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資料  作者: 神威 遙樹
41/86

NO,37: 死を想え《メメント・モリ》



死を忘れるな

をを       死

恐 想     をを

怖  え   見 避

し     つ  け

ろ    め   る

    ろ    な


死を恐怖しろ

死を忘れるな

死を避けるな

死を見つめろ

『死を想え《メメント・モリ》』

 雲がかかり、朧気おぼろげな月明かりに照らされるロンドン。

その上空に巨大なギンザメが悠々と泳いでいる。


「どこまで行くのかしら?」

「多分もう少しです……」


 いつまで経っても泳ぎ続けるフォルネウスの上でミュウさんがセイラに訊く。かれこれ10分は泳いでいるからね。

訊かれたセイラは申し訳なさそうに答える。

フォルネウスは大人数を運ぶのにはむいているが、あまり早いとは言い難い。

せいぜい時速10キロぐらい。

本当はもっと早く泳げるらしいけど、こんなに人が乗っていては早く泳げない。仮に泳いでも何人かは確実に落ちるだろう。


「核ってどんなのなの?」

「そんなの実際に見てみないと分からねぇよ。そこにただ突っ立ってるだけかもしれねぇけど、攻撃してくるやつもあるし。サイズもバラバラ、デカかったり半端無く小さかったりな」


 ……面倒だよ。

出来れば攻撃をしてこなくて、分かりやすいぐらい大きな物がいいな。一番やりやすいからね。

……絶対無いだろうけど。


「あそこです」


 セイラが指を差す。

全員が一斉にセイラが指差した場所を見る。

浄化に参加しない大宮さんやフィーリアもである。

やっぱり気になるのかな?


「……テムズ川?」


 指差した方向に広がるのは雄大なテムズ川。

その真ん中辺りに二羽の黒い鳥が飛んでいる。

カラスのカイムと黒鳩のシャックスだ。

川の上を旋回している。


「……まさか、川底にあるのか?」

「そのようです……」


 まさかの核は川底。

潜らないと核を破壊――即ち浄化が出来ないんじゃないの?

テムズ川って結構深いんじゃないの?

 ゆっくりとテムズ川へ向けてフォルネウスが泳いでいる高度を下げる。

……フォルネウスなら魚だし川に潜っても大丈夫なんじゃないかな?


「――! フォルネウス!」


 セイラがいきなりフォルネウスを呼ぶ。

フォルネウスは体をうねらせ複雑な動きをして再び高度を上げた。

この巨体で信じられない程の俊敏さを見せつける。

 先程までフォルネウスがいたところに何かが通り過ぎていった。

光の槍?


