NO,33: Dear Boss
夏の終わり、そろそろ秋に入るかという時期。日の光が丁度真上から差す頃、ロンドンのパディントン駅に一人の女性が降り立った。
ヒースロー空港から特急列車に揺られる事20分という短い列車旅、窓から見える景色は彼女の国ではあまり見られない物ばかりだったので時間以上に短く感じただろう。
「うっわぁ〜、着いてもたでロンドンに……。パディントン駅って有名やから写真くらい見た事あるけど……めっちゃでっかいしめっちゃ綺麗やん」
金の髪を後ろで結い上げている彼女は自分が降り立った駅を見て、その圧倒的なまでの美しさにそう呟いた。
パディントン駅。数あるロンドンの駅の中でも特に大きく、美しく、伝統高い駅の一つである。
ガラスのアーチ状の屋根は三つ連なり、彼女の国……日本ではまず見られない形をしている。
プラットホームの幅は軽く30メートルはあるだろう、そこに沢山の列車が並び、様々な国の人々がその列車に乗り込むべく歩いている。
奥に見える駅の改札口や地下鉄へと通じる道、ロンドンの駅は日本の様に複数階の建物には基本的になっていない。
何より駅の内装は中世の如くレンガなどで作られている。この駅は19世紀から使われてあるのだ、今の様なコンクリートと鉄筋ばかりでは無い。まぁ、改装はされているので勿論それらもあるのだが。
ともかく、この駅はロンドンが最も勇壮だった時代を見事にこの時代に伝えている。
日本で言い表すならば、駅が神社や寺、もしくは城の様な建物でできている感じだろうか。
「凄いなぁ、学校サボって当たった旅行券使う価値ありまくりや」
彼女は高校3年生である。受験が控えているのに旅行とは、全くいい度胸をしている。
「一週間しかないんや、行きたいとこは一杯あるし、こんなとこで止まってたあかんな」
しばし駅に圧倒されていた彼女だが、ゆっくりとスーツケースを引きながら歩き出した。
「バッキンガム宮殿やろ、ピカデリーサーカスにロンドン塔、タワーブリッジとか大英博物館、ベイカーストリートにロンドン橋に色んなマーケット! 千夏とか仁とかにもお土産買わなあかんし!」
彼女の口から出てくるのはロンドンの名所の数々。
期待と興奮が胸の中で踊り、軽い足取りで彼女はホテルへ向かうのだった。
ヨーロッパのみならず世界の中心都市の一つ、現代と中世が共生する街、霧の都、そして、魔術大国イギリスの首都であり世界有数の妖都、『連盟』の本部が存在し、魔術が息ずく都、ロンドンのホテルへ。
「う、うわぁ〜」
「おいおいユウキ、子供じゃねぇんだからそんな声出すなよ」
「だってさ、初めて見るんだし」
自分でも少し間の抜けた声だったのは分かっていたが、人に注意されるのは嫌だね。
ここはロンドン市街、イーストエンドと呼ばれる地区にあるスピタルフィールズというマーケット。イーストエンドとかいう名前だけど、別にロンドンの東の果てにある訳ではない、あの有名なロンドン塔やタワーブリッジよりも西にある。名前だけとはこの事かな。ちなみに最寄り駅はリヴァプールストリート。
で、このスピタルフィールズというのは色々なアンティークや服、小物などを安く売ってたりして人気なマーケット。イギリスには有名なマーケットが沢山あるらしくけど、その中でも指折りの人気を誇るらしい。
……それでなんでここに来たのかというと、ミランダの誕生日プレゼントをシン先輩が頼まれて買いに行った事を先日話したところ、ミュウさんが私達も買い物にでも行きましょうか、って言い出したのが事の発端。
『学院』は授業が無い時間に外へ買い出しだの観光だのと出掛けるのを認めていると知ったのはつい先日。
意外と優しいよね。
ちなみにミランダの誕生日プレゼントはハリスは成功、って言っても七割はシン先輩のお陰だけど。
