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資料  作者: 神威 遙樹
39/86

NO,35: Shout yourself horase

 ロンドンのとある場所の一つに影が揺れ、空気が震える。

そこを歩くはマントとフードに身を包んだ者。

顔は見えない。ただ、フードの切れ目からは唇の片方が吊り上がっているのが見える。


「……Are you happy?」


 静かに呟くその声は、一体何に宛てられてるのか。

 しかしそんな事、本人以外に知る由もない。すると、その者の姿が急にブレ、消えた。






「……何人死んだ♪」

「……現在二名」


 先程消えた者がいた場所、静かに『声のみ』響く。

愉快そうに、楽しそうに、笑い、嗤う《わらう》。

不気味に、静かに。






「……ロンドンにて呪力災害が発生しております」


 『連盟』本部。黒いスーツを着込んだ男が淡々とした口調で言う。


「……犠牲者は?」

「二名出ております」


 その男の前、椅子に座った男が厳かな声で訊く。

対する男は静かに答えるが、椅子に座った男は顔をしかめる。

当たり前だ、ロンドンとは連盟の庭である。その庭で死傷者が出たならばいい思いはしないだろう。

ましてや連盟の『最高幹部』の一人であるこの男なら責任問題なども挙げられるかもしれない。


「ロンドンで呪力災害? そんなのいつから発生したのよ?」


 薄暗いこの部屋でさえ霞まない程煌めく《きらめく》金髪を後ろに結い上げた女性、アミリア・ペンドラゴンが訊く。

一応職務中ではあるが何故か、ここはヨーロッパなのに、スルメをくわえている。


「突発型の呪力災害だ。……それよりもそのくわえている物はなんだ? そもそも何故今くわえている?」


 椅子に座っている男が疲れた感じで答える。

犠牲者も出て大変なのにこの人物は普段通りというか、マイペース過ぎる。

確かに『審判者』である彼女は自分と違って責任問題などでどやかく言われないだろう。

それでも自分の配属地テリトリーで犠牲者が出たのだ、いくら自然災害の一種でもである。

嫌な気分にはならないのだろうか?


「……突発型ねぇ、あの子達巻き込まれてるかもしれないわね。あ、これはスルメっていってビールに合う日本のお摘まみよ。匂いはちょっと独特だけど、美味しいわよ?」


 一人独白した後、口にくわえていたスルメを持ってヒラヒラさせる。

よく見ると彼女の前にあるテーブルにはビールの缶らしき物と、そのスルメとかいう物の袋らしき物が置いてある。

 だがしかし、男は彼女の独白を見逃しはしなかった。


「あの子達? 知り合いでも訪ねに来てたのか?」

「ちょっとね。何て言うか〜、妹と弟? そんな感じの子達よ。これもその子達からもらったの」


 そう言ってスルメをヒラヒラさせる。

固いのか、あんまりスルメ自体は揺れていない。


「わざわざ日本からか? 長旅だっただろうに、お前の家に泊めてやればよかっただろう?」

「あの子達も何かと忙しいの。貴方はその子達よりも自分の心配したら?」


 口出しをする男に鋭い一言を放ち、アミリアはビールをグビーっと飲んでスルメをくわえる。

日本ではおっさんっぽいとか言われそうだ。

 対する男は確かにそうだ、とため息をつく。


「……現在どの様な対策を取っている?」


 報告をしてくれた男に向き直り、若干疲れの滲んだ声で訊く。

疲れの原因の半分はアミリアにある事は秘密だ。


「現在は数名を現地に派遣しております。報告次第では増援も考えておりますが、ロンドンという土地の都合上、私用などで巻き込まれた魔術師もいないとは言えないので、そちらと共同になる可能性も」


