NO,25: I'm truly glad I had the chance to meet you
私は人形、この体に血潮は流れず、この胸の中に『心』は無い。 それでも貴方達は私を『人』として見てくれた。 不思議な感覚、でもそれはとても心地よくて。 私に『心』は無いけれど、それに近い『想い』を込めて、精一杯の感謝の言葉を届けたい。 心の底から、ありがとう。貴方達に出会えて本当に良かった。 NO,25: I'm truly glad I had the chance to meet you 〜貴方達に出会えて本当に良かったです〜
夜空に浮かぶ月が西に傾き、空の頂点から下り始めた時間。
頼り無い月明かりに照らし出され、森の中で一つの影が疾走している。
「フィーリアちゃん、どっちに行けば良いの〜?」
「そこを右です! その先に三人います!」
疾走しているのはミラ。現在フィーリアの指示を受け、森に入った人達を捜索中である。
フィーリア曰くそろそろ誰かがいるようだが、全く見えない。
それでも尚走り続けると、成程三つの人影が見えてきた。
「みぃ〜つけた!」
ダンッ、と高く跳躍。
三メートルは跳んでいる、多分何かの魔術だろう。
いきなり後ろから何事かを言いながら跳んだミラに三つの人影は素早く反応し、各々応戦の構えをとる。一番手前の人影なんてフラスコを二つも放ってきた。 空中で二つのフラスコはぶつかり砕け、中の液体が混ざり合う。
すると物凄い光が発せられた。
「ひにゃ〜!?」
あまりの光量に視力が一時期に奪われ、ミラは奇声を上げてベチャッと地面に落ちる。
「うぅ〜酷いよ〜」
「ミラ先輩!?」
地面でじたばたともがくミラを見て焦るのはアーニャ。フラスコを放った本人である。
敵だと思って術を使えば先輩だった。中々に嫌な感じである。
「なんて紛らわしい事するんですか!?」
しかしよく思い返せば、いきなり後ろから何事かを言って跳躍する方が悪い。そう自分に言い聞かせ、未だにもがくミラを睨む。
暫くして視力が復活したミラが起き上がる。
地面でもがいていたせいか、学院指定のローブが土まみれ。
「全く〜先輩は敬いなさ〜い!」
全然威厳の無い声で命令する、子犬ですら無視しそうな命令口調だ。
「はいはい分かりました。で、なんか用っすか?」
「はいは一回〜!」
接し方がもはや先輩と後輩の関係ではないルイス。ミラも怒るところが変である。あしらわれている事に気が付いていない。
はいは一回だのと怒っていたミラだが、自分の本来の役割を思い出して急いで説明する。……のだが、
「……マジで『禁忌』が絡んでるんっすか?」
「そうだよ〜! 古城にいるんだけど〜顔が三つあって口から火を吹くらしいよ〜」
「……(どうしましょう、ミラさん変に付け加えてます)」
変に誇張している。
フィーリアは実際に見てはないが、元々人だったんだから顔は三つ無いと思うし、火も吹かないと思う。
「それは大変っすね。じゃあ俺等は避難する為に学院に帰りますわ」
そう言って踵を返すルイス。顔が綻んでいるのは、やっとこの森から抜けれるからか。
「あ〜でも今この森の空間歪みまくってるから多分帰れないよ〜。ちゃんと目的地に着けるのあたしだけだよ〜」
去り行くルイスの背中に向かってのんびり言うミラ。自分だけ、というのが気に入ったのか胸をはっている。
するとルイスは停止、もう一度踵を返してこっちへ来る。
「……学院まで案内してもらえないっすか?」
「やだよ〜あたし古城に行くもん。さっき説明したでしょ〜」
若干引き吊った顔で頼むルイス。が、ミラはルイスの頼みを一蹴。
迷いもせずに即答。
「ほら、ミラ先輩について行くわよルイス」
「……アーニャ、死ぬぞ?」
「いざとなれば貴方を盾にするわ」
「……そうか」
とっても理不尽、だけどルイスには拒否権は無いのだろうか。