ラビは誕生日プレゼントを用意しておらず、ミーナにしばかれたと愚痴を言っていたのを聞いた。
「久々に来たわね」
「私は基本的にはポートベローで済ませるので、ここにはあまり来た事は無いです」
いつもの学院指定の黒いローブを着てないからか、何かと感じの違うお二方。
……ローブの下は基本的に私服なんだけどね。
「私だって久々よ? ここは結構癖のある物ばかりだから」
ミュウさんがそんな事を言っている。
周りの出店を見てみると、確かに普通の服やスカーフ、指輪なども置いているが、何故かカツラも何も被っていないマネキンの首だとか鳥の剥製らしき物とかも置いてある。癖のあるってレベルじゃないね。
夏が終わり、ここロンドンも秋に移り変わりつつある。世界有数の都市としてはかなり多い樹木が秋が迫っている事をアピールするかの様に実を実らせ、あるいは葉の色を少しずつ変え始めた。
時たま吹く風は時に半袖では寒く感じる程。
ガヤガヤと騒がしい人混みの中をはぐれない様に固まって行動する。
持ってきたカバンの中には財布とお札が入っている。スリが多いらしいので、しっかりと前に抱えて歩く。
財布はともかく、このカバンをスッた人は中の大量のお札を見てどう思うのだろう? 魔術師たる者は常に自分の魔術に使う呪物を持っておきなさい、とミュウさんに言われて持ってきたけど、本当に意味はあるのかな?
出店の前には下ネタ系のポスターまでが貼ってあ……違う、ポスターじゃない、Tシャツだ。
そんなSから始まる単語が胸のど真ん中にプリントされたシャツを誰が着るの? 心の底から疑問だね。日本なら着て道を歩いたらセクハラとか言われて捕まりそうだよ。
「凄いです! 賑やかで楽しいです! ワクワクします!」
セイラの持っているカバンが少しだけ開いていて、そこから首を覗かせるフィーリアが言葉通りにはしゃいでいる。
魔術師なら誰でも見えるけど一般人なら殆ど全員が見えないらしい。
見えるのは本当にごく一部、生まれつき精気が多く、そういう力が強い人。俗に言う霊感が強い人だけ見えるらしい。
それもとびきり強力な霊感の持ち主、魔術師の素質がある者。
霊媒師とか霊能力者とかでテレビに出る人は基本的には全くのガセらしいから見えないそうな。
ともかく、そういう訳でフィーリアは着いてきたのだ。フィーネさんはお留守番、誘ったがなんか色々と錬金術の研究をするらしい。そもそもフィーネさんこそ一番外に出る機会が多いと本人が言っていた。
即ち冷蔵庫の中身を補充する為に。この場合冷蔵庫とは普通の冷蔵庫であって、フィーネさん用の大量に錬金術で使う訳の分からない物が入ったミニ冷蔵庫ではない。
「あれってなんて意味ですか?」
指差したのはあのTシャツ。フィーリアはアルファベットも基本的な単語も読める、普通に英語も喋ってるし……
が、あの単語の意味は理解出来なかったらしい。
そりゃそうだね、普通妖精は知らないよ。
「……えっと……」
顔を赤くして困るセイラ。当たり前だ、フィーリアだってあの単語を音読して訊いてなかっただけましだし。
「分からないのですか、セイラ? あの――」
「また今度ね! 今は買い物を楽しも!」
「――?」
かなり無理矢理だけどなんとか危機を脱したセイラ。その後にこっちを不貞腐れた感じで睨んでくる、助けてくれてもよかったじゃないですか、ってとこだろうかな?
『性別』っていう意味があるからそれを言えばよかったのに。
睨みに全然迫力は無い、逆にあれはあれで普段と違って可愛いかもしれない。
取り敢えず謝っておくけど。
「おいユウキ! これどう思う?」
アレンが手に持っているのはなんか頭蓋骨が繋がって形だけはブレスレットになっている物。
魔術用?