 先程の男とアミリアのやり取りにも全く動かず、ただ直立不動を保っていた男がすかさず返す。

『最高幹部』の一角たる男と『審判者』のアミリア。

世界の裏舞台を牛耳り、表舞台にさえ多大な影響力を持つ連盟の中の、最高位に属する者達である。

一介の職員であるこの男とは住む次元が違うのだ。

縦関係はしっかりとしている連盟では、上の会話に口出しや突っ込みなど入れはしない。


「……共同は止めろ、連盟が呪力災害の『浄化』をするのに他組織の手を借りたなどと言われても困る。迅速に核を見つけて『浄化』をさせろ」

「了解しました」


 男の言葉に淡々と反応し、ビシッと礼をして去っていく。

ギイッと扉が音を鳴らして開かれ、閉じる。

するとこの部屋を静寂が支配する。

 実は男とアミリア以外にも部屋には人がいる。

しかし誰一人として喋らず、各個人の机で何かに没頭していたりしている。


「……問題は山積みか」


 一般人に二人犠牲者が出たのだ。

これから来るであろう始末書の山を思い浮かべてため息をつく男であった。







「……大丈夫なの?」


 完全一般人の大宮さんが加わるのは正直不安だね。

入学儀礼イニシェーション』の時の俺は素人とはいえ一応陰陽道という武器? というか、術があった。

だがしかし、今回はそんな物が無い。完全に一般人。視えるという一般人には稀有けうな資質があるだけだ。

一度『禁忌』が原因とはいえ呪力災害は経験している。はっきり言って庇い切れない気しかしない。


「問題無いわ、あの時よりも純粋な力は弱いから」


 あの時とは禁忌の時を指すのだろうか。

 呪力災害とは力と規模により魔術組織と同じように格付けがされる。

最悪なのが封印指定、歴史上稀に見る大災害らしく、二度しか起きていない。しかもかなり昔、それこそ科学文明なんてまだの時代。

それより下に特級、一級、準一級、二級、準二級、三級と続く。

前回の禁忌の時は準一級らしい。

ミュウさんは多分一級ぐらいとか言っていたが、一階級下だった。

それでも十分ヤバいけどね。

でも準一級や準二級と一級や二級の差はかなりあるらしい。

それなら準を付けずに呼び方変えたらいいのにね。


「それでも今回のこれ、二級あるか無いかぐらいだろ、多分。本当に大丈夫なのか?」

「怪我は自己責任よ、死ななければよし」

「ちょい待ちぃ! 私はあんたらの責任って言ったやろ!?」

「『死んだら』だったと思うわね」

「屁理屈や!」

「盲点を突いたと言って欲しいわ」


 またしても二人があーだこーだと騒ぎ出す。

なんとなく大宮さんなら無事でいてそうな気がしてきた。ミュウさんとこれだけ言い争う女性なんて初めて見たよ。

 ため息をつくアレン。

さっきから止めろ止めろと言い続けてるのに止まらないのは確かに切ない。

セイラとフィーリアは性格のせいか、あんまり強くは言えない。二人は大人しいからね。

俺は勿論怖くて何も言えない。ミュウさん達の口論も怖いけど、周りの雰囲気というか、空気が。

不気味なくらい静かで、どこからか視線を感じてしまう。見張られてる感じ?


「オイ! 二人共止めろ! 作戦立てた意味無くなるだろ!」


 必死にアレンが言ってどうにか口論が止む。

因みに作戦とは核を探す作戦。禁忌の時は禁忌が核となるので一番ヤバそうな場所に行けたらオッケーだったし、フィーリアだっていたから探すのは楽だったが、今回は普通の呪力災害なのでそうはいかない。

台風の中で、今台風の目はどこにある? って訊かれても分からないのと同じ。

基本的に核は呪力災害の規模や力に比例して面倒臭くなるらしい。何が面倒なのかは知らないけど。

ともかく、どこにあるかなんて分からないのである。別に呪力災害のど真ん中にある訳でもなく、右端にある訳でもない。

核の位置なんて発生する呪力災害一つ一つが違うし、嫌らしい核は移動するらしい。これ全てミュウさんからの請け負いの知識なんだけどね……


「そうね。私とした事が小さな事にこだわり過ぎてたわ」

「何が小さな事や?」

「貴女よ」

「なんやて!?」

「……頼むから止めてくれ。ほら、ユウキからも」

「えぇっ!? えっと……や、止めましょう」


 ……いきなり俺に助けを求める無茶振りはダメだと思うね。

変に敬語になったし、あんまり効果は無いし。

ごちゃごちゃ言い争う二人を見てセイラが動いた。

止めに入った訳ではなく、完全に予想外の行動を。


「……顕れなさい、カイム、シャックス」


 いきなりの魔神喚起。

しかも二柱。

完全に予想外だったので、全員の動きがピタッと停止する。それはもう、ものの見事にピタッと。

 そんな事など完全に無視しているのか、自分が喚び出した魔神二柱に指示を出すセイラ。

怒ってる?