「ふぅわぁ!」

「うぬっ!?」

「……最悪……俺飛べねぇんだよな」


 避けたのはいいがフォルネウスの動きに着いていけず、雛と秋夜くん、アレンが落ちた。

アレンは冷静に悪態をついていたけどさ。

 すかさずミュウさんが動いた。

口から何かの歌を紡ぎだし、響かせる。多分北欧の言葉だろうね。

その歌が響いた瞬間、アレン達の体が光に包まれ落ちる速度が一気に減速、フワッと地面に着地した。


「おろろっ!?」

「ふむ……いい腕をしているな」

「当たり前だ、アイツは実は凄い奴だからな」


 雛が変な声を上げて自分の身に起こった事に戸惑い、秋夜くんが素直に感嘆する。

それにアレンが誇らし気に胸を張る。

……アレンが胸を張っても意味が無いけど。

ミュウさんが使った術、身体浮遊レビテーションという。

実は入学儀礼イニシエーションでも使っていたりする。

 先程光の槍の様な物が飛んできた方を見ると、男女数人がこちらを見て立っていた。


「……誰だろ?」

「連盟の役員よ。大方だけど管轄地テリトリーで起こった呪力災害を他の魔術師に浄化されたら困るってところかしらね」

「連盟か、反吐へどが出る。うちは嫌いやあいつら。一部を除いたら礼儀の一つもなってへん」


 どうやら攻撃してきたのは連盟の人達らしい。

面目を保つ為に攻撃してくるのは困るよ。

怪我するじゃん。

大陰なんて物凄い棘のある言葉を吐くし。


「ヒィィィッ」

「ユカ、落ち着いて!」


 フォルネウスの背鰭せびれにしがみついて震える大宮さんをフィーリアが励ます。いつの間にか仲良くなってるし。

……っていうか、やっぱり怖いんだね大宮さん。


「悪いが今回は我々が浄化をさせてもらう」


 役員の人達の代表だろうか、一番前に立っていた男の人がそう言ってくる。

顔に余裕は無い。相手は十組織のセイラである。

連盟に所属する人達でもセイラに太刀打ち出来るのは一握りらしい。

凄いね、セイラって。


「……どうします?」

「嫌よ! 貴方達がノロノロとしていたから犠牲者が出たんじゃなくて? こんなもの早い者勝ちよ。先に浄化した方が勝ち、話す暇があったらさっさとあそこに行けばいいじゃない? 勿論、そう簡単に譲らないけど!」


 ミュウさんが叫ぶ。

……この人は連盟の人達にも喧嘩を売れるのか。

フィーリアが格好良いですっ、とか言ってるけど決して真似をしてはいけないよ。ミュウさんだから許される事だからね。

でも今回はその度胸に驚きこそすれ、反対する気は無い。さっきの不意討ちはちょっとムカってきたからね。


「シャックス!」


 セイラが黒鳩を呼び寄せる。

呼び掛けに応じ、黒鳩が高速で飛来。

くちばしを開け、啼いた。


「QWaaaaaaa!」


 禍つ声と言う。

その声を聞いただけで体の一部が腐敗する恐ろしい声、シャックスの啼き声にはその効果がある。

勿論普段からそんな声で啼かない、戦闘の時だけ。

連盟の役員達は飛び退く、すると元いた場所の一部が崩れた。……他人の、一般人の家なのに。

 その禍つ声を号令に、アレンとミュウさんが動いた。まさかの連盟の役員達への突貫。アレンはヤドリギの投げ矢を取り出し、ミュウさんは躊躇無くフォルネウスから飛び降りた。


「これはあたしの獲物だよ〜♪」


 突如として声が響き、アレンが停止。

ミュウさんも空中で浮いたままで止まる。

ミラ先輩、到来。

満面の笑みを浮かべて連盟の役員達の真後ろに現れた。手には何かの護符タリスマン呪物フェティシュを大量に持ち、片足を上げて神速で一人に振り下ろす。

辛うじて受け止める連盟の人だがミラ先輩の足は魔術で強化されていたのか、その受け止めた腕をへし折って更にその反動で空中へ跳躍。他の連盟の人達が何かの術を行使するが、ミラ先輩の目の前で全て掻き消された。よく見るとミラ先輩の前の地面に先程持っていた護符が数枚貼り付けられていた。

……いつの間に。

セイラよりかは短いが、それでも長めの赤毛を靡かせる《なびかせる》。

舌で鮮やかな朱唇しゅしんをなぞり、餌を目の前にした虎の様な顔で言い放った。


「あたし、一度連盟の人達と戦ってみたかったんだよね!」


 この人だけは敵に回したくない。

そう思わずにはいられない。先程ミュウさんは連盟の人達に喧嘩を売ったが、ミラ先輩は宣戦布告をした。これはヤバい。大丈夫なのかな? ミラ先輩の所属してる組織がとばっちりを食らいそうだよ。


「……と、いう事だ。君達は浄化に向かってくれ」


 いつの間にかフォルネウスの横に立っていたテセウス先輩。……ここ、空中ですよ?

ため息をして首を振る。

気の毒だよ。


「いいんですか?」

「ミラがあれじゃぁな……。それに、俺があいつの手綱取らないとあっちに死人が出る」


 やれやれと首を振り、ヒュッと落ちていく。

そのままミラ先輩の隣に着地、肩をぐるぐると回す。

……死人が出る?

何それ? ミラ先輩って何者なの?

