幕間 intempesta nocte
戦場。破壊の跡。巨大な魔物。
片割れを喪って、彷徨うように、その場所へ。
『来るな、トゥルタニクス!』
父の声。無視して歩く。
乱戦、混戦。とにかく、ひたすら、戦い続けて、なお倒せない。
すり減る精神、尽きゆく力。その場の誰もが意地で体を動かしていた。
魔物から光線が放たれた。幾筋も、太く、速く。荒れ狂うように、四方八方に。全てを薙ぎ払い、貫いていく。
「……!」
ニクスはガバリと起き上がった。荒くなった呼吸を整え、呟く。
「夢……」
この世界に来たばかりの頃に、繰り返し見た悪夢。拭いきれない不快感をもたらす記憶。
最近はすっかり見なくなっていたのだが、魔術で強化された魔物と遭遇したことが影響したようだ。
13年も前のことだ。あの日は、あちこちに魔術で強化された魔物がいた。敵国が兵士代わりに投入してきたのだ。魔物の数は多く、その魔術の気配はむせかえりそうなほど濃かった。
あのまま、皆とともに果てるはずだった。地面に亀裂が走らなければ。
亀裂に落ちて、気が付くとオスク洞窟にいたのだ。
(……何度見ても嫌なもんだな)
ちらりと時計を見ると、針は午前1時を少し回っていることを示している。このまま寝ても同じ夢を見そうで、気分を変えるために外へ出た。
この時期は、日中の気温の割に夜冷え込む。
そんな冷たい空気の中を、ニクスは公園に向かって歩いた。まばらな街灯が足元をぼんやりと照らしている。
公園の歩道は一際明るい。煌々と光る街灯を、池が反射して橋をも照らし出す。
その光から逃れるように、細い道へと入っていく。しばらく進めばそこは闇。街灯の光は全く届かず、明るさに慣れた目には何も見えない。
木にもたれかかり、目を閉じた。少しして目を開けると、木々も道も星明りに映し出されてよく見える。
満天の星を見上げ、深呼吸していると、ごちゃごちゃした頭の中が澄み渡っていく感覚がした。
(柄じゃねぇんだけどな)
感傷に浸るような性格ではないと、自分では思っている。似合わない。
(それにしても……もし、もっと早くにこの世界に来てたら、俺は……)
ぞっとする。教団がオスク洞窟から出て行ったのは20年前。それより前に来ていたら、教主に瞬殺されていたか、実験台にされていたかのどちらかだ。
可能性は充分あった。何しろネザリスのあちこちで、それなりに頻繁に、突然地面に穴が開く、あるいは亀裂が走る。目の前で地面に穴が開いたこともあった。穴や亀裂は数秒後、何事も無かったように元に戻る。穴や亀裂に落ちた人が異世界へ飛ばされているなど、ネザリスにいる間は思いもよらなかった。
(本当良かった。最初に会った人がスパイルで)
この世界に来た時は、酷く混乱していた。半狂乱だったと言ってもいい。家族も仲間も皆死んで、知らない土地でただ独り。生き残ったことに喜びを見いだせず、とはいえ悲嘆にくれる性分でもなかった。目につく魔物を片っ端から斬り殺していき、その流れで斬りかかってしまった人が、スパイルだった。
(よく俺を拾う気になったよな……)
人と魔物の区別もつかない状態で剣を振り回している危ない子供。言葉も通じない。スパイルは、斬りかかってきたその子供の剣を容易く受け流し、そのまま弾き飛ばしたのだ。そして、その子供を気絶させ、家に運び込んだ。
(訳が分からなくて喚き散らしたっけ。通じねぇのに)
いや、混乱は伝わっていたのかもしれない。スパイルは怒りもせずに、まあ食べろとばかりに食べ物を寄越してきて、落ち着くまで待ってくれた。名前だけは伝え合えて、その時から「ニクス」と呼ばれるようになった。その呼ばれ方は意外なほどしっくりきて、気に入った。
言葉が大体分かるようになって、法律について教えてもらった頃、尋ねた。「何で俺を拾ったんだ」と。返ってきた答えは「手負いの獣みてぇで放っとけなかったんだ」というものだった。それなら殺すのが正解のはずだ。明らかに異世界人なのだから、法律上、殺すべきだった。そのようなことを言うと、スパイルは渋面を浮かべて「お前が異世界人だってバレたらオレは死刑だ。絶対にバレるなよ」と言ったのである。
(全然、答えになってねぇんだよな……)
何故、法を破ってまで、危険そうな異世界人を拾ったのか。未だに謎である。無条件で何でもしてくれる人を求めていたのかもしれないが、信頼しすぎだと思う。
(字も書けねぇうちから、メルシャのベビーシッター任されたしな)
スパイルの無茶苦茶っぷりには何度も困惑させられた。思い返すと面白くて、自然と頬が緩む。
そんな風に、悪夢と関係の無いことを回想していると、眠気が押し寄せてきた。今なら気持ちよく眠れそうだ。周囲に誰もいないことを改めて確認し、呪文を唱えて部屋に帰った。