「呪力災害の核を探しに行って下さい、見つけ次第私の下へ来るように」

「了解した」


 セイラの指示に、一度見た事がある魔神、カイムが答える。その隣にいる魔神も首だけを縦に振り、一斉に飛び立った。

言い忘れてたけど、二柱ともからすのだと思う。少なくともカイムは鴉の筈だった。


「あれ? 皆さんどうして固まってるんですか?」


 指示を出し終えたセイラが振り向き、固まっている全員を見てビクッリする。

ビクッリするのはこっちだと思うね。


「……今のは?」


 一番最初に復活したのは予想外に俺。

ちょっと声が掠れているけどなんとか出せた。


「私の魔神に核の捜索をさせました。お二人が言い争っていたので、先に手だけは打っておこうと」


 成程ね、凄い賢い判断と思う。流石は十組織の娘、そつが無いし、手際が良いね。

 それを聞いて怒ってはなかったとも判断出来たよ。

……セイラがキレたら凄いからね。

禁忌の時は俺にとってはトラウマだよ……


「……何!? 何今の鳥!? どっから湧いて出てきてん!?」

「鴉の魔神、カイムと黒鳩のシャックスです」

「そんな事訊いとらんわ!」


 あ、あのもう一羽って鳩だったんだ……鴉じゃないんだね。

次いで復活した大宮さんがまたもやパニック状態になる。二度目なんだから慣れてほしい。……無理か。


「……全く煩いわ。セイラ、ありがとうね。お陰で冷静になれたわ」

「煩くて悪かったなぁ!」


 ミュウさんが騒ぐ大宮さんを今までと違い、華麗にスルーして話す。

もうちょっと前からそうして欲しかった。

大宮さんもスルーされたからか、ちょっと静かになる。


「他の誰かに核を浄化されちゃダメだものね。今からさっさと探しましょうか。人手が多い方が良いわ。ユーキ、ダイオンを喚んでちょうだい」

「……いいの?」


 また大宮さんが騒ぐと思うね。今度はなんか女の子が出てきたーっ、とかなんとか言って。

うん、絶対になるね。


「構わないわ」

「……しょうがないね」


 カバンから一枚の紙を取り出して宙に放る。

すると紙が光だし、辺りを眩く照らし出す。


「……何か用か?」

「……何持ってるの?」

 いつも通り大陰が出てきたのはいいけど、今回は何か持っている。

しかも現れた時に物凄く嬉しそうな顔でそれの一部を頬張っていた。


「芋羊羮や、あげへんで?」

「いや、いらないよ……」


 神様って普段お菓子食べてるんだね。

和菓子でよかったけど、持ってたのがケーキとかだったら吉本の漫才みたいになってたかもしれないよ。

って、これでも十分面白い展開かもしれないね。

羊羮って……


「なんや次は!? 人が、女の子が出てきた!?」

「何や煩っさいな。悠輝、知り合いかこいつ?」

「こいつ!? なんやねんこの子、めっちゃ口悪いやんけ!?」

「……まぁ知り合い、なのかな? 一応今日知り合った――」

「この子てなんやねん!? うちを知らんのかこの小娘!」

「小娘!? 自分の顔を鏡で見てみぃや!」

「……えっと」

「なんやて!? あんたがお母ちゃんの腹ん中におるときからうちはずっとこの姿なんや! 悪かったな小娘!」

「あの〜」

「嘘つけ! 嘘は泥棒の始まり言うよお嬢ちゃん?」

「……もういいかな?」

「お嬢ちゃん!? なんやねんこいつ!? 悠輝、こいつが敵やろ! 分かるで、前の禁忌よりも凶悪な敵やな!」

「……違うよ」


 ……なんたる関西弁のマシンガントーク。よくもまぁそんなお互いに罵詈雑言を言えるね。

全然着いていけないよ。

日本語が母国語じゃないセイラ達なんて固まってるし。


「なんやて!? 敵とちゃうんか!? なんでや、こんな凶悪な面して……って、あぁ!」

「どうしたの?」

「なんでもない!」


 敵じゃないからね。

そんな、一度戦ったら二秒で大陰が勝つに決まってるじゃないか。

神様対一般人って……

 敵じゃない事に本気で驚いた大陰は大宮さんの顔をまじまじと見て、一人変な声を上げる。

訊いたけど、なんでもないとあっさり切られた。


「……何言ってたか今一俺らには分からなかったが、終わったか?」

「……さぁ? 大陰、もう口喧嘩は止めてね」

「……言われんでも分かっとる」


 なんとか大陰対大宮さんの対決は終結。

なんでさっきからこんなに口喧嘩が多いのさ?