「……アレンってそんな趣味なの?」
「あれ? ちょっと予想とは違う反応。もっとビックリするかと思ったのに」
「からかいたかっただけ!?」
「当たり前だろ! 誰があんな物着けるか!」
まぁ確かにそうだけど、魔術に使うって言ったらそれっぽいしね。
呪いとかに使われてそうだよ。
普通の人が買ったら何に使うのかは分からないけど。魔除けかな?
「ダメよ、後2ポンドまけて!」
「何を言いますかお嬢さん! もう3ポンドと50ペンスもまけてるじゃないですか!」
ミュウさんが出店の主人と激しい値下げの交渉をしている。
マーケットであり、スーパーやデパートではないのでこんな風に値下げ交渉も出来るんだね。
日本でいう商店街とかフリーマーケットみたいな感じかな?
「仕方ないわね、でもあっちのコートも2ポンドまけてくれないと買わないわ!」
「ご冗談を!」
あっちの白いコートを指差して言うミュウさん。
かなり手慣れている感じがするのは気のせいかな?
「どうするの!?」
「仕方ないですね! もうどうにでもしてください!」
「そう? じゃあこのスカーフも4ポンドと50ペンスまけてね」
「しまった!?」
商人泣かしミュウさん、利益をどんどん削り取る。
結局全ての品物をミュウさんの思い通りの値段にしてしまった……恐るべし。
店主が泣いてるよ。
「……急に俺を連れ出してどこに行くと思えば、なんでこんなところに?」
「たま〜にここのカフェラテが飲みたくなるの〜」
ロンドンの中心地、ピカデリーサーカスにあるカフェの一角。ニコニコとカフェラテを飲む女性一人と疲れた顔をした男性が一人。
ミラとテセウスである。
カフェラテが飲みたくなったとかいう滅茶苦茶な理由で連れ出されたテセウスは紅茶を啜ってため息をつく。
カフェラテ以外にもパフェが一つ、サイズは特大。
見ているだけで胸焼けがし、兵器の一種かと本気で考えてしまう。
「……それも食うのか?」
「当たり前だよ〜。もしかして欲しいの〜? でもあげないよ〜」
誰がそんなパフェ食うか、テセウスはそう言ってもう一度紅茶を啜る。
ミラのカフェラテもパフェも砂糖はたっぷり。
対してテセウスの紅茶は何も無し、ブラックティーである。
暫くミラは無言でパフェにがっつき、テセウスは呆れた眼差しを送り時間が過ぎる。
しかし急にミラがピコーンと首を上げた。
「……どうした?」
「……匂うね〜。テセウス、後一つだけこれから付き合ってね〜」
「面倒事か?」
「もちだよ〜♪ ちょ〜っと遠いから急がなくちゃね〜」
ニッコリと笑って残りのパフェを驚くべき速さで平らげていくミラ。
こんなに彼女をアグレッシブにさせるのは一つだけ。
仮にも同じ班でずっと過ごしていたテセウスに分からない筈がない。
再度大きなため息をついてテセウスは呟いた。
「……連盟に任せろよ」
ミュウさんが店主を泣かせた後は、ロンドンに一応いながらも全く観光なんてしてなかった俺の為にイーストエンドや地下鉄に乗ってテムズ川沿いやロンドン塔なんかを案内してもらった。
……なんか魔術的な意味の補足とかも説明されて、捉え方がガラリと変わった場所もあるけど。
世界遺産のロンドン塔はかつて囚人を閉じ込める為に作られた、これは知ってる。だけど魔術師も入れられてた為に対魔術師用で様々な仕掛けがあるとか、拷問で使われた地下室は囚人の怨念だけじゃなくてそれ以前の物も籠っているとか、ホワイトタワーも似た感じとか、悪霊がいっぱい出てくるらしいとか、お化け屋敷か!?
