NO,27: Sinking shadow
前話にて、大陰は土行と言っていましたが、実際は土星の化身であり土行ではないと思われます。そこだけ修正しましたのでお伝えしときます。実際は木行辺りだと思います。なにぶん情報不足でして……今作品では大陰は土星の化身であるために土を操れるということにします。いつか木行も披露したいですね。
月が傾き、少し空が白んできた時間。古城の前に複数の人影がある。
「……中には悠クン達がいるんだよね……大丈夫かな?」
「分からんな……」
「最悪の事態も考えた方が良いだろうね」
そうやって話し合うのは三年の優秀斑である。
ミラに先導されてここに来たのだ。
勿論、二年も一緒。
先導したミラはミュウが蹴破った扉の前に立って中を見ている。
少しして急にミラが後ろを振り向く。すると森の上、白んだ空から何かが高速でこっち向かって飛んでくる。
やがて地面にそれらが降り立つ。
レイラをはじめ、レメティアの徒弟と学院の教授達である。
「――っ! 貴女達はなんで勝手に森の中にっ!」
「落ち着いて下さいジュエリー教授!」
「ユゥ教授、貴方は甘いです! 生命に関わるものなんですよ!?」
「ジュエリーちゃん、叱るのは後! 早く中に入らないと!」
「まだ間に合うかもしれん! 急いで中に行くぞ!」
「少し落ち着きなさったらどうですの?」
バタバタと中に入ろうとする教授達を一つの声が諌める。
レメティア首領、レイラである。
「そんなに急いでも意味は無いでしょう? どうせ中の空間は森と同様乱れてますわ」
凛とした声にどこか余裕すら感じさせる。
少しイライラした様な目を向ける教授達なんてなんのその、ミラを指差して言う。
「ちゃんとした目的地に案内出来るのは彼女なのですから、先導するのは彼女です」
実は少し前、ちょうどミラとルイス達がテセウス達と合流したときにレイラもまた、本当に偶然鉢合わせたのだ。
鉢合わせというか、空を飛んでたフォルネウスに気が付いたフィーリアがミラに言っただけなのだが。
ミラの話を聞き、レイラは急遽前夜使った連絡方法で全員にその事を伝え、これまた前夜と同じように空を移動してここまで来たのである。
よって、古城に入っても確実に目的地へと行ける可能性は少ない。むしろ無いと言っても過言ではない。
正論をぶつけられた教授達、かなりしぶしぶといった感じだがその意見を採用し、中に入る。
ミラはフィーリアの指示に従っているだけなのだが、思わぬところで頼りにされご機嫌な様子。
教授達がイライラした空気もなんのその、マイペースに案内する。
中は空間が歪みまくった場所なので、時に大きく迂回したりしながら怪しい気配のするところへ向かう。 歩き続けて十数分、一つの広間に着いた。
そこには二人が地面に倒れており、片方のローブは血塗れ。
「――っ!?」
「あれは……アレンじゃねぇのか!?」
それを見たラルは青い顔になってよろめき、ルイスは血塗れになった人影を見て叫ぶ。
するとすぐに教授達がアレンとミュウの下に駆け出す。
「まさか……本当にこんな事になってるとはっ!」
「事態は火急だ、急げ! 息を確認次第学院へ搬送だ!」
予想していた出来事の中で最も悪い物が的中してしまったかもしれない、そう思うと身の毛がよだつ。
ユゥとエドワードが全力で二人の下へ疾走する。
が、先にルイスの声に反応してアレンが起き上がる。
「……誰か来たのか?」
その声は寝起き特有のどこか、のほほんとした声。別に血塗れになって倒れていた訳じゃない、疲れて寝てたのだ。
それで、さっきのルイスの大声で目が覚めたという訳である。
ムクッと起き上がったアレンを見て、今の今まで全力疾走していた二人の教授が走るのを止めら安堵の息を吐く。
「……びっくりしましたよ」
「早計だったか……」
