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田舎の電車は1時間に1本だから  作者: 直木和爺
第2章 終わらない夏休み
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34話 恋の秘訣は時に大胆であること

 服よし、髪よし、無駄毛も昨日全身隈なく駆逐したし、大丈夫……、だよね?

 ウチはかれこれ1時間ほど、鏡の前でそんなことをしていた。


 先程、と言っても3時間くらい前だけど、陽介さんに連絡したら、今日家に来てもいいと言われたのだ。

 この前はちょっとテンパって恥ずかしいところを見せちゃったけど、今回はだいじょーぶ!


 服もこの前陽介さんにかわいいって言ってもらえたやつ着てくし、勝負下着も身に着けたしっ!

 あ、別にそういうこと期待してるわけじゃないからっ! ウチそんな淫らな女の子じゃないし!

 ……まぁ、ちょっとは期待してなくもないけど。


「……って、ウチは誰に言い訳してるんだろ?」


 ちょっと舞い上がっちゃった……。



 ウチは全身の最終チェックを終えると、机の上に丁寧にたたんでおいてあった、陽介さんのハンカチを手に取る。


「あぁ……、この陽介さんのハンカチとも今日でお別れかぁ。もうちょっと一緒に居たかったけど、しかたない」


 ちゃんと洗濯もして、アイロンもかけた。

 最初やり方がわからなかったら、お母さんに教えてもらいながらだったけど、ちゃんと自分でやったし。



 そんな陽介さんのハンカチをバッグに入れようと振り向くと、バッグの中にすっぽりと()()が入っていた。


「……ミーちゃん、なにやってるの?」

「ニャア!」


 ミーちゃんは楽しそうに瞳を丸めてこちらを見ている。

 ウチが出かけるのを妨害しているのか……。とりあえずバッグに毛が付くから早めに取り出そう。


「ほら、出なさいっ。それとも一緒に行く? なんちゃって」


 バッグの中からミーちゃんを取り出すと、毛でいっぱいになっていた。

 あーあ、これじゃあ一手間追加じゃん。おのれミーちゃん、後で覚えてろー!



 それからも度々ミーちゃんの妨害を受けつつ、ウチは準備を進めていった。

 そろそろ出発しないと遅くなっちゃう。遅くなれば遅くなるほど、陽介さんといられる時間が短くなるんだし、早く行かないとっ!


 そうしてウチが家を出たのは、太陽がてっぺんから少し西に傾いたくらいの時間だった。



 暑い日差しの中、ウチはゆっくり自転車をこぐ。

 今日も暑い。でも、この暑さは太陽のせいだけじゃない。


 なんと、晴奈に確認したら、今日晴奈は用事があって夕方まで留守にしているらしいのだ。

 そ、それって、もしかしなくても陽介さんと二人きりってことだよねっ!? しかも陽介さんの家で!


 これは千載一遇のチャンス! 陽介さんはどれだけアプローチしても全くなびかない。

 靡かないどころかアプローチされていることにすら気が付いていない様子。


 でも、この間会った時はちょっと様子が変だったような……? あんまり目を合わせてくれないというか、一定の距離を保っていたというか……。

 もしかして嫌われてる!? ウチ何かしたかなぁ!?

 最近は会ってすらいなかったし、何かできたわけじゃないんだけど……。


 まぁいっか! それも今日挽回すればいいしっ!


 それに、ウチには秘策がある。今日会いに行くのはこの秘策をぶつけるためと言ってもいい。

 うーん、陽介さん、オッケーしてくれるかなぁ? 多分押して押しまくればオッケーしてくれると思うけど。





 ――――





 ウチが陽介さん家のチャイムを鳴らすと、しばらくもしないうちに陽介さんが顔を出した。


「いらっしゃい」

「はい! お邪魔しまーす!」


 陽介さんは笑顔を浮かべているけど、少し硬い……? 緊張してるのかな? でも何に?


「おっ、その服、この前俺が選んだやつじゃない? うん、似合ってるよ」

「えっ? あ、ありがとうございます!」


 う、うそ……!? 陽介さんに服を褒められるなんて!?

 今までどんなにおしゃれしても反応薄かったのに……。やっぱり選んでもらった服着てきて正解だったかもっ!