イギリスが世界に誇る妖都ロンドン、市街各地にいっぱいそういうスポットがあるそうだ。
『連盟』の本部や『学院』があるのもその為らしい。
で、一頻り《ひとしきり》見回ったところで晩御飯を食べて帰ろうか、って事になってリヴァプールストリートの近くのお洒落なカフェにでも行く事になったんだけど。
「……なんかさっき来たときに比べてやたら人通り減ってない?」
「確かに……。ミュウ、今日なんか別の場所でイベントとかやってたか?」
「してないわ」
「でも変ですよね、こんなにここが人気無いなんて」
「カフェはまだですか?」
午前に来た時はもっと賑やかで明るかった。
しかし今は物寂しい、異常に少ない。
ロンドンは10月まではサマータイムだし、7時まではまだ明るい。
パブだってあるし、夜に人気が無くなるのは不自然だ。
あとフィーリアには空気を読んで欲しかった……
「とにかく店の中にでも入れば――」
『キャァァァァ!?』
「――! 今のどこからかしら!?」
「あっちだ!」
取り敢えずどこかの店に入ろうとした時に響いた悲鳴。
かなり大きかったのに反応して動いたのは俺達だけで他の人なんていやしない。これは確実に変だ。
……またなんか面倒事に巻き込まれた気がする。
二日前にロンドンへ到着し、そろそろ英国英語にもロンドンという街の雰囲気にも慣れた頃。
大宮由佳は先日にも増して色々な場所を巡っては感動していた。
金髪黒目という外見がウケるのか、時たま地元の人に声を掛けられたりもした。別に英語は苦手ではないし、逆に得意だから苦も無く会話も出来た。
彼女は別にハーフでもなんでも無いので金髪は染めただけである、一応学校では風紀委員をしているのだが、むしろ自分が違反している様に思える。
が、彼女の学校は髪染めオッケーなので違反ではない。
何はともあれ彼女はロンドン観光三日目も順調にしていたのである。
ただリヴァプールストリートにあるスピタルフィリーズマーケットに来る前のロンドン塔やタワーブリッジではしゃぎ過ぎ、時間が大幅に予定より遅れてしまった。
急いでマーケットに行き、ホテルに帰る時間を延ばして出店が終わる時間まで満喫し、ついでに晩御飯でも食べて帰ろうかってとこで異変に気がついた。
さっきよりも確実に、不自然なくらい人が減っている。マーケット終了時には店の人も観光客もわんさかいたのに今は殆どいない。
首を傾げながらもガイドブック片手に良さそうな店を探す。が、どの店も人気が殆ど無い。電気はついているが開店してるのかさえ怪しい。
流石に不気味に思い、少し早足で路地を曲がって駅に向かおうとした。
が、何かを足で思いっきり蹴ってしまい、『それ』を見てしまった。
「キャァァァァ!?」
条件反射なのか、『それ』を見た瞬間に悲鳴を上げてしまった。
一気に踵を返して全速力でその場から逃げる。
「退いてぇ!」
前から誰かが走って来る。悲鳴を聞いて反応したのだろうか、こんな不気味な時に人に会うのは嬉しいが、いかんせん状況が状況だ、止まりきれない。
結局ぶつかってしりもちをついてしまったのだった。
悲鳴を聞いていち早く反応したのはアレンだった。
直ぐに悲鳴の上がった方へ駆け出し、いち早くその場所らしきところへ到着する筈だったのだけど、
「退いてぇ!」
「うおっ!?」
前から走って来た人と衝突、アレンの方ががっちりしてたし、勢いもあったので弾き飛ばしてしまった。
「いつつ……ごめんなさい」
「あぁいえ、大丈夫ですけど。そっちこそ大丈夫ですか?」
「あ、心配かけてすんません。私は大丈夫やから……って、日本語が通じとう!?」
アレンにぶつかった人、金髪なのに何故か関西弁の人は日本語が通じて衝撃を受けている様子。
という事は観光客なのかな?