大宮さんにはやっぱり帰ってもらうべきだよ。こんなのじゃこの先やっていけないよ。


「静かになった事だし、さっさと移動しましょ」


 ミュウさんがそんな事を言う。さっきまで一番煩かったのにね。

大体、今の口喧嘩を完璧にミュウさんが理解してたら間違いなく参戦してたと思うね。


「セイラ、お願いね」


 取り敢えず落ち着いたので、核を探す事になる。

今回は他の魔術師の人達、主に連盟の人だと思うけど、如何に早く核を発見、浄化を行うかの早い者勝ち。

俺達が浄化出来たら多分、ミュウさんの巧みな言葉でアレン家が首領の組織、『ドルイド』の手柄になると思う。

どこにも所属してないと思う俺はともかく、セイラにはとんだタダ働き。

でもセイラは優しいからか、文句一つ言わないし、逆に率先している。

器がデカイね。

 ミュウさんがセイラに呼び掛け、セイラが頷く。

すると、今までセイラの周りの空中を悠々と泳いでいたフォルネウスがこちらにやってきた。


「皆さんフォルネウスの背中に乗ってください。核の捜索は上空から行います」


 近くで見るとやっぱりデカイ。五人が乗ってもまだ人が乗れるスペースがある。

因みに大宮さんはかなりビクビクしながら乗った。

 フォルネウスの背中は意外と安定している。

鮫肌でザラザラしてるかと思いきや、体がまるで鋼鉄みたいに硬く、そんなザラザラ感はしない。

セイラはフォルネウスの背鰭せびれを持っている。なんか船長みたい。


「では行きましょうか」

「――! ちょっと待て!」


 セイラがフォルネウスに促して、空に向かって泳ぎ出す瞬間、アレンが周りの建物の屋根を見て叫ぶ。


 驚いて視線を向けると、屋根の上に何かがいる。

黒っぽいマントの様な物を着込み、フードで頭を覆っている。


「……何か来たわね。一旦降りましょうか」


 タンッとミュウがフォルネウスから飛び降りる。

地上五メートルはあるけど、全く躊躇などしていない。

音も無く華麗に着地。

スッとハーモニカを取り出した。

次いでアレンが降り立ち、樫の木の杖を構えた。

俺も急いで飛び降りたけど、かなり足にきた。

ヒリヒリして痛いよ、二人共なんで涼しげな顔をしてるのさ?

 セイラは大宮さんにフォルネウスにしがみつく様に指示を出し、高速でフォルネウスを空へ駆る。鯉の滝登り、いや、フォルネウスってギンザメだけどさ。ともかくそんな感じ、高速で垂直に昇って行く。

あっという間に建物の屋根を越え、更に上へ。

高層ビルの真ん中より上ぐらいの高さぐらい?


「……そういえばフォルネウスに乗ってる大宮さんってさ、普通の人が見ると浮いて見えるんじゃないの?」

「魔神の上に乗っている時は一般人には見えません。カメラにも写りません」


 あっさりとセイラが答える……って、いつの間にフォルネウスから降りてたの?

大宮さん一人で大丈夫なの?