暗い雰囲気を醸し出して、とぼとぼ歩く、すんごい可哀想。
「んじゃあ〜他の人達探すからついて来てね〜」
でもミラはそんなルイスに同情しない、ていうか見てすらいない。
激しく同情してしまうフィーリアである。
ルイス達を促して、ミラは森の中へ駆け出したのだった。
「……やったな」
赤い槍が突き刺さり、地面に倒れ伏す魔女を見てアレンが呟く。
「これで生きてたら化け物よ」
ミュウも安心したのか、ほっと胸を撫で下ろしている。
アレンは魔女に近付き、槍を抜こうとした。が、
「ゲイ・ボルク……」
今まで閉じていた魔女の目が開き、そう呟きながらアレンの足を掴む。
「――っ!?」
咄嗟にアレンは槍を引き抜き、足を掴んだ手を振り払い後ろに跳ぶ。
掴んだ手を振り払われた魔女、アイフェは自分の持つ杖を支点とし、よろよろと立ち上がる。
貫かれた部分からは血が大量に流れ落ち、下に血溜まりができる。それでもアイフェは立ち上がり、アレンとミュウに焦点を合わせる。
「……化け物め」
「貫かれる直前に呪力を多量放出。軌道を逸らして心臓を貫かれるのは避けたんだわ……普通の人間なら不可能な荒業ね。でも即死を避けただけだわ、長くはもたない筈よ」
立ち上がってもふらふらと揺れるアイフェを見てそう判断するミュウ。
確かにもう虫の息だ。
しかしアイフェは二人を見たまま、ゆっくりと歩き、喋りだした。
「私は、操られていたのですね……小童ごときに、情けない……」
「操られてた? どういう意味だ?」
「多分『禁忌』を犯した奴に無理矢理ここに喚ばれたのよ。死者を無理矢理復活させる……これはケルトの禁術の一つの筈ね」
独り言の様に呟き、二人に近付いて来る。
その足取りは遅く、頼り無い。
「その呪縛から解放してくれた貴方達に……感謝……するわ」
その言葉を聞いて、二人は彼女が自分の意思で戦ってはいなかったのだと理解した。
そういえば戦いの最中ではずっとヒステリックな感じだった。神話に伝わるアイフェとは少し違う。
よろよろ歩くアイフェはもう戦う意思は無い、そう判断して二人はアイフェに近付く。
「……ゲイ・ボルク……貴方は彼の末裔なのね」
アレンを見て弱々しく微笑み、そう呟く。
今にも消えそうな、儚げな微笑み。
「……私の子孫も彼の血を引いていますの……今は、名を変えて……」
アイフェは神話ではゲイ・ボルクを持つ英雄、クー・フーリンに敗れ、その子を宿したという。
「……グレンジャーという名ですの……会ったら、仲……良くして欲しいわ」
「「……」」
二人は知っていた、自分達が戦っていたのは幼馴染の、自分の遠い先祖という事を。
だからこそ悠輝達を先に行かし、自分達が相手をしたのだ。
「私を倒したのです、貴方達二人はかなりの者。名を……教えて下さいな。……知っているかも……しれません」
「……ミュウ・ヴィントよ」
アイフェの消え入りそうな声に応え、ミュウが自分の名を名乗る。
「……私の知らない名……誰かの名が変わったのでしょうか……?」
余程知っている筈と自信があったのか、その名を聞いて首を傾げる。
「……貴方は?」
「……アレン、アレン・グレンジャー」
アレンが答え、アイフェの目が驚きで見開く。
が、少しずつ驚きの顔から微笑みに変わる。
「そう……アレン・グレンジャーというのね……」
血塗れの体でアイフェはそっとアレンを抱き締めた。
「……誇らしいわ……」
そう言って体を離す。
アレンのローブには血がべったりと付いたが、何故か悪い気がしない。
「……こんなに素晴らしい子に恵まれたのに……私がこれでは……情けない」
自嘲気味に笑う。ぼろぼろの体がそのつど悲鳴を上げる様に、貫かれた部分から血を吐き出す。
「そんな事は無いぜ? 貴女がいなけりゃ今の俺はいないんだからな」
アレンは自分の祖先に向かってそう言った言葉は荒いが優しさが感じられる。アイフェは少し驚いた顔をして、再び微笑んだ。さっきまでの弱々しく、儚げな感じが少し薄れた気がした。
