屋台のお面屋さん 見えないお面
この話は、屋台のお面屋さんシリーズの5作目です。
前の4つの話を4つとも読んだ後でこの話を読む、という想定になっています。
屋台のお面屋さんシリーズ
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これは、神社のお祭にやってきた、ある男子中学生の話。
その男子中学生は、
クラスメイトの男女数人と一緒に、神社のお祭に来ていた。
クラスメイトたちと一緒に話しながら、お祭りの屋台を見て回る。
楽しそうにしているクラスメイトたちの中で、
その男子中学生は、居心地の悪さを感じていた。
それは、今日に限ったことではなかった。
その男子中学生は、自分がクラスメイトたちに、
上手く馴染めていないことを自覚していた。
クラスメイトたちと会話が出来ないということではなかった。
話しかけられたら、ちゃんと受け答えをするし、
自分から話しかけることもある。
問題は、クラスメイトたちと考えや行動が合わないことだった。
クラスメイトたちが全員揃って何かをしようとすると、
その男子中学生は途中で抜けて、
単独行動をしてしまうことが多かった。
自分と合わない人と一緒にいることが出来なかったり、
他にやりたいことがあって、それが我慢できなかったのが理由だった。
しかし、それは集団行動が良いとされる学校などでは、
良くないこととして叱られる原因だった。
そんなことが何度か続いて、
次第にクラスメイトたちと距離が出来ていた。
それを変えたい。
単独行動ばかりせずに、ちゃんとみんなと一緒にいられるようにしたい。
そのために、その男子中学生は今日、
気が進まないお祭りに来ていたのだった。
自分がやりたいことを、ひとりでやるのではなく、
人と一緒に何かを出来るようになりたい。
そのために今日のお祭りに来ていたその男子中学生は、
楽しそうな屋台などを見つけても、
クラスメイトたちが一緒に興味を持ってくれないときは、
我慢してクラスメイトの集団の中に留まっていた。
今は、クラスメイトたちが食べ物を食べようと言うので、
その男子中学生は、たこ焼きを買って食べていた。
買ったばかりのたこ焼きを一口食べて、クラスメイトたちに話しかける。
「この屋台のたこ焼き、すごく美味しいよ。みんなも食べてみなよ。」
その男子中学生に話しかけられて、
クラスメイトの男子中学生数人が集まってきて話し始める。
「本当に?じゃあ俺も買ってみようかな。」
「お前のたこ焼き、一つ俺にくれよ。」
「・・・悪いけど、自分の金で買ってくれ。」
せっかく話しかけたのに、無神経なことを言われて、
その男子中学生は話しかけたことを後悔したが、
それでもなんとか落ち着いて受け答えをした。
そうして話し込んでいると、
その男子中学生とクラスメイトの男子中学生たち数人が、
クラスメイトの集団から遅れていく。
すると、クラスメイトの集団の先頭を歩いていた、
クラス委員長の女子が、それに気が付いて呼びかける。
「ちょっと男子!集団から離れないで。
お祭りに行くときは集団行動でって、学校の先生に言われてるのよ。」
クラス委員長の女子に叱られて、
遅れていたその男子中学生たちは返事をする。
「はーい。」
「ちぇっ。うるさいなぁ。原因はこいつだぜ。」
「・・・仕方がないよ、集団行動の和を乱さないようにしよう。」
その男子中学生は、遅れた原因を自分のせいにされて、
あやうく喧嘩しそうになるところを我慢した。
クラス委員長の女子に注意されたその男子中学生たちは、
不満を口にしながら小走りでクラスメイトの集団に追いつく。
最後に追いついたその男子中学生に、
クラス委員長の女子が近付いてきて言った。
「またあなたが原因なんでしょう。
目を離すとすぐ集団行動の和を乱すんだから。」
その男子中学生は、自分だけが嫌味を言われたのが気に食わなかったが、
これもクラスメイトの集団に馴染むためと割り切って、謝ることにした。
「・・・ごめん、僕がみんなを呼び止めたのが悪かったよ。」
そう言われて、クラス委員長の女子は驚いた。
クラス委員長の女子は、いつもその男子中学生を見ていたので、
素直に謝られるとは思っていなかった。
だから、クラス委員長の女子は、
その男子中学生の普段とは違う素直な様子に、驚いて聞き返した。
「あなた、今日は素直なのね。どうしたの。」
せっかく謝ったのに驚かれて、
その男子中学生はまたもや機嫌が悪くなりそうになった。
それでもクラスメイトたちと一緒にいるために、
クラス委員長の女子に、落ち着いて理由を説明した。
「別に、僕が悪いと思ったから謝ってるだけだよ。」
「そう・・・なら良いけど。
あなた、また何か無理してるんじゃないかと思って。」
今度は、その男子中学生が驚いて、クラス委員長の女子の顔を見た。
心の中を、クラス委員長の女子に見透かされたような気がした。
驚いているのを気付かれないように、その男子中学生は返事をする。
「たとえ無理してでも、集団行動には馴染まないといけないんだろう?