「なんで!? なんで日本語通じとん!?」
イギリス人だって日本語喋れる人は喋れるよ、まぁ一部の発音を除いたらほぼ完璧な日本語には驚くか。
暫く日本語が通じた事に戸惑ってあたふたしていたが、いきなりハッとして立ち上がる。
「逃げた方がええよ、この先は最悪や」
「って事はさっきの悲鳴は貴女の?」
「そうや」
そう言って再び走り出そうとする。が、
「ユウキ、何があったか訊いといてくれないか? 俺はこの人が悲鳴上げたとこ見に行くから」
「わかった」
「あかんて!」
アレンがそう言ったのを聞いて、女の人は必死に止めようとする。
かなり必死だ、まるで戦場に行く人を止めるかの様な。例えが悪いかもしれないけどそんなか感じだ。
「まぁまぁ落ち着いて下さい。俺は北藤っていいます。日本人ですよ」
「んなんどうでもええからあの人止めてや!」
落ち着かせようとしたけど無理だった。
こっちも必死でなだめるけどまるで意味が無い。
取り敢えずどうしてそんなに必死で止めるのかを訊いてみる。
「なんでそんなに必死に止めるんですか?」
「アホか! そりゃあっちにはヤバイもんがあるからに決まっとるやろ!」
アホって……
関西弁ってキツイよね、言葉使い荒いよね。
「だからそのヤバイものってなんですか?」
「仏さんや!」
「仏さん?」
ヤバイものなのかな?
仏ってありがたいものじゃないの?
「悠輝さん!」
「ユーキ!」
「ユウキ、何があったの?」
三者三様の言葉だけども、遅れてセイラ達が来た。
……ちょうどいい。
チラッとセイラ達の方を見て駆け出す。
「アレン!」
「あぁもうあんたまで!?」
百聞は一見に如かずって言うからね、さっき女の人が飛び出してきた場所へ行ってみる。
後ろにいた女の人はやっぱり止めようとするが、うまい具合にセイラ達に抑えてもらった。
アイコンタクトって便利だね。
「……」
「一体何があった……の……」
『それ』は地面に仰向けで倒れていた。
成程、仏さんっていうのは仏教の仏じゃなくて、刑事ドラマとかで使われているあの仏だったんだね。
即ち、死体。
それも、これは他殺だろうね。
「うっ……」
ちょっと見ていただけで吐き気がしてきた。
咄嗟に口を押さえてやり過ごすけど、気分は治る筈がない。
「……喉を横一文字に斬られてやがる」
「……解説はいらないよ」
気分が悪くなるだけだからね。
これは確かに悲鳴も上げるよ、俺だって魔術師になって起こった最近の色々な出来事がなかったら気絶してた自信はあるよ。
「アレン、何があるのかしら? この人何も言ってくれないのよ!」
これは答えるべきなのかな?
女の子には見せたくない光景だよね、血溜まりできてるし……
「アレン!」
「……死体だ」
答えちゃった。
流石のミュウさんだって驚くだろうね。
「まやかしじゃないかしら? セイラが呪力災害の空気がするって言ってるわ!」
「……」
だから人気が無かったのかな、魔術なんて分からない人にとっては不気味なだけだしね。
っていうかセイラは気付いてたんなら言って欲しかったよ。
まやかしならこの死体だって怖くもキモくもない。
「……本物だな」
「うそぉっ!?」
あっさりと結論付けるアレン。踵を返してミュウさん達の方に向かうので、あわてて追いかける。
「うそ!? あれは確実に本物やって!」
「分からないわよ? 貴女が知らない不可思議な事なんてこの世には沢山あるのよ?」
「あれは本物だ」
「……」
本物と聞いて今度こそ流石のミュウさんも驚いた表情になる。
そりゃそうだよね。
「喉を横一文字にバッサリとな」
「……じゃあたんなる殺人事件?」
たんなるって何さ!?
それでも大変だって!
警察呼ばないと!
「……それは違うと思います」
後ろからセイラの声が響いてきた。
いつの間にあれを見に行ったのかは分からないけど、眉一つ動かさずにあっさりと言う。
フィーリアは口と目をこれでもかっていうぐらい開けてるのとは対照的だ。
普通はフィーリアみたいな反応をするでしょ?