「愛しい我が子……優しい……子に育ったわね。貴方達に……会えて良かった……わ」
そう言い残し、アイフェはすっと、光の塊になって天へと消えた。
その光景を見た後、ミュウがアレンに話しかける。
「ねぇ、ゲイ・ボルクの能力、投げれば30の鏃となって相手を貫く……わざと使わなかったの?」
「いや? たんにそこまでの呪力が残って無かっただけだ」
「……そう」
そう言って地面に座り、やがて仰向けになって寝転がった幼馴染を見てミュウは微笑む。
「……多分、彼女本気じゃなかったわ」
「だろうな、本気だったら今頃俺等が天に召されてる」
隣に腰を下ろしたミュウを見ながらアレンが答えた。
「……良い御先祖様ね」
「……そうだな」
ミュウもアレンの隣に寝転がり、二人して上を見上げる。
そこには崩れた天井の間から、沢山の星が夜空に煌めいていた。
「ユウキ達を追わなきゃな」
「今の状態じゃ行っても意味ないわ、少し休んでからよ。それより、アイフェに抱き締められたときあんた、鼻の下伸ばしてたでしょ? いくら美人でも御先祖様にねぇ」
「……いや、そんな事はない……多分」
――アレン達がアイフェと激戦を繰り広げた広間とはまた別の広間。
そこには今、『禁忌』を犯した者が居座っている。
「……後悔させてくれるのか、それは楽しみだ」
さっきセイラが言った事を鼻で笑う男。物凄くムカつく。
男は手を横に一振りして、さっき俺が出した炎を一瞬で消した。……ヤバい、ムカつくけど勝てそうにない。
「……はっ!」
火が消えた瞬間、隣にいたフィーネさんの姿が霞み、一瞬で男に背後につく。拳を握り、神速の正拳突きを放つ。
「甘いなぁ!」
フィーネさんの拳を突如男から生えてきた樹木が受け止め、逆にフィーネさんを弾く。
あれが禁忌なのかな?
「……っ!?」
弾き飛ばされたフィーネさんは受身を取り、素早くこちらに戻ってくる。
男の風貌は最早人じゃないね。
体のあちこちから樹木が生えて、木に寄生された人……みたいな表現が一番合っている。
「悠輝さん、あの術でどんどん炭にしちゃって下さい。私もあの人を炭にしますから」
あの術はきっと、さっき使った術だろうね。
……確かに使うときに炭になれって思ったけど、セイラが言うと恐ろしい。
炭を通り越して何がなんだか分からない物になりそうだ。
「……行きます」
ダッ、と男に向かって駆け出したセイラ。
ローブの中から指輪とナイフを取り出し、指にはめ、手に握る。
……ナイフなんて持ってたんだね。
「火星の2の護符」
そう呟いた瞬間、セイラの体が先程のフィーネさんよりも早く加速した。
「……ソロモンの護符、流石はレメティアの姫だ」
男はそう言って体に生えている樹木で自分を覆う。 その頭上に現れたのはセイラ。
手に持ったナイフをくるくると器用に回し、思いっきり切りつけた。
……中々ショッキングな場面だよ。
しかし男を覆う樹木は殆ど無傷、全く効果無し。
だからだろうか、セイラは魔神にすぐに指示を出した。即ち、フラウロスが樹木を焼き始め、フルカスが鋭い槍で突き刺した。
流石に樹木は槍を防ぎきれないらしく、どんどん深く突き刺さる。しかも、もう半分は燃えている。
可愛い女の子がとても指示を出したとは思えない光景、正直、セイラが指示を出したと信じたくない。
「悠輝さん!」
その声でハッとなる。
セイラを見ると目が追い討ちを、と言っている気がする。
……更に燃やせと?
戸惑ったけど指示を無視する事も出来ず、札を放つ。
「破邪煉火!」
煉獄の火焔が既に燃え盛っている樹木に激突し、更に激しく燃やす。
……絶対あの男死んだよ、間違いない。
「甘いと言ったよな?」
「うそぉっ!?」
突如後ろから声がして振り返ると、男が無傷で立っていた。
一体いつあの樹木から抜け出したの?