 ウチは幸先の良いシチュエーションに、足取りも軽く陽介さんの家の玄関をくぐる。


 陽介さんの家は相変わらず広かった。

 玄関も立派だし、廊下も長くて、なんだかお屋敷みたい。


 通された部屋はふすまを開け放っていて、縁側から冷涼な風が吹き込み、ウチの頬を掠めていく。

 セミの声と扇風機のまわる音、涼し気な風鈴の音が混ざり合って、夏の情景を描き出している。



「ごめんね、散らかってるけど適当なところに座ってて。今お茶持ってくるから。あっ、麦茶でいいよね?」

「あ、麦茶で大丈夫です。すみません」

「いいからいいから」


 陽介さんは散らかってるなんて言ってたけど、随分片付いている。


 広い部屋の中央にはこたつ机かな? それが裸で置かれている。

 その四方に座布団が置かれ、机の中央にはお盆に乗った数々のお菓子。見れば和菓子が中心のようだ。

 晴奈のお菓子の趣味はこれが起源なのかな……?


「お待たせ」

「あっ、ありがとうございます!」


 おしゃれな布のコースターを机に置き、その上に麦茶を置いてくれた。

 グラスもおしゃれで、来客用な感じがする。


 ……あれ? ウチ、もしかして女の子扱いされてる……?

 いやいや! もちろんウチは女の子なんだから問題ないんだけどもっ!

 でも、昔はこんなおしゃれなやつじゃなくて、友達用みたいなやつだったし……。あれ? あれれ?

 そういえばさっきも服ほめてくれたりとか……。


 や、やばいやばいっ! なんかちょっと体熱くなってきたんですけどっ!? 顔赤くないよね?



「あー、由美ちゃん」

「ひゃい!」

「だ、大丈夫か……?」

「は、はい! あたしは元気ですっ!」


 急に声かけられたから変な声出ちゃった……。恥ずい~!


「そ、そうか。えっと、それで今日は何の用できたんだ? アイス?」

「まぁ、アイスもありますけど、それが目的じゃないですからね!? 勘違いしないでくださいよ?」

「お、おう、もちろん」


 恥ずかしさを誤魔化すために、少し声が大きくなってしまった。


 そう、でも今のウチには立派な目的があるんだから、何も焦る必要なんてないし!



「えっと、これ、お返ししようと思って」

「これは、俺のハンカチ……? わざわざ持ってきてくれたのか。今度会った時にでも渡してくれればよかったのに」

「さすがにいつまでも借りっぱなしっていうのは、申し訳ないので」


 陽介さんに、バッグから取り出したハンカチを手渡す。

 陽介さんはそれを受け取り、ウチに小さく頷きかける。


 それから陽介さんはウチの顔をじっと見つめていた。


 ……え、え? ウチの顔に何かついてるかな? ちょ、陽介さん見つめすぎ! そんなに見つめられたらウチ頭ボーっとしてきてなんも考えられなくなっちゃう!


「……あれ? それだけ?」

「へ?」

「いや、ハンカチを返すためだけに家に来たの?」

「は、はい! そうです!」


 ウチが思わずそう言うと、陽介さんは困ったように笑った。



「そんな、言ってくれれば取りに行ったのに。なんだか申し訳ないな」

「いえいえっ! あたしが借りたんですから、返しに行くのは当然です!」

「でもさすがにハンカチ返して、アイス食べただけで帰るなんて、ちょっと寂しいよね」

「さ、寂しい!?」


 寂しいって、ウチがいなくなって陽介さんが寂しいとか、そいういう――


「ほら、そのためだけにこの暑い中行き来するなんて、寂しいだろ? なにか由美ちゃんが楽しめることがあればいいんだけど……」


 ……あぁ、そういうことか。

 まあ知ってたというか、陽介さんだし、そんなことなんだろうなぁとは思ってたけど……。


 しかし、ウチももともとそんなに長居するつもりはなかったのだ。

 ハンカチ返して、アイスおごってもらって、秘策を試してみたら帰る予定だった。

 まぁ、ウチの秘策が成功したら、この後すぐ会えるわけだし。


 でも、せっかく陽介さんがウチのために何か考えてくれてるんだから、お言葉に甘えてもいいよね?


「まぁひとまず、アイスでも買いに行くか!」

「はい!」


 ウチは陽介さんの言葉に頷き、一緒に家を出た。

 な、なんかこれって同棲してる彼女みたいじゃない!?



「あ、あの、あたしたちって周りから見たらどんな関係に見えますかね?」

「うん? 兄妹とかじゃないか?」


 ……まぁ、そうだよね。

 ちょっと悔しいから、少し勇気出しちゃおうかな。鈍い陽介さんにはこれくらいしないとわかってもらえないだろうしっ!