「フォルネウスの上にはフィーリアがいます。あの子は魔神には怯えないので、問題はありません」


 ……問題は大有りな気がするね。少なくとも大宮さんにとってはフィーリアの存在は安心感を出せない。

どっちも人外だし。

異様にデカイ、凶悪そう、強そう、の三拍子が揃ったギンザメと、小さくて可愛いけど、背中からは羽が生えているフィーリア。

絶対に心は落ち着かないと思う。


「ほらそこ! 構えなさい! 来るわよ!」

「――!」


 ミュウさんの声でハッとして札を出す。

珍しく、というか初めて無言でずっと隣にいた大陰も見た感じは分からないけど戦闘モードに入った模様。目が鋭い。

っていうか、切り裂きジャックがいたのを忘れてたよ。

 切り裂きジャックは屋根の上でフラフラと揺れている。夜風に乗って口ずさんでる歌も聞こえてきた。


「煉瓦と石で作れ、作れ、作れ、煉瓦と石で作れ、マイ・フェア・レディ」

「……何、呪文?」

民謡マザーグースですね」


 民謡マザーグース、聞いた事はある。

日本でいう、かごめ歌や夕焼けこやけみたいな感じの民謡や童謡。

……切り裂きジャックに関係無いよね。なんで歌ってるの? 不気味さを演出したかったの?

十分不気味だからね。


「煉瓦と石じゃ崩れる、崩れる、崩れる。煉瓦と石じゃ――」

「火星の二の護符」


 まだ揺れながら民謡を歌う切り裂きジャックにセイラが突貫。禁忌戦でも使った術、ソロモンの護符魔術。火星を司る戦神マルスの力を借りるそうだけど、ピンとこないのは仕方ないと思う。指にはめた鉄の指輪、それが護符。惑星一つ一つに対応する金属があるらしい。それをはめて呪文詠唱、発動となる。

これには惑星、即ち天文学の知識が重要になる。だからセイラは学院で天文学を学んでいるらしい。

よく見るとセイラがさっきまでいた場所には五芒星が光っている。あまりの早業、一瞬であの五芒星を切ったのか……

 建物の壁を蹴り上がり、残像を後ろに伴って、セイラがこれまた前回にも持っていたナイフで切りつける。これじゃあどっちが切り裂きジャックか分かんないよ。

 しかし本家の切り裂きジャックは更に俊敏だった。

セイラの腕が霞んだと同時に一気に屋根から飛び降り、こちらへ向かってくる。歌いながら。


「鋼と鉄で作れ、作れ、作れ。鋼と鉄で作れ、マイ・フェア・レディ」

「どうも陽気な切り裂きジャックね」


 ミュウさんに向かって疾走する切り裂きジャック。

そんな状況でも余裕且つ冷静なのはミュウさんらしい。

 腕が一閃、ミュウさんの首に向かってメスの様な細くて鋭い刃物が襲う。

だが、ミュウさんは避けない。


「えっ!? ちょっと何して!」


 ズバッと首の半分が切り裂かれる。

考えたくないが、普通なら血が吹き出る様な傷。

しかし、血は出ない。

切られたミュウさんはうっすらと、霧の様に消えていった。


「えっ!? えっ!?」

幻想呪曲ファンタジアよ、落ち着きなさいユーキ」


 どこからともなくミュウさんの声が響くが、いくら見回しても姿は見えない。

ついでにアレンも見当たらない。


「アレン、まだなの?」

「ちょっと待て! これ結構術式組むのに時間かかんだよ! ってユウキ、そっちに行った!」


 どこで何をしてるのかは全く見えないけど、やっぱりアレンの声だけ響く。

 って、そんなのんびりした状況じゃない。

人並み外れた速さで切り裂きジャックがこっちにくる。


「ちょっと!? ちつっ!」


 セイラ程では無いにせよ、結構素早く五芒星を描いて札を放つ。

急急如律令と書かれた赤い札は、オーソドックスな退魔の札。

曰く、破邪煉火。

札より煉獄の炎を呼び出し、一気に焼き付くす。

 でも切り裂きジャックは更に速い。炎が迫る前に跳躍、人間離れした高さだよ。って、人じゃないか。

しかもなんかメスみたいなのを何本か放ってきたし!?

 急いで札で結界を張ろうとするが、間に合わない。

咄嗟に横へ身を投げてなんとか避ける。

すかさず受身を取って立ち上がり、前を見る。

……柔道やってて良かった。


「って、あれ?」


 切り裂きジャックがいない。ヤバい、見失ったかも。


「アホ、後ろや悠輝」


 そんな声と同時に物凄い風が巻く。

ババッと後ろを振り向くと、ちょっと長い鮮やかな着物の袖を揺らして大陰が立っていた。

よく見るとさっきの風で切り裂きジャックをぶっ飛ばしたらしい。遠くの方で転がっているのが見える。


「大陰って土じゃなかった?」

「五行なら木行や」


 片手を上げ、掌の上に一つ、風のたまを作り上げた。

……螺旋丸?