男は腕の様な樹木のまとまり、いや、樹木の様な腕を振り上げた。
すると腕に絡まっている大量の樹木が成長して、巨大な一本の樹へとなる。
それをこっちに振り落としてきた……うん、当たったら確実に死ぬ。
「うわっ!」
思いっきり横に跳んで、辛うじて避ける事に成功する。当たった地面は陥没、恐ろしい……
だけどこれで終わる訳もなく、振り落とされた後に一瞬で元の人の形に戻った腕をこちらに向ける。
すると掌からいくつもの枝の様な物が放たれる。
あれは、アレンが使う投げ矢だろうね。
「ヒイッ!?」
頭の中は冷静ではなく、変に色々な事を考えてしまう。
でも反射的に札を取り出して地面に投げる。
地面に張り付いた札は結界を作り、投げ矢を防ぐ。でも結構ヤバい、あんまりもたなそう。
「悠輝さん!」
「うわっ!?」
さっきまで結構離れた場所にいたセイラが、一瞬でこっちに現れて驚く。
本当に一瞬で間合いが詰まったよ。
セイラに腕を引かれ、気がつけばまた一瞬で別の場所に移動していた、凄すぎる。
ちょうど音をたてて結界が壊れ、ギリギリだったらしい。……助かった。
「ありがとうセイラ」
「いえ、私こそ気が抜けてました。危険な目に合わせてすいません」
あの男がいる時点で既に危ない、それに自分が仕留めたと思って無警戒だっただけ、セイラが謝る必要はない。
セイラになんて言葉を返そうか迷っている間に、男は再びこちらに向かって腕を掲げる。
「やばっ! セイラ、避けるよ!」
まだ気付いていないセイラにそう言って、セイラの高速移動で避けようとする。自分の力じゃどうにもならないんだ、人に頼って悪かったね。
男が投げ矢を放つ瞬間、フィーネさんが男の目の前に残像を引き連れて現れ、物凄い速さの蹴りを数発撃ち込む。
男は投げ矢を放つ前に後ろへ吹っ飛ばされ、壁を突き抜けていった。
「……うわぁ」
給士服であんな強烈な蹴りが出来るなんて、化け物だ。
「フラウロス、フルカス!」
セイラの命令を受けて二柱の魔神が男の追撃へ向かう。……鬼だねセイラ。
二柱の魔神は男が突き抜けていってできた壁の穴へ行き、まずフラウロスが炎を放つ。
更にフルカスが槍を掲げ、馬を走らせ追撃に向かう。
が、突如床から大量の蔦が生えてきてフルカスを乗っている馬ごと縛り上げる。
「フルカスッ!?」
全く身動きの取れないフルカス。縛り上げる蔦は更にきつく締まり、遂に嫌な音がなり、フルカスは消えた。
「全く、手荒いな……年長者は敬いたまえ」
フルカスを縛り上げて消した蔦の上、男が自分の着ていて服についた汚れを叩きながら言う。外傷は無し、服がところどころ破けているだけ。
男はトンッと床に下り、首と肩を回しながらこっち歩きだした。
すかしてムカつく。
「君達は年長者に対する接し方がなって……」
「破邪煉火」
「うぉっと!?」
『禁忌』を破ったくせに説教し始めるから、札を放ってやった。
燃え盛る炎をあっさりとかわしたから、イライラが倍増しただけになったけど……
「悠輝さん、ナイスです!」
でもセイラ的には良かったらしい。
よく見るとセイラ、キレてるね、青筋たててるね。
これは珍しい、ってもんじゃない、とてつもなく大変だ。何が起こるか分からないよ。
「顕れなさい、カイム! 地獄の鋭敏なる総裁よ!」
風が巻き、顕れたのは鴉。
普通の鴉。魔神なの?
