

「さっさと手伝わないとテレビ売るわよ?」

「――! 死ぬ気で手伝わしていただきます!」

 切り裂きジャックがロンドンに再来した事件から一週間経った。

別にそれがどうしたって感じだけど、取り敢えずは平和に、『幸せ』に過ごしていると思う。

あの母親はちゃんと家族と再会出来たのだろうか、そんな事をたまに思う。

 で、そんな物思いに耽っていてはヤバい。

現在は授業中なのである。

教科は幾何学。

無駄に図形を駆使する学問です。サイン、コサイン、タンジェントって高校数学なんですけど……

教室の一番前にあるドデカイ黒板には三角形や円が意味分からない程書いてある。しかもただの図形問題ならまだ良いけど、残念ながらここは『学院』。魔術師の学校だ。

その図形の隣に魔法円とかなんとか、これまた理解し難い言葉が並ぶ。

ここはイギリス、ロンドン。勿論漢字でも平仮名片仮名ではなくアルファベット。

……そんな何かの熟語みたいに長い単語なんて知っている筈が無いよ。

幸いセイラが隣でコソッと説明や補足をしてくれてなんとか着いていけている。

因みにセイラは頭もトップクラスに君臨しています、そこらの高校生よりも遥かに賢いと思います。

 なんとか頭の中に公式や訳の分からない定理、謎の単語などを詰め込み授業が終わる鐘が鳴る。

ビックベンと同じ音色らしいけど、小学校のチャイムにしか俺には聞こえない。

日本の学校のチャイム、『キーン・コーン・カーン・コーン』はビックベンからパクったらしい。

ある意味馴染み深い鐘の音だね。


「おっ、見つけた。ユウキ!」


 幾何学の授業はこの日の最後の授業。実はアレンとミュウさんも取っているので前にいるのだけど、あんまり頭の方はよろしく無いアレンをミュウさんが叱っていておとりこみ中なんだよね。

とりわけダメって事はないんだけど、次期首領として学業もトップクラスにいなさいとミュウさんが怒るらしい。

因みにミュウさんもセイラと同レベル。

この班は全体的に女の子の方が凄い気がする。

 そんな時に名前を呼ばれ、振り向くとそこにはリドル。

キリッとしたブラウンの目と黒っぽい茶髪が特徴。

新聞部期待の一年生、ルイス先輩のあの事件以来ルイス先輩からはマークされている。

曰く、あの演技力は脅威らしい。

憧れていた設定は演技なんかじゃないと思うけど。


「どうしたの?」


 リドルが来たという事は、まさかまたミラ先輩のお呼びだしかな?

……それは嫌だけど。


「わりぃな、ちょっとソロモーネさんと来てくれないか?」

「私ですか……?」


 今回はセイラも一緒らしい。

ミラ先輩は一体何を考えているんだろう?

あの呪力災害での何かかな? あんまりいい気はしないね。

 リドルは今回は前回の様に走らずに前を歩く。

走ってたせいでエリー先輩に出会ったりもしたね。

……本日二度目の物思いに耽っている間にサークルフロアに到着。

やっぱり新聞部かと思いきや、新聞部の部室の数部屋前の部屋にリドルは入った。

あれ? リドルって何かサークル掛け持ちしてたっけ?


「……ここは?」


 中に入ると彫刻だの絵画だの所謂美術って感じのする物が並んでいる部屋だった。

……美術部?


「美術部の部室だ。うちの班の奴がどうしても二人をモデルにしたいって言うんでな」


 リドルがそう言っておーい、とか何とか奥に向かって呼び掛ける。

事前説明をして欲しかったね、無駄にビクビクしてたよ。

 リドルの呼び掛けに返事をしながら、奥から誰かが出てきた。

黒髪だけど碧眼。

中世的な顔立ちで、落ち着いた感じがする。


「……そんなに大声で呼ばなくても聞こえてるよ」


 苦笑いをしてこっちを見る。と、落ち着いた感じの目だったのが急に輝きだす。

……それよりも、男の人なのかな? いや、女の子かな? 分からない。


「いやぁ! リンス・クリプトンって言います。よろしくね!」


 うん、名前もどっちの性別でも使えそうな感じだね。

どっちなんだろ?

そんなの訊きづらいし……

すいません、君は男と女のどっちですか、ってそんな質問出来る筈が無い。

服装もジーパンだし。いや、ジーパンだから男?