さっき、集団行動の和を乱すなって言ってたじゃないか。」
「それは・・・学校の先生に、集団行動をするようにって言われてたからよ。
悪かったわよ、言い過ぎたわ。あなただけのせいじゃないものね。」
その男子中学生が、ちゃんと理由を説明したのが通じたのか、
クラス委員長の女子は、逆に頭を下げて謝った。
そこまでされるとは思ってなかったので、
その男子中学生はあわてて言葉を返す。
「そこまで謝らなくていいよ。僕こそ悪かったよ。
クラス委員長を責めるつもりじゃなかったんだ。
ただ、クラスメイトたちと話そうと思っただけだよ。」
その男子中学生とクラス委員長の女子、
お互いに下げた頭を上げて顔を見合わせた。
クラス委員長の女子は、少し心配そうに言葉をかける。
「分かったわ。無理しないでね。
無理してまで、クラスメイトの集団といっしょにいなくてもいいのよ。
でも、もし抜け出したくなったら、
そのときは、わたしに一言いってくれると嬉しい。」
「分かった。
単独行動するときは、なるべく相談してからにするよ。」
そうして話し終わったクラス委員長の女子は、
クラスメイトの集団の先頭の方へ戻っていった。
その男子中学生がクラス委員長の女子と話終わると、
今度はクラスメイトの男子がやってきて、話しかけてきた。
「お前、またクラス委員長に怒られてたのか。
相変わらずのろまだなぁ。」
ニヤニヤと嫌味な顔をしながらやってきたのは、
クラスメイトのいじめっ子の男子だった。
そのいじめっ子の男子は、クラスメイトたちの問題児だった。
その男子中学生も、そのいじめっ子の男子のことが苦手で、
普段あまり関わらないようにしていた。
しかし、クラスメイトの集団に馴染むためには、
苦手な相手を避け続けるわけにもいかない。
その男子中学生は意を決して、
いじめっ子の男子の相手をすることにした。
「・・・えっと、僕に何か用?」
ぎこちない笑顔で聞き返すその男子中学生。
それに対していじめっ子の男子は、意地悪そうな顔で言い返す。
「のろまって言ったんだよ。」
いじめっ子の男子に嫌味を言われて、その男子中学生は腹が立った。
普段なら腹立ち紛れに反応して喧嘩になるのだが
今日はそうはならなかった。
その男子中学生は、できるだけ冷静に応える。
「・・・さっきのことは、僕だけが原因じゃない。
それはクラス委員長にも分かってもらえた。
それに・・・」
「それに?」
「それに、僕はのろまじゃない。
今後、言わないでもらいたい。」
そう言われて、いじめっ子の男子はおかしそうに笑った。
「なんだお前、のろまって言われたの気にしてたのか?」
「言われて気分よくはならないよ。
嫌いな相手に言われたら、なおさらだ。」
「嫌いな相手って、面と向かって言ってくれるな。
俺もお前が嫌いだ。」
「僕たちはお互い、嫌いな者同士ってわけだ。
それなら、あまり話をしないようにしよう。
それがお互いのためだと思う。」
その男子中学生は、喧嘩にならないように、言葉を選んで話した。
いじめっ子の男子は、
その男子中学生が、落ち着いて受け答えするのを見て、
さっきまでの嫌味な顔とは違う笑みを浮かべた。
そして、こちらも落ち着いて応える。
「そうだな、誰とでも仲良くする必要はない。俺もそう思う。
今は、お互い話をしないほうがよさそうだな。」
笑みを浮かべたまま、いじめっ子の男子は、
仲がいい男子中学生たちがいる方へ戻っていった。
その後姿を見ながら、その男子中学生は言葉をこぼす。
「落ち着いて喧嘩をするなんて慣れないけど、
言いたいことは言えた・・・かな。」
いじめっ子の男子が完全に離れるのを確認して、
その男子中学生は疲れから、がっくりと肩を落とした。
その男子中学生は、クラス委員長の女子といじめっ子の男子と、
立て続けに慣れない話をして、疲れから、がっくりと肩を落としていた。
その男子中学生の疲れた様子を見て、近寄ってくるクラスメイトがいた。
近寄ってきたのは、サッカー部のエースの男子だった。
サッカー部のエースの男子は、
疲れたその男子中学生の肩に手を乗せて、気さくに話しかける。
「よっ!なんだか疲れてるみたいだな。大丈夫か?」
その男子中学生は、疲れた顔で返事をする。
「ああ、大丈夫。慣れないことをして、ちょっと疲れただけだよ。」
「どうしたのか知らないけど、あんまり根を詰めるなよ。
サッカーだって、ずっと走りっぱなしじゃ身がもたないぜ。
ボールを持っていない時には、走らず歩いたり立ち止まったりするもんだ。」
「ありがとう。
でも、僕は今、サッカーをしてるわけじゃないから、
どんなときに立ち止まったらいいのかわからないよ。
僕がやっていることは、
サッカーみたいにわかりやすく結果が出るものじゃないんだ。」
「それはそうだな。
これは、俺がいつも心がけてることってだけさ。
気に触ったなら謝るよ。」
「こっちこそ、ごめん。
せっかく励ましてくれたのに、文句を言ってしまったみたいで。」
「いいってことさ。人を励ますのって難しいな。」
その男子中学生とサッカー部のエースの男子は、
お互いに頭を下げて謝ることになってしまった。
そこに、クラスメイトの女子たちが近寄ってきて、話に割り込んできた。
「ねぇ、男ふたりで何を話してるの?さっきの話なんだけど・・」
近寄ってきたクラスメイトの女子たちに取り囲まれて、
サッカー部のエースの男子は引き離されてしまった。
取り囲まれたサッカー部のエースの男子は、
すぐにクラスメイトの女子たちと楽しそうに会話を再開した。
その男子中学生は、それに参加する気にはなれず、
距離を取って少し離れたところから、その様子を見て言葉をこぼした。