 セイラがミュウさんに何かを伝える。

再び身体浮遊レビテーションが発動され、アレンと雛、秋夜くんがフォルネウスの背中に乗る。


「……先輩達って大丈夫なのかな?」

「分からねぇけど、大丈夫なんじゃねぇかな?」

「あの赤毛の娘、中々おもろいな」


 大陰がミラ先輩を面白そうに見る。

大陰はあんなのじゃないと願うよ。連盟が嫌いな大陰も下手したらああなりそうだし。

そしたら俺も確実に巻き込まれるし。


「うちは確かに連盟は嫌いやけどあくまで一部や」


 大陰がサラッと言うが、あんまり信用できない。

少なくともあの人達は気に入らない筈だ。

不安要素は沢山あるね。

 再びテムズ川を目指して泳ぎ始めたフォルネウス。

今度は邪魔も入らずに無事、カイムが旋回している場所まで来れた。

下を見るけど核なんて見えない。ただ流れている川の水だけだ。

……川の真ん中に浮いている、とかじゃ無かったか。残念だよ。


「さて、ここからどうするかだな」

「アレンが適当に投げ矢の散弾を撃てばいいわ」

「無茶言うな!」


 このテムズ川の川底にどうやって行くか、単純だけど難しい問題。

潜るか、この水をどうにかして退けるか。

……水を退けるなんてモーゼしか出来ないと思うけどね。ほら、モーゼって海を割る人だよ。


「フォルネウスは? ギンザメだし大丈夫じゃないの?」

「……確かにいけますが、不確定要素が多すぎてちょっと……」

「おい、カイムだったか? 本当にこの下であってんのか?」

「間違いない」


 フォルネウスでも厳しいとすれば、やはりこの川の水をモーゼの如く割るしかないのかな?

誰も出来ないよ、そんな事。


「ミュウさんの言霊は?」

「ちょっと厳しいわね」

「ヒナだったか? シントーはどうだ?」

「川の水自体は呪力災害で汚染されている訳ではないです。汚染されてたらいけるんですが……これはダメです」


 万事休す、万策尽きたね。本当にどうしよう?

川沿いではミラ先輩とテセウス先輩が滅茶苦茶激しい戦いを繰り広げてるよ。


「――!」


 急にセイラが一番川岸側にいたアレンを押し退け、ナイフを取り出し何かを弾いた。

キィンッ! って高い音が響き、銀色の何か刃物の様な物がポチャンと音を立てて川に落ちた。


「……来ましたね」

「ありがとうなセイラさん、助かった」


 川に落ちた刃物を見て何があったのかを把握したのだろう。アレンがセイラに礼を言う。

セイラがいなければ今頃アレンの背中には一本の刃が刺さっていたのか……怖いよ。

 刃物が飛んできた方向を見ると、切り裂きジャックが何人も突っ立っている。

最悪だね。


「また出よった!?」

「ここまで投げてくるとは、良い肩しておる」


 怖いと思うし、これに慣れろとは言わないけどさ、もうちょっと静かにして欲しいね。

俺だって怖いんだから。

そして秋夜くん、君は何を感心しているのかな?

肩が良くても悪くても、そんなのどうでもいいでしょ?