口々にそう言って、ゆっくり歩いて二人の寝ていた場所に行く。
アレンの隣で同じように寝ていたミュウも体を起こし、あまり事態が把握しきれていない様な目をアレンに向ける。説明しなさい、って事だらうが、あいにく自分も今一分からない。
首を横に振るだけにしておく。
「……さてミスター,グレンジャーとミス,ヴィント、君達は一体ここで何をしていたのだ?」
二人の下にゆっくりとやって来たエドワードが質問する。
立ち入り禁止中の森に入り、ローブには血がベットリ、これを流したら教授としてダメである。
「それはですね……えぇっとですね……」
「呪力災害によって出てきた者を倒しただけです」
物凄く歯切れの悪いアレンの代わりにミュウが答える。
まるで自分達は悪い事をしていない、と言わんばかりの堂々とした態度で。
勿論立ち入り禁止になっていた森に入ったあげく、生命に関わる事を勝手にしたのだがら悪い事である。完全に非はこちらにあるのだが、彼女は認め無いだろう。
「……その血はなんだ?」
「倒した者の返り血ですが?」
ミュウの態度に呆れて一瞬何も言えなくなったエドワードだが、すぐに復活し質問を続ける。
返り血、との返答は間違いではないが、実際は微妙である。
御先祖様に抱き付かれて付きましたとは言いにくいのは確かであるが……
「何を仕留めたのかね?」
「……それは」
御先祖様です、とは言えない。罰当たりにも程がある回答だ。
「まぁいいじゃないですかエドワード教授、無事だったわけですし」
答えに詰まるミュウに思わぬ助け船が出た。
ユゥである。
彼にとっては無事であったら他はなんでもいいのである。
厳格なエドワードとは違う。
「……まぁ、それもそうか」
エドワードは物分かりは悪くはない。
確かにそうかとそれを認め、二人に向けていた視線を外して踵を返す。
「確かに、無事で何よりだな」
そう言って他の人がいる場所に戻る。
後ろにはユゥが続き、クスクス笑っている。
どこかしらハッピーエンドな雰囲気が漂う中、ポロッとレイラが呟いた。
「……セイラは?」
その呟きはそこまで大きな物では無かったが、周りが静かだった為よく響いた。
「……」
一同、停止。一瞬だけ本当の静寂が訪れた後……
レイラが一気にアレンに向かってダッシュ。
アレンの襟元を掴んで前後に揺らしながら問い詰めた。
「ちょっと! セイラは!? セイラはどこなのよ!?」
「ぇ? ちょっ!? うわっ! ゆ、揺らさないでくれ!」
「今すぐ場所を吐きなさい! 今すぐによ!」
激しく揺さぶられて目を回すアレン。
それでもレイラは揺さぶりながら問い詰める。
そんな珍妙な姿を見て、ミュウはため息を一つして言った。
「この奥にいます、『禁忌』と一緒にですけど」
そう言って後ろの、アイフェとの戦闘で扉は吹き飛んでいるが、扉があった場所を指差す。
その一言で再び辺りに静寂が訪れる。
アレンを揺さぶっていたレイラも動きを止め、隣のミュウを驚愕の顔で見つめている。
静寂が訪れて数分、レイラが真っ先に復活して叫んだ。
「何をボーッとしているの!? 早く行くわよ!」
その声で一斉にミュウとアレンを除く全員が動き始めた。
真っ先にレイラがその扉があった場所から奥へと続く廊下へ駆け込み中に消えた。ついで他の人達もどんどん中へ行く。
「さてと、私達も行こうかしら?」
全員が奥へ消え、アレンと二人っきりになると同時にミュウが言う。
「……お前、色々と凄いな」
アレンはそう呟き、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと自分も奥へと向かう。その横にはミュウが並び、何が凄いのか訊いてくる。普通に考えて、あの状況であの言い方はない。
『禁忌』と一緒にいますけど、なんだその言い方は? 禁忌は友達か?