「あいつはいいよな。サッカーっていうわかりやすい目標があって。
今の僕にはそんな目標は無いし、すぐに成果をだせそうなこともない。
でも、励ましてもらえたことは感謝しなきゃ。」
その男子中学生は、励ましてもらえたことに感謝しつつ、
励ましてくれた相手に文句を言ってしまったことに、罪悪感を感じていた。
その後も、その男子中学生とクラスメイトたちは、
屋台で食べ物や飲み物を買ったりしながら、お祭りをまわっていた。
その男子中学生は、普段はしないような難しい話を、
立て続けに3人としたことで、すっかり疲れてしまっていた。
気疲れしたその男子中学生は、クラスメイトの集団の中に留まってはいたが、
誰と話すでもなく、黙ってひとりで歩いていた。
そうしてクラスメイトの集団は、お祭りの中を歩いていくうちに、
いつしかお祭りの端にたどり着いていた。
お祭りの屋台はそこで途切れていた。
しかしよく見ると、少し離れたところに、もうひとつだけ屋台があるのが見えた。
クラス委員長の女子が、クラスメイトたちに向かって話す。
「ここでお祭りの屋台は終わりみたいね。
向こうにもう一軒の屋台があるけど、どうする?」
クラスメイトの集団に向かって話しかける、クラス委員長の女子。
しかしその視線は、その男子中学生に向けられていた。
それにつられて、クラスメイトたちの視線が、その男子中学生に向けられていく。
その男子中学生は、自分に集まったクラスメイトたちの視線に圧倒された。
クラスメイトたちの視線が、何かを期待しているような気がしてくる。
クラスメイトたちの視線に押されて、自分の意見が言えなくなっていく。
クラス委員長の女子の視線だけは、違うことを期待しているように感じるのに、
でも、多数のクラスメイトたちの視線に圧倒されて、
その男子中学生は、自分の意見が言えなくなってしまった。
苦しそうに口を開いて、言葉を絞り出す。
「・・・ぼ、僕は行ってみたい。
でも、みんなが行きたくないのなら、僕も行かなくていい。」
その男子中学生が、クラスメイトたちの視線に圧倒されて口にした言葉は、
必ずしも、自分が本当にしたいと思っていることではなかった。
クラスメイトたちと一緒にいるためには、
クラスメイトたちが期待することをしなければ。
そんなことを考えてしまい、自分が本当に言いたいことが言えなかった。
しかしそれを察したのか、クラスメイトたちが、ずけずけと言う。
「遠慮すんなって、本当は行きたいんだろう?」
「あたしは行きたくないんだけど。」
「あたしも。」
「仕方がない。面倒だけど、俺は行ってやってもいいぜ。」
今いるお祭りの端から、少し離れた屋台まで行くかどうか。
クラスメイトたちの意見は、半々といったところのようだ。
それを見て、クラス委員長の女子が、手を叩いて声を上げた。
「はい、みんな聞いて。
行きたい人も行きたくない人もいるようだから、こうしましょう。
あの屋台に行きたい人は、わたしと一緒に行きましょう。
行きたくない人は、ここで待っていて。」
そう言われて、
屋台に行きたくないと言っていたクラスメイトたちが、顔を見合わせる。
「こんなところで待ってるのは嫌だし、だったら一緒に行くわ。」
「・・・あんまり行きたくないけど、わたしも行く。」
屋台に行きたくないと言っていたクラスメイトたちは、
強く反対することはなく、
結局、全員一緒に行くということになった。
話がまとまると、クラス委員長の女子が、その男子中学生に話しかけた。
「ほら、ちゃんと話をしたら、みんな一緒にいってくれるって。
これでいいでしょう?」
「あ、ああ。ありがとう。」
その男子中学生は、結果として自分の希望通りになったが、
自分の意見をクラスメイトたちに押し付けたような気がして、
罪悪感を感じていた。
そうして、その男子中学生とクラスメイトの集団は、
お祭りの端から少し離れたところにある屋台に行くことになった。
その男子中学生とクラスメイトの集団は、
お祭りの端から少し離れたところにある屋台に向かった。
その屋台に近付くにつれて、
何かがたくさん飾られているのが見えてきた。
もっと近付いてみると、それは顔のようなものだった。
それを見て、クラスメイトたちが声を上げる。
「見てあれ、動物の顔じゃない?」
「うそ?気持ち悪い。」
「動物の顔を並べてるのか?この屋台。」
「まさか、本物の顔なわけがないさ。きっと作り物だろう。」
クラスメイトたちの言葉を聞きながら、
その男子中学生は屋台にさらに近付いて、飾られている顔をよく確認してみた。
そして、クラスメイトたちのほうを振り返って言った。
「・・・これはお面だよ。
よく出来ているから、遠目には本物の動物の顔のように見えるけど。」
そう言われて、クラスメイトたちは恐る恐る屋台に近付いて確認する。
「本当だ、これはお面だ。」
「これがお面なの?リアルすぎて気持ち悪い。」
確かに、その男子中学生の言う通り、それはお面だった。
その屋台には、黒い壁が立てられていて、
そこに、狐や狸など様々な動物の顔のお面が飾られていた。
お面は精巧に出来ていて、本物の動物の顔に見間違えるほどだった。
「なんだ、よく見たらこれお面じゃないか。びっくりして損したぜ。」
いじめっ子の男子が、犬の顔のお面をつまんで言った。
「どうやら、この屋台はお面屋さんみたいだね。」
その男子中学生は、お面を間近に見ながら言った。
お面だと分かって安心したのか、
クラスメイトたちがお面に近寄って話し始める。
「見て、これ!猿のお面よ。本物みたいで気持ち悪い。」
「売り物なんだから、あんまり触らない方が良いわよ。」
「壊さなければ大丈夫だろう、クラス委員長。」
「あそこにいるのは店員じゃないか?