 そんな筈は無く、それを野球選手バリのフォームで投擲。松坂や藤川も真っ青な剛球が切り裂きジャックに飛んでいく。

 だけど切り裂きジャックも負けてはいない。

一気に跳ね起きて回避、さっきまで自分のいた場所に爆着した風弾の勢いを使って飛んでくる。


「……完成! オラッ! 貫け!」


 アレンの声が響く。どこから叫んだのかは分からないし、声も変にエコーがかかっていて聞き取りにくい。

 そんな事は置いといて、アレンの声が響いた瞬間に、切り裂きジャックの真下からいきなり樹木が生えてきた。それが槍の様に切り裂きジャックの体を貫いた。

 その瞬間に今まで歌っていた民謡が止み、先程のミュウさんの幻影の様に、霧の様にボヤけて消えていく。


「……取り敢えずは一段落ついたな」


 そんな声が隣からする。って、そんな場所にいたのか!? 全然気付かなかったよ。

 アレンの周りには何本かの樫の木の杖が突き刺され、更には穴の空いた石も数個置かれている。

ケルトの儀式場、ストーンサークルの簡易版だ。


「……遅いわよアレン。もっと早く完成出来る様にしなきゃ」

「結構大変なんだぞ、これ」


 アレンの隣に立っていたミュウさんが苦言を放つ。

この人も俺の隣にいたんだ……気付かなかった。


「……なんでわざわざ隠れてこんな大掛かりなのしたのさ?」


 勝手にやられちゃ困るよね、かなり焦ったよ。いや本当に。怖いし、あの切り裂きジャック。


「悪いな、俺もミュウも速い相手は苦手でな。ほら、ミュウの曲なんて時間掛かるだろ? だから隠れて術式組んでたわけ」

「でもあんなやつじゃ無くて普通の投げ矢で十分でしょ? 姿が見えないんだから」


 切り裂きジャックを貫いた木を見る、のだけども、既に無くなっていた。

残ってるのは生えてきた時に壊された石畳だけ。

……俺の炎せよ、大陰の風弾にせよ、アレンのこれにせよ、街を壊しすぎた気がしてきた。


「いや、動き回ったら隠すミュウが疲れるだろ? この先何があるか分からないし、消耗は避けたい」


 なんだかんだ言って、ミュウさんに良いとこ見せたかっただけじゃないの?

