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田舎の電車は1時間に1本だから  作者: 直木和爺
第5章 雪を捕らえた蜘蛛
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95話 蜘蛛の糸はあちこちに絡まって

 普段より一本早い電車の中は、普段とそんなに変わらなかった。

 学生や社会人、老人など、様々な人で溢れかえる車内は、多少の人数の差こそあれ、いつもと変わらない。

 変わったことがあるとすれば、隣にいつもいた人がいないことと、いつもはいない人が隣にいることくらいだ。


 隣をチラリと見やると、さっきから何も言わずに前を見つめているなっちゃんの横顔が目に入った。

 最近は陽介と一緒にいるのが気まずくて一本早く電車に乗るようにしたんだけど、そうするとなっちゃんと一緒になってしまう。それでも陽介といるよりはまだましだ。


 陽介が側にいたら、きっと私は彼への気持ちを抑えきれなくなってしまうから。だからせめて登下校くらいは別にしたかった。



「ねぇ、ユッキー」


 街についた電車が人々を吐き出した後、なっちゃんはおもむろに口を開いた。


「ユッキーはもう、陽介のこと好きじゃないの?」


 ほとんどの人が階段を上って改札に向かった後のホームは、思った以上に人が少なくて閑散としていた。

 東京だとひっきりなしに人混みが続いていたけど、こっちだと電車の本数が少ないせいか、電車が来ない時間は人もまばらのようだ。

 そんなことだから、零すように呟いたなっちゃんのセリフもしっかりと私の耳に届いてきて、心を穿うがった。


 私が顔を上げると、階段に差し掛かったなっちゃんは振り向いて私を見ていた。

 その眼光は鋭く、私に真実を話すように訴えかけている様だった。


「……そういうわけじゃないよ」

「じゃあどうして広瀬君と付き合いだしたりしたのよ」

「それは……」

「脅されてるの?」


 そう尋ねるなっちゃんの目が優しくて、私は胸が温かくなる。


「違うよ。そうじゃないの」

「じゃあなんでなのよ?」

「……これは私がやらないといけないことだから」

「どういう意味よ?」


 私はその質問には答えず、階段でなっちゃんを追い越した。

 慌てて追いかけて来るなっちゃんと一緒に改札をくぐり、私は別れの挨拶を告げる。



 いつもはバスで行くんだけど、こんなに早い時間に行っても仕方ないし、最近は歩いていくことが多くなった。

 そっちの方が街が動き出す雰囲気とか、私の体調とかがよく分かってちょうどいいと思ったんだ。

 なっちゃんとずっと一緒にいるのが気まずいっていうのもあるんだけど……。


 そうしてバス停で別れを告げるなっちゃんの表情は、心配と不満が入り混じったような複雑なものだった。



 それから私はのんびりと学校まで歩き、まだ誰もいない教室で独り、授業の予習をする。

 他にすることもないから、こうして勉強に逃げているんだけど、正直身が入らない。どうしても陽介のことが頭にちらついてしまうのだ。


 陽介は私のせいであんなにひどい目にあわされてきた。本来は私が糾弾されるはずのところを、陽介が身代わりになって。

 だからこれでよかったんだって、そう言い聞かせても、私の胸の奥は晴れないままだった。



 広瀬君の提案は私にとって喉から手が出るほど欲しいものだった。今まさに私たちが欲しているもの、それを広瀬君は提案してきたんだ。




 それは、陽介を助ける方法。学校中に流れている陽介の噂を消してくれること。




 それはつまり、私が陽介の被っている罪を帳消しにできるということだった。私のせいで苦しんでいる陽介を助けられる方法だった。