「えいっ」

「うわっ! どうしたの由美ちゃん!?」


 ウチが陽介さんの腕に抱き着くと、陽介さんは驚いた顔でウチの顔を見る。

 抱きしめた陽介さんの腕は硬くて、太くて、熱かった。

 ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、これで兄妹には見えないでしょ!?


「これで兄妹には見えませんよね?」

「い、いや、仲のいい兄妹に見えるんじゃないか?」

「ちゃんと恋人っぽく見えますって!」


 腕組んで歩く兄妹なんてなかなかいないよね!? ちゃんと恋人に見えると思うんだけど!

 そ、それにしれも、これはかなり恥ずい……。ウチの心臓の音、陽介さんに伝わっちゃってるかなぁ……?


「俺汗かいてるから、汚れちゃうよ? 離れた方が――」

「大丈夫ですっ! 陽介さんの汗なら汚くないですから!」

「い、いや、でもきっと俺臭いし」

「陽介さんの匂いが臭いはずないので大丈夫です!」

「なぜそんなに全肯定なんだ!?」


「それはもちろん――」




 ――陽介さんのことが、好きだから。




 って! そんなこと言えるわけないじゃん!? 危うく言いそうになったけど!



 てか、さっきから陽介さん、ちょっと動きが硬い。チラチラこっちを見てくるけど、なんか意識して視線をそらしているような……?


 視線を追ってみる。それはウチの顔に向いているようで、その実少し下だった。


 慌ててウチは胸元を確認する。

 ウチの胸が陽介さんの腕に当たって、れた服のえりから下着が覗いていた。


「……陽介さんのエッチ」

「い、いや、決してそういうつもりではなくてね? 俺は紳士であるからして――、ってなんでもっとくっついてくるの!?」

「灯台下暗しっていうじゃないですか! くっついてた方が見えにくいと思って!」

「それちょっと違う気がするんだけど!?」


 ウチがくっつくと、陽介さんの体はカチコチに固まった。

 これってやっぱり、ウチのこと女の子だって意識してくれてるってことでいいんだよね?


 それはとっても嬉しくて。

 恥ずかしい思いをしても、アタックしてよかったかも!


 でも、あんまりこういうことばかりしてると、尻軽な女の子だって思われちゃうかも……。

 それは嫌だ。陽介さんにはそういう風に見られたくないし。


 でも今は、今だけは、ちょっとエッチに振る舞ってもいいよね……? 夏なんだし! こんなチャンス滅多にないわけだし、行けるとこまで行っとかないとっ!



「それで、あたしの下着を見て、陽介さんはどう思いました?」

「え!? それ言わないといけないの!?」

「当然です! 見られてあたし、とっても恥ずかしい思いしてるんですから、それくらいのご褒美があってもいいと思いますっ!」

「ご褒美にはなってないと思うけど……」

「……ダメですか?」


 上目づかいでお願いしてみる。あぁ、心臓がバクバクいって壊れちゃいそう……。

 陽介さんはちらっと目を合わせただけでそらしてしまったが、観念したように小さくため息をついた。


「わかったよ、言うよ……。あー、その、随分大人っぽい下着なんだなぁ、と、思いました……」


 なんで最後敬語なんだろう?

 でもでも! 勝負下着を付けてきた甲斐があったじゃん! ナイスウチ!


「あたしももう子供じゃないって、わかってもらえました?」

「……ああ、そうだな。2ヵ月前も、誰もが子供のままじゃないって思い知ったばかりなのに」


 そう言う陽介さんの目は、ここじゃないどこか遠くを見ているようで。

 そのままどこかに行ってしまう気がした。




「……ん? どうしたの?」


「陽介さん、どこにもいかないですよね?」




 思わず陽介さんの腕を強く抱きしめる。

 それに気が付いた陽介さんが優しげな瞳でウチを見る。




「んー? 行かないよ。由美ちゃんを放ってどっか行くわけないでしょ」




 あぁ、その瞳。それはずるい。


 きっとそれは、いつも晴奈に向けられているもので、それが今日はウチだけのために向けられてるって考えると、嬉しくなってしまう。


 それはきっと、恋愛対象の女の子に向ける瞳じゃないんだろうけど、それでもいいと、少しだけ思ってしまった。



 それと同時に少し冷静になって、さっきまでウチがしていたことを思い出し、急に恥ずかしくなってきた。


「うぅ……、めっちゃ恥ずい……」


 緊張が解けて普段通りに戻った陽介さんに対し、今度はウチがさっきまでの恥ずかしさに悶えていた。

 ウチだって今まで恥ずかしくなかった訳じゃないんだから! 恥ずかしさを誤魔化してアプローチしてるのにっ!