って女子も穿くよね、ジーパン。


「なんか先輩に課題出されちゃってね。『見ていて微笑ましい光景』ってやつなんだけど、君達二人はそれにベストだと思って」


 口調もどちらでもいける、英語だからあんまり男女に差はないけどさ。

日本語喋れるかな?

そうだ、髪型は……って、これまたちょっと長めな感じだからどちらでもあり得そうだよ。

ややこしいなもう!?


「なんで私達がその課題にピッタリと思ったんですか?」


 セイラが質問する。

残念ながら性別はどっちですか、って質問ではなかった。そりゃそうか。

フィーリアだったらストレートに訊きそうだけど、生憎今はいない。

そもそもあの子はあんまり人前に出てはいけないか……


「え? だってあんなに仲睦まじかったらね。ねぇ、リドルもそう思うでしょ?」

「確かになぁ〜。ミラ先輩とテセウス先輩みたい……って、それはアレンとヴィントさんか」


 なんかリドルが言っているが、確かに関係は似ているかもね。

振り回す女子と振り回せれる男子。どっちも苦労人だね。

……それよりも、ますます分からないよリンスさん、いやリンス君かな?

 セイラはリンス……君? の言葉を聞いて顔を赤くするし。

なんて言ったの?

聞いてなかったよ。

リンス……さん? の性別がどっちなのか必死に考えてたよ。


「そんなにそう見えますか?」

「バッチリだよ」

「たまに羨ましいよな」


 何に見えるの?

一体何がバッチリで羨ましいの?

話を聞いてなかったから全然着いていけないよ……

 もういいや、周りでも見といて後は流れに任せよう。なんとかなるよ。

改めて美術部の部室を見ると、綺麗な絵とか彫刻とかが盛りだくさんだね。

誰かの作品です、とか言って美術館に飾ってても頷けるね。

……そうだ、声で判断すれば良いんだ。

いきなり絵とかには全く関係ないけど思い付いた。


「ユウキ君は美術に興味とかあるのかな? さっきからキョロキョロ周りを見てるけど」


 ……微妙な高さ。

ボーイソプラノズと言えばそう聞こえるし、女の子と言えばそう聞こえる。

何かのクイズみたいだね……


「いや、ちょっと気になっただけだよ」


 取り敢えず会話を合わせておく。ここで会話に詰まれば怪しいだけだ。

事実、ちょっと気になってたしね。

それを聞いてか、リンス……もういいや、呼び捨てでいこう。

取り敢えずリンスが色々な絵を指して説明をし始めた。目が活き活きしていて、心から美術が好きなんだと思う。

 美術と魔術は近い。

レオナルド・ダ・ヴィンチは魔術師だったらしいし、そういう天才は必ず絵画や彫刻、音楽に魔術を絡める。モーツァルトの音楽を聞いていると心が安らぐとか、モナ=リザの不思議な表情とか。

だからこそ時代を越えていろんな人達から愛されるのかもしれない。

心を捉えリラックスさせたり、元気を与えるのも魔術の一つ。

ミュウさんの呪曲はそれを最大限に活用したもの。


「これはモナ=リザに代表されるスフマート技法を使った作品で、リリー先輩が書いたんだ!」


 ……リリー先輩。

あの人か、ルイス先輩のとりこになってて、更には前回のルイス先輩事件に大いに関わってる人だね。……美術部に入ってたんだ。


「……スフマート技法?」


 最近また知らない単語が頻出してる気がするね。

何その技法? また魔術関係かな?


「スフマート技法、レオナルド・ダ・ヴィンチの考案した技法です。指の腹で何十回も擦って暈し《ほがし》、輪郭線などを消す事でよりリアルに見せる技法、ダ・ヴィンチが考案したと言われてます。輪郭線を消すという画期的な技法ですが、恐ろしく面倒な作業です。」

「詳しいね、補足説明とかはいらないね。でも一応言っとくとしたら、この技法を使ってもあんな微笑みは描けないよ? あれはスフマートに加えて、全体が黄金比になってるからね」


 ……魔術関係の言葉じゃなくて、美術関係の言葉でした。

どっちにせよあんまりピンとこない。

美術は完全にストライクゾーンの外だからね。

取り敢えず、レオナルド・ダ・ヴィンチの凄さとリリー・シャーロット先輩が恐ろしく面倒な技法で書いたって事は分かった。


「それじゃあ二人を描こうかな。今直ぐに描くって訳じゃなくて、二人の普段の姿を観察して絵にするからね。写真みたいに一つの場面を見つけるて切り取る感じかな? 今日はその許可を貰おうと思ってね」


 なんかよく分からないけど、取り敢えず絵のモデルにしたいから許可をくれってとこかな?