これ、触っても大丈夫ですか?」
いつの間にか、その黒いお面屋の屋台の脇に、黒い法被を着た男が立っていた。
その黒い法被を着た男は、うつむき加減に応える。
「・・ああ、触ってもいいよ。
よかったら、試着しても構わないよ・・。」
「それなら良いのだけれど。ご迷惑をおかけします。」
クラス委員長の女子が、律儀に頭を下げた。
それを他所に、クラスメイトたちは、お面を顔に被せて遊び始めた。
「お面の試着だって!やってみましょうよ。」
「気持ち悪い!あんたが先にやんなさいよ。」
「俺はこの犬のお面を被るぜ。強そうだろう。」
クラスメイトたちは、
お面を観察しているその男子中学生と、
黒い法被を着た男に挨拶をしているクラス委員長の女子を放っておいて、
お互いにお面を被せてみせて、はしゃいでいる。
すると、サッカー部のエースの男子がお面を手に持って、
その男子中学生に近寄ってきた。
「お前も一緒にどうだ?このお面、よく出来てるぜ。」
その男子中学生は、差し出されたお面を思わず受け取る。
手渡されたお面は、カメレオンの顔のお面だった。
その男子中学生は、
手渡されたカメレオンのお面を、まじまじと見つめた。
そのカメレオンのお面は、とても精巧にできていて、
まるで本物のカメレオンの顔のようだった。
しかし、その男子中学生は、
お面を被るよりも、お面の顔を見ている方が楽しそうだと感じていた。
だから、その男子中学生は、受け取ったお面を返して言った。
「・・・僕は止めておくよ。」
「どうした?何か気に入らなかったか?」
お面を返されたサッカー部のエースの男子が、不思議そうな顔で尋ねた。
「いや、そうじゃないよ。
ただ、動物の顔のお面を被ることに、興味がないだけだよ。
僕は、お面を被らずに眺めているほうが楽しい。
人の顔のお面でもあったら、被ってみたいと思うけどね。」
丁寧に理由を説明されて、サッカー部のエースの男子は、納得して応える。
「そうか、自分がお面を被っていたら、
自分で自分の被っているお面の顔を見ることができないものな。」
「そういうこと。
同じことでも、楽しみ方はいくつもあるんだ。
でも、後で気が向いたら、僕もお面を被ってみるよ。
誘ってくれて、ありがとう。」
その男子中学生は、誘いを断ってしまったが、
誘ってくれたことには感謝することができた。
その返事を聞いて、サッカー部のエースの男子は不満そうな顔はしていない。
むしろ、断る理由を聞いて、納得しているようだった。
そのやりとりを見ていたクラス委員長の女子は、微笑んでいた。
3人はそれぞれ満足しているようだった。
そこに、クラスメイトの女子が無遠慮に割り込んできた。
「ねえ、そんなやつを相手にしてないで、こっちで話をしましょうよ。」
そうしてサッカー部のエースの男子は、
クラスメイトの女子たちに引っ張られていってしまった。
残ったその男子中学生に、クラス委員長の女子が話しかける。
「せっかく誘ってもらったのに、断ってしまったのね。
断り方は悪くなかったと思うわ。
でも、カメレオンの顔のお面なんて、あなたにぴったりだと思ったのに。」
「・・・どういう意味だよ、それ。
僕が、まわりに合わせて顔色をころころ変えるって言いたいのか。」
「そうじゃなくって・・人の話をちゃんと聞きなさいよ。」
「もういいよ。」
その男子中学生は、クラス委員長の女子に悪口を言われたと思い込んで、
怒りでちょっと顔を赤くすると、顔を背けて聞く耳を持たなかった。
その後もしばらく、クラスメイトの集団は、
その黒いお面屋で楽しそうに遊んでいた。
しかし、その男子中学生は、
クラスメイトたちとのやり取りに、すっかり疲れてしまい、
会話には参加せず、クラスメイトの集団の端でひとり、ぐったりとしていた。
ぐったりとしたその男子中学生は、
何気なく、黒いお面屋の屋台の脇に視線を向けた。
すると、動物の顔のお面が飾ってある黒い壁の裏面から、
何かがはみ出しているのが見えた。
「うん?何だあれ。何かが、はみ出してる。」
その男子中学生は、それがもっとよく見えるように移動した。
すると、楽しそうに会話をしているクラスメイトたちに近付く形になった。
その男子中学生が近寄ってきたので、クラスメイトたちが怪訝な顔をする。
「あんた、急にこっち来てどうしたの。」
「やっぱりお前も、お面を被ってみたくなったか?」
その男子中学生はそれには応えず、黒い壁の脇を見ながら言った。
「いや、そうじゃなくて。
この黒い壁の裏面にも、何かあるみたいなんだけど・・・。」
「なんだって?裏面?」
「よく見えないけど、屋台の道具でも置いてあるんでしょ。」
「ねえ、それよりこっち見てよ!面白いわよ。」
その男子中学生の声は、クラスメイトたちの声で、かき消されてしまった。