幼馴染の突飛過ぎる言動に頭痛がする。
この先の人生、こんな事ばっかになりそうだ。
――アレンとミュウが先に行った人達に追い付いけたのは、足止めされていたからだった。
『禁忌』がいると思われる広間の前に着いたのはいい、扉が蹴破られているのも結構。
だが広間と廊下の境界の部分の空間が歪み、広間の中が緑に見える。
あまりの歪み具合に、歪んで繋がっている場所が見えているのだ。
勿論、本当の広間の中は全く見えない。
「ここまで来て何よ、これはっ!?」
怒りに怒ったレイラが地団駄を踏む。
他の人はそこまで取り乱していないが、教授達はあからさまに不機嫌だ。
特に学長であるアリスなんかは顔こそ普通だが、眉尻がひくついている。
「誰かどうにか出来ないのかしらっ!?」
レイラが周りに訊く。
質問というよりは、誰か出来る奴はさっさと出てこい、みたいな感じ。
「私がどうにかするので、皆さん少し下がって」
ジュエリーが前に出て言う。
彼女はケルトの魔術師、『入学儀礼』で古城の空間を乱したのは彼女である。
全員が下がったのを確認すると、ジュエリーは小さな穴が空いた石を数個取り出し、歪んだ空間の前に並べる。ストーンサークル、ケルトの儀式場が簡易な物だが完成した。
あのストーンヘンジもこれの発展版である。
ジュエリーは目を閉じて呪文を紡ぎ始めた。
その周りの空気は凛と張り、誰もが息を飲んで見守る。
数分後、彼女が呟いた。
「……見つけた」
広間と廊下を繋ぐ道を見つけたのだった。
――広間には強大な煉獄の焔が燃え盛り、辺りを紅に染め上げる。広間の中は静寂が支配し、バチバチと焔がはぜる音しかしない。
「……やった……!」
ガックリと膝が折れ、もはや立っているのも限界だけど、それでも勝ったと思うと気分は楽だ。
あれは絶対に直撃した。手応え十分、たとえ『禁忌』に手を出していても流石にこの焔が直撃したら終わりだと思う。
次第に焔が小さくなり、中が見えてくる。
「……ハァ……ハァ……ハァ……くそがっ……!」
「……っ!?」
小さくなったとはいえ、未だに燃え盛る焔の中で男は立っていた。
体のあちこちが焼け焦げ、体から生えていた木は炭になっているが、立っていた。
その図抜けた生命力に声も出ない。
「ボーイ……君は限界の様、ハァ……だね……終わりにしようか」
あっちだって限界の筈なのに、笑ってこっちを見てくる。ムカつくし苛つくが、ヤバい。
俺はもう一歩も動けない。あの目を使うのも無理そうだ。
「……終わんのはそっちやろ? うちを忘れてもらっちゃ困るなぁ」
いつの間にか横にいた大陰がそう言う。
そうだ、彼女がいた。頼るのは情けないが、仕方ない。これでなんとかなる!
「強がりはよしたまえ。主が限界だからか、君も消えかかっているぞ?」
「はっ! あんた殺んのなんか一秒や」
強気に言う大陰だが、よく見ると向こうが透けて見える。
殆ど消えかかっている。
「ならば殺ってみるがいい!」
男が焼け焦げてボロボロの腕を掲げる。
まだ術を使えるだけの体力があるのか……
しかし、男が術を放つ前にこの古城の空間が揺れた。
見た感じでは分からないが、肌で感じる。
揺れて、何かを突き破る感じ。
「セイラ!」
「――っ!? あれはっ! ソロモンの姫!?」
男が掲げていた腕を下げ驚愕の眼差しを向ける先には、豪奢な金の髪をした女の人がこっち向かって走って来ている。
「隙ありや」
「――くっ!」
その隙に大陰が男の前に移動、大量の土の針を放つ。が、男は後ろに跳び回避する。
追撃をかけようとした大陰に背中を向け、物凄い速さで壁を突き破り古城の外へ逃げていった。
「……逃がしてもうた」
あまりの速さ、尚且つ全く予想していなかった動きをした男を仕留め損ね、大陰が恨めしげに呟いた。
しかし、消えかかった体でよくあんな事が出来るよ。 ゆっくりと大陰がこっちに来る。
「……よぅ頑張ったんちゃうか?」
思わぬ労いの言葉を受けて、力が抜けて膝で立っていた状態から後ろに倒れる。激しく眠い。
「悠輝さん!」
セイラの声が聞こえて、寝転がった状態のまま上目で見る。
広間に続々と人が入って来ている。
エドワード教授だと思う人がフィーネさんを抱き上げている。
が、セイラがいない。
「悠輝さん……」
それもその筈、横にいた。涙を浮かべてこっちを見ている。
少しだけ、申し訳ない気持ちが浮かんだ。
「……どうしてあんな無茶を? 下手したら死んでいたのですよ?」