やっと話が分かってきたよ。

別に迷惑でもないし、適当に頷いてみる。

セイラもコクリと頷いて決定。

リンスは嬉しそうにお礼を言ってきた。

……本当に性別はどっちなんだろう?







「見てて微笑ましい光景?」

「そ、今回の課題なんだけどね」

「なんで私に言うのよ? 私美術部じゃないわよ」


 生徒寮の一室。

一人の少女が机の上で何枚かのカードを捲りながら、前に座って紅茶を飲んでいる少女に言う。


「それがね、リンスは絵のモデルをユウキ君とセイラちゃんに頼むらしいのよね」

「――!」


 更に数枚カードを捲りながら言う。

その言葉を聞いた対面の少女、エリーの眉がピクッと動いた。


「……どうしてかしら?」

「それはやっぱり見てて微笑ましい光景を作ってるからじゃない? ……あ、ラン可哀想、今日の午後は凶ね。ラーン、午後は凶だからあんまり動かない方がいいよー」


 ペラペラとカード捲っていき、最後に引いたカードを見てリリーはあららとか言って同じ班の少女に伝える。

彼女はカバラを扱う。

カバラとはタロットにも少なからず影響を与えている魔術だ。

タロット占いのカードは全て『小アルカナ』、カバラの思想を反映させているのだ。

 そんな占いはさておき、エリーは眉をピクピクと震わせながら固まる。


「一歩リードされてるんじゃないの?」

「……周りからみればね。でもユウキ君は彼女の事を大切に思ってもそれは『友達』としての思いよ。でもこれがきっかけになるかもしれないわね、芽は潰しとくに限るわ」

「……何するのよ?」

「私もその絵に入る!」

「……」


 紅茶を飲み干しダンッと立ち上がる友人を見て、リリーは軽くため息を吐く。が、その目は少し羨ましそうだった。









「――という事で、寝る直前までいるそうです」

「俺とユウキじゃねぇのか?」

「面白そうね、完成したら最初に見せて!」

「この部屋のどこかに飾る為のスペースを作りましょうか?」

「モデルって凄い事なんですか?」


 セイラの説明に、四者四様の答えを返す。

勿論その四者っていうのは俺とセイラを除いたこの部屋の人達。

誰が何を言ったのかは言わなくても分かると思う。

でもアレン、俺とアレンの二人だったら微笑ましい光景になる筈がないよ。


「バッチリ描かせてもらいます!」


 で、リンス。

泊まり込みでは無いけど殆ど一日マークだね。

ずっと見られるのは恥ずかしいけど、一度いいって言ったんだし仕方ない。

まさかこんなに情熱的だったとはね。

 アレンがこっそりとこっちに寄ってきた。

だから、男二人で微笑ましい光景なんてできないから。小学生までならいけるかもしれないけどね。

……ミュウさんと一緒になら『微笑ましい光景』じゃなくて、『たまにある夫婦の光景』とかになりそうだね、尻に敷かれる旦那と上に君臨する妻。

うん、あり得そうだ。


「……なぁユウキ、あいつって……男か?」


 なんと!?

流石はアレン、俺と全く同じ疑問を抱いたね。

残念、全然俺も分からないね。リンスに失礼かもしれないけどさ、分からないものは分からないんだよ。


「……それがさ、全然俺も分からなくて」

「やっぱりか、あの四人は分かってんのか?」

「……知らないよ」


 クロッキー帳? みたいな物を広げ、いかにも絵の下書きしますって感じの用意をするリンス。

クロッキー帳以外になんて言い表すか分かんなかったんだよ、専門用語とかあるのか知らないけどさ。

 それを見ながらセイラがフィーリアに何か色々と用具を説明している。

フィーネさんとミュウさんはクロッキー帳の中身を見ている。

多分今まで書いた絵の下書きでもあるのだろう。


「声も見た目もどっちでもいけそうだもんね」

「……確かにな。匂いとかで判断するか?」

「えっ!? アレンって実は変態?」

「なんでだよ!?」


 匂いって……ねぇ?

そんなので分かるものなのかな? これは女物のシャンプーだ、とか分かったら変態みたいだね。


「……分からねぇか? ミュウとかのシャンプーって結構香りが強いだろ?」

「言われてみれば……」


 良い匂い……って感じたのはエリー先輩に詰め寄られた時とセイラに心配のあまり抱き着かれた時の二回ある。

……こんな事考えるなんて変態みたいだ。

でもまぁ言われてみれば女の子ってそんな匂いはするかもしれない。


「……でも今近付くのは怪しくないかな?」


 リンスの周りには女の子が四人。正確に言えば二人と妖精の女の子一人と機械人形オートマタの女性が一人。

……やっぱり女の子なのかな、リンスって?