クラスメイトたちはもう誰も、
お面屋の黒い壁の裏面に興味を持っていないようだ。
それでも、その男子中学生は、お面屋の黒い壁の裏面が気になった。
しかし、今日はクラスメイトたちと一緒にいようと決めていた。
他に誰も興味を持ってくれないのに、
自分だけ裏面を調べに行っていいものかと、気が引けた。
クラス委員長の女子に相談してみようかと、姿を探す。
クラスメイトの集団のほうから、クラス委員長の女子の声が聞こえた。
「みんな、あんまり大騒ぎしないで!」
クラス委員長の女子は、
大騒ぎしているクラスメイトたちをなだめるのに忙しそうで、
相談できそうもなかった。
仕方がなく、その男子中学生は、
自分だけが黒い壁の裏面を見に行くのは止めることにした。
そうしてその男子中学生は、自分がやりたいことも出来ず、
かといって、クラスメイトたちの会話に参加することもできず、
ひたすら我慢をすることになった。
「いやー、あのお面屋、面白かったなー。」
サッカー部のエースの男子が、満足そうに言った。
結局、その男子中学生とクラスメイトの集団は、
お面屋の黒い壁の裏面を確認することもなく、
その後、黒いお面屋の屋台を離れて、お祭りの方に戻ってきていた。
そしてまた、屋台の食べ物などをつまみながら、お祭りをまわる。
「おっ、あのジュース美味しそうだな。俺、買って来るよ。」
「俺にも一口飲ませてくれよな。」
その男子中学生も、なんとか会話に参加しようと、口を挟む。
「でも、さっきから飲み物ばかり飲んでいるし、
これ以上飲んだら、トイレに行きたくなるんじゃないか?」
その男子中学生の言葉に、クラス委員長の女子が続く。
「そうね。わたしもそう思うわ。
トイレはここから遠いわよ。それに、混んでると思うわ。」
その男子中学生とクラス委員長の女子に言われて、
サッカー部のエースの男子は、考えを変えたようだ。
「それもそうだな。じゃあジュースは止めておくか。
それじゃ俺は、あのくじ引きを見てくるよ。」
そうしてその男子中学生は、
クラスメイトたちの会話に、かろうじて参加していた。
しかし、頭の中では、
さっきのお面屋の黒い壁の裏面が気になって仕方がなかった。
その男子中学生は、思わず独り言をこぼす。
「こんなことなら、自分ひとりだけでも、
お面屋の黒い壁の裏面を見にいっておけば良かった。
でも、クラスメイトたちと一緒にお祭りに来たんだから、
自分だけ別行動するのは控えないとな。
・・・でもやっぱり気になる。」
そうしてその男子中学生は、自分がやりたいことも出来ず、
クラスメイトたちとの会話にも身が入らずにいた。
そうして、その男子中学生と、クラスメイトの集団が、
黒いお面屋の屋台から、ふたたびお祭りのほうに戻ってからしばらく。
お祭りの屋台を、おおよそ見終わっていた。
クラス委員長の女子が、
クラスメイトたちのほうを振り返って声をかけた。
「だいたいお祭りは見て回ったわね。
まだ少し早いけど、今日はもう解散にしましょうか。」
そうして、クラス委員長の女子の号令で、
クラスメイトの集団は解散することになった。
「いやー楽しかったな。
くじ引きで、サッカーボールまで当てちゃったし。」
「さすが、サッカー部のエースは違うわね!」
「俺も、旨いもんが食えて楽しめたよ。」
クラスメイトたちは、楽しいお祭りの思い出をお土産に、
家に帰るために散り散りになっていく。
そうして、
その男子中学生も、自分の家へ帰ろうと歩き出したとき、
クラス委員長の女子が近寄ってきて、話しかけてきた。
「あなた、今日はよくクラスメイトたちと合わせられたわね。」
「・・・うん、今日はそうしようと思ったから。」
「それで、あなたはお祭りを楽しめたの?」
クラス委員長の女子の問いかけに、
その男子中学生は、しばらく迷ってから頭を横に振って応えた。
「僕はお祭りを・・・楽しめなかった。
みんなと一緒にいられたのは良かったけど、
自分がやりたいと思ったことは我慢しなければならなかった。」
その返事を、クラス委員長の女子は予想していたようだった。
「そんなに無理をしてまで、
クラスメイトたちと一緒に行動しなくても良かったのに。
協調性が無いって言ったことは、もう謝ったでしょう?」
「クラス委員長に言われたからってわけじゃないよ。
単独行動は控えようって、自分で決めただけだよ。」
そこに、話が聞こえたのか、
近くにいたサッカー部のエースの男子が口を挟んできた。
「無理に自分を犠牲にしたって、そんなの意味ないぜ。
他人からは、その人がどれだけ我慢してるかなんて、わからないんだから。」
「じゃあ、僕はどうしたら良かったんだろう。」
その男子中学生の問いかけに、
今度はいじめっ子の男子が口を挟んでくる。
「そんなの決まってるだろ?