 陽介は何も悪くない。私たちをかばってありもしない罪を被っただけ。ただそれを見ていることに耐えられなかった。

 だから私は広瀬君の提案を受け入れた。彼の恋人になる代わりに、陽介のありもしない罪を清算してもらうことにした。


 私も自分を犠牲にしちゃってるよね……。陽介に自分を犠牲にするなって偉そうなこと言おうとして、私も同じことしてる。

 でも、これはもともと私の責任だったんだ。あるべきところに帰ってきたわけだから、これが正しいんだよ、きっと。


 ……だけど、陽介の気持ちが少しだけ分かった気がする。

 大切な人を守れる方法があって、それが自分にしかできないことだったら……。きっと陽介も同じ気持ちだったんだと思う。

 私が少し我慢すれば、陽介は救われる。またいつもと同じように過ごせる。あの優しい笑顔を取り戻してくれる。そう考えたら、私に迷う余地なんてなかった。



 そんなことを考えているうちに、朝の部活が終わる時間になった。

 廊下の方から賑やかな雑踏が聞こえてきて、もうすぐ始業時間だ。


「やあ、おはよう雪芽」

「おはようございます」

「……そろそろ敬語はやめてもいいんじゃないかな? 俺たち付き合ってるんだよ?」


 やってきた広瀬君には取り合わず、私は努めて冷たい態度を取り続ける。

 あなたには心まで許す気はないと、そう伝えるために。


「広瀬君、今日の放課後部活前に少し時間貰えますか?」

「え、時間? 大丈夫だけど、なにかあるの?」

「話したいことがあるので」

「そうか、分かったよ! それじゃあ放課後を楽しみにしてるね!」


 広瀬君はいつもと何ら変わりない笑顔で自分の席へ向かった。

 それと入れ替わるように、私の隣の席の椅子が引かれる。


「あ、陽介……。おはよう」

「……あぁ、おはよう」


 陽介は私を一瞥するとすぐに正面を向いてしまう。

 ……そうだよね。きっとまだ何が何だか分からない、よね。



 陽介は私と広瀬君が付き合ってると知って、その日の午後の授業を早退してしまった。なっちゃんが先生に具合が悪くて早退したって言ってたけど、きっと理由はそんなことじゃない。


 私が広瀬君と付き合っていると言った時の陽介の顔を、私は今でも鮮明に思い出すことができる。驚き戸惑い、憮然としたあの表情を。

 もしかしたら陽介は私に恋人ができたことがショックだったのかな、私のことを好きでいてくれたのかなって思ったけど、いまさらそれを知ったところで、私にはどうすることもできない。


 それから陽介はとても真剣な表情をして、私に広瀬君のことが本当に好きか、今は幸せかと尋ねた。

 好きなんかじゃない。幸せなんかじゃない。そう言えたらどれだけよかっただろう。でも、あの時はああ言うしかなかった。そうしなければ陽介を守ることができなかったから。


 ……でも、きっと私は幸せなんだ。大切な人を守ることができた。それだけできっと。



 それから過ぎていく午前の時間は以前とは比べ物にならないくらい静かで、まるで昔に戻ったようだった。

 一人の病室で、外の喧騒を聞くことしかできなかった昔の私。誰かと笑顔で話すこともなく、友達と呼べる存在もいなかった、あの頃に。


 ……あぁ、寂しいなぁ。切ないなぁ……。

 陽介と出会ってからの私は孤独を忘れていたから、こうして独りで何もかも抱え込んでしまうことの辛さをも忘れていた。

 きっと陽介も同じように辛かったんだろうな。私たちですら味方になってあげられなくて、独りでその重荷を背負っていたから。


 そうしたら、陽介やなっちゃんたちは、辛そうにしている陽介を見ていた私たちと同じように、今の私を見て辛い思いをしているのかな? どうして相談してくれなかったのかって怒ってるのかな?