半泣きになりながら訊いてくる。
相当心配掛けたんだろう。
「ゴメン。でも、守りたかったから……」
フィーネさんは命を懸けて自分を守った。セイラだってそうだ、俺を守ろうと戦っていた。
だから、そのお返しをしたかった。
傷付いたセイラを、命を懸けてまで守ってくれたフィーネさんを、これ以上傷付いてほしくなかった。
たったそれだけ。
でも、無茶をするには十分過ぎる理由だと思う。
「……今度からは、あんまり無茶をしないで下さい」
「……やってみるよ」
遂に涙を流し始めたセイラを見て、申し訳なく思う。守りたい人を悲しませたら、意味は無いかもしれない。今度からは気を付けてみる事する。
そこで限界がきて、俺の意識は途切れた。
――眠りに入った悠輝を見て、セイラはそっと微笑む。
……今の目は黒かった。
通常の魔眼とは違い、悠輝の魔眼は何かの条件が揃った時だけ発眼するのだろうか。だが、それは好都合。無駄に力を使って寿命を減らしてほしくはない。
「……大陰さん、悠輝さんの目についてですが……」
「わかっとぉ、誰にも話さんよ」
大陰も分かっていたらしく、釘を刺そうとしたら言い切る前にそう言って遮れた。
その言葉を最後に大陰の体は光に包まれ、消えたのだった。
「セイラ!」
久々に聞く姉の声。
こっち向かって走ってくるレイラを笑顔で迎える。
「この馬鹿! 心配掛けて!」
「はわぁっ!?」
思い切り頭を叩かれた。それ程心配掛けたのだろう、文句はやめておく。
「……ごめんなさい、取り逃がしました」
「構わないわ。ところでなんで私達が来た理由を知っているの?」
「あの人が言ってましたから」
セイラの言葉に疑問を抱いて首を傾げていたレイラは、それで合点がついたのだろう、そう、と言ってそれ以上は何も言わなかった。
「……その子がセイラの獲物かしら? 中々可愛い顔してるじゃない、女の子みたいで」
フフフと笑ってセイラを見る。
セイラは真っ赤になって俯いているだけ、否定はしない。
それを見てレイラはますます楽しそうに笑う。
「……セイラ、守られてばかりだったわね」
しばらくしてレイラは笑うのを止めてセイラに言う。これを聞いたら悠輝はそんな事無い、って言いそうだが、生憎悠輝は夢の中である。
「……うん」
答えるセイラもそう思っている。
結局最後は悠輝に守られていたのだから。
「もっと強くなりなさいな、大丈夫よ、恋は人を強くするから」
茶目っ気たっぷりにそんな事を言って再びからかい始める。いつしかマリアも入ってきた。騒がしい事この上無い。
「『禁忌』はどうしたの? 江原君がいないけど、ジュエリーちゃん知ってる?」
広間の真ん中辺りで騒いでいる女の子三人組を見ながらアリスが言った。
「タケシならあいつを追っていますよ、珍しく仕事熱心だと思ったんですが……連盟から派遣されている筈の奴が来ない、って怒ってました」
ため息をついて説明するジュエリー、どうも自分の知っている範囲では連盟の人って仕事に対するやる気が無い。
本当にそんなので大丈夫なのか?
地平線から太陽がゆっくりと昇り始める。
これで一段落はついた、ほっと息を吐くジュエリーだった。
――辺りが日に照らされ始めた森の中、体のあちこちが焼け焦げた男が必死に走っている。
「はぁ……はぁっ! くそっ、なんなんだあの目は!?」
悪態をつきながらも走るのは止めない。逃げ切らなければダメだ。
『奴ら』に自分の力を見せつけ、正式に自分を加入させる事を渋る『奴ら』に認めさせるつもりが、とんだザマだ。
まずは逃げ延びて、別の方法で認めさせなければいけないだろう。
そこで男は思案をいったん打ち切り、目の前に現れた黒い柵を飛び越える。
五メートル以上はある柵だが、余裕である。
音も無く着地し、逃げ延びようと顔を上げる。
「うわっ!? なんか飛んで……って、これはもしや……ほら、私はこれを計算して飲んでたのよ!」
「……偶然じゃな、確実にのぉ」
そこには、青いドレスを身に纏った女性と黒い着物を着た男が立っていた。
――男と別れた後に数軒、バーやパブで飲んで食ってを繰り返していた女性。四軒目に入る前に別れた男に捕まった。
バッチリ叱られ、無理矢理仕事場へと連行されていた途中、それが急に上から飛んできた。
「全く……貴方は連盟の人間じゃないんだから、もう少しくらい甘く見てくれてもいいんじゃない?」