「ここにいたら格好の的かしら?」

「でもあちらにとっても攻撃手段はあの投擲だけです。無闇に動くのもダメかと思いますが」


 少なくとも刺さっても致命傷にはならないだろうけど、やっぱり怖いし、痛いのは確かだ。

嫌だなぁ……

 どうするかこちらが考えている間に、先頭にいた切り裂きジャックが一歩踏み出した。

するとその足の置いた位置の水が凍った……

また一歩、更に一歩、どんどんと水面を凍らして近付いてきた。

最初は一歩ずつ歩いていたが、今は全力疾走だよ、滅茶苦茶早いよ。


「……なんでこうなるのっ!?」

「まさかだな……」


 水面を凍らして走ってくる切り裂きジャック。

結局テムズ川の見える範囲が全て凍った。

先頭にいた切り裂きジャックが跳躍、メスの様な刃物を振り下ろした。


「Are you happy?」


 そんな声と同時に目の前に迫る刃物。

銀色の光を放ち、物凄く切れそうだ。

……って、


「のわぁ!?」

「清めたまふ!」


 雛が手に持っていた枝の様な物――玉串という物を横へ一閃。

それだけで結界だろうか、フォルネウスの周りに障壁ができた。

それにより切り裂きジャックが弾き飛ばされ、少し離れた氷の上に叩きつけられた。


「あ、ありがとう……」

「構わないです」


 タンッと氷の上に降り立つ雛。氷は分厚いらしく、上に乗っても割れはしない。


「いい足場ができたわね」

「全くだな。これなら邪魔だった水もないし、浄化もしやすい」


 アレンとミュウさんがついで降り立ち、適当に氷を蹴って足場を確かめる。

この二人ってなんだかんだ言って似た者同士かもしれない。

 セイラはフォルネウスを上空に待機させる様に指示を出し、二人に続いて降り立った。

シャックスとカイムがその上で羽ばたいている。

 次第に高度を上げるフォルネウスの上から、最後に俺と秋夜くんが降りる。

やっぱり着地は痛い。

なんで皆平然としてるんだろう? 激しく謎だよ……


「いい、さっさと浄化する為に二つに別れるわよ! ユーキとセイラで浄化をして、それ以外で迎撃よ!」


 ミュウさんが素早く指示を飛ばし、ハーモニカを口にあてる。

どうやったらハーモニカでこんな音色が出せるのだろう? 普通ならあり得ない程複雑な和音が奏でられる。


「雛、出来るだけ力添えはしようぞ!」

「言われなくてもちゃんとするです!」


 秋夜くんが走り出し、雛が玉串を振るう。

日本ではない異国、ロンドンのテムズ川で祝詞のりとが響き渡る。

何を言っているかは日本人の俺でも今一分からない。

 それでもその言葉に込められているものは分かる。

神社は神聖な場所、即ち邪悪な物や穢れた《けがれた》物は踏み込めない。

ならばその神社にて祭祀さいしを行う巫女が唱える祝詞とは、全てを祓い、清め尽くす聖なる言葉。


「全ての禍事、罪穢れ、よこしまなるものを祓ひ望かむ」


 振られる玉串、どこからか取り出した鈴――神楽鈴がしゃん、しゃん、しゃんと鳴り響く。

その音は神聖。西洋魔術ではあり得ない程神聖で、自然と調和する。

どことなく、日本を思い出す音だ。


「祓ひたまひ、清めたまふ」


 しゃん、しゃん、しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。

ミュウさんのハーモニカが奏でる和音すらも掻き消して、響き渡る。

すると、迫り来る切り裂きジャックの群れの三文の一が消し飛んだ。


「……これがシントーか。俺らの魔術とは根本の考え方が違うな」

「やるわね……」


 アレンとミュウさんが多分初めて見る神道の術に感嘆する。

勿論俺も初めて見るんだけどね。


「珍しくヤル気があるではないか! 雛! どれ、俺も行こうか!」


 ダンッと秋夜くんが跳躍、切り裂きジャックの群れの真ん中に飛び込む。


劈拳へきけん!」


 その手刀は、命を刈り取る鎌。

目の前の切り裂きジャックの肩口から引き裂き、更には腕に纏った呪力が不可視の刃となって後ろに群がる切り裂きジャック達を分断した。

……柔道じゃあり得ない技だよね。恐るべし五行拳、魔術と拳法が上手く融合されている。


「ここは俺らも魅せなきゃダメじゃねぇのか?」

「だったらさっさと魅せなさい!」


 アレンがのんびりとミュウさんに言う。

案の定バッサリと切り捨てられたけど、二人も結構ヤル気っぽい。

 ミュウさんが先ずは動く。ハーモニカで奏でられる和音は落ち着いていて心が安らぐ様な音色。

……攻撃用の魔術なのかな? 癒し系な気がする。


鎮魂呪歌レクイエム第五番、『死を想え《メメント・モリ》』。なんて曲をしやがるんだよミュウの奴!」


 アレンが叫ぶ。

ミュウさんの曲は癒し系なメロディーが鳴り響く。どこか怪しげで、心が落ち着き安心する音色。

しかし、異変が起きた。

切り裂きジャック達が一斉に自分の首に持っている刃物を突き立てた。

ミラ先輩の使った術に似ているね。どっちも怖い。


「ミュウの奴……ハードル上げやがって!」


 アレンが毒づきながらも樫の木の投げ矢を取り出した。

……いや、投げ矢じゃないらしい。いかにも魔法を使いますって感じに振っている。あれは杖か。

ややこしいね。どれが投げ矢でどれが杖か分からないよ。


「願おう。聖なる樫の木の加護の元、我は乞う! 樹木よ謳え、草花よ踊れ! 舞踏森林《dance of forest》」


 ここは凍ったテムズ川の上の筈だ。この氷の下には水はあっても木々は無い。

なのに、なのにアレンの呪文スペルで木々が生え、大量の蔦が生い茂り、切り裂きジャックの群れを縛り、引き裂き、絡め取った。


「しんどい……」


 更にはそんな事を言う。

こんな魔術を使ってもまだ、そんなのんびりとした言葉が言えるとは。アレンもやっぱり凄いんだね。

 神道、五行拳、呪曲、ケルト魔術、それらが猛威を振るい、切り裂きジャックの殆どを蹴散らした。

なのに、まだまだ湧いて出てくる。

やはり核を潰さないとダメらしい。

いつまでも魔術は使えない。アレン達の体力が持っている間に浄化をしないと!