 ごめんね……。だけど、もし広瀬君に告白される前に戻れたとしても、私は何度でも同じことを繰り返す。だってこれは正解だと信じているから。



 いつの間にか昼休みになった教室は賑やかな喧騒に包まれ、隣にいたはずの陽介はすぐにどこかへ行ってしまった。

 そしてそれを待っていたかのように広瀬君が私に近寄ってくる。きっと私の隣に座るんだ。今まで陽介がいたこの席に。


「よぉっすリンリン! ちょっと購買付き合ってくんね?」

「いや、俺は弁当だよ? 明も知ってるだろ?」

「いいじゃん! リンリンがいるとおばちゃんおまけしてくれんだからさっ!」

「まったく……、しょうがないなぁ」

「よっしゃ! さっすがリンリン、マジ話分かるわぁ」


 しかし、広瀬君が私の元にたどり着く前に高野君が声をかけ、広瀬君を伴って教室を出て行った。

 あぁ、少しだけ落ち着いてご飯が食べられるね。一緒に食べてくれる友達がいないことが寂しいけど……。



 そんな私の思考を読んだようなタイミングで、陽介の席に座る人がいた。

 私が陽介なのかと思って慌てて隣を見やると、そこにはヒナが座っていた。


「ヒナ……?」

「雪芽、ご飯一緒に食べよ?」

「う、うん」


 そう言ってお弁当を広げるヒナは、私の知ってる彼女とは少し違って見えた。

 いつも元気に笑っていて騒がしいくらいのヒナが、今日は随分と大人しく、笑顔も見せない。


「ちょっと話したいことがあってね? と言っても優利が帰ってくるまであまり時間ないからゆっくりは話せないんだけど」


 ヒナはそう断りを入れると、お弁当をつつく箸の手を止めて、私の目をじっと見つめた。


「雪芽はさ、本当に優利のこと好きなわけじゃないよね?」

「……違うよ、私はちゃんと――」

「ヒナは雪芽が柳澤君のこと好きだって知ってるんだから、隠さなくても大丈夫」

「……」

「それにもし本当に雪芽が優利のこと好きだとしたら、ヒナは雪芽のこと嫌いになっちゃうから」

「え?」


 突然何を言いだすのかとヒナを見ると、ヒナは少しだけいたずらっぽく笑って言った。


「もう忘れたのー? ヒナたち修学旅行の時に恋バナしたじゃん。その時ヒナもヒナの好きな人のこと話したの、覚えてるでしょ?」

「あ……、ヒナは広瀬君のこと好きなんだったっけ」

「そうそう! だからそれ知っててヒナから優利を奪うとか、許せないんだから!」

「ふふっ、ごめんね。本当のこと話すよ」


 私が謝ると、ヒナは人懐こい笑みを浮かべた。

 その笑みは不思議と私の緊張をほぐしていくようだった。



「それで、優利から何言われたの?」

「……彼女になれって、そうしたら陽介のことを助けてくれるって言われたの。それで私……」


「そっか……。実はヒナね、優利が柳澤君に何か話を持ち掛けてるの見たの。あの噂が広まってクラスで柳澤君がいろいろ言われた後、優利が柳澤君を教室から連れ出したからこっそり後をつけて、そこでね。何を話していたかまでは聞こえなかったけど、あの後から柳澤君の様子がおかしかったから、優利が何か吹き込んだんだと思う」


「なっちゃんも同じこと言ってたような……。でもそれはあの状況を収めようとしていたんじゃないの?」

「でも雪芽には柳澤君のことを何とかしてあげるから彼女になれって言ってきたんでしょ? それだとおかしくない?」

「……そっか、そんなに簡単に助けられるなら、あの時もそうすればよかったんだもんね」

「そういうこと」


 陽介はあの時、陽介が一人ですべての罪をかぶることが状況を手早く収めるのに一番だって、そう広瀬君に言われたことを認めていた。そして陽介自身もそれに納得したとも。

 だけど広瀬君は陽介が独り非難を浴びている現状を何とかするすべを持っている。それならどうして最初からそうして陽介を助けてくれなかったんだろう?