「甘いなユウキ、あの中の絵を見るために近付けば良いだろ?」

「……成程ね」


 ピッとクロッキー帳を指差して言うアレン。成程だね。でも匂いって……やっぱり変態っぽい。

 そんな事はお構い無しにアレンがミュウさんの方へ行き、自然な態度で中を見て、フラ〜ッとリンスの方に回って帰ってきた。

……やたら手慣れてるのは気のせいかな?


「どうだった?」

「……なんか色々な匂いが混ざってよく分かんねぇ」

「……」


 結局そうなるの?

確かにあそこの四人は毎日しっかりシャワーを浴びるよ、機械のフィーネさんも。でもそんな混ざってよく分からなくなるものなの? そんなに女の子の使うシャンプーって香り豊かなの?


「……作戦失敗だ」

「作戦っていう程の作戦でも無いけどね……」


 グッタリとするアレン。

……そんなに気になるの? 確かに分からなかったらどう対応していいか分からないけど、そんなに落胆するものなの?


「――! そうだ!」

「どうしたの?」

「分かったぞユウキ、見分け方が!」


 見分け方って……なんか間違い探しみたいになってるよ。

一気に明るくなったアレン、まだ分かった訳じゃ無いけどね。


「……で、どうやるの?」

「あるだろ? 男女の決定的な違いが!」


 そう言って自分の胸を指すアレン。

……やっぱり変態なんじゃないのかな?

匂いよりも遥かに変態度が上がってるよ……


「これなら見た目で判断可能だ、今までなんで気付かなかった俺!?」

「……なんでもいいよ」


 確認だ、とか言ってリンスを見るアレン。

やっぱり変態だね。うん、きっと変態だよ。


「……で、どうなの?」

「……着痩せするのか、もしくは貧しいのか、はたまた男か?」


 ……分かって無いじゃん!? あんなに自信たっぷりに言ってたのに結局じゃん!?

もうどっちでも良いんじゃないの?


「……くっ、まさかここまでややこしいとは!」

「そろそろ諦めようよ、どんどんアレンが変態への道を歩いてるよ」

「……妥協するしかないのか!?」

「単刀直入に訊いちゃお、ちょっとあれだけど」


 仕方ないじゃないか、本当に分からないんだもん。

男と言えば男に見えるし、女と言えば女に見えるし。なんなのさ!?

 二人揃って白旗を振り、かなり気まずい質問をしに行こうとしたら、いきなり部屋のドアがバンッ、っと開かれた。


「その絵、私とユウキ君の方が相応しいわ!」


 突然の乱入者はあの人、エリー先輩です。

勿論呼んでないし、部屋すら知らなかった筈。

どこで知ったの?


「……勝手に他の班の部屋に入らないで下さい」

「あら? ちゃんとノックはしたわよ?」


 ……絶対に嘘だろうね。そんなの聞こえなかったもん。

セイラとエリー先輩の間に何か、ピリピリとした空気が張り詰める。

話し掛け難いね、無闇に話し掛けたら何かされそうだよ。


「貴女は友達、私は彼女。絵にするなら恋人の方が素敵だわ」

「いつから悠輝さんの彼女になったんですか? 先輩の間違いだと思います」


 セイラのいつになく棘のある言葉。怖いよ。

ピリピリとした空気に呑まれたのか、フィーリアは定位置であるセイラの頭の上からフィーネさんの肩の上に避難。

……っていうか、フィーリアは普通に人前にでてるね。ダメでしょ?

ミュウさんは何故かセイラの見方、チームメイトだからかな?


「いくら先輩でも不法侵入ですよ?」

「校則に勝手に他の班の部屋へ入ってはいけませんって物はないわね」

「常識的にダメです」


 ズバッと言うセイラ。

確かにそうだと思うけど、堂々とそんな事を言ったエリー先輩も先輩だ。

校則違反じゃなければ良いって訳じゃないでしょ?

っていうか『学院』に校則なんて厳密にあったっけ? 無いんじゃないの?

