14話 お盆のランドは意外に混んでいない 下
前回のデートの続きです。
18/12/20:この先に展開に際して、最後の一文を変更
18/12/22:最後の文を推敲したものに変更
晴奈とのデート? を終えて帰ってくると、由美ちゃんが気合十分といった様子で待ち構えていた。
「じゃあ次はあたしですね!」
「由美気をつけてね、その人手汗すごいから」
「そんなに掻いてたか?」
「湿ってて気持ち悪い」
そう言って俺の服で手をふく晴奈。
おい、それだとマジで汚物みたいだからやめてくれ。お兄ちゃんの心はガラスなんですよ?
「じゃあ、腕組めば問題ないじゃん!」
そう言って由美ちゃんは俺の腕を抱きしめる様に腕を組んできた。
ちょちょちょっ! それはさすがに密着しすぎでは? 妹の友達に不埒な思いを抱くつもりはないが、柔らかいものが当たってたりとかして、これはちょっと刺激が強すぎる気がする……!
「ねっ、いいですよね陽介さんっ!」
「ま、まあ、大丈夫でしょ。いいとこ仲のいい兄妹に見えるって」
「えー! ちゃんと恋人に見えますって!」
そんな感じで俺は由美ちゃんに終始振り回されっぱなしだった。
この前会ったときはおとなしかったのに、なんで今日はこんなに積極的なんだ?
疑問に思ってふと顔を見ると、由美ちゃんはボーっとしていた。
心なしか顔も赤い気がするし、大丈夫かな? 熱中症とかだったら大変だ。
「由美ちゃん、大丈夫? 顔赤いけど、熱とか――」
「だ、大丈夫です! 次あれ行きましょう!」
「えっと、俺一応お茶持ってるけど、飲んどいたほうがいいんじゃない、ほれ」
俺がバッグからお茶を取り出して渡そうとすると、由美ちゃんは首を振ってそれを拒んだ。
遠慮してるのかな? でも水分補給は定期的にしないとマジで危ないし。
「これ以上何かあるとあたしオーバーヒートしちゃいそうなんで、大丈夫です!」
「大丈夫だと思ってても体はだめになってることが多いんだから。ほら遠慮せずに一口だけでも飲んどきな」
そう言って強引に手渡すと、由美ちゃんはためらいがちに受け取った。
そうそう、水分は喉が渇いてから飲むんじゃ遅いんだから。ちゃんと今のうちに取っとかないとな。
「い、いただきます……」
覚悟を決めたような声音で由美ちゃんはペットボトルを握りしめていた。
そんなに危ないものじゃないけど……。もしかして麦茶嫌いなのかな?
由美ちゃんはペットボトルに口をつけて一口。小さな喉が動く。
「ごちそうさまでした。もう十分です」
そう言う由美ちゃんは暑いのか、手で顔を扇いでいた。
さて、ああして注意したのだから、俺も飲んでおいた方がいいだろうな。
そう思い、受け取ったペットボトルから一口、俺もお茶を飲んだ。
「あ! 陽介さんまたっ!」
「へ? いけなかった?」
「あ、あ、あぁぁ……。もうむりぃ~!」
由美ちゃんは急に奇声を上げると腰が抜けたように地面にしゃがみ込みそうになる。
慌てて支えると、真っ赤になった由美ちゃんの顔が目の前にあった。
目が合うと、由美ちゃんはさらに顔を赤くして気を失ってしまった。
俺は慌てて由美ちゃんをおぶると、雪芽たちの居るところまで駆け足で戻るのだった。
――――
「じゃあ由美ちゃんも大丈夫みたいだったし、次は私だね!」
「ご迷惑をおかけしました……」
戻ってすぐ救護所に向かうと、ほどなくして由美ちゃんは目を覚ました。どうやらのぼせていただけだったらしい。
そして、元の場所に戻って来て、次は雪芽とデートと相成った。
雪芽は何も言わずに手を繋ぎ、意気揚々と歩きだす。
夏希よりも細くて小さい手だ。俺のと比べるとすごく白くて、透明感がある。
なんだか今までの女子はみんな昔から知ってるというか、家族みたいなもんだったけど、雪芽は最近知り合って、友達になったばかりの女の子だ。さっきまでとは勝手が違う。
しかしそんな緊張も、夏希の時同様いくつかアトラクションに乗っているうちに無くなっていった。
あと少しで約束の1時間が来るというところで、雪芽は静かなところを歩きたいと言い出した。
だから、俺たちは人の少ない方へと歩いていく。
「迷惑だったかな? こうしてデートすることにしたの」
人が随分少なくなってきた辺りで、雪芽はおもむろに口を開いた。
「いや、なんていうか楽しかったよ。昔に戻ったみたいでさ」
「そっか、ならよかった。……ねねっ、私とのデートはどうだった? 楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ。すれ違う男どもがみんな振り返るからいい気分だった」
「もうっ、お世辞が上手なんだから」
世辞なんかじゃない。
そう言いたかったが、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
「雪芽はどうだったんだ? 俺とデートして、楽しかったのか?」
だから違う言葉が口をついた。
雪芽はそんな俺の心を知る由もなく、無邪気な笑みを浮かべる。
「うん! 私こうやって男の子とデートするの初めてだから、最初はちょっと緊張してたんだけど、陽介だから大丈夫だった!」
「どういうことだよ」
「うーん、陽介って一緒にいて安心できるっていうか、落ち着くっていうのかな? だからすごく楽しめたよ」
「そりゃよござんした」
「なにそれー?」
俺の隣で笑う雪芽。
繋いだ手からは温もりと、雪芽が笑ったときの振動が直に伝わって来て、その振動が俺の心臓を打つ。