「カイム、手っ取り早く仕留めます」
「了承した」
魔神って喋るんだね、普通の鴉って言ってごめんなさい。
セイラの言葉を聞き、カイムが首を上に上げる。
すると周りに再び風が巻き、カイムを包む。
風が止んだとき、カイムの姿は鴉から燃え盛る剣を持った男性へと変わっていた。
「フラウロス!」
セイラが呼ぶとフラウロスが一瞬でセイラの前にくる。体全体が燃えているというのに、セイラは躊躇無くフラウロスに乗る。
「行きます」
フラウロスが一気に駆け出し、カイムもそれに続く。ついでにフィーネさんも一緒に続く。
男は投げ矢を四方に大量に放ち、更に体から樹木を生やし、振り回す。
しかし振り回される樹木はカイムの剣に切り裂かれ、フラウロスに焼き切られ、フィーネさんにはかすりもしない。
「……くそがぁっ!」
自棄になったか、更に樹木を増やし、大振りで潰しにかかる。
しかし、大振りなっては更に当たりはしない。
逆に隙は大きくなり、体勢は崩れ易くなる。
セイラは男の隙を突き、一瞬で懐にナイフを突き刺さす。非常にショッキングな光景だ。
「ハッ!」
「――っ!?」
だけどそう簡単に決まる程甘くはなく、複数の蔦が懐を守り、逆にセイラを弾き飛ばした。
更に追撃、と投げ矢がセイラに放たれる。が、これはフラウロスが全て焼き払う。セイラもフィーネさんが抱き止め、カイムがその前に立つ。
……俺は何もしていない。セイラもフィーネさんも女の子、男の俺は何をしている?
ふとそう思う。自分にだって陰陽道という手段はある。でもセイラ達程魔術による戦闘は慣れてない、っていうか本格的には初めて。だけどそんなのは逃げだ、確かに怖いけど同い年の女の子が戦っていて自分はしない、それはダメだろう? 覚悟を決めろ北藤悠輝、自分だってやれる筈だ。
そう自分に言い聞かせ、走り出す。
幸い男は俺にはノーマーク、全く気付いている気配は無い。
ノーマークだった事を後悔させてやろう。
走りながら宙に描くは九字護法、縦に五本で横に四本線を、格子模様の魔方陣を描く。
その格子の一番上の段、真ん中の列から札を放って言う。
「九天応元雷声符呪」
五行の木行、最も速い術。放たれた札は途中で雷の刃となり、男に向かう。
「――!?」
直前に男は気付くが、五行最速の術。
避けきれない。
雷の刃は男の腕を一本切り裂いた。
「よしっ!」
「……ちっ」
男は切断された腕を見て舌打ちをする。
しかし、それだけ。
すぐにこっちを見て、もう一本の腕を掲げる。
すると大量の蔦が俺の周りの床から生えてきた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に前に転がって捕まるのは避けた、けど蔦はまるで意思を持っている様に後を追って伸びてくる。
「ヒイッ!?」
凄い怖い。
動きが蔦じゃなくて蛇に見える。
ビビりながらも札を取り出して五芒星を描く。
「黒天水行」
札から出てきた大瀑布が蔦を呑み込み引き千切る。 だけど安心したのはつかの間、後ろからヤバい気配がして振り向くと男が一人立っている。
「……ぁ」
「腕の借りだ」
隻腕で思いっきり吹っ飛ばされた。勿論ただの腕じゃない、大量の樹木でコーティングされている。
「がっ……!?」
「悠輝さん!?」
床に打ち付けられ、肺から空気が全体抜ける。
セイラの悲鳴が聞こえたが、返事する事は無理、軽い呼吸困難だ。
それでも立ち上がろうとするが、中々上手く立てない。
男は腕を振り上げた。
ヤバい!? そう思って腕を前に組んで取り敢えず防御の体勢に入る。今の状態じゃ術を放つのは無理だ。
振り下ろす瞬間、セイラが男の後ろに現れる。
手に持ったナイフを素早く男に突き刺そうとするが、男は一瞬で反転、セイラに振り下ろす。
「――!?」
「セ……ィラ!」
声なき声を上げて吹っ飛ばされたセイラ、フラウロスが床に叩き付けられる前に体で止め、ダメージは大きそうだがすぐに立ち上がる。
男は再びこちらを向こうとするが、今度はカイムが現れ、燃え盛る剣で切りつける。
しかし樹木に防がれ男に剣は届かない。
カイムもまた飛ばされた。 だが、男がカイムの相手をしている間にフィーネさんが隣に来て俺を引き摺りながら距離をあける。
助かった。
「だから甘いと言っているだろう?」
男がそう言ってこちらを向く、すると体から大量の投げ矢がこちらに向かって飛んできた。しかも今までのよりも大きいし、速い。避けられない!?