だからお前はのろまなんだよ。」
「・・・どういうことだよ?」
怪訝な顔をするその男子中学生の後ろから、
クラス委員長の女子が背中をポンと押した。
「簡単なことよ。
今からでも、自分がやりたいことを、楽しんでくればいいのよ。
お祭りは、まだ終わってないんですもの。
過ぎたことは取り戻せないけれど、
これからを有効に使えばいいのよ。」
背中を押されてよろけたその男子中学生が、驚いた顔で聞き返す。
「これから、自分ひとりで別行動をしてもいいのか?」
クラス委員長の女子は、腕を組んで頷く。
「もちろん良いわよ。今日はもう解散したんですもの。
あなたに無理をさせた手前、わたしが付き添ってあげるわ。
もちろん、あなたのやることには、何も口を出さない。」
いじめっ子の男子と、サッカー部のエースの男子は、
それを見て、笑みを浮かべながら言う。
「俺は、腹がいっぱいだから、もう帰るけどな。」
「俺も、荷物があるし、もう帰るよ。
ふたりとも、気をつけてな。」
その男子中学生は、しばらく迷った後、ふたりに頷いて応えた。
クラス委員長の女子も、そのふたりに笑顔で頷いている。
その男子中学生が口を開く。
「みんな、ありがとう。
それじゃ僕は、ひとりで残りのお祭りを楽しむよ。」
そうしてその男子中学生は、クラス委員長の女子の付き添いの元、
ひとりでお祭りの残りを楽しむことになった。
その男子中学生が、クラスメイトたちと解散した後で向かった先、
それは、お祭りの端から少し離れた場所にある、あの黒いお面屋だった。
その男子中学生は、今日のお祭りをクラスメイトたちと一緒に過ごすために、
自分がやりたいことをずっと我慢してきた。
そして今、その男子中学生は、集団行動の制限から解き放たれた。
そんなその男子中学生が、残り少ないお祭りの時間でやりたかったこと、
それは、あの黒いお面屋に行くことだった。
あの時に見つけた、黒いお面屋の裏面に見えた何か、
それを確認できなかったのが心残りだった。
その男子中学生は、ふたたびお祭りの端にたどり着いた。
「確かこの辺りだったと思ったんだけど・・・あった。」
その男子中学生が、お祭りの端から辺りを見渡すと、
少し離れた場所にはまだ、その黒いお面屋の屋台があった。
その男子中学生とクラス委員長の女子は、黒いお面屋の屋台に向かう。
その黒いお面屋には、変わらず黒い壁が立ててあって、
そこには精巧な動物の顔のお面がたくさん飾られていた。
「動物の顔のお面もおもしろいけど、
僕が気になったのは、これじゃないんだよな。」
その男子中学生は、動物の顔のお面が飾られた、
黒い壁の前を通り過ぎて、気になっていた方へ向かう。
「さっき来た時、黒い壁の脇から何かが見えたんだよな。
こっちの方だと思うんだけど。」
お面が飾ってある黒い壁の脇を確認する。
すると、黒い壁の脇に、裏面から何かがはみ出ているのが見えた。
「・・・やっぱりそうだ。この壁の裏面にも何かがある。」
まわりを見渡すが、
さっき来たときにいた、黒い法被の男の姿は見えない。
「どうしよう、裏面を黙って見るのはまずいかな。」
迷っているその男子中学生に、
一緒にいたクラス委員長の女子が言う。
「いいんじゃないの?立入禁止とは書いてないんだから。
もしまずかったら、わたしが一緒に謝ってあげるわよ。」
クラス委員長の女子に後押しされて、
その男子中学生は、黒いお面屋の裏面に回り込んだ。
その男子中学生は、
黒いお面屋の裏面に回り込んで、そこにあるものを確認しようとした。
そして、目に入ってきた光景に足を止めた。
「・・・やっぱり、こっちにもあった。」
その黒いお面屋の裏面には、表面と同じく、黒い壁が立てられていて、
そこにたくさんのお面が飾られていた。
しかし、そこに飾られていたのは、動物の顔のお面ではなかった。
その男子中学生とクラス委員長の女子は、驚きの声を上げる。
「すごい。なんだこれは。」
「気味が悪いわね。」
黒い壁の裏面に飾られていたのは、人の顔の精巧なお面だった。
そこには、見知らぬ人の顔だけでなく、有名人の顔のお面も並んでいる。
人の顔のお面を見ながら、その男子中学生とクラス委員長の女子が話をする。
「これも、お面だよな?まるで本物の人の顔みたいだ。」
「見て、あれ。」
クラス委員長の女子が、黒い壁の一角を指差して息を呑む。
そこには、その男子中学生のクラスメイトたちの顔のお面が並んでいた。
それを見て、その男子中学生も息を呑んだ。
「どうして、有名人でもない、僕のクラスメイトたちの顔のお面がお面屋に?」
すると、いつの間にそこにいたのか、
黒い法被を着た男が、その男子中学生たちふたりに近寄ってきて声をかけた。
「そのお面は、さっき型を取ったばかりの出来たてだよ・・。
人の顔のお面を被れば、その人になりすますことができるんだ。
こっちのお面も試着できるから、よかったら試着してみな・・。」
人の顔のお面の試着と言われて、その男子中学生は考え込んだ。
「・・・人の顔のお面か。」
そして、あるアイデアを思い付いて口を開いた。
「実は、欲しいお面があるんです。」
黒いお面屋の裏面には、人の顔を精巧に模したお面が並んでいた。
その中には、その男子中学生のクラスメイトたちの顔のお面も並んでいた。
人の顔のお面を被れば、その顔の人になりすますことができるという。
そう言われて、その男子中学生に、あるアイデアが浮かんだ。
その男子中学生は、黒い法被の男に確認する。
「ここにある、人の顔のお面を被れば、
そのお面の顔の人に、なりすますことが出来る。
さっきそう言いましたよね。」
黒い法被を着た男は、静かに頷いて応える。
「・・ああ、そうだよ。試してみるかい?」
そこで、その男子中学生は、目をつぶって考えた。
人の顔のお面を被って、その顔の人になりすまして、
何をすることができるだろう。
お面を被って悪さをして、誰かに罪をなすりつけるか。
お面を被って演技をして、誰かを驚かせてみるか。
お面を被って、誰かと存在そのものを入れ替えてしまうか。
それとも、複数のお面を使って、
その場その場でなりすます顔を変えて、都合よくしのぐか。
どれも、いいアイデアだとは思えない。
それは、ただのいたずらだったり、
あるいは他人の真似をするだけだったり、
それは、自分がやりたいこととは違う。
それでは、自分がなくなってしまう。
人と馴染むために自分を犠牲にすること、
それは止めようと決めたばかりだ。
では、どうしたらいいだろう。
その男子中学生は、目をつぶったまま考えた。
そして、静かに目を開くと、思い付いたことを口にした。
その男子中学生が、ゆっくりと話をはじめる。
「僕が被ってみたいお面は、ここにはありません。」
「・・ほう?」
黒い法被の男が、怪訝そうに聞き返した。
クラス委員長の女子が、心配そうに見ている。
その男子中学生は、落ち着いて言葉を続けた。
「僕が被ってみたいのは・・・僕の顔のお面です。」
「自分の顔のお面・・?」
クラス委員長の女子が、驚いた顔で聞き返した。
その男子中学生は、クラス委員長の女子のほうを向いて話す。
「そうだよ。
僕が、お面を被ってなりすましたいのは、
他の誰でもない、自分自身だ。
人と一緒にいても、自分を見失わないようにしたい。
そのために、自分の顔のお面が欲しい。」
その男子中学生は、
黒い法被の男のほうに向き直ると、話を続ける。
「ここには、有名人でもない、
僕のクラスメイトたちの顔のお面があるくらいなんだ。
だから、僕の顔のお面だって作れるんでしょう?