 カイムが旋回していた場所に移動するが、この氷をどうしよう?

やはり切り出すべきなのかな?


「大陰の風で切り出せない?」

「分厚過ぎて無理やな。うちは火力にあんま自信無いねん」


 肩を竦めて言う。

あれで火力に自信が無いのはどうかと思うけど、無理らしい。

ならば溶かして蒸発させるか?

 札を一枚取り出して、五芒星を切り、放つ。

曰く、破邪煉火。

煉獄の焔ならなんとかなるかもしれない。


「……なんで溶けないのさ?」

まゆみたいやな」


 全く溶けていないね。

表面すら溶けてないよ。

本当にこれ、水が凍って出来た氷? 別の物質じゃないの? 水って0℃以上で溶けるんだよ?


「フラウロス!」


 風が巻き、多分セイラが一番使う魔神が顕れた。

炎を操る豹、フラウロス。

体を炎が取り巻き、その炎を核があるらしい場所へとぶつけるが、ダメだ。

さっきの破邪煉火と同じく全く溶けていない。

……絶対に水じゃないでしょ? テムズ川って実はもっと別の液体が流れてるんじゃないの?


「……ダメですね」


 セイラもため息を吐く。

フラウロスの炎で無理ならば、自分の使役する他の魔神でも無理なのだろう。

 万事休す。どうしようかと思ったら、服を大陰に引っ張られた。


「何?」

「一つ、案があんねんけどえぇか?」

「案?」


 案や、そう言って着物の裾から一枚の紙を取り出した。

見たところ普通の紙。白紙、何も書いてない。


「これ持って呪力を流してみぃ」


 そう言って渡してくるので受け取り、言われた通りに呪力を流す。

……何も起こらない。

何がしたかったの?

大陰に紙を返す。


「……何もないよ?」

「……ビンゴや」

「ビンゴ?」


 紙を見てビンゴと呟く大陰。

よく見ると紙に何かが浮かび上がっている。

大陰を喚ぶ時に使う紙に書かれている模様に似ている。


「悠輝、あんたはうち以外にも十二天将を喚べるんや」

「うそぉっ!?」

「嘘ちゃう。但しうちと同時に喚んだら多量の呪力を使うのと、まだあんたは未熟やから十二天将全部喚べる訳やあらへん。相性もあるしな」


 そう言って急に後ろを振り向き、腕を振った。

風の刃が生み出され、いつの間にか現れていた切り裂きジャックを一刀両断にした。


「……うちらが暴れたから核が防衛本能で出してきたな」


 いつの間にか俺とセイラの周りに切り裂きジャックがいっぱいいる。

大陰の言った通り、急に湧いて出てきたのだろう。

アレン達は一人たりともこちらに侵入させていない。

……厄介だよ。


「カイム、シャックス、フラウロス!」


 セイラが魔神達の名前を呼び、ナイフを持って突貫する。

フラウロスは炎を操り焼き付くし、カイムは燃え上がり、人に変化。手に持った剣を振るう。

シャックスは禍つ声を発し、セイラやカイム、フラウロスを援護する。

俺も九字を切り札を放つ。

曰く、黒天水行。

札より出てきた大瀑布で切り裂きジャック達を呑み込む。


「キリがないです!」

「せっかくなんか新しく喚べると思ったのに!」


 どんどん出てくる。

核を破壊とか言ってられない。取り敢えずこいつらをどうにかしないと!

 ナイフを達人並みの捌き具合で振るうセイラを見る。体力はあまり無いと思う。様々な魔神を喚んでいるうえに、ここに来る前にも戦闘はあった。彼女が一番疲れている筈だ。


「――! セイラ!」


 セイラの後ろ、完全な死角から切り裂きジャックが襲いかかる。

間に合わないっ!?