そう思って目を瞑る、しかし、一向に刺さった感じがしない。
恐る恐る目を開くと、そこには両手を広げて立っているフィーネさんの後ろ姿。背中からいくつかの矢の切っ先が見える。
……え?
「……フィーネ……さん?」
呼ぶが、いつもなら返ってくる返事が無い。
ゆっくり、本当にスローモーションの様にフィーネさんが倒れた。
「フィーネ……さん?」
「……なん……で……すか」
もう一度名前を呼ぶ、今度は返事が返ってきた、だけど弱々しく、とても小さな声。
胸や腹に何本もの矢が突き刺ささり、服がところどころ破けている。
でも血は流れない、破けた服の隙間から見えるのは人の肌そのものだが、赤く染まらない。それが彼女が機械人形だというのを物語る。
「どうして……?」
「分かりません、考えるよりも先に動いてました。でも今考えるとそれは正しい事だったと考えます」
こんなときでも無表情で無機質な声。いつもと変わらないけれど、その声はいつもよりも遥かに消え入りそうで弱々しい。
「私はおよそ250年、今まで学院で仕事をしてきました」
急にそんな事を話し始めたフィーネさん。
まるで、最後に何かを伝える様な感じ。
「貴方達に会うまでは、私はオートマタとしか扱われてこなかったですし、それが当たり前と考えていました。例外にミラ様がいらっしゃいますが、たまにしか会わなかったです」
弱々しくも、しっかりと話し続けるフィーネさん。喋らない方が良い、そう言いたくても言えない雰囲気を出している。
「でも、貴方達は違った。私をオートマタではなく、人として接してくれました。最初は混乱しましたが、次第に何か不思議な物が頭に浮かぶ様になりました。多分、これが『嬉しさ』なんだと思います」
さっきよりも更に声が弱々しくなる。自分でも分かっている筈なのに、それでもフィーネさんは話し続ける。
「セイラ様やミュウ様が私の調理をずっと見て真似をするのも、アレン様や悠輝様が二人に振り回されているのを見るのも微笑ましかったです。これが『楽しい』という感情なんだと思います」
もう弱々し過ぎて、聞き取りにくい。それでもフィーネさんは話し続け、自分も必死に聞いていた。
「……生き延びて下さい、悠輝様。私はここで終わるでしょう、それでも貴方は終わらないで下さい」
「そんな、終わりだなんて……」
消え入りそうで、儚げで、それでも彼女は言い切った。
「この頭に浮かぶ物がなんなのか分からなかったのですが、多分、これが『感情』なんでしょう。その『感情』を込めて貴方達に感謝を最後に言いたいです。
本当に短い間でしたが、私を一人の『人』として接してくださって、ありがとうございました。生き延びて、貴方達のそれぞれの未来を生きて下さい」
そう言って、フィーネさんは目を閉じた。
カチャリ、と音がして突き刺さった矢のある場所から一つ、歯車が転がってきた。もう、彼女が目を開ける事は無いのだろう。
向こうでセイラが何かを叫んでいる。男がこちらに向かって何かをしようとしている。
けれど、それよりも、今目の前で起きた事が信じられなくて。
『止めようよ、この悲しみを二度と感じない様に。守りたいだろ? 大切な人達を』
頭にそんな声が響いた。その瞬間、自分の中で何かが弾けた。
こんにちは、神威です。前話の前書き、縦書きにしたくて無理矢理したところらパソコンでは理解不能の暗号になってしまったため横書きにしました。ごめんなさい。 先日めっちゃお洒落な焼き鳥屋さんに行きました。今回は家族でしたが、またいつか友達や読者様達と行ってみたいです。 お盆休みが我が部活には存在せず、その前にある夏休み唯一の連休に一人でロンドンへ行ってきます。 高二が一人で行ってきます。セイラやアレン、ミュウの故郷。これでリアルなロンドン市街での話が書けます。ではまた次回!