 それからの道中、ウチは自分が何をしたのか思い出しては恥ずかしさに悶えていた。

 そんなウチを、陽介さんは温かい目で見つめてて、それでもその笑みには、少しばかりの恥じらいが混じっていたように感じた。


 陽介さんの腕や体から伝わってくる熱が、ウチの頭をとろかしてしまいそうで。

 そんな熱は、陽介さんにおごってもらったゴリゴリ君じゃ到底冷やせなかったのだった。





 ――――





「あの、陽介さん。この後って暇ですか?」

「ん? まぁ、暇っちゃ暇だけど……。どうしたの?」


 陽介さんの家に帰って来て、しばらく話をして、今は夕方の4時。

 すぐに帰ろうと思ってたのに、積もり積もった話のせいで随分盛り上がっちゃった。

 でも! ウチの秘策を持ち出すにはちょうどいい時間だし、これはこれで良しっ!


 というわけで、今ウチは、まさにその秘策を陽介さんにぶつけようとしているところだった。




「なら、今日の花火大会一緒に行きませんか!?」




 そう、ウチの秘策というのは、夏の風物詩。女の子が可愛くなれる夏のメインイベント! 花火大会へのお誘いなのだ!


 これを機にウチの浴衣姿で陽介さんを悩殺し、ウチを一人の女の子として意識してもらう作戦!

 ……のはずだったんだけど、思わぬところでそれが叶ってしまったので、今は単にウチの浴衣姿を見てもらいたいだけだ。


 去年はせっかく買ったのに、晴奈や弘樹君達3人と行ったきりで、夏祭りも花火大会も陽介さんとは会えなかった。

 でも今年は、陽介さんとの仲も進展したし、一緒に行けるかもっ!? と期待してるのだ。


「おう、いいぞー」

「え!? ホントですか!?」

「ああ。晴奈も誘って一緒に行くとしよう。あっ、もしかしたらあと二人、由美ちゃんの知らない人が増えるかもしれないけど、それでもいいかな?」


 あぁ、やっぱりそうですよね……。陽介さんだもん、そう簡単にはいかないか。

 ウチは陽介さんと二人っきりで花火を見たかったんだけど、まぁ、仕方ないか! 一緒に行けるだけでも進歩進歩!



「はい! それでもいいですよ」


「ただいま~」


 ウチが返事をしたのとほぼ同時に、玄関から晴奈の声が聞こえてきた。


「あれ? 由美まだいたんだ。お兄ちゃん、由美に変なことしてないよね?」

「し、してないしてない! それよりさ、晴奈は今日の花火大会誰かと行く予定あるのか?」


 晴奈の詰問をかわすように、陽介さんは話題をすり替えた。


「いや、ないけど……。もしかしてお兄ちゃん由美と行くの?」

「うん? まあそうだけど、晴奈も一緒にどう――」

「行く」


 晴奈、返事早っ!

 ほとんど陽介さんのセリフにかぶってたし……。どんだけ行きたかったんだろう?



「じゃあ雪芽も誘おうぜ。その方がいいだろ」

「え!? 雪芽さんも!? 誘おう誘おう! ほらお兄ちゃん早くっ」


 晴奈がかつてないほどはしゃいでいる。それが珍しくて、思わず見つめてしまう。


 晴奈は普段あまり感情を表に出さないというか、陽介さんとおんなじように気怠そうにしている。

 その晴奈が、あんなに目を輝かせて。いったい雪芽さんというのはどんな人なんだろう?


「あと夏希も呼ぶつもりだから、よろしくな」

「夏希さんって、お兄ちゃんの高校の友達?」

「そそ、小中も一緒だったけどな」


 むむむ……。聞いてる感じだとみんな女の子っぽい? 陽介さんって無自覚にウチの敵を増やしてくるから困るんですけどっ!



 そんな感じで、ウチと陽介さんの二人っきりになるはずだった花火大会は、晴奈の乱入から始まり、多くの女の子が参加することになったのだった。


 うぅ、ライバル多いなぁ……。でも絶対負けないんだからっ!

次回は花火大会の予定です!

ようやく夏休みっぽいことができます!

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