「だからね、ヒナは優利が雪芽を手に入れるために柳澤君に罪をかぶるように指示したんじゃないかって思ってるの」

「そんな……。広瀬君ってそんなひどいことをする人なの?」


 私が尋ねると、ヒナは過去に思いを馳せる様に微笑み、困ったように眉尻を下げた。


「……まぁ、してもおかしくはないって感じかな。最近はよくなってきたと思ってたんだけどね……」


 その言葉の中にはきっと何年もの年月が込められているんだろう。ヒナの微笑みからはそんなことが感じ取れた。



「それにどうして私を?」

「あ~、それに関しては心当たりがあるんだけど、今は話してる時間ないからやめとこ? それより――」


 その時ヒナのスマホが震える。おそらく受信したメッセージを読んだ後に、ヒナは小さくため息をついた。


「ごめん雪芽、もう時間切れみたい。また今度話そ」

「ヒナ、それじゃあ私はどうすれば……?」


 お弁当を手早く片付けて立ち上がったヒナは、私を見下ろすと真剣な表情を浮かべる。

 そしてもう一度席につくと、顔を寄せてささやくように言った。


「いい? きっと優利のことだから雪芽たちが反抗してくることも織り込み済みだと思う。だから今はできることはないかな」

「……分かった」

「うん、じゃあまたね雪芽!」


 そうしてヒナは来た時とは裏腹に元気よく去っていった。

 そして丁度ヒナが私から離れていったタイミングで、高野君と広瀬君が教室に戻ってくる。


 ……もしかして、高野君が広瀬君を引き付けている間にヒナが私と話をするって計画だったのかな? なんて、考えすぎか。



「ごめん雪芽。購買が混んでたから遅れちゃってさ」

「いえ、全然大丈夫です」

「雪芽はもうお昼食べたのかい?」

「大体は」


 当たり前のような顔をして陽介の席に座る広瀬君を、私は一瞥もせず心の中で睨み付けておく。

 今日の放課後に聞かなくちゃいけない内容が増えた。もし広瀬君が私と付き合うために陽介をあんな目に合わせたんだとしたら、絶対に許さないから。





 ――――





「それで、話って何かな?」

とぼけないでください。陽介のことです」


 放課後の部活が始まる少し前の時間。私たちは体育館裏で向かい合っていた。

 しくもあの時と同じ場所で、しかし立場は逆だ。


「陽介? あいつがどうかしたのかな?」

「言ったじゃないですか、あなたと付き合えば陽介の噂を消してくれるって」

「ああ、言ったね。そしてそれはもう果たされてる」


 広瀬君はなんてことない顔をしてそんなことを言った。

 その顔に微笑みすらたたえて。彼はまだ何もしてないというのに。



「果たされてるって、広瀬君は何もしてないじゃないですか。噂を消そうともしてない」

「それはそうさ。俺がわざわざ動く必要もなく陽介の噂は消されたんだからね」

「え? それはどういう……?」


 広瀬君の言っていることの意味が分からない私を見て、広瀬君は何がおかしいのか笑い始める。

 その様子がかんに障って黙り込んでいると、広瀬君は簡単な謝罪の後、笑うのをやめた。


「簡単なことさ。陽介の噂は俺と雪芽が付き合いだしたっていう噂によってかき消されたんだ。俺のファンの子たちは俺に彼女ができたショックで陽介に嫌がらせをする気力も湧かないだろうし、学校中も陽介なんていう顔も知らない奴の噂より、俺に恋人ができたっていうスキャンダルに飛びつくだろ?」