 ギャーギャーとはいかなくても、かなり激しい言葉の戦争が起こっているなか、リンスは手に持った炭を走らせる。

デッサンは基本的に鉛筆代わりに炭を、消しゴム代わりにパンを使う。

なんか目が活き活きしてるね。


「ありがとう、お陰であたし、良い絵が描けるよ! 出来たら言うね!」


 そんな事を言って部屋から出ていく。

まだ一時間程度なのに、かなりあっさりだね。

逃げたんじゃないかな?

……それよりも、


「『あたし』って事は、女子か」

「……だね」


 謎は解けたからそれはそれで良いとする。

……こっちの戦争はどうしようかな?

ほっとけば収まるかな?












 三日後の放課後、リドルに呼ばれて美術部の部室へ行く事になった。

完成したらしい。

 ……因みにあの戦争は時間による停戦、もとい冷戦状態。

エリー先輩がやって来る頻度が増えた気がする。


「自信作だそうだ、俺もまだ見てないんだけど」


 リドルがそんな事を言って案内する。

三日って完成には早いのか遅いのか分からない時間だよ。


「ようこそ! どうぞどうぞ見てくださいな!」

「これは中々良いわよ、色々と」

「リリー、何その目は?」


 部室にはリンス『さん』とシャーロット先輩、あとエリー先輩がいた。

シャーロット先輩は美術部員だからか、絵を見たらしい。面白そうにクスクス笑っている。

エリー先輩はセイラと目線で火花を散らす。

なんか、何故かセイラがこっちに寄ってきた気がする。


「どうぞっ!」


 布がかかっていたキャンパスの、布を取るリンス。


「……これ?」

「他人から見れば微笑ましいんだろうな」

「……」

「そう落ち込まないでセイラ、ちゃんと二人並んでるわ」

「確かに微笑ましいかもな、うん」

「……今回は引き分けかしら?」


 俺を含め、全員が思った事を呟く。

なんかミュウさんがセイラを励ましてるし。

この絵のどこに落ち込む要素があったの?

最初の予定とはちょっと違うからかな?


 キャンパスに描かれているのは、何とも言えない表情をしている俺と、隣にはセイラがいて、更に横にいるミュウさんと笑顔で話している、地味にセイラは俺の腕を持ってるし。アレンは斜め後ろで少し呆れた感じの、でも暖かい顔。そしてその前には俺に飛び付くエリー先輩、かなり活き活きした顔だね。

 タイトルは『ありふれた小さな幸せ』。

いつもの騒がしい日々は、やっぱり幸せな事なんだね。色んな人に振り回されたり、色んな事に巻き込まれたり、それでも何だかんだで『幸せ』なんだろうね。

微笑ましいのかは分からないけど、良い絵だとは思った。

……少し照れるけど。

作 「最後は無理矢理感が否めない、どうも神威です」

フィ 「……確かに無理矢理ですね。こんにちは、フィーネです」

作 「最後の部分が上手く思い付かなかったんだ……」

フィ 「ポケモンばかりしてるからです」

作 「……全くだ。ミカンに苦戦したからだな。彼女は最も好きなキャラであり最も苦手なトレーナーだし」

フィ 「……ヒノアラシなのに」

作 「バランスよく育ててたら失敗したな」

フィ 「だからまだ四天王のとこなんです」

作 「話が飛んでるな。戻すぞ」

フィ 「ではあの前書き、何なんですか?」

作 「都市伝説の一つだ。入学儀礼イニシェーションで使おうか迷ったところ断念した」

フィ 「中途半端なところで終わってますが?」

作 「最後どうなるかは知らないからな。ホラー感を消すために最後にあのやり取りを入れた訳だし」

フィ 「……あのお二方ならあり得そうですよね」

作 「……再来年ぐらいになってんじゃねぇのか?」

フィ 「曖昧ですね」

作 「だってなぁ、具体的に言えねぇだろ? 二人の未来なんて」

フィ 「まぁ確かに。本編は?」

作 「そういえばリドルの班ってリドル以外出てないな〜って思ってな。元々初期から性別を見た目で判断出来ない奴を考えてたから、丁度良いって事で使った。女の子にしか見えない男とかはよくあるが、どっちか分かんない奴はあんまり知らないし」

フィ 「男の子に見える女の子、女の子に見える男の子、それを足して二で割ると『どっちにも見える人』が完成した訳ですね」

作 「そういう事。最後まで俺もどっちにすればいいか迷った」

フィ 「だからダラダラと書いてたんですね」

作 「煩いな、悪かったな! ……それではまた次回もお願いします」

フィ 「ほのぼのした感じが当分続くと思われますが、実際どうなるかは分かりません。感想などをいただければ幸いです、と作者が抜かしております。では」

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