結局苦言をくらったけどね。


「……あんたら何もんやねん」


 いつの間にかフォルネウスが地上に戻っている。

流石セイラ、仕事が早いね。

大宮さんはすっかりさっきまでの態度と違う。

流石に戦闘まで見たらどうしようもない、ずっと一緒にいてもらわなきゃ。


「言ったでしょう? 私達は魔術師なの」


 呆れた口調でミュウさんが言う。

もう否定は出来ないだろうね、あんなの見たんだし。


「……」


 絶句したのか、非現実な事を見てしまったから固まっているのか、目を見開いて停止してる大宮さん。


「凄い! マジで凄いわぁ! いやほんま、さっきまで疑っててゴメンな!」


 物凄く興奮した感じで一気に喋り出した大宮さん。取り敢えず近くにいたセイラの手を持ってブンブン振っている。


「えっと、あの、その……」


 手をブンブン振られているセイラはどうしたらいいのか、戸惑って硬直。

因みにまだあのナイフを持っていて、非常に危ない。

滅茶苦茶切れそう。


「うわっ! 何このナイフ!? めっちゃ綺麗!」

「元々は儀式用なので」


 セイラのナイフ。柄にはルビーなどの宝石が大量にはめ込まれており、金や銀も使われている。

武器ではなく、博物館で飾られてそうな一品。


「……はしゃぐんは後にしとき、また来んで」


 大はしゃぎでさっきとは別の意味で大変な大宮さんに大陰が言う。

その瞬間、ピタッと止まる。そりゃまたあんなのが来るんなら嫌だろうね。

俺も嫌だ。


「何で? さっき倒したやん?」

「核を潰してないんや、いくらでも湧いて出てくるんや」

「湧くって!?」


 まぁ確かに理屈ではそうだけど、いくらでも湧いて出てくるってねぇ。

最悪な表現だよ。


「アハハハハハハハ!」

「ヒィッ、何か笑い声が聞こえた!?」

「……ねぇ、俺この声聞いた事ある」

「奇遇だな、俺もだ」


 ……今の声の主、分かってしまった。

ある意味切り裂きジャックよりも質が悪い。

なんでこんなとこにいるのか激しく疑問だよ。

 大宮さんはあまりにこの場に合わない笑い声に半泣きになって体を固くする。

確かにこれはこれで怖いね。


「……来るで」


 大陰がそう言った瞬間、屋根から予想通りにミラ先輩が登場、ついでテセウス先輩と、大量の切り裂きジャックが現れた。


「ヒィッ!? 何かいっぱい出てきた!?」

「……何あれ?」

「いやユウキ、ミラ先輩に決まってるだろ」


 そんな事を言っていない。なんであんなに大量の切り裂きジャックを引き連れて来るのさ!?


「あ! ミュウちゃん達だ! ヤッホー!」


 ダンッと屋根から空中に跳躍、俺達に手を振って笑う。この場に不釣り合いな程良い笑顔。

更にこう付け加えた。


「これ、あたしの獲物だから横取り禁止だよ!」


 切り裂きジャックの群れを指差して笑う。

誰も好き好んであんなのに喧嘩は売らない。


「ええんか?」

「良いよ……当たり前じゃん」

「ミュウはいいのか?」

「ミラ先輩の実力が見れるいい機会よ」


 セイラも頷き、全員が見守る。フィーリアと大宮さんはセイラやフォルネウスの後ろに隠れてそれどころじゃない。

あれほど怖がっていたフォルネウスの後ろに隠れるなんて、大宮さんってなんなんだろう?


「テセウス! 三分の一はあげる! 着いてきてくれたお礼だよ!」

「……いらねぇ」


 確かにいらない。

はた迷惑なお礼だね。

下手したら死ぬよ?

三分の一でも結構な数がいるよ?


「……いつもこれだ、礼ならもっと骨のある奴を寄越せよ」


 ……テセウス先輩、文句言うとこが違いますよ。

絶対におかしいよ!

 愚痴を一つ溢したテセウス先輩。

それでもしっかりと片付けるらしい。

どこからともなくフラスコを二個取り出し、放る。

 空中でフラスコ同士が衝突、砕けて何かの液体が雨となって切り裂きジャックの群れに降り注ぐ。

……雨じゃない、水の槍だ。

大量の水の槍が降り注ぎ、切り裂きジャックの本当に三分の一があっさり消え去った。

……流石は最優秀班、恐ろしい。

 そして空中でクルクルと回っていたミラ先輩が、高速で大量の何か、札の様な、カードの様な物を放つ。その全てが切り裂きジャックに張り付いた。


「汝の全てを王国マルクトにて成す」


 そう高らかに唱え、最後にもう一声紡ぐ。


「跪け《ひざまずけ》」


 スタンッと地面に降り立ち、クルッと振り返って切り裂きジャックの群れを見た。

地上十メートルは確実にあったのに、殆ど音も立てなかったよ……


「Ciao!《またね!》」


 何故か動かずにいた切り裂きジャック達にそう言い放つ。

すると、一斉にメスを切り裂きジャック達が振り上げ、自分を突き刺し、消えていった。


「……すげぇな」

「いやいや、怖いよ」


 あまりにも圧倒的。なおかつ本気ではなさそうだ。遊んでいた節さえある。

 ミラ先輩はクルッとこちらを向いて、ニコッと笑う。


「こんなとこで会うなんて、奇遇だね♪」

「……バカ野郎、お前みたいに首突っ込んできた訳じゃないだろ」


 いつの間にかテセウス先輩が横に来ており、ため息と共にそう言う。

確かにそうだけど、この人は首を突っ込んできたんだね……

なんとも先輩らしい。



「むぅ〜……テセウス酷い言い方だね」

「当たり前だ、こいつらが――」


『なんか来たですぅ〜!? 秋夜さん、任せましたですぅ!』

『お主っ!? こんな裏路地じゃ無理じゃわ!』


「――なんだ?」


 いきなり日本語が響く。

しかもなんかヤバいらしい。まさかまた一般人が巻き込まれたとか?

またしても日本人?