「でもそれじゃあ陽介は悪者のままです!」

「うん? それはそうだけど、いずれ誰も気にしなくなるさ」


 そう言ってほほ笑みを崩さない広瀬君の目は、本気でそう言っているように見えた。

 ……それじゃあ本当に、ヒナの言ってた通り広瀬君はひどい人なのかもしれない。



「……それじゃあもう一つ。広瀬君はあの時陽介に罪をかぶるよう提案したんですか?」

「ああ、そうだね。そうしてくれれば素早く事態を収拾できたからね」

「本当は私を恋人にするためにやらせたんじゃないですか? もしかしたら、あのありもしない噂を流したのもあなたなんじゃないですか?」


 私の質問に広瀬君の瞳はすっと暗くなった気がした。

 表情は何も変わらないのに、雰囲気だけが重くなっていく。


「……それをどこで聞いたのかな? あるいは自分で気が付いたのかな?」

「その反応……、やっぱりそうなんですね」

「どこで聞いたか聞いてるんだ。俺の質問に答えてくれないかな?」

「それくらい、少し考えれば分かることです」


 その雰囲気に呑まれそうになりながらも、私は何とか広瀬君の目を見て毅然と振る舞った。

 その瞳の奥はやっぱり見通せない。どこまでも深く、暗い瞳だ。



 しかし、広瀬君は私の答えを聞くと満足した様子で頷く。そこに先ほどの重い雰囲気はなかった。


「そうか、それもそうだね。雪芽なら気が付いてもおかしくない。あぁそうだよ、俺は君を手に入れるために陽介に罪をかぶってもらった。そしてその原因となった噂も俺が流したものだ」

「やっぱり……! どうしてそんなことを!?」


 広瀬君はおかしなことを尋ねる子供にするように小さく鼻で笑うと、当然のように言い放った。


「邪魔だったからだよ、陽介の存在が。君を手に入れるにはああするのが手っ取り早かったんだよ」

「どうしてそこまでして……!? 陽介は何も悪くないのにっ! 私がほしかったなら脅すでもなんでもすればよかったじゃないですか! どうして陽介まで巻き込んだの!?」

「気に入らなかったからさ。まるで花畑を飛ぶ一匹のハエのようだった」


 広瀬君は微笑みを消して、冷たい目でそう言った。

 いつか見た瞳の奥。どこまでも冷たく残酷な目。

 その目は、今目の前の私に向けているかのように見えてその実、記憶の中の陽介に向けられているようだった。


「気に入らなかったって、そんな理由で陽介にあんなひどいことをしたの!?」

「だとしたらどうする?」

「……もうこれ以上あなたと一緒にいることはありません。さようなら」



 私が怒りのままに背を向けると、広瀬君は落ち着いたままの声色で呼び止める。

 その程度で私の怒りが収まると思ったら大間違いだよ! ただ気に入らないなんて理由で陽介をあんなに苦しめて! どれだけ陽介が辛かったかっ!


「待ってくれよ雪芽。俺と別れようとしても無駄だよ。また同じことを繰り返すだけだ」

「……どういうことですか?」


 不穏な空気を感じて、私は立ち止まる。

 振り返って見た広瀬君の顔は、いつもと同じように穏やかな微笑みを湛えていた。


「君が俺の元を離れれば、陽介はまたありもしない噂に苦しめられることになるだろうね。今度は俺も庇うような真似はしない。そうしたら陽介は一体どうなるだろう?」


「そんなの、本当のことを話せばみんなだって……!」

「無駄だよ無駄。俺には絶対服従の便利な駒がいくつもある。俺が動かなくても勝手に駒たちが俺に都合のいいように動いてくれるんだよ」

「そうだとしてもっ――」

「陽介たちと力を合わせれば乗り越えられるって? なら試してみるといい。結果は分かり切ってると思うけどね」


 広瀬君のその言葉に、私は何も言い返せなかった。

 ほんの少しでも、広瀬君の言うことが正しいと思ってしまった。敵わないと、また陽介を苦しめることになってしまうと。

 そう考えてしまったから、私はただ黙って俯くことしかできなかった。


「話はこれで終わりかな? じゃあ俺は部活に行くよ。また明日、雪芽」


 そうして隣をすり抜けていく広瀬君に、嫌味の一つも言えない私が悔しかった。

 そしてそれ以上に、広瀬君の言葉に納得してしまった私が、たまらなく悔しかった。

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