だったら、今の僕の顔のお面を作って欲しい。
そのためには、どうしたらいい?」
その男子中学生が言い終わるのを待ってから、
黒い法被の男は、愉快そうに返事をした。
「・・ああ、今すぐにでも、あなたの顔のお面が作れるよ。
顔の型を取るから、どれかお面を被ってみてくれ・・。」
「お面を被るって、どれでもいいの?」
「ああ、どれでもいいよ・・。」
「じゃあ・・・このお面なんてどう?」
話を聞いていたクラス委員長の女子が、
その黒いお面屋の屋台の表面から、お面を取って持ってきてくれた。
クラス委員長の女子が持ってきてくれたお面は、カメレオンの顔のお面だった。
その男子中学生は、カメレオンの顔のお面を受け取って、複雑そうな顔をした。
「これ、さっきも僕に渡してきたお面だよな。
クラス委員長は、僕がカメレオンに似てるって、そんなに言いたいのか。
顔色がころころ変わるし、そう思われても仕方がないけど。」
クラス委員長の女子は、
その男子中学生が不機嫌になりそうなのを見て、慌てて説明する。
「違うのよ。悪口や当てつけじゃないの。
あのね、カメレオンって、感情が表に出やすい動物なのよ。
他の人と同じことを考えていても、
カメレオンはそれが素直に表に出てきてしまう。
他の人は、それが表に出てこないだけ。
それだけの違いだって言いたかったのよ。」
「・・・そっか。」
その男子中学生は、クラス委員長の女子の説明に納得したようだった。
受け取ったカメレオンのお面を、顔に被せてみる。
カメレオンのお面は、顔に吸い付くようにしてくっついた。
お面越しに鏡で顔を確認してみる。
その男子中学生の今の顔は、
焦ったり怒ったりしていない、落ち着いた顔だった。
その男子中学生は、黒いお面屋で、
自分の顔のお面を作ってもらうことになった。
そして、お面の顔の型を取るために、カメレオンの顔のお面を被った。
黒い法被の男が言うには、これで顔の型が取れるという話だった。
「お面を被ってみたけど、それでどうしたらいいの?」
その男子中学生は、黒い法被の男に尋ねた。
黒い法被の男が、何か道具のようなものを触りながら返事をする。
「お面を被ったまま、しばらく待ってておくれ。
その間に、こっちでも準備するからね・・。」
黒い法被を着た男に言われて待つことしばらく。
なんとなく、顔に吸い付いたお面が固くなってきた気がする。
すると、黒い法被を着た男が声をかけてきた。
「・・もういいよ。お面を外してこっちに渡しておくれ。」
言われた通りにお面を外して渡す。
お面を外した時に確認すると、
顔に吸い付いていた部分が、顔の形に固まっていた。
それを使ってお面を作るのだろう。
黒い法被の男は、その男子中学生が被っていたお面を受け取ると、
それを持ってどこかへ消えていった。
その男子中学生が、被っていたお面を渡してからしばらくして、
黒い法被の男が戻ってきた。
手にはお面を持っている。
「ほら、これがあなたの顔のお面だよ。」
黒い法被の男が、その男子中学生にお面を手渡した。
その男子中学生は、受け取ったお面をまじまじと見る。
「これが、僕の顔のお面・・・。」
渡されたお面は、毎日鏡で見慣れた、自分の顔の形をしていた。
自分の顔のお面を片手に、黒い法被の男に尋ねる。
「このお面を被ったら、自分になりすますことが出来るの?」
黒い法被の男が説明する。
「このお面は、今のあなたの顔のお面だよ・・。
だから、このお面を被れば、今のあなたになれる。
でも、今のあなたになりすますことができるだけ。
何も足したり引いたり出来ない。
それだけのお面だよ・・。」
説明を聞いて、その男子中学生は満足そうに頷く。
「それでいいんです。
僕は、自分を見失いたくない。
今のままの自分で構わない。
自分になりすますだけ、それが出来るのがいいんです。」
その男子中学生は、渡された自分の顔のお面を被ってみた。
お面は顔に吸い付くようにぴったりとくっついた。
お面越しに鏡で確認する顔は・・・自分の顔だった。
クラス委員長の女子が、
お面を被ったその男子中学生の顔を、まじまじと見つめる。
「当たり前だけれど、あなたの顔そのままね。
お面を被っているようには見えないわ。
表情も、落ち着いているときのあなたのように見える。」
クラス委員長の女子の言葉に、その男子中学生は頷いて応えた。。
「ああ。自分でも、お面を被っているようには見えないよ。」
その男子中学生は、お面を外して、黒い法被の男に向き直った。
「それで、このお面はいくらですか。
もう作ってもらってしまってから言うのはなんだけど。
僕が持っているお金で足りるかな・・・。」
「足りなかったら、わたしが持ってる分も貸してあげるわ。」
しかし、黒い法被を着た男は、首を横に振って応えた。
「顔は、他人から見た自分を表す。
自分の顔以外の顔を手に入れるには、代わりに自分の全てが必要になる。
でも、そのお面は、あなた自身の顔のお面だ。
だから、対価は必要ないよ・・。」
「お金は、いらないってこと?」
「そうだよ・・。」
どうやら、お面の代金は必要ないようだ。
「じゃあ、このお面はもらっていくよ。