「お主の連盟内での立場が今より低くなると某達も困るのでな。お主だって降格は嫌じゃろうに」
「まぁ……それはね」
「ほらの? じゃからここまで引っ張って来てやってるのじゃ」
「むぅ〜……って、うわっ!? なんか飛んで……って、これはもしや……ほら、私はこれを計算して飲んでたのよ!」
突如現れたそれを指差して言う。
体のあちこちが焼け焦げた男、間違いなく今回の目当てである学院に侵入した『禁忌』だろう。
大方返り討ちにあって命からがら逃げ延びて来たのだろう。
「――!」
自分を指差し『禁忌』と言った事に男は反応する。 腕をこちらに向けて掲げ、しわかがれた声で喋りだした。
「……君達は魔術師か、そこを通してくれないかね?」
口調は穏やかだが、周りの呪力を汚し、術を放つ直前に見える。
実力行使もありなのだろう。
「はい? 何を馬鹿げた事を。私は貴方が目当てでここまで来たのよ? 逃がす訳無いでしょ?」
心底呆れた顔で首を振る女性。余裕綽々といった態度、雑魚としか見ていない。
頭の糸がブチンと切れ、今撃てる限りの最大の威力を込めた術を放つ。
巨大な矢が複数、女性の下へ高速で殺到する。
「……万全でも私には敵わないのに、手傷を負った状態で喧嘩売るとはね」
「手伝おうかの?」
「全く問題無いわ、分かってるでしょ?」
そんな状況でものんびりと会話する二人。
矢が飛んできているとは端から見たら分からないだろう。それほど迄に落ち着いて会話をしている。
遂に矢が殺到して、二人の影が木の中へ消えた。
男はフッと笑い、立ち去ろうとするが、
「ちょっと、どこへ行くの?」
突き刺さっている筈の矢がどんどんと消えていく。遂に全ての矢が消え、中からは全く無傷の二人が現れる。
「馬鹿なっ!?」
「試しに威力見てみたけど、全然ね。あ、私は連盟のこういう者だから」
やれやれと首を振り、銀色のバッチの様な物を見せてくる。
「……『審判者』!?」
「そ、私は連盟の『審判者』、アミリア・ペンドラゴン。よろしくね」
『審判者』とは、『禁忌』などの違反を犯した魔術師を裁く事を仕事とする連盟の者達の事である。
世界中に五人しかおらず、その圧倒的な能力は世界の魔術師の畏怖の対象。
このアミリアとかいう女性は、見た目は若いがそれほどまでの実力者という事になる。
「馬鹿な!? 何故お前らのような者が動く!?」
「未完ながらも貴方は『禁忌』に手を染めた。私達が動くのは当たり前よ」
狼狽する男をひたすら冷静な眼差しで見る女性。
だがそれは一瞬の事で、瞬く間に女性は男との間合いを詰め、複数の文字が刻まれたコインを宙に放る。
「『騎士王ノ聖剣』」
「――!?」
一瞬で光輝く剣に体を貫かれ、男の意識は吹き飛んだ。
あっさりと意識を刈り取られ、ぐったりと地面にひれ伏す男を見てため息を吐くアミリア。
「一瞬ね……」
「『普通』のルーン魔術でよかったろうに」
面倒くさそうに男の腕を持ち、引き摺りだしたアミリアを見ながら男は呟く。アミリアは用心にね、と答えて男の横を通る。
そのさいに再び小さな声で呟く。
「この男の呪力が一部、停止しているわ。普通じゃあり得ない事よ、調べてみて」
「……心得た。後一つ、そいつの名はリーボック。少し前から『奴ら』に取り入ろうとしていた男じゃ。まぁ、尋問しても有力な物は出てこないじゃろうがの」
その言葉を最後に男の気配が消え、別の気配が近づいてくる。
ザンッと柵を飛び越えて、江原が現れた。
「あら、江原が仕留め損ねたの? 珍しいわね」
振り向いてそう言う。
そこには江原だけが立っており、先程までいた男はいない。
「お前……一体今までどこに!?」
「仕事について貴方に言われる筋合いはないわね。貴方だって昔からサッカー見るとか言ってすっぽかしてたでしょ?」
文句を言おうとする江原を先に封じ、再び前を向いて歩き出す。男を引き摺って。
「殺してないだろうな?」
「当たり前よ、ちゃんと公正に審議にかけるわ」
「なら結構」
江原もまた、その言葉を最後に飛び上がり、柵を飛び越え森に消えた。
アミリアは最後に一言呟く。
「……『嘲笑する蛇』、グノーシスの蛇、か」
その言葉は勿論誰の耳にも届かず、本格的に昇り始めた太陽が照らし出す光に溶けて消えていくのだった。
こんにちは、神威です。本当は一話に収めるつもりが、異常に長くなった為に二話に分けます。ごめんなさい。 ではまた次回!明日にも更新したいです。