「どういう意味かしらセイラ?」
「先程私が言った様に呪力災害の空気がします」
「でもそれは本物よ?」
「……おそらく呪力災害で起こった何かに巻き込まれて犠牲に」
更に向かう側の壁を指差して続ける。
「でも一番の理由はこれですね」
こちらからはそれが何を指しているのかは分からない。
全員、女の人も一緒にセイラの指した方を見る為に移動する。
そこにはレンガの壁、これは普通。路地を作っている建物の壁だ。
でもその壁には何かが書いてある。
それもかなり大きく。しかも血で。
「……『Dear Boss』。成程ね」
「……何が起こるかは分からないのが呪力災害だが、これは最悪だな」
「なんで?」
全く意味が分からない。ボスって誰?
「あらユーキ、知らないの?」
「まぁ……」
知らない。全く知らない。何を言い表してるの?
魔術に関係あるの?
「『Dear Boss』、これはロンドン史上最悪の事件の犯人が犯行前後に警察に送ったハガキの一番最初に綴られてた言葉よ」
「……?」
「その事件の被害者は首を斬られ、解剖されて内臓を取られたりバラバラにされたりしたの。犯人は不明、未だに未解決のその事件。勝手に犯人の憶測が独り歩きしてこういうアダ名が犯人に付けられたの、『ジャック・ザ・リッパー』、切り裂きジャックっていうね」
地平線に日が落ちて、辺りが段々と暗くなっていき、温度も下がってきた。
でもそれ意外の事で寒気が起こる様な事になってしまったね。
『切り裂きジャック』
日本でも有名な話だよね。
世界で最初の猟奇殺人であり、最も謎で残忍な事件。
でもそれは昔の話。
今とは違う。
でもその事件は再びロンドンで起こってしまった。しかも今度は魔術的な力が関係している。
はっきり言ってオリジナルよりも質が悪い。
現在の犠牲者は一人。
偶然とはいえ巻き込まれてしまった俺達が、何人の犠牲者になるかもしれない人達を救えるのだろう?
ただいま帰国しました、神威です。
ロンドンって凄かったです。見渡す限りの建物が中世風、ビルとかもありますが数は全然少なかったです。たまにあるビルはとてつもなくお洒落な外見をしていたりして、日本のビルが哀れに思えた……
朝にホテルを出て、夜まで歩き続けて楽しみました。
さて、ロンドンは偶然にもこの物語の舞台でもあります。という事で取材旅行も兼ねていました。
大英博物館なんかでは他の観光客とは若干違う眼差しをしていたに違いない。
パスポートを持ち歩いておらず、日本語で説明してくれる音声の流れる機械を借りる事も出来ず、ひたすら英文読解をしていました。
ロゼッタストーンの解読を試みて失敗したりもしましたね……
では今回の話です。
まずは最初に出てきた人、大宮由佳さんですが、モデルは空港で知り合った女の人です。日本人が私とその人しかおらず、年も近かったので意気投合しました。元々こんなキャラを出そうと思っていたところに彼女と知り合い、見事にそのキャラがヒットしましたね。
金髪、関西弁は彼女からきています。
作中に出てきたロンドンの名所は私も全て行きました、ロンドン市内での行動は私です。
作中にもある様に、ロンドン市内には緑がとても多かったですね。郊外にいくと大小様々な森も結構ありました。『学院』を囲う程の規模は無かったですけどね。
また、ロンドン塔の話は実際に地元では噂になっています。曰く、ロンドン塔には悪霊がいっぱいいるっていう。
ジャック・ザ・リッパー。とても有名な殺人鬼ですよね。Dear Bossって謳い文句は知っていた人もいるでしょうね。
ジャックは犯人の名前ではなく、日本でいう名無しの権兵衛の権兵衛みたいなものです。
ではまた次回も読んでいただけたら嬉しいです。
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