「――! フォルネウス!」

「あわわわわわっ!?」

「何でやねんっ!?」


 超高速でギンザメが飛来、襲いかかろうとしていた切り裂きジャックを蹴散らした。

更には周りにいた切り裂きジャック達をも噛み砕く。流石は鮫、口元から見えるギラギラの歯は見ていたら寒気がする。あれはライオンとかの牙と呼んだ方がいいよ。

 フォルネウスをセイラが呼んでしまった事によりオマケとしてフィーリアと大宮さんも来てしまった。

庇いきれないよ!


「す、すいません! いつもの癖で!」


 複数の魔神と護符魔術で戦うセイラは常に周りの魔神の把状を況握している。

そこで最良の指示を飛ばすのだが、今のは不意討ちだったために上空で待機していたフォルネウスをつい呼んでしまった訳だ。


「セイラ!」


 大陰のサポートでどうにかセイラの元へと辿り着く。

フォルネウスは既に切り裂きジャック達と激戦を繰り広げている為にもう大宮さん達を乗せる事は無理だろうね。

 フィーリアはセイラにしがみ着き、大宮さんはアワアワしている。


「どうする?」

「フィーリアは私から離れないで! 由佳さんは……どうしましょう?」


 自分の失態のせいだと涙目になりながら見てくる。

大陰に任せるしかないかな、彼女なら大丈夫そうだし。


「大陰に任せ――」

「なぁ、こいつらって魔術使わんのか?」

「――よ、ってまぁ、そうだと思いますよ」


 いきなりの質問に咄嗟に答えてしまう。

敬語は年上だからだよ。

 すると大宮さんはキョロキョロと辺りを見渡し、ダッと走り出した。


「ちょっと!?」

「由佳さん!?」


 あまりにも突然で、全くの予想外の行動に反応が遅れ、大宮さんは切り裂きジャックの波を意外と華麗な足捌きで掻き分けていく。

さっきまで半泣きだったのに……

 アレンが生やした木の一本まで到達し、少し細めで少し長めの枝をへし折った。

そしてそれを構え、叫びながらまさかの突貫。


「日本高校総体と国体、薙刀なぎなた三連覇! 平清学園の金翼の荒鷲とは私、大宮由佳の事や!」


 戦国武将の様に名乗りを上げて枝を薙ぐ。

異常に鋭い一撃で切り裂きジャックの一人を沈める。

……何この人?

 戦国無双とか三国無双の様なゲームで見るような武器捌きでどんどん切り裂きジャックを薙ぎ倒す大宮さん。伊達だてに三連覇はしていない。


「私も手伝うで! 魔術使われたらヤバいけど、近接戦なら自信ある!」


 あ、今大宮さんが使った技知ってる……

三国無双とかで使う無双乱舞ってやつだ。

現実でも使える技なんだね、初めて知ったよ……


「薙刀ってなんですか?」

「日本にある武器の名前だよ」

「今のうちや、さっさと十二天将喚ぶで」


 魔神並みに暴れている大宮さん。

……一般人かな? 実は違うんじゃないの?

だけど心配なのは変わりない。セイラに大宮さんの事を頼んで、十二天将を喚ぶ準備をする。

セイラも大宮さんのサポートをシャックスに任せ、再び突貫する。

 大陰を喚ぶ時に使う紙を取り出し、大陰に見せる。


「どうするの!?」

「今悠輝が喚べるんわ相性的にうちと、騰蛇とうだや! これがまた上手い具合に火力抜群、この氷も溶かせるやろ!」


 そう言って紙に描かれている五芒星の右端を持つ様に言い、こうやって呪力を流せと指示を出す。

今一分からないけど、そんな事も言ってられない。

指示通りに呪力を流したと思う。

すると、紙が紅く光り出した。


「成功や、後はこの氷を溶かすだけやな。ノロマな奴やからさっさと指示出したりや!」


 紙を放る。

その瞬間に眩い紅の光りが辺り一帯を呑み込んだ。

 直ぐに光は収束し、出てきたのは大蛇。

そう呼ぶに相応しい。

物凄くでかく、炎を纏い、羽がある。

近くにいるだけで物凄く熱気を感じる。

騰蛇の下の氷が水蒸気を上げている。これはいける!