どうもありがとう。」
「・・毎度。」
黒い法被を着た男が、揉み手で挨拶を返した。
クラス委員長の女子が、その男子中学生の袖を引いて言う。
「ねえ、そろそろ行きましょう。夜も遅くなってしまったわ。」
「そうだね。じゃあ、僕たちは帰ります。」
そうしてその男子中学生は、
自分の顔のお面をカバンにしまうと、
もう終わろうとしているお祭りの方へ戻っていった。
その男子中学生とクラス委員長の女子は、
黒いお面屋の屋台から、お祭りの方へ戻ってきた。
お祭りはもう終わりのようで、あちこちで後片付けが始まっていた。
それを見ながら、クラス委員長の女子が口を開く。
「お祭りも、もう終わりね。」
「うん。そうだね。」
ふたりは家路に向かって並んで歩いていた。
すると、途中で見知った顔がいるのに気が付いた。
それは、解散したはずのクラスメイトたちだった。
クラスメイトたちの数人が、まだ帰っていなかったようで、
屋台の食べ物を手に、楽しそうにおしゃべりをしている。
「せっかくのお祭りも、もう終わりだな。」
「残念。わたし、もっと遊びたいのに。」
「俺だったら、この後も一緒にいられるぜ。」
「えー、どうしようかな。」
その数人のクラスメイトたちの中には、
いじめっ子の男子や、サッカー部のエースの男子たちもいた。
その光景を見て、その男子中学生は気後れした。
残っているクラスメイトたちは、どちらかと言うと苦手な人が多い。
今日はもう疲れたので、できれば関わりたくないところだが、
ここまで近付いては、知らんぷりもできないだろう。
その男子中学生は、カバンの中を探りながら言う。
「まずいところに出くわしたな。
早速、このお面の出番かもしれない。」
そのクラスメイトたちも、
その男子中学生とクラス委員長の女子の姿に気が付いたようで、
手を振りながら大声で呼びかけてきた。
「あれっ、クラス委員長たちもまだ帰ってなかったのか。」
「何よ、ふたりでデート?」
その言葉に、クラス委員長の女子が、ちょっと顔を赤らめて反論する。
「そうじゃないわよ。ちょっと用事があっただけ。」
そして話の矛先は、その男子中学生に向けられていく。
「クラス委員長は解散って言ったのに、こんなに遅くまで残ってたのね。
どうせまたあんたが原因なんでしょ?」
「お前、まだ帰ってなかったのか。相変わらずのろまだなぁ。」
その言葉に、その男子中学生は腹が立った。
感情のままに反論しそうになった。
しかし、そうなるところを我慢して、できるだけ穏やかな言葉で応えた。
「・・・ちょっと用事があってね。これから帰るところだよ。」
クラスメイトたちは気が付いていなかったが、
その男子中学生の顔には、
黒いお面屋で作ってもらった、自分の顔のお面が被せられていた。
お面の顔の表情は穏やかだが、お面の下の素顔は、別の表情をしていた。
それから、月日は流れて。
その男子中学生は、その男子中学生だった男、になっていた。
その男子中学生だった男は、鏡に向かうとネクタイを締め直した。
そして、カバンを手にとって中身を確認する。
あの日から、
その男子中学生だった男が持つカバンは、幾度も変わっていった。
しかし、どんなカバンになっても、
その中には、あの時作ってもらった自分の顔のお面が入っていた。
自分を見失いそうになった時、その自分の顔のお面を被った。
そうすることで、自分を見失わずに済んだ。
そして月日が経つにつれて、その回数は少しずつ減っていき、
今ではほとんど、自分の顔のお面を被ることはなくなった。
お面なしでも、自分を見失わずに済むようになっていき、
カバンの中に入っているお面は、お守り程度の意味になっていた。
その男子中学生だった男は、
カバンの中にお面が入っているのを確認すると、カバンを閉じて玄関に向かう。
そこには、
クラス委員長の女子だった女が、見送りのために待ってくれていた。
「いってらっしゃい、あなた。今日は、うまくいくと良いわね。」
「ああ、いってきます。」
その男子中学生だった男は、革靴を履くと、
玄関の扉を開けて、待ち合わせ場所に向かう。
そこには、
サッカー部のエースの男子だった男と、いじめっ子の男子だった男が待っていた。
「よっ!遅かったな。」
「のろまは返上したんじゃなかったのか?」
あの日から変わった顔と変わらない顔が、顔を合わせた。
その男子中学生だった男は、ふっと笑うと顔を引き締める。
「よし、じゃあ行こうか!」
クラスメイトだった男たちと歩き始めた、その男子中学生だった男。
その顔に、お面は被っていない。
しかし、お面がなくても、
その顔は、穏やかで落ち着いた表情をしていた。
終わり。
この話は、屋台のお面さんシリーズの5作目で、一応の結論です。
自分の嗜好と多数の人の嗜好が合わない時、どうすればいいのか、
そのようなことをテーマに、この話を書きました。
自分を犠牲にして他人に合わせるということを、
どこまですればいいのか、それは自分にはわからないのですが、
先に書いた4つの話を失敗例として、
この5作目を解法の例として考えてみました。
お読み頂きありがとうございました。