 裏の細い路地から現れたのはピンクの髪をした女の子と赤茶色の髪をした少年。ピンクの髪って……目立つね。


「ほらっ! 開けたですっ! 任せましたです!」

「手伝え!」


 ついで出てきたのはまたもや切り裂きジャックの群れ。さっきよりは少ないけど群れと呼ぶには相応しい数。


「仕方ないですね、秋夜さんは時間稼ぎお願いです。後あんまり期待しないで欲しいです」

「とっとと祝詞のりとを唱えてほしいのぉ!」


 女の子が手に持った木の枝みたいなのを振りかざし、昔の日本語、古典の授業で習う様な言葉を唱え始めた。

 それにはお構い無しで迫ってくる切り裂きジャック達には少年が突撃、独特の構えから拳を放つ。


鑽拳さんけん!」


 先頭にいた切り裂きジャックの腹を穿ち、後ろに続いていた切り裂きジャック達をも巻き込んで吹っ飛ばす。物凄い威力だね……


「神原に祓ひたまひてこととひし」


 女の子が古語を完成させる。

振りかざした木の枝の様なものを止め、最後に一声言い放つ。


「禊、一式、柏手かしわで


 パンパンッと二拍手行う。たったそれだけ。たったそれだけなのにこの場の空気が変わった。

何かとても澄んで、でも威厳のある空気に。

 その音が響く、響く、響く。空気と変わると共に切り裂きジャック達も一気に消滅した。


「ちゃんと効いたではないかっ!」

「い、意外だったんです! 相手が弱かっただ……あっ!」

「……面倒な」


 クルッとこちらに振り返って、目が合う。それだけで女の子はバツの悪そうな顔をし、少年はため息をついた。こっちだって気まずいよ。

 日本の政権はあっさりと交代しましたね。私、選挙権まだ持ってませんけど。この世界は結果主義、でも課程も重視される何とも言えないシビアさ。

民主党には明日は我が身と頑張っていただきたい。

取り敢えずWBCの決勝は甲子園がいいなぁ……

……政治でどうこうの問題じゃないか。

 こんにちは、神威です。

二話連続の一万文字越え、それでもいきたい所までいかなかったという体たらく。でもこの話、そこまで話数は無いと思います。

後三話ぐらいですかね?

 学校が始まり、テストが始まり、執筆に影響するかと思われます。

今回はつい24時間テレビとハモネプを見てしまったので……ごめんなさい。

 携帯では挿絵の仕方が分からず、かなりモヤモヤしております。仕方が分かる人は名乗り上げて欲しいです。

 前書き、今作品はこの前書きというスペースを無駄に活用します。

超短編、キャラの元になった人シリーズ、二話前のちょっと失敗してパソコンでは微妙にぐちゃったけど、ロンドン橋の縦配列。

そして今回。

パソコンでは上手くいくのか!? 微妙なところです。

本当は飾り文字とか鏡文字とか使いたいんですが、そんなの無理なので知恵を絞って工夫です。

ブリーチみたいに格好良い扉絵書きたいのに……

 さて今回。

やっと、やっと、ミラ魔術を行使。一回だけですがかなり強烈な気がします。

カバラです。以前リリー・シャーロットが使用しましたが、あれはミラの為の練習だったのです。

タロットカードなどが近いですし、エヴァンゲリオンなどでも登場する世界樹はカバラが元です。

やっとだ、やっとミラが本格的に暴れられる。

 祝詞は歴史的仮名遣いをしますので、ひは、い、と読んだりしないと変に感じます。

『祓ひ』は『祓い』と読みますって事です。

これで苦手な古典も克服してやる……!

 それでは、長くなりましたがまた次回もよろしくお願いします。

感想、評価、アドバイスなどをいただけたら幸いです。

 そしてまたまた作者たる私の趣味で禁忌編以降から今回が終わるまでの主題歌を懲りずに決定。

オープニング、バンプ・オブ・チキン、カルマ。

……テイルズって言わないで下さい。

エンディング、ポルノグラフィティ、今宵月が見えずとも。

……ブリーチは禁句です。

並びにフィーネさんのテーマソング、アメイジンググレイス。讃美歌です。

エリー・ローゼン、ロミオとシンデレラ。私としてはピッタリだと思うこの組み合わせ。

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