「ここはぁ……どこ?」

「騰蛇ぁ! 頼みがあんねん! そこの小僧を見ぃ!」

「あ、大陰。何? 頼み? 小僧?」

「お、俺です!」


 ノロ〜っとこっちを見る騰蛇。確かに鈍い《のろい》。


「お主が小生しょうせいを喚んだのか?」

「そうです!」


 鈍いのに地味に威厳を感じる。

大陰にせよ騰蛇にせよ、伊達に十二天将っていうのに入っていない。


「ではそなたが主だの。して、頼み事とはなんぞや?」

「ここの氷を溶かしてくれませんか!?」


 ビシッと核のある(らしい)場所を指差して言う。

お願いだから早くして欲しい。いや本当に!


「……容易い」


 騰蛇が鎌首をもたげ、仰け反る。

そして一気に炎を吹き出した。

ゴオオオオオッて音がする。これは凄い。

氷を溶かすどころか周辺の水ごと水蒸気にした。

 氷の大地にポッカリと穴が空く。


「流石は騰蛇や!」

「大陰、照れるではないか」


 どこまでもマイペースな騰蛇。

本当にさっきのは騰蛇がしたのか疑問に思う。


「悠輝さん!」

「分かってる!」


 セイラの声を聞いて一気に核のある場所、ポッカリと穴が空いた場所へ走る。


「主よ、小生は何をしようか?」

「アホッ! あれ片付けんねん! なぁ悠輝!?」

「任せるよ!」


 のんびりと訊く騰蛇に大陰が突っ込みを入れる。

ビシッと切り裂きジャックを指差して大陰が訊いてくるので任してやった。

これで切り裂きジャックは全滅だ。

 穴の前に立って中を見る。川底の真ん中、そこには人骨の一部があった。


「あれが?」

「間違いないです」


 札を取り出し、浄化する為に放とうとする。

が、急に頭に何かが響いた。


『死を忘れるな、死を恐怖しろ、死を想え《メメント・モリ》』


「――っ!?」

「悠輝さんっ!?」


 ガクッと膝が折れる。

何、今の声?

死を想えってミュウさんが使った術の名前じゃ?


「Are you happy?」

「「――!?」」


 最初俺に襲い掛かってきた切り裂きジャックがそこにいた。

メスを一閃、咄嗟に目を瞑る。

 ガァンッ! そんな音が聞こえて目を開けると、そこにはナイフでメスを受け止めているセイラがいた。


「今のうちに……!」


 アレン達の猛攻からどうやって抜けて来たのかは分からないけど、核を潰せば全て終わる。

中腰のまま札を放とうとすると、また聞こえた。


『死を想え』


「……!?」


 放てない。

声が響いて動けなくなる。

 セイラが受け止めていた切り裂きジャックが跳躍、クルクル回りながら人骨の前に降り立った。


「大丈夫ですか悠輝さんっ!?」

「……なんとかね」


 切り裂きジャックと人骨を見る。

よく見ると、あの切り裂きジャックは男じゃない。女性だ。

それに民謡マザーグースも歌っていない。

……特別な何かがある。


「セイラ、あれって?」

「……私にも分かりません」


 静かに佇む女性の切り裂きジャック。

『Are you happy?』、これにはなんの意味があるの?


『死を、死を、死を、死を、死を、死を想え!』


「――!?」

「悠輝さんっ!?」


 今までよりも遥かに強く、その言葉が頭に響いた。

頭がクラクラする。

視界も何故かボヤけてきた。

セイラの声も聞き取りにくくなってきた。


『死を想え!』


 最後にもう一度頭に響いた。

視界がホワイトアウトする。セイラが何か言っている気がするが、何を言っているのか分からない。

 多分、気を失ったんだと思う。


『死を想え!』


 ホワイトアウトした視界からまたもや声が響いた。

それと同時に視界が再び開けた。

 高速更新、神威です。

やっと次話で終わりますよ、この話。

多分ですけどね。

 メメント・モリ、死を想え。大切な言葉ではないのでしょうか?

この言葉には深い意味があると思います。

だって、『死』って避けられないですもん。

人間いつかは死ぬのです。

 この作品はこの様な微妙に深い問題というか、なんというか、こんなのも問い掛けていきたいと思います。

魔術とは自然との共生や生死、希望と絶望などと深い関わりがありますからね。

別にそこまで重くは無いと思いますが。所詮はファンタジー小説ですし、書いてるのが私ですからね。

 ではまた次回!

感想、評価などをいただけたら嬉しいです。

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