どっかの文豪の作品では、手に触れれば相手のすべてが分かるらしいが、あながち間違いじゃないと思った。
こうして手を繋いでいるだけで雪芽のことが分かる。伝わってくる。
雪芽の体温や鼓動。微妙な手の動きまで。雪芽は妖精なんかじゃなくて、ちゃんと生きている人間なんだって。
「私ね、陽介や皆にあえてほんとによかったって思うの」
「何だよ急に」
「急じゃないよ。ずっと思ってる。陽介や皆に会えなかったら、私はちゃんと学校に行けてたのかなって。ほら、私と陽介が最初に会ったとき、私電車に乗らなかったでしょ?」
「最初っていうかお前が電車に乗ってるの今日初めて見たぞ」
俺がそう言うと、雪芽は確かにと言って笑った。
「あの時ね、ほんとは私1人で学校に行くつもりだったの。先生に挨拶に行くだけだったから。でもね、私勇気が出なくて、朝からずっと電車を見送ってた」
雪芽は視線を落として語りだす。
その顔は微笑みを湛えていて、懐かしんでいるようにも思えた。
「ほら、私って体弱いからさ。前の学校もほとんど行けてなくて……。だから今度の学校でもそうなっちゃうのかなって不安だったの。でも、あなたに出会って、晴奈ちゃんに出会って、勇気をもらった。今のこんな私でも仲良くしてくれる人はいるんだって分かったから。そうしたらなんだか行ける気がして。でも案内してくれるのがクラスメイトだって聞いたらまた不安になっちゃって」
そこで雪芽は俺を見上げ、結局陽介だったけどねと言ってはにかんだ。
「そこからは陽介も知っての通りだよ。なっちゃんと仲良くなれて、こうしてみんなで遊びに来れて、陽介とこうして手まで繋いでる。人生何があるかわからないね」
「まだ人生長いだろ。ばあさんかよ」
「あはは! 言えてるかも」
こうしてみると、確かに雪芽はよく笑うようになった。
それはとても魅力的だし、いいことだと思う。そんな雪芽の魅力を、俺たちがきっかけとなって引き出せたのなら、それはとても素晴らしいことだ。
「だからさ、ちゃんと陽介には伝えようって思って」
「なにを?」
「ありがとうって。私と友達になってくれて、こんな私を照らしてくれて。陽介は私の太陽だったんだよ、きっと」
「太陽ってなぁ……」
「真面目に言ってるんだよ? 陽介はいつも私の緊張を溶かしてくれて、不安の闇を光で照らしてくれる。私があんなに壁をつくってた時もめげずに接してくれて、だからすっごく感謝してるの」
ちらりと雪芽を見ると、彼女は真剣なまなざしで俺の目を見つめていた。
俺は視線を逸らすこともできず、ただ雪芽の目を見つめることしかできなかった。
「でも最初に話しかけてきたのは雪芽だろ? だからきっかけはお前が作ったんだ。俺はそれに乗っかっただけ。感謝されるようなことじゃねぇよ」
「ううん、それでも感謝してるんだから、受け取ってもらわないと困る」
頑なにそう言う雪芽は、いつになく真剣で、強情だった。
何が彼女にそうさせるのか、俺には分からなかったが、ここははぐらかしていい場面ではないと、そう感じた。
「……うん、分かった。どういたしましてだ。でももうそんな風に感謝するなよ? 友達ってのは感謝を言葉で示すんじゃなくて、行動で示すもんだからさ」
「なにそれ? 哲学?」
「どっかの受け売りだ」
そういうと、雪芽はなんだと言って笑う。
「じゃあ今度からも容赦なく頼っていくからね」
「おう、任せろ。ここまで来たら親友になるまでお前のこと逃がさねぇからな」
「何それ怖いっ!」
そうして二人して笑いあった。
俺だって親友とは何かを聞かれれば答えられる自信がないけど、親友って言葉じゃ言い表せないんじゃないかな。
互いが親友だと思って信頼し合っていれば、それが親友ってことなんじゃないか。
だから俺は雪芽の信頼を得なくてはいけない。雪芽に自信をもって最高の友達だって言ってもらえるようにならなくてはいけない。
……でも、本当に俺はそれで満足なのだろうか。
この胸のつっかえは、親友になればとれるのもなのだろうか。
分からない。
でも、それはきっとこの先になれば分かることなんだ。雪芽と共に過ごす時間はまだある。その中でゆっくり見つけていけばいい。
「じゃあ帰ろっ! みんな待ってると思うし」
「そうだな。そしたら次はみんなでいろいろ見て回るか!」
「うん!」
こうして俺たちは皆のところに戻り、それから改めて皆でデスティニーランドを巡るのだった。
――――
「じゃあね、みんな!」
「ああ、今度は花火大会でも行こうぜ」
「あ、それいい! お兄ちゃんの癖にいいこと言ったじゃん!」
「普段はろくなこと言わないくせに」
「うるへえ」
帰ってきた駅はやっぱり誰もいなくて。
夕日に照らされて少し寂しげな雰囲気だったが、ここにいるやつらが皆騒がしいので、そんなに寂しさを感じることはなかった。
夏希が俺の口癖をいじって、晴奈や由美ちゃん、雪芽がそれを見て笑って。
騒がしい奴等だけど、でも、悪くない。
「今日はありがとうねっ! 本当に楽しかった! じゃあまたね!!」
そう言って笑いながら去っていく雪芽を見送った。
いつもと変わらない満面の笑みで、彼女は去っていく。
また次も変わらぬ笑顔で出会える。
それを疑うこともせずに、俺たちは手を振る。
こんな楽しい日々が、ずっと続くものだと思って。
そう、だから――、
これから先、雪芽が満面の笑みで笑えなくなるなんて、この時の俺たちには想像もつかなかったのだ。
さあ、ようやく物語が動き出します。




